(624) 昔と今のお年寄り

(621) 今の老人は昔より30歳年長 ! 

  お年寄りとは、何歳から?

♣ 誰も正解を持っていないけれど、2,000 年 まえのローマでは 40 歳 (元老院 = 国会の資格)、織田信長は 49歳 (有名な本能寺の事件)、干支(えと)では 60 歳(還暦)、介護保険では 65 歳 (一号保険者の資格). . . 。どの年齢も人為的に 区切り良く決められている。

♣ 昔の日本には「家督」 (かとく)というのがあって、その家のお父さんが一家の総代表を勤め、近所付き合いから税金まで、すべてを取り仕切っていた。そのお父さんも還暦になると「隠居する旨」を役所に届け出ると、家督はふつう長男に移った。

昔と今のお年寄り

♣ 税金などの義務から解放されるので、還暦のお父さんは「横町のご隠居さん」となり、「物識り爺さん」として町内の人気者の代表格となった。女性も同じくで、「お婆さんの知恵袋」をお嫁さんや近所の若い娘たちに分け与えて尊敬されたものだ。

♣ この良き懐かしき隠居や家督は 71 年前の終戦とともに姿を隠 した。それが本格的に消え去ったのは 53 年前の 「東京オリンピック」 開催の頃である(1964 年)。その頃、テレビ放送は白黒からカラー受像に変わって全国に普及し、「ご隠居の仕事」も「お婆さんの智恵袋」も、テレビ番組が全部 変えてしまった。

♣ 若者たちはテレビさえあれば、ほとんど日常生活で困ることはなくなった。さらに 2000 年 の介護保険のスタート 頃からインターネット、続いてスマホの普及: 目まぐるしい世相の変化に、若者でさえ追随に息が切れた。

♣ そんな時代でも、親は大事だ。昔の親は 55 歳で定年、恩給をもらってのんびり過ごし、60 歳になると「還暦」と称して 赤いチャンチャンコをもらい、一族のお祝いを受けたものである。だって、その頃の平均年齢は 50 歳に満たなかったから、60 歳 の還暦はとても貴重だったのだ。一族の中でも数少ない還暦のお年寄りは「風呂も温泉も」大好き、「畳の生活」も大好きだった。 ♪♫♬ おーはら庄助さん、何で身上 (しんしょう)つーぶした? ♫♪ 朝寝・朝酒・朝湯が大好きで ♪♬ そーれで身上 つーぶした、あどっこいしょ、どっこいしょ ♫♬ 。

♣ ところで今、お年寄りは 「朝寝・朝酒」なんてとんでもない、お風呂は面倒で疲れる、温泉は足元が滑るので危ない、畳はいったん座ると一人で起き上がれないから敬遠する 。パールの 19 年前の新築時には、畳部屋を数か所こしらえたけれど、その後まったく利用される気配はない。いったい、お年寄りのイメージは いつから、こんなに変わってしまったのだろうか?

♣ 考えてみると. . .昔のお年寄は 「還暦」 で代表、今のお年寄りは 「米寿」 で代表。お年寄りという「同 じ言葉」を使っているけれど、「中味は親子ほどの違い」 がある。つまり、昔のお年寄りは 60 歳(認知症なし)--今のお年寄りは 88 歳(半数は認知症)、この違いが 「今時の親は手が掛かる」 という嘆きに繋がるのではないか。

♣ でも、お年寄りにも「人間の尊厳」がある。単に若者たちに支えられるのでは、心地よくない。私たちだって、やがて年寄りになるではないか ! そこで、私たち自分自身も将来への教訓を読み取ることにしたい。

♣ つまり若者と言えども、社会の変化に適応する努力を続けて、将来 恰好良いお年寄り になることを目指さねばなるまい。片意地になってパソコン・アレルギーを押し通そうとせず、また流行に甘えた体力の無駄遣いもせず、時代にしっかり適応したスマートな老人になれるように心掛けたい。

要旨:  お年寄りの年齢区切りは時代によって様々であり、必ずしも 還暦~米寿 とは言えない。 爺様・婆様 の社交的な役割が変わったのは、東京オリンピックの年(1964 年であり、カラー・テレビ が普及した時に遡る。 感覚的な年齢で代表すれば、今の親は昔よりも 30 歳程 年長であり、同 じ「親」という言葉を用いるけれど、実際は 「親子ほどの年齢差」 がある。この差をよく理解して親子のイメージの混乱を避けようではないか。

参考:  新谷:「長命を四つの道で支える」; 福祉における安全管理 # 614、2017.

