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(783) 漢 方 薬 と は ?

(783) 漢方薬とは?   

漢方医学とは、古代中国医学の影響を受けた 「日本の医学」 である。よく勘違いされるが、「漢方」 は 中国( 支那) 方 ではなく、「日本方」 (にほんほう) である !!

♣ 伝統的な日本には 金創医 (きんそうい)、御殿医・ 民衆医 があった。金創医 は刀の傷を治す医療者であって、卑しく貧しい身分の職業だった。御殿医は貴い方の病気を 「おまじない」 によって治す高級医だった。民衆医は 「体質と証」 (しょう) によって 「生薬」 を処方して病を治す仕事に従事していた。

♣ 「しょう」 とは 「症状の組み合わせ」 を意味し、たとえば 「頭痛・ 発熱・ 咳の組み合わせ」 などである。いずれの医療も基本的には伝統的な 「おまじない」 によって病気に挑む方法であり、その原理は、科学的な 因果関係を重視する現代医療とは比べられない。

♣ 1877 年( 明治 10 年 )、西郷隆盛 と 日本政府 の間で 「西南戦争」 という戦いがあり、死傷者は 1 万人を越えた。従来の武士の 「こぜりあい」 なら 10 人とか 20 人の負傷者の始末をするだけだったが、鉄砲傷を含む 何万人の手当ては、日本では経験がなかった。

♣ そこで、政府は、傷病者の手当てをする人たちの 「手つき・ 考え方」 を観察し、「漢方はダメだ、洋法を用いよう」 と決め、以来、日本は 洋法医学で統一 された。洋法の裏には “まじない” ではない “科学” があったからだろう。なお、看護の重要性をも認識し、1886 年 (明治 19 年) には日赤看護婦の養成を開始した。

♣ そもそも 「科学」 は 西洋の暇な旦那衆が趣味として 「理論ごっこ」 を楽しんだ芸であり、その歴史は今から 2500 年前の古代ギリシャ時代の ターレス に始まる。日本では和歌や俳句が旦那がたの趣味だったが、西洋では 「自然哲学」 と称して 「科学する芸」 が普及し、鉛を金に作り変える 「錬金術」 (れんきんじゅつ) などが ほんの 150 年まえまで研究されてきた。

♣ リンゴ が枝を離れて地面に落ちる、でもナゼ?と考えた アイザック・ ニュートン は、旦那芸としての自然哲学を応用して、「重力と質量の数学」 という論文をラテン語で発表し、現在の惑星探査科学にも繋がる偉業を成し遂げた。

♣ ちなみに、ニュートンと、日本の俳諧の祖である 松尾芭蕉 は 同じ 1644 年生まれだが、片や 国際的な 「重力と質量の科学」 、片や国内的な「 わび・ さびの文芸」 の違いを示し、どちらも天才でありながら、後世へ受け止め方はずいぶん違った。

♣ 科学が旦那衆の 「趣味」 から 「実用」 になった 初めての事件が、ベンジャミン・ フランクリン の 「雨雲の中に凧 ( たこ) を上げる実験」 だった( 1752 年 )。これによって、旦那衆の趣味であった 「雷は電気である」 という発見が、教会の塔の上の 「避雷針」 という実用に発展し、アッと言う間に 欧米が科学的事実を日常生活に応用する技を磨き始め、旦那衆の趣味が実用的な産業革命の幕開けに繋がった。

♣ 話を元に戻す。漢方は上記のように 「証」 (しょう) という手法で病に迫る。ところが この方法は個人的であって、関係当事者に効くかもしれないが、病の 「原因治療」 ではない。

♣ その上、「中国方」 薬の粋とされる 「犀の角・ 人の化石」 などは なぜ病気に効くのか 想像できるだろうか?(= 希少で高価だから)。チベット地方で採取される 「冬虫花草」 (とうちゅうかそう) は ナゼ珍重されるのでしょうか? (= 珍しいから)。その効能は科学では説明できない。こんな話題が日本の漢方の足を引く。

♣ 盲検どころか、難病などの場合、「溺れる者 ワラをも掴む」 だから、漢方がしばしば出番となる。これに対して、洋方は 「因果関係」 という手法で問題を解く。簡単に言えば、洋方は 「二重盲検法」 で有効であれば 「効いた」 と判定する。他方、漢方は二重盲検法が不可能だ; なぜなら漢方薬は幾種類かの成分混合薬であり、そのうちの一つを取り出して調べることは出来ない。

