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(725) 納 得 で き る 順 番

(725) 納 得 で き る 順 番   

今からおよそ百年前 (1012 年)、巨大豪華客船 ‘タイタニック号’ がイギリス → アメリカへの処女航海の途中、大西洋の真ん中で氷山との衝突で沈没した。さすがの 4 万 6 千トン・ 世界一の巨船も わずか 2 時間半で海の藻屑となってしまった。死者が多かったのは救命のあり方に問題があった。

♣ 係り員は 救助を一等船客の 「女と子供」 に絞り、その順番を ピストル で構えて守ったが、ボートの数は足らず、1500 名あまりの客は マイナス 2 ℃ の海水の中に投げ出され水死した(図 1)。

♣ 乗客の救助率は 女 74 %・ 子供 52 %・ 男 20 %と 伝えられる。ピストルでおどして選別しても、女は 100 % 助けられず、男は 20 %ほど紛れて助かった。緊急事態であるから 「女・ 子供 第一」 は徹底しなかったのだろう。また、ボートに乗るこの順番を納得できた人たちは どれほどいただろうか?

納得できる順番

♣ この順番について 20 年後英国首相を務めた ウインストン・チャーチル はこんな逸話を残している ―― 彼は仕事で船旅をするとき、その予約を 七つの海を支配したイギリスの船でなく、イタリアの客船に求めた。

♣ 不思議に思った下士官は当然 ナゼ ?と質問する。その時のチャーチルの答え がふるっていた: 「万一事故に見舞われたとき、「女・ 子供 を優先して避難させる習慣のイギリス船は 僕の趣味に合わないナ」。つまりチャーチルはタイタニック号の避難方法なら、80 % の男子は水藻に消えたことを知っていたのである。彼は 女・ 子供 第一 を批判することなく、自分の場合は 「君子危うきに近寄らず」 を実行したのだった。

♣ 次の例は 客船・ コンコルディア号 がイタリアの海岸近くで沈没した件だ(2 012 年)。乗客 4 千人余の中で死者はわずか 29 人; タイタニック号に比べ 桁違いに少ない被害であったが、あろうことか この船の船長は船を見捨てて、早々と安全な陸地に逃げてしまった。

♣ また 2014 年、韓国の 貨客船 セヲル号 が近海で沈没 したが、またもや船長は、制服を脱ぎ捨て下着姿で早々と救助群に紛れ込んだ。指揮者の船長がいなくなって、300 名を越す高校 2 年生が客室に閉じ込められたまま水死した ―― これがイタリアと韓国の現実だったのだ。

♣ ここで ローマ法王の コメント が発せられた ――“この事件により人々が倫理的に生まれ変わることを望む”と。日本には ‘武士道’ があるが、「女・ 子供 第一」 はあるだろうか?… 君ならどうする?

♣ 緊急救助の順番決めで有名なのが赤十字の 「トリアージュ」 だが (図 2)、これは戦場の傷病者手当の心得を分かりやすくするために 「タッグ」 を付ける。黒色の タッグ は死亡例; 赤色は最優先で治療が必要なもの; 黄色は自分の足で移動して救助されるもの、緑色は対象外。これは健康だった被害者の場合によく適応され、列車事故などにも利用される。

納得できる順番

♣ 意外なのは 「川溺れの親子」 の場合、先に親を助けよ、と言うもの。親を助ければ その後 「親は戦力になる」、とのこと。洪水の場合の 「ヘリコプター救助」 は パイロットの指示に従えば良い。海難災害と異なり、基本的には全員が助けて貰えるのだから、厳しい順序は必要ない。

♣ 「火事の場合」 もこれに準ずるが 「炎と一酸化炭素中毒」 の危険があるので、助かりそうな者から順に助ける。火の中に飛び込んで助けようとすると、ガス中毒で両者ともに倒れてしまう。また 「寝たきり」 の場合 ―― 少なくとも移動に 4 人の職員が必要だから、援助人員の余裕を見つけることが先決となる。

♣ 緊急救助の場合、「建前」 と 「本音」 の問題も考えておこう。例えば、「建前で病人・老 人を優先」 するのは当たり前だが、「本音」 としては、事件終了後の復旧に必要な社会力をも勘案したい。ある 「本音の案」 では ―― 赤ちゃん・ 子供・ その保護者・ 青年層の男女の順だ――老人よりも次の世代を担う人々を優先する、と発言する。

♣ 緊急救助の事態は、その規模によっても大幅に対応が異なる。事故が 数人・ 数十人・ 数百人などでは、一般的な解答はない …状況によって順番は変わるが、あまり 建前・ 本音 にこだわるのは差し控えたい。ふだんから頭の中で復習しておこう。