職員の声

声1: 近年の老人はナゼ自立心が希薄なのか?(答: それは我々が敬老精神に富み、「負んぶに抱っこ・ 乳母車」 をちっとも嫌がらないからだろう。

声2: 「老人」 という言葉は失礼だ …せめて 「高齢者」 と言い換えたい (答: 小泉・元総理 は 75 歳を 「後期高齢者」 と呼んだ … 85 歳なら 「末期高齢者」 となる。しかし「老人施設・老人病院」などを ”高齢者” で言い換えるのは不自然だし、反対語を「低齢者」とも言いにくい。

声3: 今は小学生が老人にスマホで物事を伝える時代だ ... つまり老人は「食っちゃ寝」だけの静かな存在ではない(答: 「お年寄り」と「認知症」をごちゃまぜにしてはいけない ... 普通のお年寄りなら負けちゃいないよ、スマホを駆使している ! でも認知症のお年寄りも案外に多いし よく観察すること。

声4: 小泉・元総理の言葉: 「老いに学べば 死しても朽ちず」 と若者を励ました … 若者は老人から学ぶことが沢山あるハズ ! (答: もちろんの事だ … しかし、人間 85 歳レベルなら その半数近くが認知症である現実を認識するべきだ ... 格言に出てくる老人なら 65 歳近辺であり、頭はまだ狂っていない)。
 


(627) 図説: ピンコロで逝きたい人

(627) 図 説:ピ ン コ ロ で 逝 き た い 人
  
夢のような 60 年 が過ぎ去った … 私 (筆者) はその昔 学校を出て就職し、初任給は 1 万円、手取りは 8 千円。

♣ 戦後の厳しい復興期で、社会の平均年齢 50 歳余、みんな生きることに必死で、コロッと死にたいなんて思う余裕なんてなかった。誰もが 「健康寿命」 でよく働き、その寿命が終ったら静かに世を去った。その運命に何の不思議も感じなかった。

♣ ところが、あれから数十年、国は治まり、人々の寿命は 「倍増」 して「みんなが 100 歳寿」 という繁栄が世に満ちあふれてきた。そこで人々は初めて「老齢の不安」に直面したのである。

♣ 人間はいつまでも若くて健康ではいられない。特に介護保険と共に、身近で観察される超高齢者の立ち居振る舞いを見れば、 「あれほど憧れた長生き」 の魅力が遠のいてくる。その結果、つい口にする言葉が 「ジワコロはいや、私はピンコロで逝きたい」 であった。つまり 「健康なまま死にたい」 という願望、極端な人なら 「私は健康であるためなら死んでも良い」 と 健康願望の鬼になるのだった。

♣ WHO (世界保健機構) は戦後 世界の長命傾向をみて「老齢」の定義を 「65 歳」 と定めた。そして寿命が延びるにつれ、他人に助けられずに自立して過ごせる老年期を 「健康寿命」 と名付け、他方、自立できず他人に依存しながら生活する老年期を 「依存寿命」 と定義した。

♣ それによると、日本の場合「健康+依存の割合」は、男: 71+9 歳、女: 74+13 歳 となった。つまり、入院 したり介護保険で他人さま依存の期間が 男 9 年・ 女 13 年間 であり、言ってみれば 「病気勝ち」 で 「ジワリジワリ」 と衰えて行く期間がジワコロなのである。

