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(734) 長生きなら 病気でも構わない?

   (734) 長生きなら 病気でも構わない?

以前の “安全管理” で、「福祉は “じわコロ” を推奨するのか?」 を話した 1) 。「じわコロ」 とは “ぴんコロ” の反対語で、“じわりじわりと世を去る" という多くの我々の有り方である。

♣ ご存知、人はある年齢まではたいてい自立しており、食事・ 排泄・ 入浴・ 着衣 などの “身の回り” を自分で行うが、この時期を
「健康寿命」 と呼ぶ (図1)。やがて齢をとり、自立が困難になって他人のお世話に依存しながら暮らすようになるが、こうなった時期を WHO (世界保健機構) の呼称により 「病気寿命」 と呼ぶ。

♣ 健康寿命と病気寿命を併せたものが 「全寿命 (平均寿命) である。病気寿命は近年、思いのほか長く、男 9 年、女 13 年という長期間である(図 1)。多くの人は 「病気寿命がそんなに長いとは気付かなかった … じわコロは嫌だ、ぴんコロで逝きたい」 と不満げである。

長生きなら 病気でも構わない
♣ 人間、誰しも 「元気で長生き」 を望むものだが、現実は厳しい。ほとんどの人は 「自立で元気な健康寿命」 の後、やがて 「病気寿命」 を余儀なくされ、そのあと “じわりじわり” と世を去るのが慣わしである。健康寿命の後には必ず病気寿命がくっついているのだ。

♣ では病気寿命がなくて、いきなり 「突然死」 でも宜しいのか?そこで訊ねてみると、多くの人が意外にも 「ぴんコロが良い」 と希望する。「ぴんコロ」 とは 「ぴんぴん長生き、コロッと往生」 という意味である。

図 1 をよく見て欲しい… もし病気寿命の部分を短かく削れば、その分、全寿命も短くなってしまう。 現実には、病気寿命が長いからこそ、初めて全寿命が長く保証されている。

♣ そこで人は初めて考え直す … 「いや、ぴんコロも良くないな …病気寿命のせめて一部を健康寿命に振り替えて元気な時期を長くしよう、と 「足し算・ 引き算」 を試みる。

♣ しかし賢明なあなたなら “それは困難だ!” と即座に気付くだろう … だって、もしそれが可能な日本であったのなら、街を歩く元気な老人が著しく増えているハズだし、老人施設の整備も少なくて済むハズ ―― 現実の我々は すでに限度いっぱいの健康寿命で生活しているのだ。

♣ 当たり前のことながら、ヒトは建て前として 「健康のまま逝きたい、病気はイヤ、 仮に病気になっても良い治療と介護を受けて末永く生きていたい」 。要するに 「何が何であれ、生きていたい 。

♣ でも、世界一の長寿を誇る日本でありながら、その実態が “世界一長い病気寿命” であるのでは威張れないではないか。

♣ 人類は寿命に関して過去の 20 世紀後半に著しい好転をみせ、日本で言えば、戦前の昭和 15 年の女性・ 平均年齢は 43 歳であったものが、現在は 2 倍の 86 歳に達している。だが、それでもまだ満足できず 長生き したい。

♣ そこで昭和 15 年のその昔を振り返ってみよう。その頃には 「健康寿命・ 病気寿命」 の概念もなく、現在の女性のように病気寿命のまま 13 年も生存ということは不可能だった。昔にも 結核 などの病気寿命はあったが、医療レベルは今よりも各段に低く、介護保険もなかったので、仮に病気寿命があったとしても 短期 なものだった。その後、全寿命が延びるにつれ、影のように病気寿命がくっついて来て、現在 それが男 9 年・ 女 13 年に延びたのである。

長生きなら 病気でも構わない

♣ では、今後はどうなるだろう? 仮に全寿命が 100 歳以上 に延びても、その年齢の老人に 「自立」 を求めるのはまずムリだ ―― つまり、人間、ある年齢 (たぶん 90 歳頃) を越えると もう健康寿命は期待できず、余命のすべては病気寿命となるだろう(図 22 ) 。どんなに健康寿命が延びても、病気寿命はほぼ 13 年間のまま、減らないでそこに居座っているのが現実なのだ。

♣ 人々は簡単に 「病気寿命はイヤ、健康なまま一生を過ごしたい」 とおっしゃる。だけど我々がどんなに介護に勤しんでも、ご老人たちに増える年月は病気寿命だけなのだ 3, 4 ) 。それは残念な事だが、では 他にどんな選択肢があるのだろうか?