♣ 最期に老人ホーム・ パール での心得をお伝えする。消防署の提案は 「まず、やりやすい順に各部屋からお年寄りをベランダへ運んで下さい …. その後は我ら消防隊に任せて欲しい」 とのことである。1810字

要約:   緊急救助の場合、誰をどの順番で助けるかは常に厳しく問われ、タイタニック号 沈没の場合は 「女・ 子供 第一」 であった。 ふだんなら 老人・ 病人・ 子供を先に救助すると答えられるが、救助の規模や 「建前と本音」 によって順番はいろいろ変わり得る。 場合はさまざまであるから、頭の中で訓練をしっかりやっておこう。

(724) あ な た の 輪 廻 と ガ ン

(724) あ な た の 輪 (りん) (ね) と ガ ン

  高齢者は、ご先祖から貰った命を青年時代で次の世代に継ぎ伝え (子を産む)、自分自身は百年ほど命を維持したあと 逝ってしまう。

♣ このように、私たちはご先祖から伝わった命を次々と後の世代に受け継ぐ。この流れのことを 輪廻 (りんね) と言う。 図 1 に示す」ように、人は死後 「天」 に昇れるとは限らず、その行いによって再び 「人」 に生まれ替われるのか、それとも 「畜生」その他 になるのかが決まる、と考える宗教思想である。

♣ お釈迦様は 2 千 4 百年も前の方であったが、人類の誕生は 遥かに古代の 約 300 万年前だったことをご存知にならなかった。だからこそ 「輪廻」 という考えは、科学の思考ではなく、「哲学の霊感」 によって閃いた(ひらめいた)ものなのだろう。重力を発見した あの アイザック・ニュートン でさえ地球の始まりは 4 千年くらい前だと信じていた時代だったのだ。

あなたの輪廻とガン

♣ 科学的な証拠で調べれば、「無限」 という事態はあり得ない。地球自身の誕生は約 46 億年前の古さ、その基となる宇宙の誕生だってもっと古い 138 億年前のこと、これは 20 世紀の 同位元素 3 ) が発見されて確認された事実である。

♣ だから、輪廻 (りんね) 転生 (てんせい) とは、この世で あなたの “悪行 (あくぎょう) ” 次第で次に生れ変るときには “ 蛙や虫になる ” という輪廻も、一つの教えだったのだろう。

♣ 人間の体は 約 60 兆個の細胞より成り立っている。しかし その細胞のうち、死ぬまでの百年間、変わらず不変なもの は 「神経細胞と 筋肉細胞」 だけ、あとの組織は入れ替わる。不変と言われる神経と筋肉でさえ、日々減って行き、脳神経細胞は毎日 10 万個ずつ減る。筋肉の場合は 25 歳を 100 % とすると、75 歳で 1/2、100 歳で 1/4 に減ってしまう。

♣ さて 身体の事情を個別に見ると、輪廻の一番速いもの は、細菌感染を防ぐ 「免疫リンパ球」 で、たった一日で一生の仕事を終え、後輩に役目をバトンタッチする (輪廻は 「一日」 のみ)。

♣ 他の細胞の輪廻も 案外に短く、小腸の細胞は 2 ~ 3 日 ごとの輪廻、赤血球は 4 ヶ月 ごと、骨の細胞さえ 7 年ごとに 全部入れ替わる有様だ。ちょうど 日本政府は一つだけれど、公務員は何年かごとに入れ替わるようなものである。だから、ヒトの一生のうちには 各種細胞はたっぷりと 「輪廻」 する。

♣ 病気の発生でさえ、またもや 「輪廻」 がある。人間の体の細胞 60 兆個は 毎日 0.1 % ずつ入れ替わる 1) 。つまり、毎日 六百億個 の細胞が死んで、その分だけ 新しい細胞が 細胞分裂によって輪廻する。そんな輪廻があっても、私たちの 自己の唯我独尊 (ゆいがどくそん) 性に翳り (かげり)はない。

♣ 問題は ガン だ。上記のように、身体は毎日 六百億個 の細胞の入れ替わりがあるのだから、百万個 に付き 一個 程度の ミスコピー( 間違った輪廻転生) は避けられない。つまり、誰でも一日に 六千個 のガン細胞が発生している訳だ。

♣ 「免疫リンパ球」 の役目は これら 初期のガン細胞を見つけ、その発生ごとに 全部を退治する。万一、リンパ球が疲れていて、 たった一個でも 間違って悪いガン細胞を見逃してしまうと、そのガン細胞は 20 年後には 1 cm の大きさに育ち、30 年後には その人の人生を奪ってしまう。