♣ 明治のお役人が西南戦争の傷の処理法で納得したように、洋法は人の心を科学的に、個別的に納得させる。これに対し、漢方は人をふんわり包んで治してくれる。

♣ ふんわりの例―― 私は子供の頃、転んで手に擦り傷を負い、泣いた。それを見た私の祖母は「 親のつば 親のつば」 と唱えながら 自分の指につばを付け、私の傷をさすった。私はビックリして祖母の顔を見つめ、傷はすぐ治ったと記憶している。科学で効くのか、愛情と習慣で効くのか、要するに 「効けば」 よかろう ―― そう、効くことが本質だ。

♣ 日本は昭和 40 年代の黄金時代に 「カネ余り」 を経験し、余裕があったので 「二重盲検法」 の適用ができない 「漢方薬」 も健康保険に採用されるようになり、今では市民に愛される時代になった。

♣ 最後に一言: 薬が効くとは案外に難しいものである。 1950字

要約:   漢方とは中国からの処方のように聞こえるが、これはほぼ純粋に日本独特の薬である。 漢方は元来 生薬 (しょうやく)と呼ばれる動植物の材料を煮詰めたエキスであったが、使いやすい粉末に作り直されて多用されるようになった。 漢方は常に混合薬の成分であるため 「二重盲検法」 が出来ず、 主に日本国内で愛用されている。

職員の声

声1: 漢方が日本独特の薬とは知らなかった … プラセボ効果はないのか?(答: 漢方は 「二重盲検法」 が効かないので そもそもプラセボという発想はなく、かならず 「効く」 という堅い信念が必要である)。

声2: ナゼ漢方に保険が効くのか? 欲しければ薬局で買えばよい、認知症に 「抑肝散」 がよく処方されるが全然効いていないよ(答: 全世界的に認知症に効く薬は無い…かと言って処方がなければ手持無沙汰と思う人があるからでしょぅ)。

声3: 漢方の幾ばくかは科学的な有効根拠があるのか?(答: 効能書きには 「根拠あり」 と書いてあり、好事家にとっては有難い薬なのである)。

声4: 漢方が廃れていないのは 「一定の効果」 があるからであろう(答: その通りと思われるが、ではナゼ日本人だけに効くのだろうか?)。

(773) " S o r r y " 法

Sorry ( ソ リ ー )” 法 ( ほ う )
 
電車やバスが急停車して他人の足を踏んずけた場合、あなたは 「あ、すみません; ごめんなさい」 などと、とりあえず謝るだろう。そう言うのは社会的なエチケットであり、人間関係を解きほぐす潤滑油になると思う気持ちがあるからだ。

♣ 私は一家 5 人で アメリカ・ クリーブランド・ オハイオ に 2 年間住んでいたことがある。住んでいた家の前の道路はほぼ 3 車線くらいの幅があり、ゆるやかに傾斜していた。道から家に向かって 2 メートル程度の芝生スペースがあり、さらに 2 メートル幅の舗装された歩道があって、そこから家の敷地が始まる … 普通の住居区域であったが なにせ土地が広いアメリカ、日本では考えにくい広さなのであった。

♣ 家の裏庭には高い木が 2 本あり、小 5 の長男と近所の友達が枝に登ったり ぶら下がって遊んだりしていたが、さっそくお隣の親切なノ リスおばさん が訪ねてきて注意された:―― たとえ子供たちが楽しんでいても 万一枝から落ちて怪我でもさせたら、戸主のあなたが医療責任を負わねばならず、子供たちの木の遊びは禁止しなさい、とのこと。うーん、厳しいけれど 日本でも聞いたことがある警告だな。

♣ 雪が降ったある朝、家の前の歩道は真っ白で 冬のムードいっぱい。さっそく ノリスおばさん がドアをノックする:――アメリカでは家の前の歩道で雪に滑って怪我をする人が出たら、あなたの責任を問われる…すぐ “雪かき” をしておきなさい。うーん、たしかに歩道はゆるく傾斜しているからその必要はあるわな。このようにお隣のノリスおばさんは気を利かしてよくアドバイスをしてくださったものだ。