♣ 皆さん方、我々は、長生きできれば 病気寿命でも構わないようだ。そしてそれに必要な予算は、「弱者は強者」 と言われるように、働ける強者たちが負担せざるを得ないのだ。それは我々の将来像でもある ... 老いた弱者のために 頑張ろう。1750字

結論:   全寿命は戦後 目覚しく延びてきたが、それにつれて病気寿命も延びてきた。 病気寿命は現在男 9 年・ 女 13 年に及ぶが、ヒトは何とかしてこれを短縮し、その短縮分を健康寿命に繰り込みたいと願う。 ところが、健康寿命の長さは今、ほぼ限度一杯に達しており、今後 長生きできる寿命は 「病気寿命しかない」 という現実に直面している。 過去は過去、我々は今、自分の病気寿命を幸せに生きるしかない。

参考: >1) 新谷: 「福祉はジワコロを推奨するのか?」 ; 福祉における安全管理 #507, 2015. 2 ) 新谷: 「健康寿命の最大限界値」 ; ibido # 514, 2015. 3 ) 新谷: 「じわコロ」で満足」; ibido # 577, 2016. 4) 新谷: 「長生きできれば 病気でも構わない」 ; ibido # 599, 2016.

(676) 介 護 期 間 を 縮 小 し た い け ど

(676) 介 護 期 間 を 短 縮 し た い け ど   
  
 厚労省やマスコミは 近年 「平均寿命」 はそのまま維持し、「介護寿命だけを短縮する方法」 を手探りしている。

♣ ここで寿命の定義を纏(まと)めておこう (図 1)。平均寿命とは 「出生時、あと何年生きられるか」 の平均値である … 死亡した人の平均寿命ではない。介護寿命 とは 「介護保険の指定」 を受けた人の寿命、および指定がなくても状態が同じならそれも含まれる。健康寿命 とは 「自立して日常生活を営む」 人の期間である。

介護期間を短縮したいけど

♣ 人は健康寿命で生涯を過ごした後 要介護寿命 に移り、その終点で世を去る、と設定される。図 1 は男女の各種寿命の相違を模式的に示したものである。

♣ 戦前は健康寿命が短くて 50 歳程度、その上 介護寿命なんて存在しなかったので、全寿命も 50 歳前後であった。今は健康寿命が 男 71 歳・ 女 74 歳に延び、その上 更に介護寿命が加わって、男 9 歳・ 女 12 歳ほどが上乗せになったのである。まるで別の人種の高齢寿命のような豪華さである !

♣ ところが人間はたいへん 欲張り であって、せっかく全寿命 (平均寿命) が世界一長いのだから、その終末にある要介護期間というケチな存在が “邪魔っけ” に感じられるのだった。

♣ もし 「入院」 日数なら、なるたけ減らしたいように、要介護期間 も 出来るだけ削りとって、それを健康寿命に繰り入れ、健康な期間を長くしたい―― つまり介護期間などに ご縁の少ない状態のまま ピンコロ で逝きたいと 人は願う。でも、今の高齢社会で 介護なしで逝くことが出来るだろうか?

♣ そこで健康寿命と介護寿命の関係を調べてみよう (図 2)。図は女性を代表として、最近の 12 年間の介護期間を ○ で囲んで示す。蘭の下の数値で示す健康寿命は少しずつ延びているが、その上に○で記載されている介護寿命は 12 年間の観察では ほとんど変わっていない … つまり、介護期間は不変で居座っている現実があるのだ。
介護期間を短縮したいけど

♣ この所見に対して、大抵の女性はこうおっしゃる:――いくら寿命が延びても 「健康」 でなければ価値がありません、と。つまり健康寿命の後に続く介護期間の 12 年間が 大変お気に召さないのだ。