♣ 多くの日本人はその気性 (きしょう) として、右でもなければ左でもない どっち付かずを好まず、サッパリと ケリ を付けたい … つまり 生きる訳でもなく死にもせず、というジワコロが嫌い、あっさりとピンコロで死にたい、とおっしゃる。欧米では頻度が少なく、日本では多い 「寝たきり」 には批判的、さりとて「寝たきりの人」を捨てるわけではなくお世話する。そのストレスによって 「ジワコロは嫌い、私はピンコロで死にたい」 となる。さてそこで、ピンコロの統計を見てみよう。
図説: ピンコロで逝きたい人
図 1 は 「希望する理想の最期」 で、人々のピンコロ希望は 64.6 % + 31.7 % = 96.3 %、これに対して認知症などになってジワコロ希望は わずか 1 % である。このアンケートで勝負はついた ! 誰だって死ぬ時はピンコロがお好きなのだ。でもピンコロと言っても中身は広うござる。統計によると、ピンコロの 1/4 は交通事故であり、いかにピンコロ愛好家であっても、自動車に跳ねられて死にたくはないだろう。

図説: ピンコロで逝きたい人

図 2 はピンコロの 3/4 を占める家庭内でのピンコロ内訳を示す。見ると震えがくる … 風呂などの溺死 30 %、窒息 30 %、転倒 21 % で計 80 % を越える。火災死と中毒死を加えると 95 % になる。ピンコロ愛好家の方々、こんなのがお好きなのか?年齢分布を見ても、ピンコロは高齢者に頻発するものであって、若者のピンコロは主に 災害・ 交通事故 である。残る 5 % が やっと期待の多い病気のピンコロだ。

図説: ピンコロで逝きたい人

図 3 を見よう。病気のピンコロはもっぱら「心臓病」である(74 %)。典型的には 「急性心筋梗塞・ 心臓~大動脈破裂」 であるが、その大部分は中高年に発生する。パールの 19 年間 の経験で前者 2 例・ 後者 1 例 の稀な事件であった。つまり心臓病であればピンコロの危険をつねに念頭に置かねばならないが、心臓病であるかないかは 「心電図とエコー検査」 であらかた事前に分かる。

♣ 以上を纏めると、ピンコロは万人の希望であるものの、それで逝きたいための条件は (イ) 交通事故が一番近道、 (ロ) あなたが高齢であること、(ハ) 家庭内でのピンコロなら “風呂で溺れる・ 階段から転げ落ちる・ 火事に遭う” などを了承、(ニ) 心臓の健康に無関心で、心電図を撮ってもらったこともない … これらの条件を満たせば あなたもピンコロで逝くチャンスに加われるだろう。 1632字 

 要約: 人々の 「理想の最期」 は文句なく「ピンコロ」である。 ところが、ピンコロは全死亡の 1 % 以下で稀、しかもその 1/4 は交通事故であり、家庭内のピンコロは恐ろしげな不慮の事故が原因で、誰も決して望まない。 ピンコロに固執する人の将来展望は:―→ 皮肉にも、結局 長生きし → 認知症になり → ピンコロ願望であったことを忘れ → たっぷりジワコロ人生を享受 → 他人のお世話もたっぷり受ける。 私は 人並みのジワコロをお奨めする。

職員の声

声1 : もし 60 歳定年で 90 歳 まで生きれば、30 年 もの間 家でゴロゴロ過ごすのか? … 長くて気が遠くなる、ジワコロしかない ! (答: 今の時代は 「死の前日まで社会貢献」 が求められる … 長患いはご法度だ)。

声 2: 痴呆になると死期が早まるのか?(答: とんでもない ! 認知症はジワコロの塊だ …その予後はおよそ 15 年; 85 歳 で認知症になれば 100 歳頃 に逝く … ただし多くは誤嚥によって早めに世を去る)。

声3: ピンコロは周りの人に迷惑を掛けると言うが、ジワコロ 20 年 なら 経費を 1 年 500万円 として計 1 億円 の国庫負担、その間 社会貢献はゼロ ! (答: 戦前はピンコロが主流で福祉予算は微小だった … 今は政府がジワコロを奨励、予算は国防費の 2 倍 (10 兆円)に膨れ上がった)。