♣ ガン退治役のリンパ球は 頑張り屋 であるが、それが疲れる主な原因は 「タバコが 3 割、不適な生活習慣が 3 割 2) 残る 4 割が “その他の運” 」 だと言われる (図 2)。

あなたの輪廻とガン

♣ お釈迦さまのおっしゃる宗教の輪廻とは中身がずいぶん異なるが、このように あなたは 細胞の輪廻転生に包まれて生きていることを知っておこう。しかし、その輪廻といえども無限ではなく、人生 百年 程度で終結してしまう。永久 (とこしえ)ではないけれど、あなたの寿命をキチンと保証する 「細胞の輪廻転生」 …. そのために働き続ける 「免疫リンパ球」 に感謝だ。

♣ ガンの発生原因は 「タバコと不適当な生活習慣」 が 6 割、残りの 4 割は 「運」 と言われるが、その 「運」 でさえ 近年は自分で切り拓くものだとされる。その意味で、最近は 「すべてのガンは自己責任病である」 と豪語する向きもある。

♣ ご存知のように、認知症のお年寄りにはガンは滅多に発生しない。それはガンのピーク年齢の 70 歳代を、その人がうまく乗り越えられたからである。でもこうして、見事な高齢に達してしまえば、ガンの心配は細くなるが、どっこい、次の役者である「認知症」が そこに待っている。こうなると、病気のサイクルに関しては、佛さまの 「輪廻」 もあながち無視できない、と判る。

♣ 佛さまは、ご自身が 80 歳でお亡くなりになったので 「認知症」 をご存知 なかったが、あなたの輪廻はどこまでもあなたにくっ付いてくる。だが それこそが生命の証 (あかし) なのではなかろうか?  1914字

要約:  お釈迦 (しゃか) さまは、人の身には 「輪廻(りんね)」 があると考えられた。 ところが、輪廻は身体を構成する各臓器にも存在し、たとえば、免疫リンパ球は 「一日」 の、神経・ 筋肉は 「終生の輪廻」 を持つ。  ガン は誰の体にも発生し得るが、その初期は自己責任現象として起こる、と言う。ガンの輪廻は人によって かなり異なるから、佛さまのおっしゃる 「輪廻」 はあながち軽視できず、心して考えるべき事柄であろう。

参考 1)  中川恵一: 「がんのひみつ」; 学士会会報 No880: 106~118, 2010. 2) 不適当な生活 = 大煙・ 大酒・ 大食・ 夜遊び・ 接待宴会・ 夜討ち朝駆け・ 過労 など。 3 )  同位元素 = アイソトープ:元素のうち、中性子だけが余分に多い元素、これを調べることにより、その元素が創られて何億年経過したか、が分かる。

職員の声

声 1: 日々 自分の細胞が入れ替わっているなんて、実感がない(答: 入浴で 「アカ」 を取る、または 「髪の毛」 が抜ける・ 鼻水が出る … など皆 「輪廻」 ですね … ウンチの 1/3 は腸細胞の死骸なんですぞ。

声 2 : 脳神経細胞が毎日 10 万個ずつ減っている、とは驚いた(答: もし 100 歳まで生きていたとすれば、その減少個数は約 30 億個、脳細胞全体は約 150 億個あるから、それの 1/5 だけが減った高齢者脳になる … こんな輪廻だから 誰しもが その程度はボケる)。

声3 : 悪い生活を何もしないのに、ガン で世を去るのは皮肉なものです(答: 総死亡数の 1/3 はガン死亡による… 人間はいつかは輪廻の終点で逝く、特に高齢者は必ず … 医療はどんなに頑張ってもその終点に逆らうことはできない)。

声4: 幸いガンにならなければ、結局 認知症になって逝く?それって辛いな(答:  同感 ! … しかし、ガンのピーク年齢は 70 歳代、認知症にはピーク年齢がなく、齢が進むほど増え、110 歳で実質全員だ。今の時代、ガンで終るか、または 老衰(= 認知症)の輪廻で逝くか ... 認知症のほうが ガンより長生きできて 良くありませんか?)。

(708) 認 知 症 に サ ン タ は な し

(708) 認 知 症 に は サ ン タ は 無 し  

先日に入所された 96 歳の女性、歩き回ると息切れがして、診断は 「陳旧性心筋梗塞・ 認知症」 で(要介護 4 )だとのこと。

♣ しかし前の病院に甘えて長逗留 (とうりゅう) はできないし、一人暮らしの自宅にもいられないのでパール入所を選んだ、とおっしゃる。会話は極めてクリアで、ご持参の薬は 「16 種類」 あった。さてここで問題 ―― 96 歳のこのご婦人の現状を維持するために この 16 種類の薬がすべて必要なのだろうか?