♣ 介護期間を短縮できるかどうかが 今日の話題だが、ご存知のように、日本では 2000 年に介護保険が始まって以来 今で 19 年が経過――ずいぶん昔に終末を迎えたハズの高齢者が保険のお蔭で延伸した寿命を 今 享受されている。

♣ では諸外国ならどうか? 図 3 は日本と先進諸国の関係を示す。

介護寿命を縮小したいけど

♣ 見ると、「平均寿命」 は各国バラバラであるが、「健康寿命」 は およそ 71 歳で似通っている。71 歳 という所見は、皆 先進国から である以上、人類遺伝子の共通所見なのであろうか?同時に、この所見は、人口ピラミッドの観察で、死亡現象が系統的に始まる 「屈折年齢」の 70 歳にもよく符号している 1 ) 。70歳頃という年齢は、先進国における天然寿命の限度を示すのかも知れない。

♣ ところが「介護寿命 」(不健康な期間) は国によってバラバラだが、日本は有意に長い。日本女性は介護寿命が特に長く、全寿命も長い――つまり介護に力を入れる日本は全寿命も長くなると思われる。

♣ 全寿命が延びるためには 「健康寿命」 が延びることも同じく大事であるけれど、諸般の事情によって、「健康寿命」 は大幅に今より長く延びることは望み薄である 2 ) 。しかし人々の長命願望は著しく大きいから、介護寿命を長くせざるを得ないだろう。

♣ 因みに去年 パールでは、介護生活が 「19年間」 も続いた 98 歳の女性、同じく介護生活が 「17年間」 も続いた 108 歳の女性を経験したが、済んでしまえば 誰もこの長い介護生活を ウェルカム していた訳ではなかった。つまり介護寿命がバカ延びしても人々は呆 (あき) れるばかりだった。

♣ 逆に重症な 2 例では入所後 2 週間余りで世を去られ、ご家族の嘆きは只ものではなかった。つまり介護寿命と言えども、長過ぎるのも・ 短すぎるのも人々の心を繋ぎとめられないのである。これは ルーの法則 (Roux’s law)通りに、「過ぎたるも・ 不足なるも 丁度良きものに及ばず」 の結果なのである。

♣ 確かなことは、もし本気で長命を望むなら介護寿命を延ばすことが一番 的確なやり方であるが、果たしてそれが適正なことなのだろうか? 日本の 「延命第一主義」 の作意がここに影を落としてくるのではないか?

♣ 今日の話題は 「介護期間を短かくしたい」 ことであったが、介護保険の実務上の答なら、「介護期間の長短を人為的にいじるべからず」 という、なんだか変な ジレンマ に落ち着くことになった。これが まともな結論であって良いのだろうか?1825字

要約:  全寿命の末尾を飾る 「病気寿命」 を減らして 「健康寿命」 を長くしたいと誰しもが願う。 ところが 健康寿命というものは人類に共通な特性として 70 歳近辺 であって、これ以上 多くの年限を望めない。 したがって全寿命の延伸という念願を満たすためには 「病気寿命」 を 医療・介護によって延ばす以外の道はない ... でも、これでは病気寿命を減らしたいという希望と 矛盾 してしまう。やっぱり人間、観念することが必要だ !

参考: 1 ) 新谷:「屈折年齢と福祉」; 福祉における安全管理 # 579, 2016. 2 ) 新谷:「介護期間を短縮する」; ibid # 320, 2012.

職員の声

声1: 介護の目標は 「健康寿命」 を増やし 「介護寿命」 を減らす … 簡単なことではないか?(答: それが難しいのだ … 例えば タバコを止める・ 酒を控える・ 早寝早起きに徹するなど、健康寿命を増やす実践はほとんど非実現的。他方、健康寿命を減らす好き勝手な生活は一杯あるが、たいてい大叩きとなるよ ! )。

声2: 寝たきりでも生きていて欲しい、というのは 「家族のエゴ」 か?(答: もし私費のご生存なら、要介護 5 の 年間 500 ~ 900 万円の経費が掛かることを知れば、ご家族は黙ってしまうだろう)。

声3: 介護期間は日本女性で世界一長く、それを少々減らしても良いのでは?と言う意見もあるほどだ(答: 介護期間が短い、とは介護の手を抜く、に通じるものがあり、とても嫌がられる)。