♣ しかし、ビジネスの中では慎重になって、なかなかそれを言えないことがある。

♣ 特に医療・看護・介護の中では 「禁句!」 とされている。つまり、滅多のことで “I am sorry! ” と言ってはいけないのだ。もし、それを言うと、後で裁判になったとき、「”I am sorry! ” と言って自分の非を認めたではないか」 と反撃されるかもしれないからだ。

♣ 西洋流の考え方だが、人にサービスをする職業を 「プロフェッション」 と言い、神職・ 司法職・ 医療職がある。これらの人たちは仕事の中で 「ごめんなさい」 は許されない 厳しい現実がある。

♣ しかし、何がなんでも謝らないという社会は、考えただけでも息苦しいことだ。とくに最近の 「医療訴訟」 で、「もし、医師が誠実に謝ってくれたら訴訟までには行かなかった」 と言う声が増えてきた。時代が変わって来つつあるのだろう。

♣ アメリカは “I am sorry! ” を絶対言うな!という社会だったが、このところ考えが変わってきた。1986 年にマサチューセッツ州で施行された 「Sorry 法」、別名 「アイムソーリー法」 と呼ばれる法律があり、現在では 36 州で施行されている。

♣ この法律は、医療事故が起きた場合に医師が謝ってもそれが訴訟時に不利にならない、というものだ。もっと率直に “I’m sorry!” と言おうではないか、という法律だ。航空機事故でも同じこと ―― 航空機事故は 「事の顛末」 と 「責任関係」 は全く切り離され処理されている。

♣ 昔、福島県の 「大野病院・ 産婦死亡事件」 の判決があり、「有罪」 が 結局 「無罪」 となった。内容的に 「無罪」 は納得であるが、私はきっと 「謝り方の不手際」 があったのではないか?と危ぶんでいた。事故に際して、「力及ばなくて申し訳ありません」 の一言は必要だったのではないだろうか。

♣ 仕事の内容上、「ごめんなさい」 とは、なかなか言えなかっただろうが、それに代わる真摯( しんし) な説明と心の交流があって然るべきだったと思われる。加藤医師は、昔風に 「決して謝るな!」を 実行したに違いない。

♣ 時代は変わりつつある。「Sorry法」 は、まだ日本の法律になっていない。しかし、「力及ばなくて申し訳ありません」 の一言は、これからも大事だと思う。

♣ 福祉の世界で現実的に一番怖いのは 「転倒・ 骨折」 である。高齢者の 転倒・骨折 のほとんどは 「個人行動中」 で 予防は不可避かも知れないが、それから逃げる訳にも行かない。すなおに謝ることから始めて、あなたが 誠心誠意 を表すことが大事だろう。

♣ そのさい、言質 (げんち) を取られるとか、責めたり責められたりのないように、正しい観察が大事となる。1757字

要約: 悪意の全くない環境であっても、他人に迷惑がかかると 詰問・ 訴訟 されることがある。 うかつに 「ごめんなさい ! 」 と謝れば、問題がややこしくなることを避けるために、アメリカでは 「ソリー法」 が設定され、心のトラブルを避ける道が開けた。 「ソリー法」 は日本の法律ではないが、素直な 「ごめんなさい ! 」 が通じるような 医療・ 介護環境 はとても望ましいことである。

(771) 長 生 き と 幸 せ の ど っ ち を と る ?

(771) 長 生 き と 幸 せ の どっ ち を と る ?   

人は 「長生き」 と 「幸せ」 の両方を求める生き物である。これらを求めない者は 「赤ちゃん か 認知症」 ではないか? 

まず 話題を二つに分け、 長生き を考える。長生きの長さは “数値” で表されるから 分かりやすいだろうか?日本女性の ‘平均寿命’ は 世界一の長寿で 「 87 歳」、歴史が始まって以来の最長寿記録だ。つまり日本女性は 「長生き」 を達成したチャンピオンであって、「長生き」 に関する限り “最大に幸せ者の候補” と言える。

♣ だが 果たして 長生き = 幸せ だろうか? 90 歳寿 の女性に尋ねてみると 答えは たいてい こうだ: ―― 「いくら寿命が長くても “健康” でなければ 「幸せ」 とは云えません」 と釘を刺す。

♣ 今時、健康とは三つの領域を指す――身体の健康・ 精神の健康・ 社交の健康 のように三つの健康があり、大抵は 「身体の健康」 だけでおしまいとされる。いい歳をして、三つとも健康な人は稀ではなかろうか?