♣ 一般に 薬に関しては面白い観察がある ―― ドクター・ ショッピングの多い人は概して多薬 (ポリファーマシー)、つまり処方される薬の種類が多いのだ。一つの訴えに付き一つの薬が追加されれば、訴えの数ほど薬が増えてしまう。また、本人が薬は効いていないと思えば 別のドクターに行き、そこでまた薬が増える。

♣ 十の薬には十の効果があるが、十の 毒作用 もある。一般に高齢者は 四つ目の薬が始まると、それらの積る毒作用が重なって耐えられなくなり、状態が悪くなる。つまり多薬剤の患者さんに出合うと次の三つの場合を考えねばならない : ―― かなりのドクター・ ショッピング、 かなりのしつこい多愁訴、 受け持ちドクターは相当に薬好き のドクターか?

♣ さて 「サンタ」 については時々お話をして来たが、この問題には 新しい症例に出合すごとに悩まされるものだ。復習するが、「サンタ」 とは 「使っ、良かっ、効い」の「 3タ 」 である。例えば 「便秘薬、 睡眠薬、 痛み止めなど」 の 3 種類だけなら患者自身の自己判断のサンタだけで問題はなかろう。しかし、時には 「使った、 良くなかった、 効かなかった」 もあり、悩ましくなる。

認知症にはサンタなし

♣ 薬が効かない、と言う人があれば その原因は次の 三つ の内のどれだろう? ―― 効能書き以外の使い方をした、 効能があるのか ないのか分からない( 図 1 )、 そもそも効能を疑ってかかっている。

♣ 人間は感情の動物だから、「薬は効く」 と思い込んでいれば 「ジンタン」 でも効く。だが、そもそも 「効く」 とは何か? 正しくは裁判所の判決の基本と同様に考える。裁判官は頭の中で、 「被告は無罪」 を前提とする ; これを(帰無仮説 (きむかせつ)  と呼ぶ)。つまり審議の中で 被告は「白」ではあるが、 もし被告の「黒」( = 罪) が次々と解明され、無罪とは言い切れなくなると、そこで初めて 「有罪かな?」 を検討する。要するに 「人は潔白である」 として出発する訳だ。

♣ 薬についても 問題の薬は 「効かない」 、という帰無仮説で出発する。中立を保った服用試験を重ねて、その帰無仮説を否定できる時、つまり 「利かないとは言えない」 から、ここに初めて、薬は 「利く」 と判定できる。

♣ 製薬会社にとって、「効く」 と 「効かない」 の判定は 営業上 天地を分ける重大な相違であるから、ここで ちょっとした トリック も有り得る。同じ 「効く」 であっても 「効く= 90 %」 の場合と 「効く = 50 %」などの場合は、最終判断で 「効く」 に分類されるけれども、実地での評判は 「天と地」 の差が出てくる。

♣ 有効 90 % の例として よく 抗生物質やステロイド・ホルモン が挙げられる。だが、認知症薬の場合は 判定が分かれ、効く場合と利かない場合の両方が ある という訳だ。

♣ ところが、認知症と診断されれば、機械的に認知症薬がよく処方される。もし 「サンタ」 で判定するとすれば、「使った・ 良くなかった・ 効かなかった」 も存在していいはずだが、そんなことは ほぼ無視され、薬は全世界で用いられている。

♣ 例外の一つは フランス政府 であって、昨年 8 月 1 日 以後、認知症薬 4 種類のすべては無効であるとして、医療保険適応を外してしまった。認知症の原因はまだ十分理解されていないが、その最大の原因は対象が すべて 「高齢老人」 であることだ。「アルツハイマー」 (AD) が薬で治った人は、なるほど 一人も いない実態なのだ。

認知症にサンタなし

♣ 似て非なる薬剤の典型は 「鳥と蝙蝠 (こうもり) 」 にたとえられる。本当の 「鳥」 は すいすい空を飛ぶが、飛ぶだけなら 「蝙蝠」 だって出来る … 鳥と蝙蝠の違いは、ここに書くまでもなく、はっきりと違うのである (図 2)。「鳥無き里の蝙蝠」 という比喩だって、みなさん 実感する事があるだろう?