声4: ヒトは元来 動物と同じようにピンコロで逝くのが常だった … 近年、医療や福祉が 発達したので、ピンコロが減ったのか?(答: 1977年のダッカ・ハイジャック事件以後、 「ヒトの命は地球より重い」 という不文律が日本社会にはびこったーーそれ以来 ヒトの重い命は ピンコロで失われることを 極力避けるようになった)1, 2 )

参考: 1 ) 新谷: 「人間の命は全地球よりも重いーー 大嘘 ! 」、福祉における安全管理 # 416, 2013. 2) 新谷: 「命の重さはどのくらい?」; ibido # 597, 2016.

(633) 命 の 設 計 図

 (633) 命 の 設 計 図

もし あなたの気分が高揚していれば、私はあなたに「ヒトの生涯」の設計図を依頼してみたいと思う。

♣ そもそも「ヒト」を設計したのは誰だったのか?これには二つの答がある:―― それは 38 億年 に亙る生命の進化の賜物である、と、これは唯物論の チャールス・ダーウィン が説く進化論だ。 とんでもない ! ヒトはモノではなく 神が 特別に泥を捏ねて創られた最高の作品である、と、これは唯心論の宗教的な神による創造論である。

♣ ① と ② の考えは相互に揉めていて、未だに結論が出ていない。だが、お年寄りの命を日々観察しているあなたは、きっと「お年寄りの命」はどこから来て どこに行くのだろう、と考える日々があるハズだ。昔の優れた先人たちは「身体髪膚 (はっぷ)、これを父母に受く … 敢えて毀傷 (きしょう) せざるは、孝の始めなり」と抽象的に教えたが、介護の実務にこの教えをどう役立てればいいのか?

♣ 江戸の末期、杉田玄白 と言う人が「概念ばかりあって実態の解剖図がない日本の古典医学」に “もどかしくてイジイジ” していたが、ターヘル・アナトミアというオランダ語 の図説解剖学の書籍に出会って目が覚めた。独学でヒトの体の設計図を理解してから初めて正しい医学に進み、その 姿勢が現代にも受け継がれている。

♣ そこで、老人介護の諸問題を「各論」として “どう解決するか” が今 問われてくるが、問うだけではダメだ。ヒトには天寿があるけれど、“この老人が今 その天寿のどの位置を歩んでいるのか?” を確かめなければ話は進まない。それを明らかにするためには、杉田玄白がやったように、「解体新書」のアプローチで、つまり理論だけでなく 「ヒトという生涯の設計図」 を俯瞰 (ふかん) してみるのが手っ取り早いだろう。以下、四つの図 でそれを試みたい。
命の設計図

図1 は年齢別に見た「残歯の数」を示す。歯は「親知らず」の 4 本 を除けば、誰も 28 本 持っているハズだ。図を見れば、30 歳 までは歯の数は欠けていない。しかし 50 歳 を越える頃から歯の数(残歯)は直線的に減り、80 歳で 10 本 だ …100 歳 ならたぶん残歯は 0 本 と見てよい。これがヒトの歯の健康実態なのである。考えても見よ … 齢とともに残歯が減る理由は何か?歯磨きがヘタだから? それも関係あろうが、遺伝子による歯の設計寿命は、子孫を残せる年齢を考えて 50 歳用 にデザインすれば十分だ、と設計されたのではなかろうか? 子孫に遺伝子を渡さなくなった更年期後の人の歯は朽ちるにまかせても 種 (しゅ) の保存には関係ないからだ。