声4:  健康寿命は 日本・ 欧米 でほぼ同じ 72 歳頃だと聞きビックリした … つまり全寿命が長いということは、健康寿命の後に来る 「介護寿命が長い」 ことに他ならず、少々ガッカリ だ(答: 人口 ピラミッドを眺めても、先進国は 70 歳頃から人口が減り始める 1 ) 。そこから先をどれだけ元気に生きるかが 「先進国の甲斐性」 なのである)。

(732) 長 命 の 華

  (732)   長  命  の  華   
   
江戸時代まで人々がどんな病気で亡くなったか、統計もなく 西洋医学もなかったから実状は推察するほかはない ―― たぶん、栄養失調・ 外傷・ 感染症 (結核など) などであっただろう。

♣ 昭和 13 年の統計によると(図 1)、結核死の花盛りは「 20 歳前後」、哀れで 「短命の華」 の物語で満ち溢れていた。その頃 新聞はこう報じていた = 「結核が薬で治った例なんて聞いたことがない」 と ! せめて 50 歳までは生きていたい、が念願の時代だったのだ。
長命の華

♣ ところが 戦後 結核に有効な ストレプトマイシン が突如現れ、日本の状況はめまぐるしく変わった。いまや結核の死亡順位は 1 位から 10 位以下に落ちたのだ。だが 幸せは長く続かなかった。結核が落ち込めば、「ガン・ 心臓病・ 脳卒中」 がバトンタッチをして猛威を振るい始めた。

♣ しかし、これらの生活習慣病は結核と違い、罹患年齢が若年期から初老期に移動し、病気年齢が高くなった。これらは ある程度 予防が可能であるが、昭和 60 年以降のバブル景気に酔った日本人は 真面目な予防に励まなかった。なかんずくガンは 33 % 程度の死亡率を占め、現在もなお 恐怖の王座を占めている。

♣ そんな状況であっても、ガンを乗り越え生き残る人々はどんどん増え、人口はついに戦後の 6 千万人から 1 億 2 千万人へと 2 倍に増え、現在では平均寿命も 50 歳から 87 歳まで、40 年近くも延びて来た。これほど短期間にこれほどの長命が達成された例は世界広し、といえども 日本が初めてである。

♣ もし、この 「長生き」 が 「幸せ」 だけで終われば世の中は天国だったハズだったのだが ―― 実は、人知れずにガンの後釜を狙っている変性疾患の 「認知症」 が待ち構えていたのである。

♣ 考えてみると 死因第一位の病気の種類の変遷は、昭和中期までは 「感染症 = 結核」、続いて食べ過ぎの 「代謝病 = 糖尿病 → 脳卒中」 そして病気類の最期を告げるのが 「新生物 = ガン」 であると思われていた。

♣ ところが、世の中はそんなに甘くはなかった … 従来 聞いたことのない 「脳の変性症」 、つまり 「認知症」 が新たに疾患群の中に食い込んできたのだ。変性症とは 「使い古してガタが来た」 状態を言い、髪の毛の変性と言えば 「白髪、禿げ」 である。つまり、認知症は脳の変性症、禿は皮膚の変性症、見た目の状態は違うが 疾病レベルで言えば同格の変性症なのである。

♣ そこで新しく問題になったのは 「認知症への対応」 である。たいていの人にとって初めての経験となる新参者の 認知症 ―― 50 年まえには 「恍惚 (こうこつ) 」と呼ばれ、「痴呆 (ちほう) 」と怖れられ、混迷の過去があった。

♣ 2000 年に 「介護保険」 が施行され、痴呆老人は家庭から施設へ移され、家族の負担は著しく減った。そこで 蘇 (よみがえ) る合言葉は 「お年寄りを大切にしましょう」 で 、「介護保険での親孝行」 の新しい時代が訪れた―― つまり、家庭での親孝行は減り、親を施設に預けて孝行をする流れである。

♣ 先進国 (スエーデン・デンマークなど) では、すでに 2010 年頃から、親を養う義務を家族から国家へ引き継ぐ制度に変わって来た。つまり年とった親の面倒は国が見る訳だ。日本も徐々にその方向に近づきつつある。この点で認知症は過去の 「癌や脳卒中」 などの病気の対応 とは大きく異なっている。