♣ 私たちは 「薬は効く」 と思い込んでいる。その結果、冒頭に述べたように、高齢でありながら 16 種類の薬を飲み、毒作用 に悩む人が現実にいるのだ。

♣ 内服薬は一般に 「3 種類を越えれば」 「毒作用」 に注意しよう。「闇に鉄砲、数(かず)撃(う)ちゃ当たる」 という金言があるが、16 種類の弾を撃てば、どれかは当たるだろう、だが、他のどれかは 「毒」 なのだ。

♣ 私は皆さんがたにお伝えしたい … もし ある高齢者が 3 種類を越え 6 種類以上の薬を内服している場合には、まず薬は効いていないと 「帰無仮説」 を立て、「使った、良かった、効いた」 の金言が真実かどうかを確かめて欲しい。認知症薬の場合には この サンタの現実 は明らかに 「 効かず ! 」 ;フランス政府 の判定も 「効かず ! なのである。1923字

要約:  96 歳で 16 種類の薬を内服して、副作用に悩んでいた例を紹介した。 薬は 「効く」 と思うだけでは不十分だ … 必ず 「使った・ 良かった・ 効いた」 の帰無仮説を確認してみよう。 普通の人に有効な薬であっても、超高齢の認知症の人に多種類を用いると、「毒作用」 の点で悩む人が少なくないことを知っておこう。

職員の声

声 1: 大きな病院に行って 「薬を減らして下さい」 とは言いにくい(答: 欧米では薬は 原則 1 種類、場合によって 2 種類 ―― それほど我が国は 医師・ 業者・ 患者 三者 ともに多薬を望む特異性がある)。

声 2: 患者の メンタル に効くのも薬の効果だろう、薬を貰って 「楽」 になる人は少なくない(答: 仏教やカソリック のように 「飾り」 で酔って貰うのも一法ではある、ただし限度がある)。

声 3: この 96 歳の女性、16 種類の薬とは驚く … 医者と薬品会社の陰謀か?(答: これらに本人を加えて 三者の合作 なのである …この 三者 のうち、薬の倫理を一番 軽視しているのは たぶん本人だろう ―― 本人の訴えには抗しきれない場合があるのだ)。

声4 : 病気を治さないまでも、症状を遅らせることが薬の役目か?(答: 薬は がんらい 治しません、本人の回復力を 援助する のみ ―― 従って 回復力の薄い老人には 「猫に小判」 )。

声 5: フランス政府は認知症薬を無効としたが、だったらどうする?(答: 中核症状は大脳細胞の脱落によるものであって、年齢と同じく 治る性質 を持たない … だから 「生活療法」 で対応する ... 薬で治らない脱落を 元に戻そうとすれば 「多薬」の危険を冒すことになるかも知れない)。

  

(722) 環境と寿命延伸

  # 722: 環 境 と 寿 命 延 伸 (えんしん)  

  東京・ 渋谷駅の北口に 「忠犬ハチ公」 の銅像がある。恋人同士が待合う場所として 今なお使われている名所だ。パールの職員で朝夕この場所を通る人もある。

♣ ハチ公は飼い主が亡くなったあとも、「お見送り・ お迎え」 時間に渋谷駅に現れたことで 「忠犬」 として知られた。その頃 犬は戸外で飼われ、犬小屋があっても冬の寒さで肺炎を; 夏は蚊に刺されフィラリア感染症にかかる; 餌は残りご飯に味噌汁をかけ、など、生存環境にも今とは各段の差があった。昔 犬の寿命は 7 ~ 8 年、今の犬の寿命が 20 年に及ぶのと比べれば、2 倍以上の差がある。近年 犬の長い寿命は主に餌と環境の好転が主因とされる。

♣ ヒトの寿命も外部環境に著しく左右される。 昭和初期の頃に比べれば 平均寿命は 46 歳から最近の 87 歳 へと約 2 倍に延びた。人はこの違いの原因を 抗生物質や点滴など 「医療の進歩」 と理解する。それも否定できないが、普段 目に付かない 「生活環境」 の相違が意外に大きな鍵となる。

環境と寿命延伸

♣ 例を挙げれば:――昔風に 家族みんなの衣類の洗濯を 盥 (たらい) と 洗濯板 でやるとすれば、家庭の主婦は どんなに体力を消耗 (しょうもう) したことだろうか(図 1)? 毎日これをやっていれば寿命が擦り減ったに違いない。食品管理も同じくで 冷蔵庫はなく、献立の基本は 「一汁一菜」 ―― 麦ご飯のほかには “味噌汁” と 一皿の “目刺し” ―― 低栄養の上 お腹には多数の 「回虫」 が住んでいて栄養を横取りされる。食品事情が家族の寿命を支配したことは疑いない。また、日本式住居は夏暑くて 老人は脱水で倒れ、冬は酷寒の肺炎で命を刈り取られる; 寿命 50 歳にたどり着くのさえ至難の技であった。