命の設計図

図2 は年齢別に記録した脳梗塞の頻度を棒グラフにしたものである。見よ、脳梗塞は 50 歳代 で始まり 70 歳代 でピークを迎えている。その年代以後に頻度が減っている理由は、脳梗塞に間引かれて、生き残った人が少なくなるからである。この所見は高齢の動脈硬化によるものであって、心筋梗塞の頻度分布もほぼ同一である。つまり、子孫に遺伝子を渡さなくなった更年期 50 歳 を過ぎると、ヒトの命は 「進化と淘汰」 に無関係な存在となり、統計的に間引かれ始めていくという様子がうかがわれるのだ。

命の設計図

図3 は 年齢を横軸に取った「癌死亡」のグラフである。癌は男女共に 40 歳頃 から増え始め、死亡のピークは 75 歳 である ! 図 2 の脳梗塞の頻度と大変 似ていて、ピーク点が僅かに 5 年 ほど遅れているのみだ。癌は若年性のものもあり、動脈硬化疾患とは趣を異にするが、それにしても 「人生疲労病」 として一括される “三大死亡疾患” = 「脳梗塞・ 心筋梗塞・ 癌」 の頻度パターンが 相互に類似していることに驚かされる。遺伝子は人の健康を 更年期 まで守り、そのあとは 「知らん顔」 なのであろうか?遺伝子の守りが薄くなれば、老眼・骨粗しょう症・糖尿病・高血圧などがぞろぞろ出てきて、図1~図4の現象に至るのか?

命の設計図

図4 は 認知症が年齢と共に多発して行くさまを表し、上記 1~ 3 図 の頻度パターンとは本質的に異なっていて、「ピークを示す年齢」は無い !! 認知症は齢が増すほど増えるのであり、このような分布パターンは他に類例を見ない ―― この有様は、頭髪の量や色・ 顔の皺の深さ・ 目耳歯の機能レベル・ 歩行のぎこちなさ など加齢性廃用状況を目で見ているような図である。

♣ 認知症は病気なのか?と問われることがあるが、あなたは「白髪・ 老眼・ 難聴・ 入れ歯など」を病気と考えることもあろうが、“歳のせい” とも認識するだろう。図4 の頻度分布を見れば 、「認知症を治療する」 という試みは 「年齢を治す」 という姿勢に他ならず、病気なら治せるだろうが、齢なら治せまい。

♣ あなたがヒトの生涯を設計するとする場合、理想と願望を盛り込む としても「更年期 50 歳」の意味を無視することはできないだろう。杉田玄白は古典医学の理論に満足せず、解体新書の実態を見ることで新しい医学の道を発見した。私たちも彼のように、ヒトの生涯の実態を願望だけに頼らず、上記のような図として俯瞰することで、50 歳 以後の要介護期の理解を深めることができるのではないか。1876字  

要約:

ヒトは更年期まであまり病気をしないが、残歯の年次経過で見られるように、50 歳 以後の老化減衰は直線的である。遺伝子は 子孫を作らなくなった更年期以後の健康に ”知らん顔” をするのだろうか?

50 歳 以後 一番先に ”集団死因” となるものは 70 歳 にピークを持つ動脈硬化(脳梗塞・心筋梗塞)、75 歳 にピークを持つ癌がこれに遅れて続く。① ② を免れても、次の ③ が待っている。

認知症の発症とその経過は独特であって、まず 65 歳 でスタート、以後 5 年 ごとに倍々ゲームの高頻度となり、たぶん 110 歳 で 100 % の罹患となる。もし認知症が “病気” であるのなら必ずピーク年齢があるハズだが、図の罹患パターンは 「老化の深まり」 を示すだけである。

進化論 も 神様も ヒトの生涯を 50 歳あたり で区切るような設計図で書いているように見えるが、あなたなら どう書きたいですか?