♣ 認知症は 65 歳頃から始まり、5 年ごとに倍々ゲームで数が増え、100 歳に至ると誰もが認知症になる(図 2)。つまり認知症は病気ではなく 「長命の華 (はな) 」なのである。この 図 2 は、前述した図 1の 20 歳ピークの結核死亡 = 「短命の華」 と対照的である ーー 片や20歳でピークをもつ「結核型」、片や100歳にピークをもつ 「認知症型」。 したがって 「長命の華」 は家族の責任には属せず、やはり国家が福祉政策によって対応すべきものであろう。

長命の華
........... 年令(横軸)と認知症の頻度%(縦軸)

♣ だが、ここに大きな 矛盾 がある。つまり、我々は誰でも長命を欲する ―― しかし、長命になれば必ず 認知症 ( = 華) が訪れてくる。 “ 長生きしたいけれど認知症はイヤ ” は通らないことを やっと近年になって学んだのだ。「認知症は治療で 治るか?」 の問題は 両立しない矛盾を解くような難問であり、「老化を治す」 という 手ごわいテーマに等しい。

♣ 思い返せば、病気の歴史は 「感染症 (結核) → 腫瘍 (ガン) → 変性症 (認知症)へと遷移してきた 。そして我々は 今 人類の遺伝子が許す最大寿命に達している。「認知症は治るか?」 の質問は 「飽くなき延命願望を どの点で妥協 するか?」 に答えるようなものである。

♣ すべて物事は “行き過ぎが戒められる” 。ある意味で、古くから言い伝えられる 「ルー (Roux) の三法則 」 は、延命さえ 「行き過ぎはダメ、不足もダメ」、つまり 「長命の華」 とは丁度良いバランスこそが ベストだ、と教えている のではないだろうか。1992字 

結論: 平成の介護保険で長寿を重ねに重ねた認知症の方の心は本当に幸せなのだろうか? 「人間の遺伝子寿命を凌駕 (りょうが) するような過大な延寿」 を目標にすることは賢明ではないと思われる。 行く末の目標は “程よく” が 「長命の華」 なのであって、決して 「延命を重ねに重ねるること」 ではない。

(727) 高 齢 の 一 人 暮 ら し

  (727) 高 齢 の 一 人 暮 ら し

一人暮らし老人の問題がいつになく厳しくなっている。

♣ 問題が二つある:―― それは 現在 65 歳以上の老人数は昔(4%)の 7 倍( 28 %)に増え、やがて 更に 10 倍(40 %)へ、――つまり、人口の半数近くが老人になってしまう。

独居老人は圧倒的に女性が多いが(図 1)、介護保険が始まった 2000 年以来の 10 年間で、比率でみると独居女性は 2 倍 に(11 %→ 20.3 %)、独居男性は 3 倍 (4.2 %→ 11.1 %)に増えた。独居老人の問題は深刻である。

♣ 女性の独居老人が多い理由は、一つには女性の方が長生きすること、二つには夫婦の年齢で女性の方で多くは若い事であろう。

高齢者の一人暮らし

♣ 高齢の一人暮らしの問題点、特に「食事・ 排泄・ 清潔・ 緊急通報」の 4 点は「人権問題」 に繋がる。その上 認知症の頻度は 85 歳で 40 % → 100 歳で 80 % → 110 歳で 100 % のように激増して行く 1) 。 独居で、しかも認知症という現実への対応は福祉問題を越え 世界の人類問題になっている。

♣ 人は夫婦であっても年月とともに どちらかが先に逝き、残ったほうは独居になる。その際、たとえ肉親の同居が望まれても、高齢になった子や兄弟は それぞれ家族を持っているし、一括同居はたいてい新たな問題を起こす。

♣ 親のほうも その大変さが予想できるから、ムリ押し をせず 独居生活のほうを選び、たいてい‘病気・ 死亡’ が発生するまで独居が維持される。けれど、独居生活は本人の強い意志による選択なのだから、第三者の口出しは たいてい不適当となる。そこで、独居問題の 将来展望 はどうなるだろうか?