♣ 現代の平均寿命 87 歳は 「医療の役割」 もさることながら、日常生活から生活苦が軽減された故でもある。その結果、寿命は延び、予想もしなかった 介護問題 に直面した。長生きとは このように多要素の絡み合いで達成されているのである。

♣ ここで今日の本論である 「寿命」 は 「平均寿命」 がよく用いられ、その “内訳” は 「自立寿命」 と 「依存寿命」 に分けられる。誰もが 「自立寿命を長くし、依存寿命を短くしたい」 と思うが そんなのはムリのようだ; だって長命の終の 10 年前後を自立で過ごせる人は稀ではないか? 1, 2)

♣ 別の見方で言えば、昔は 「内臓寿命」 が人の寿命を決めていた。ところが 今は 「脳寿命」 が、つまり脳の病気 = 「認知症」 が 人の寿命を脅かす時代となった。ハチ公は腸の寄生虫病で若くして死んだが、今の犬はベビーカーの上で大切に飼われ (図 2)、昔の 2 倍以上も長く生きる。だが、老いれば犬でさえ認知症になってしまう。

環境と寿命延伸

♣ さて ここで、命の福祉は 何が判断指標になりうるだろうか?それには 「尊厳」 とか 「幸せ」、などの立派な答えもあるが、誰にもが分かりやすい最終目標は 「長生きの程度」 ではないか?衣食住 の安楽、病気の治療など、すべての結果は 「寿命の延伸 (えんしん) 」 で決められるだろう。

♣ そこで、長生きの基礎は 「身体事情」 と 「環境事情」 に分けて考えてみよう。身体事情はヒトの遺伝子が決めている寿命であって、昔は 50 歳程度、今は 「人生 100 年時代」 とされる。だが、白髪・ 老眼・ 難聴・ 歯の喪失などは ある年齢に達すると本人の意志とはほぼ無関係に発生する … これぞ遺伝子がもたらす現象である。

♣ 他方、環境事情は上記の 「二つの絵」 を比較すれば 目が覚める思いではないか?―― 人間は昔風のきつい環境で寿命は今の半分; 他方 今の犬は 車椅子に乗せられて安楽な寿命は 2 倍。 え ? 環境ってそんなに影響が大きいの? ―― その通り、凄く大きい。

♣ 千年前の人間の遺伝子は今とほとんど違わないが、縄文・ 弥生の時代、寿命は 25 年程度、今はその 4 倍に増えた。だが 恐るべし、今 100 歳の人は多かれ少なかれ 認知症 であり、よってこれが最大の身体寿命・ 環境寿命の上限であることを知る。

♣ 世の中には身体・ 環境の実状を無視して、人間の寿命は 600 歳 間違いなし 1 ) ・ いや 1,000 歳まで延ばせる 2 )、 などの説がもてはやされている。が、老人の傍で暮らす介護・ 看護・ 医療人はそんな説にちっとも興味を示さない。なぜって人は 100 歳、犬も 20 歳で認知症になる現実をよく知っているからだ。

♣ 私らは今、家庭で また施設でお年寄りたちと生活していて、彼らの 末(すえ)永かれ ! を祈るが、時には目を醒まそう … 今の日本の現実は 「哺乳類動物の極限寿命」 を見ているのだ、と 3 ) 。パール・ 特養の平均寿命は 20 年前で 89 歳・ 現在が 89.9 歳で最高が 108 歳。何も変わっていない 4)

♣ その上、超長寿と認知症は同じものの 二側面 なのだ。ここで一服して、寿命の延伸祈願は もうやめよう。我々は今、可能性の上限に達しているのだから、騒ぐことなく 今の満足を微笑んでみつめては如何だろうか? 1990字 
 
要約:  ヒトの身体寿命とは、 「生活環境」 が最良のときに期待できる 「天与(てんよ)の寿命」 である。 生活環境は変えられるが長生きの遺伝は動物の種 (しゅ) によって定まっており、ほぼ変えることはできない。 過去の寿命の延伸は 50 年に及んだが、人類はその限度に達した今、いろんな雑音を気にすることなく、現状の幸せを享受することこそが本当の幸せだと信じたい。

参考:  1 ) 新谷: 「ついに 600 歳か?」;福祉における安全管理 #401, 2013. 2 ) 新谷: 「寿命、え? 1,000 歳 ! 」 、 ibid  #582, 2016. 3 ) 新谷: 「ライオンの 3 倍も生きる」; ibid # 616, 2017. 4 ) 新谷: 「棚ボタ七つ」、 ibid  #707, 2018. 5 ) 新谷: 「本当に人生 100 年時代なのか?」、 ibid # 709, 2018.