職員の声

声1: 認知症そのものは直接の死因にならず、だらだらと老人は増えるばかりか?(答: それは考え方にもよる … 老衰・ 誤嚥性肺炎・ 心不全などは 大抵 認知症が原因であり、事実 オランダの場合、死因の筆頭は 「認知症」 だと記載されている)。

声2: 動物は歯が無くなると死ぬ … その意味で 「義歯と火力調理」 は 「延命の第一方法」 と言えるだろう(答: 義歯と火力無しで 「生の自然食」 だけで生きられる限度は 50 歳 に届くだろうか?)。

声3: 哺乳類のうち、成熟期の長い動物は長生きだ … 人間もお産を 40 歳 → 100 歳 まで延ばしたら、きっと更に長生きになるだろう(答: 歯無しの 爺・ 婆 になった後 長生きしたい、と言っても もう遅い … 30 歳 の頃から “100 歳 まで子を産むよ” と宣言すれば、きっと長生きできると思われる)。

声4: 神様は人間の寿命を 50 歳 程度に決められたけれど、欲張りの人間がそれを 100 歳 にまで 勝手に伸ばしたのだ(答: その通り … 半世紀前まで 「人生は 50 年」 だった … 人間の知恵でそれを 100 歳 に延ばしたのだから、「難しい老人問題」の解決は神の手を借りないで 人間の知恵で片付けよう)。

(626--2) 加 齢 と 老 後 の 今 後

(626—2) 加齢と老後の今後 (その 2)  

 → 今回の掲載は 5 月 17 日 の # 626 品質会議 の文章と同じである。たまたま、同じものを 2 度 聞きたいとの声が上がったのである。今回は本文を省略し、( 626 -- 2 ) として、「職員の声」のみを提示する。同じ講演ではあるものの、職員の声はやや調子が異なっていた。

職員の声

声1: 動物は寿命が来て ピンコロ で逝くが、人は更年期後 衰えながら「老化」し、ジワリジワリと 50 年 かけて逝く … 私の職業は、人々が求めるジワコロの助け人である(答: 高齢者福祉はすべて 「ジワコロ関連業」 であり 延命を至高目的 とする … ピンコロを望む声も少なくないが、それは 「偽りの矛盾」 である)。

声2: 人間は「老後」を獲得し、幸せになったのか・不幸せか?(答: 本人に尋ねると、“高齢が幸せ” との返事はまず無い ―― しかし、85 歳 を越えれば認知症の合併例が半数を越えてくるので、幸・不幸のような “抽象的な概念” を尋ねても真偽のほどは不明とすべきか?)。

声3: 日本人は 「老化」 を人類初めての社会現象として経験しているのか?(答: そうだと思う … その上 二千年も昔の時代錯誤・儒教 (じゅきょう) の教え(孝行)でその経験を乗り切ろうとするから、社会的な大混乱に見舞われている)。

声4: 私は長命願望だが、「それなら永く産みなさい ! 」 と言われた ... でも 4 人 家族のうち 1人 だけが働くシステムの日本、そんなにたくさんは産めないよ(答: 動物は子孫を「産育」しない年齢になると世代交代で世を去ってきた … 例外は近年の人間だけで、「産育」をやめて気楽な老年期を 50 年ほど確保した。だがそれは種 (しゅ) の繁栄と進化の本筋に違反している。もし正気で長命を求めるのであれば、「産育」を続ける事こそが筋ではないか … ”産まず” の長命には 50 年程度の限度がある ... 産めよ、さらば 命は望みに合わせて延びるであろう)。

(634) 今 の 小 児 科 と 老 人 科

(634) 今 の 小 児 科 と 老 人 科  
 
先日、東大医学部の同級会に出席し、面白い話を聞いた。小児科の同級生は 6 人ほどいるが、異口同音(いくどうおん)に次のような事を語っていた:----

小児科診療は長時間勤務で、しかも深夜などの急変に対する責任は大変重い。子供の病気にも 「ピンキリ」 があり、昔は 三世代生活 (爺婆・ 両親・ 子供)であり、お婆さんの智恵である程度の対応が家庭で出来た。今のお母さん方は 「熱・ 咳・ 汗」 程度の症状で すぐ コンビニ受診に頼り、しかもその目は大変きびしい。