♣ 私は人間の自由が尊重される社会なら 独居老人・ 孤独死の問題 は 現状のまま続くのではないかと思う。だって問題の老人は、「自由か さもなくば 束縛か」が問われているのであり、強制されない限り自由を選ぶのは自然であろう。

♣ その他に、今、あなたの周りに、同居しても いいよ、と言ってくれる現実の相方がいるだろうか?

♣ 昔の 「死」 は家庭での死が大部分であった。救急車の発達した 50 年まえから、これが病院での死 90 % に移ったが、それには様々な社会環境の変化、特に 三世代所帯 が 二世代所帯 に代わったこと大きく関与する。

♣ しかし今の家族構成からみれば、家庭での死は たとえそれが望ましくても実現には困難が多い。だからと言ってそれを病院に頼るのは 時代錯誤 である… 病院は 「治す所」 であって 「死ぬ場所」 ではない。それだけに、日本の環境変化に沿って逝く場所選びが望まれている。

♣ 多くの人々は 施設生活 を勧めるが、残念、需要に対して供給は特養で 15 % 、精神病院で 2 % 程度しかない 2 ) 。条件が劣る他の施設に入所を希望する人は僅かであり、大部分は独居生活のほうを選ぶ ―― 当り前でないか。ナゼ受け皿が少ないのか? それは莫大なお金がかかるからである !

♣ 特養の建設費は一床当たり 約 2 千万円; 平均要介護度’を 「4 ~ 5」 とすれば、運営費が お一人年間 約 500 万円(自己負担 1 割)、しかも希望する老人のすべてを収容する余力はない。つまり、国民生産に関与しない老人の お一人の社会的養老費がどんなに多くの予算を必要とするのかが理解できよう。

♣ 現実を見れば 日本の 「健康寿命」は、男・ 71 歳、女・ 74 歳 であり、国際的に比較してみても、これ以上 長くなることは期待薄である (図 2)。よって今後、健康寿命が大幅に延びるとは予想できない。もし全寿命が延びるとすれば それは依存 (病気) 寿命が長くなるだけ である――つまり、特養などの 「施設入所寿命」 が増えるだけだ。

高齢の一人暮らし

♣ 思えば 我々は 全寿命が 世界一 なのであるが、それの末期は誰でも 「病気・ 依存寿命」 であり、その年月は 男 9 年、女 12 年と長い。つまり、長生き = 他力本願 の長生きが延びるだけである。しかし国民に聴いてみれば、病気寿命を減らしたいと、現実とは矛盾することを望む。この不一致の矛盾はどう解決すれば良いのか?

♣ 強情を張って、最後の最後まで独居を主張すれば、老人は孤独死に至るかも知れない。それは、他人様には哀れに見えるかもしれないが、それも一つの 「避け難い運命」 だと覚悟したらどうだろうか? 当の本人は 高齢の認知症が進み、「時」 の概念が消失するから、 “死の不安” は無くなる。よって孤独死の不安は薄まっていく。

♣ つまり、人間関係は 「程よい距離感・ 忘れない視線」 だけが適切になるのだろう。したがって 「孤独死の周辺対策」 とは 当人の問題ではなく、「周りの人の焦り」 だけであって、他人様が過剰に感じる責任感とは異なるものではなかろうか。

♣ 一人暮らしの矛盾は、やはり 「一人暮らし」 で解決されるのだろう。 1960字、

結論: 老人が ますます長生きするのは天の祝福であるが、一定数の老人が独居生活によって 時には 孤独な生活に陥るのは、統計の眼でみれば、今後も存在し得るだろう。 彼らは彼らなりに自分自身の宿命が一番 幸せと思うのであり、本人の希望に沿ってあげるのが適当ではなかろうか? 家族・ 知人との 「程良い距離・ 忘れない視線」 が一番 有難いのではないか?