職員の声

声1 : 今二十歳の私が百歳の高齢になったとき、幸せが訪れて来るでしょうか? (答: 今の百歳の方々が幸せであると観察なされば、あなたにも きっと幸せがやって来るでしょう)。
 
声2: 超高齢で、しかもみな認知症だ、という現実をみると、ヒトはそもそも 100 歳を迎える生物ではないと思うことがある (答: データを良く観察して欲しい――百歳寿は人口の 0.05 %、つまり 2,000 頁の辞書の 1 頁に相当する少数である 5 ) 。よって、百才寿とは、無理を承知で やっと超長寿になった「希少」な人々であり、統計分析の感想は不要ではないか?)。

声 3: 環境を無限に良くしても、長生きの限度はもう頭打ちだ 3 ) (答: (こよみ) の寿命ならまだ延びる余地はあるのだろうが、その前にまず認知症を退治しなければ どうにもならない)。

声4: どんなきっかけで長命時代が訪れたのか――豊かな栄養で?スポーツで? (答:(さかさ) に考えればすぐ答が出る――従来の死亡原因は 「戦争・ 飢餓 (きが)・ 外傷・ 感染症」 を筆頭として、皆 若い。 これら全部がほぼ消えて無くなった結果、人は長命にならざるを得ず、やっと老衰の果ての死にたどり着くのである)。

(721) ロ ハ の 功 罪

(721) ロ ハ の 功 罪   
  
  さて、今日のお話の中で 「無料」 とは 「対価を払わず モノを得ること」 で、これを 「ロハ」 という。

♣ 人も動物も 何か欲しい物があれば、まず その物に近寄って 「食べるか、所有すれば」 よいのだが、もし先客があれば 歴史的には 「盗む」 = 「無料」 から始まり、それができなければ 「取引する」 = 「有料」 になる。

♣ 人の本性 は、進化の真髄 = つまり「横着 (おうちゃく) で 楽 (らく) すること」 だから 1 ) 、「ロハ ! 」 の一声で誘惑に負けてしまう。たぶん多くの人は 「医療や介護」 のロハ を望むだろう。

♣ 我が国の厚生省は半世紀前の 1973 年、理想に燃えて老人医療を無料化した ! ! 私は うかつにも 病院の待合室が 突然 老人で込み合ってきた様子を見て、「あっ ! 医療は無料化になったんだ ! 」 と気付いたのを覚えている( = 病院待合室の老人サロン化)。

♣ また、「社会的入院」 と呼んで、回復の見込みがなく 手間ばかりかかるお年寄を ロハに近い待遇の病床に永く預ける、などの風習も全国的に広がった。

♣ 無料であれば 対応がどれほど手間取るかの 料金体系 にも無関心になるから、風邪や軽傷でも大病院へ駆け込み、高度な治療が当然という風習も確立された。サービスを受ける側 (患者側) の権利が強調され、患者さんは 「患者様」と 呼ばれるようになり、節度を知らない彼らの高い要求レベルから 「モンスター」 (化け物) と言う名称も 一頃 生まれたほどであった。

♣ 当然 医師・ 看護師 の不足に拍車 (はくしゃ) が掛かる世相が生まれたわけだ。一床当たりの単価は、医療設備のある病院では高価にならざるを得ず、医療費は ウナギ登り となって福祉予算を圧迫した。無料化してから 9 年目、ついに 「無料化は廃止」 に追い込まれた次第なのである。「無料化の理想」 は 付随する強い副作用に負けてしまったのだ。

ロハの功罪

♣ このように、理想と現実 との間にある 不都合な解離を 「モラル・ ハザード」 と呼ぶ(図 1)。その意味は、「モラル」 とは “倫理”、「ハザード」 とは “望ましくない事態” のことである。合わせて 「モラル・ハザード」 は 「倫理欠如の事件」 のことで、がんらいは経済学の用語であった。太宰 (だざい) (おさむ) の小説・ 「走れ メロス」 は倫理の約束をキチンと守ったフェアな心のメロスを褒め称えている。