♣ そう言えば 近年、「健康寿命」・ 「依存寿命」 という表現が導入されている 1 ) 健康寿命図1) とは、他人の援助なくして健康に過ごせる人生を、 依存寿命 とは、‘健康寿命’ を卒業した後 病気や介護などで 他人への依存が必要になった余生を言い、両方を合算したものが 平均寿命 である。厚労省の統計によると、女性が健康な期間は平均 75 年 、その後 他人依存の期間が 12 年、合計 87 歳が平均寿命となる。男性の場合は、健康寿命 72 歳、依存寿命 9 年、合計 81 歳である。

♣ 昔、人生 50 年 の時代には、 “依存寿命”という概念は無く、健康寿命 が終わったら もう 50 年の人生は終わりだった。近年 寿命が 87 歳に延びたが、そのうち 健康な部分は 75 年、後 (うしろ) の 12 年は病気の 12 年だ。つまり、長生きとは 「元気だったあとに続く病気期間」 との合算である。

♣ 人間は、90 歳頃を越えれば、日々 他人の助けを得て生きることが殆どである。つまり、歳をとれば 身体・ 精神・ 社交 100 % の健康長寿とは言えなくなる。換言すれば、長生きとは 「病気寿命が長い」 に ほぼ等しい。

♣ 「元気で長生き」 と言うモットーは、人生が 50 年であった戦前の願望であり、その “長生き” の欲張りは せいぜい 還暦 ( 60 歳) とか古希 ( 70 歳) で終わっていた。だが、今のお年寄りが口にする 「長生き」 は 100 歳代 大越えの願望であって、還暦や古希のような若い年齢は 「猫に小判」 の格下げになってしまった。しかも、「長生き」は 100 歳で終わらず、その先に繋がるもので果てることがない ! … 今や 長生きとは 数値では言い表わせない 長がーい期間 になった。あなたが挨拶代わりに 「お婆ちゃん、長生きしてね ! 」 と言うとき、あなたは具体的に 「何歳」 をイメージしていますか?

次の話題 主観的な 心 = 幸せ に移ろう。 もし、「努力 とか 喜び」 という 抽象名詞 なら、あなたは頭の中で それを ピックチャー (絵) に して描くことが出来るに違いない … しかし自分で感じる 「心の幸せ」 を どんな絵で表せば良いのか?(図 2)。 また、これを 「長寿」 のように “数字” で定量的に表せるだろうか?

♣ WHO(世界保健機関) は独自の点数配置で世界の国々の幸福度を数字で採点し、一般に 「開発途上国 で幸福度は高く、先進国 では低い」 と断じ、日本は諸国の中で 40 番目位 であったと言うが、これはあなたが思う 「幸せの点数」 とは、きっと別なものに違いない。

♣ ところが、認知症の特徴は 「記憶」 を失い、見当識 (= 時・ 所・ 人) の混乱をもたらすことであり 2 ) 、物事の抽象能力がほぼ無くなるから、「長生きや幸せ」 のような将来感覚は 本人が理解できなくなる。。

♣ 人生 50 年時代の昔は まだ 「ボケる以前の死」 であったから ”死にたくない” ように感じられただろう。だが 今は 「超高齢ボケで死ぬ時代」 だから “幸・ 不幸” を問題にする人はほんの一握りだけになった。つまり 「幸せでいたい」 というモットーは “馬の耳に念仏” の時代になったのである。

♣ 大脳機能の減衰する認知症では、すべての「感情」は枯渇 (こかつ) し、本人自身がボケてしまっているから、そもそも何を求めたのか 結局は ‘訳が分からなくなってくる’ のである。事実、お年寄りは 滅多なことに 「私は 幸せ ! 」 と言って下さらない――他の多くの精神疾患と同じく、「幸せ」 とはおっしゃらないが 「辛い」 とはおっしゃる。

♣ 「幸せ」 という言葉は、国や社会、個人によって意識に出たり消えたりする。「長生き」 は 数字で表されるから ‘客観的に’ 議論されるが、「幸せ」 は ‘主観的 過ぎて’ 本人の口からの出まかせとなる。

♣ しかも現在は 介護保険の時代であって、「長生きと幸せ」 は 単に物事の “まくら言葉” になってしまい、言う人も 言われる人も、何を語っているのか、これ以上 深い議論はできないように思う。