参考: 1) Robert Epstein, “ Brutal Truths About the Aging Brain”, Discover 10:48~76, 2012. 2 ) 斎藤正彦:(# 3)患者460万人以上 推計の 1.5 倍、YomiDr. (2013.6.30読売新聞)

職員の声

声1 : 私は将来きっと一人暮らしいなるだろう … 似た仲間と似た話題がはずむが やはり 「貯金」 は大きな柱です(答: 女性は結婚していても最後の 12 年程度は統計的に一人暮らしだ … 逆に男性は、そもそもスタートの若い時から一人暮らしの可能性が女性の 2 ~ 3 倍多い、男女別の傾向はたいした差が無いようだ)。

声2: 「老々・ 認々介護」、いずれも認知症になってしまえば もう 「どうしようもないよ ! 」( 答: 実務に勤めて感じることは、人間って身体の老化に見合った生活の望みで暮らしを調節すれば良いのに、心の望みは昔通りの高望みで身分不相応 … 乱れたバランスの結果、どうにもならなくなる)。

声3: 「認知症」 になっているが故に 「将来不安」 を感じることがないし、孤独死 だって怖くはない(答: それ故に 認知症は 「神さまからの最大の贈り物」 とも呼ばれるほどだ)。

声4: 本人と家族との間に 「程よい距離感・ 忘れない愛情」 が大事だと思う(答: スエーデン式だね、ところが案外にそれが難しい … 超高齢になると家族だって高齢、友達は少ないか居ない … お互いに心が乾燥してくる … 認知症になっても 「疎外感」 は自覚されるようだ)。

(731) 多々老少子 と フィボナッチの 兎算

(731) 多々老少子 と フィボナッチの 兎算

(うさぎ) は、小さな檻 (おり) の中で文句も言わず小兎を産み、増え続けることで有名である。

♣ 兎の増え方を観察した 13 世紀のイタリア人に フィボナッチ という数学者 がいた。兎は生後一月半で子を産み始める。月を追うごとに子の数を記録したら 一年で どこまで増えるのか、を彼は数学的に考えた。その前提として 一つのペア (雌雄) 兎は、産まれて 2 カ月目から毎月 1 ペアの兎を産む; 兎が死ぬことはない。この条件で産まれた 1 ペアの兎は 1 年の間に何ペアーに増えるか?

♣ 答えをメモ用紙に逐一 (ちくいち) 書き記すと(図 1); (1), 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233; つまり 233 ペアとなる。フィボナッチはこの数列を観察して、ある規則性を発見した。つまり、1 の数から出発して、自身の数に、前の数字を足した和が 後ろに来る数となる、のだ。

多々老少子とフィボナッチの兎算

♣ たとえば 「2」 に着目すると、「2 + 1 = 3」、「3」に着目すると 「3 + 2 = 5」 といった具合だ。後ろに行くに従って大きな数になる。この面白い数列は 「兎算数列」 であり、「フィボナッチ数列」 とも呼ばれる。この数列は単に兎算だけでなく、自然界で 「ヒマワリの種の並び方、花びらや枝の生え方」 などの螺旋の中に発見される。もちろん、自然界は 数学だけで処理されるものではないから、無限にこの数列が 発散 するわけではない。

♣ このフィボナッチ数列のサンプルが 「人口増殖」 の観察にも見られる。図 2 は 「大和時代から現在までの日本人の人口経過」 を示す。徳川時代の 300 年 の ‘膨らみ’ は、部分例外 となるが、全体の図形はフィボナッチ数列の図形化である。

♣ 鎌倉時代の人口は 1 千万人 にも満たなかった 徳川時代になって 約 3 千万人に達し、鎖国による食糧事情によって人口はそこで 飽和 ; 明治時代で再び人口は急速に膨れ上がり、2008 年 (平成 20 年) でピーク に達した。これら人口の消長は その裏に歴史的背景が隠されているが、今はフィボナッチだけを観察しよう。

多々老少子とフィボナッチの兎算

♣ 私は初めてこの図を見たとき、思った ―― 何だ?日本人は兎算で増殖してきたのか? 我々は兎の一種なのか?と白 (しら) けたものである。そう言えば、日本の経済バブルが始まった 1965 年( 昭和 40 年)の頃、日本の鼻息は荒かったけれど、西欧の人々は日本人のことを 「兎小屋に住む兎算の人々」 と呼んでいたっけ。

♣ なるほど、たしかに その頃の大学生の下宿は 6 畳和室なら二人住まい・ トイレは和式で共用・ 風呂は銭湯であった。一般住民も似たり寄ったりで、日本住宅は彼らの目で見ると 「兎小屋だった」 のであり、まったく、今昔の念に打たれてしまう。