ところが肝心の 「立派な小児病」 は 昔に比べて少なくなった。昔は外来診療をすると麻疹(はしか)などの子で、待合室はにぎやかだった。ところが、ドクターたちが熱心に予防注射などをしてきたせいか、最近 伝染病がすっかり減ってしまった。昔は命取りであった 下痢・ 脱水 の類(たぐい)も減っている。

元来、小児の病気は一元論 (つまり 罹っている病気は一つ) で片付けられていた。一つの病気が治れば、その子に別な病気を探しても 見つかることは ほとんどなかった !! つまり、その病気を治せば、その子とは “おさらば ! ” だったのが実情だった。
今の小児科と老人科

ところが今、私らは小児科医であるにもかかわらず、お母さん方から親の老人病の相談が多い。そこで老人を診ると、

小児科では決してみられない病気の「前立腺肥大症」とか「脳梗塞」「認知症」などがある。

その上、老人たちは 小児と違って病気の数が多く、一人の人が四つも五つもの病気を持ち、毎月 途切れず診療が続く(小児科では病気の切れ目が縁の切れ目だったのに)。つまり全国的に小児科医が老人を診る機会が増えた、というご時勢になった ―― と、このように私の同僚の小児科医たちは語っていた。

♣ また、逆に、老人医療センターで小児科を併設する例もある(東京都多摩老人病院など)。つまり、時代は診療科にとらわれず、お客様をお受けし始める時代に変わったようだ。これからは小児科医が老人を診(み)、老人科医が小児を診る時代になるのだろうか。

♣ 老人福祉でも対象を狭い老人範囲に限っていては、いつかは日干し に会うかもしれない。もっと幅広い活動 —— 保育園、青少年園など —— を念頭に置く必要がある時代に変わってきた。

♣ パールはそれを先取りして、「子供図書館」 を開始して 10 年が経ち、好評である。それに加えて、今年は 「子供テーブル」 と呼ぶ新しい活動を始めた。両親が多忙な家庭の小学・ 中学生たちは 放課後 自宅で孤独な生活を送りがちであり、孤食(夕食を一人で食べる) の淋しさがある。パールでは、夕刻 ~ 夜に空き部屋になる空間へ このような子供たちの生活の場を提供し、併せ、遊び・ 会話 ・ 宿題の時間とする。100 円 の負担で夕食をみんなで一緒に食べる… お迎えに来られる親たちも希望によりご一緒の食事とする。

♣ 私どもの夢は 「今の老人施設」 が同時に 「今の子供施設」 になって、社会の人々みんなが気持ち良く日々を暮らしていけることを目指している。

要約: 小児科はコンビニ受診が増え、昔の大掛かりな「小児病」が減ってきた。 お母さん方が自分の親の病気の相談をするようになり、小児科医は老人病をも手掛けるような時代に変わった。 パールは 「子供テーブル」 活動を始めた。今後は「小児と老人」が同じ生活の場で気持ち良く暮らせるような社会が訪れるだろう。

参考:  新谷:「コンビニ受診」;福祉における安全管理 # 57, 2010.


職員の声

声1 : 小児科医も老人を看る時代になったが、対応に問題はないだろうか?(答: 専門領域はまるで違うが、子供の場合は病気を 「治す」、老人の場合は 「遅らせる」 であって、問題は少ないだろう)。

声2: ビールス疾患などは老人・ 子供の共通の敵であるから、感染防止の責任をよく考えておく(答: 一番に基本的な注意点として認識している)。

声3: 老人は去って行くのみ、子供たちは残って社会を作っていく(答:その意味で、老人優遇と同時に子供も優遇して行きたい)。

声4: 私は 30 年間 幼稚園で働いてきたが、パールは 三世代生活の「子供テーブル」 をスタートさせた … 社会の仕組みとして理想を進んでいると感心した(答: パールは単なる老人施設ではなく 「福祉総合プラザ・パール」 であり、「特養や在宅介護・社会活動教育研究所や夏休みボランティア」などの対応項目はすでに 53 領域 に及んでいる … 「子供テーブル」は 54 番目 の対応であり、ますますプラザは発展して行く)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

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