♣ つまり、倫理欠如とは 「みんながやるから 僕もやる」 という一種の 群衆心理の無責任節 である。例: 保険を掛けておいた我が家に火をつけ、多額の保険金を請求する行為、これは犯罪である。これほどではなくても、保険をかければ、注意義務は低下し、結果として火事のリスクが高まるかも知れない。保険金詐欺や殺人の手口にも使われている。危ないことだ。

♣ その根本原因は 「社会全体の利益」 を考えずに、「自分の利益だけ」を追求する人間の 「ずるい心」 にある。人は 「生命進化」 の過程によって “賢く なった” ハズだが、残念ながら同時に 「ずるくにもなった」 ので、解決困難なトラブルが続くことになる 2 ) 。「ロハ」 は人の心を 「佛から鬼に」 してしまう。

♣ このように 「無料化」 と 「モラル・ ハザード」 は互いに手と手を携えて進軍する。ここで注意しよう ―― 「無料と無償」 は似て非なるものである (説明――図 2)。無償の例は ボランティア、 生活保護費の支給、 福祉の「セイフティ・ネット」、 ニート・引き籠り手当て支給 などなど ―― 第一 これらは、そもそも有料を考えていない。一般に 「人気取り政治」 は無料支出に熱心であって、結局 莫大な無料のための借金を国民に押しつけることになる。

ロハの功罪

♣ あなたにとって、そして誰にも通用する社会を愛する姿勢とは、「入 (い) るを計って 出 (い) づるを制す」 という 「先を読む慎重な姿勢」 ではないか?たとえ 理屈と手続きを通した場合であっても 「ロハ の一声」 に転んでしまえば、モラル・ ハザード の罠にはまる危険があることを知っておきたい。

♣ 1973 年の ロハの医療 (老人医療はロハ )は その典型だった。只今、2000 年スタートの 介護保険は まだその轍 (てつ) を踏んでいない ―― その理由は、「僅か一割」 であっても個人負担の制度があるからこそハザードを免れているのだろう。

♣ にも拘わらず、全身機能の著しく低下した高齢者への過剰医療は相変わらず少なくなく、胃瘻 (いろう) や不思議で高価な延命処置はロハに近い。これらは 病院も家族もが 陥るモラル・ ハザード であり、慎むべき現象ではないだろうか。もし これらの処置が 「有料」 であったのなら、諸外国と同じく ロハのモラル・ ハザードは防げると思う。

♣ 福祉における正しい 「ロハ」 は非常に有難いけれど、相乗りの 「よこしまな人の心理」 をなんとか防いで、「健全な社会的ロハ」 が享受されるようなシステムを求めたいものである。

♣ 動物なら自分の利益だけで行動する … 敬老精神なんてナイ ... 人間は大脳の発達により 「賢く」 なり、また 「ずるく」 にもなった ―― そのためか、佛さまやイエスさまがお生まれになったのかも知れない。 1972字 

要約: 人間はロハ (無料) になると、サービスの注文を意図的に増やす 「悪乗り」 の誘惑に駆られることがある。 そのような 「倫理欠如」 の行動を 「モラル・ ハザード」 と呼び、「無料」 と 「無償」 の違いをはっきり認識した行動が望まれる。 ロハ の一声に転んではいけない――また、公 (おおやけ) の会計だからと心を許し、モラル・ ハザード に陥いる事のないように 心を引き締めよう。

参考: 1 ) 新谷:「正しい横着をお奨め」; 福祉における安全管理  # 719, 2019. 2 ) Wheel-right, J. : "Days of Dysrevolution" ; Discover May 32~39, 2015.

職員の声

声 1: 老人医療が無料なのは結構だが、モラル・ハザードの為に破産となった(答: 老人に限らず、無料とハザードは同じ道を歩む性質を持つ)。

声2: 小児医療を ロハ にして貰いたいが、支える人口が減少しているから財政破綻は目に見えている(答: 願いと現実は擦り合せしなければ空頼みとなる … いくら筋が通った支出でも、無い袖は振れない … 巨大な老人医療費を少し回して貰えば済むことだがね)。

声3: 必要なものは それにふさわしい対価を払う、それが人間の節度だと思うけど(答: 人間、大抵は真面目だけど、人は 齢をとると認知力が低下し( 85 歳人口の半数近くは 多少とも 認知症)、節度を求めても無駄になります)。

声4: 私の祖母の時代、老人医療は ロハ の特殊な時代だった … 何でも タダ 、山のような薬も ロハ 、それでも不満な老人たちは苦情を並べ立てていたと言う(答:その頃の為政者は 「ロハ こそ理想」 と熱血に燃えていたのだろう … 老人の心理・実態を勉強すれば すぐに分かることなのにね)。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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