♣ 話を元に戻す。兎算増殖と言っても それは初期の増殖を示すだけであり、数列が無限に発散するものではない。発散が止まる 理由 : 餌・ 排泄物の世話・ 仲間喧嘩・ 病気・ 生活空間の制約 など色々である。

♣ 日本人口はフィボナッチ数列で増えてきたが、兎と似たような理由で 2008年 に 飽和のピーク を迎え、以後 収縮段階である (図 2)。そもそも人口が無限に発散して増えた前例は歴史的にはない。

♣ ところが日本の学者さまは真剣に日本のピーク後の人口収縮を憂えている。いわく、国富が減少する・ 国防上の危機が訪れる・ 老人福祉は存亡の瀬戸際だ . . . などなど。それはそうかも知れない ―― だがフィボナッチ数列は自然の中で ある限度に達したら、上記のような 理由 で 収縮するのが運命 なのである。それを憂えるよりも真の原因を考えるのが大切だ。

♣ 日本の人口増大の特徴は何か?それは 「多々老少子」 であって、戦後、老人は 7 倍に増え (4 % → 28 % ) 、子供は半分に減った (30 % → 1 5 % ) 。歴史的にこんな 「いびつな」 増え方で繁栄した民族があっただろうか? 老人が増えれば、子供は産んで貰えないのが道理ではないか?

♣ つまり、日本のフィボナッチ・エネルギーが 飽和・ 収縮 に陥った原因の多くは 「多々老少子」 であったのだろう。生命と言うものは 「子孫確保」 があってこその生命である。いま、将来を担う若い生命の数が足りているか?

多々老少子とフィボナッチの兎算

♣ 実際には、近年 人々が 「人生 100 年時代の到来」 のイメージに興奮する余り、人生後半の老人福祉に力が入り過ぎて、逆に前半若者のケアが「おざなり」になっている。その一つの表れが 「晩婚・老産」 であり、平均初婚年齢が 男 31 歳・女30歳(図 3)ーーーこれでは赤ちゃんの数に期待はできないだろう。

♣ 日本は既に1.2 億人余の人口を擁しているので、今よりも多産が求められる訳ではない。しかし、フィボナッチの兎算エネルギーを もうちょっと人生の前半と後半へ均等に注げないものか。つまり、老若のバランスを工夫して進んで行くのが正しい解決なのではないだろうか?1936字 

結論: 日本はフィボナッチ数列で人口爆発をする能力が潜在することを示した。 今後は人口の規模を他国と意味なく競わず、人口 数千万人程度の中堅国家として、ふさわしい平和と福祉の高揚を主張してはどうだろう? 日本の 「多々老・ 少子人口」 の異常さもこれで解決の道へ歩み寄るのだろう。

参考: * 新谷: 「日本女性の平均年齢は86歳か」、福祉における安全管理 # 466, 2014.

職員の声

声 1 : 人口減少の問題をどのように解決すべきか?(答: 老人福祉は 「長生きが目的の一つ」 となるが、人々が長生きすれば当然 少子が招かれる… みんなはこの矛盾を承知していなかった)。 

声 2 : どんな形であれ、無限に増殖する人口なんて無い、フィボナッチで限界が来なければ 別な形の終末が来るだろう… それらに共通な末路は何か?(答: 従来の繁栄の末路は 「飢饉・ 伝染病・ 戦争」などだった… それは ライオン・ 鼠・ 細菌類など すべての生物の運命であった… 最期には不満足な平衡状態が訪れる)。

声3: 環境的には何一つ問題の無かった若者たちの問題点は 「晩婚・ 老産・ 少子化」 だった… 若者たちは自分の将来を予測していなかったのか?(答: 生命は子孫あっての意義ある価値だ――今の日本は 2 千年前に栄えた ローマ のよう… 子が減り やがて 3 流国に落ちぶれる)。

声4: 「量より質」 を求める時代になれば、どの国だって 「多々老少子」 は通用しないだろう(答: 「多々老」 の上に もしも 「多々子」 が重なったら、結果は最悪の悲惨となるだろう)。
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

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