♣ あなたは お年寄りに向かって 「長生きしたいですか? 幸せになりたいですか?」 などを尋ねることがあるだろうか?1921

要約: 
 昔は “人生は 50年” だったが、戦後 老人の定義は 65 歳以上となり 、今 女性の平均寿命は 87 歳、人類の最高年齢 122 歳 …、人類の誰もが認知症になれる時代になってしまった。 ヒトは “高齢の認知症” になれば、“見当識” が消えてしまい、「長生き」 の意味が “猫に小判”となる。あれほど大事だった 「幸せ」 の意味はボケた老人にとっては “馬の耳に念仏” となる。 その人の要介護度が進行すれば 「長生きや幸せ」は 大事ではあるが、それは 「儀礼」 として理解するのが適当なのであろう。

参考: 1) 新谷:健康寿命の帰趨 (きすう)福祉における安全管理 # 510, 2015.  2) 新谷:中核症状と周辺症状のおさらい; ibid # 558, 2016.

職員の声

声1: 長生き健康の必須 3 条件は: ① 体の健康、② 心の健康、③ 人的交流の健康、この三つが大事なのである(答: 90 歳を越えると ② ③ が困難になる、特に ③ は)。

声2: 「健康でなくては幸せとは言えない」 という高齢者のお言葉に重いものを感じた(答: 90 歳を越えれば 上記 3 条件はほぼ満たされないまま 不健康な長生きに陥っているのが現実だ ―― だって老人だもの、しょうがないだろう?)。

声3: 老後の問題は山積みで、老人たちがほほ笑むことができる時代はいつ来るか?(答: 昔の人口ピラミッドは 三角形 で そのてっぺんに 4 % ほどの老人達がいた ―― 今は 「逆さピラミッド」 の形で てっぺんに 40 % に近い老人たちがいる ―― ピラミッドの形を変えない限り、老人問題を乗り越えることは困難だろう)。

声4: 高齢の認知症になってしまえば、長生きなんて理解できず、他人迷惑も分からず、きっと 「長生きで幸せ」 の目的は達成されているのでしょう(答: 結局、我々は加齢と共に認知機能が落ち、この問題に無関心となって終わるのでしょうね)。

(772) 笑 い の 寿 命

(772) 笑 い の 寿 命

え? 笑いに寿命ってあるんですか? ----- ええ、あるんです: だって赤ちゃんは生後三ヶ月くらいで笑い出すし、人は 90 歳くらいで笑わなくなるでしょう?----- 言われてみると、なるほど 笑いには寿命があるんだナー!

♣ 「笑い」 は生理学的な現象であるが、ふつう 「社会心理学」 でも よく取り扱われる。

♣ 「 笑い」 は人間の問題であるが、同時に動物の問題でもある。確かに、犬や猫は笑わない。ところが猿 (チンパンジー、オランウータン) は笑う。人が猿と分かれた進化の始まりが約 600 万年前であるが、人と猿は、それ以来、ずっと笑い続けているという。笑いはその人の元気さを表す指標でもあり、600 万年もの昔から笑いが続いたことは人類発展の基礎になったのだろう (図 1)。

♣ 今から 500 年まえ、コペルニクスは 「天動説」 を否定し 「地動説」 を採用した。このコペルニクスには 「コペルニクス原理」 がある;つまり “我々は特別な存在ではない” というものだ (We are not special)。それまでは、「人間という生き物は特別」 であり、神の思し召しが深い存在である ―― 笑うこともそうなのだ、と信じてこられた。

♣ 今では、地球は太陽の周りを公転する 「普通の惑星」 であるし、その太陽も銀河系の中で特に目立った星でもない。万物は流転、盛者も必衰である。さらに 「長生きする現象の物差し」 として 「笑いが続く年限は 100 万年」 というアイディアも紹介された

♣ コペルニクスは 「ある現象が長期に亙って存続すれば、数学的な処置によって、その現象が今後どれだけ長く存続できるか」 を考えた。その計算処置の基本は 「歴史の長い現象は、生き残りも長い」 ということである。たとえば、インターネットの歴史は今 20 年あまり続いたので、その存続寿命は 90 年以内と計算される、という。

♣ 野球は 150 年ほどの歴史であるけれど、2000 年後には野球寿命は終わっており、別な形のスポーツになっているだろう、と計算する。このような計算で 「笑い」 は今後どれくらい続くのか?「笑い」 はすでに 600 万年の歴史がある … だからあと 100 万年後になっても笑いはずっと続いているだろう、と計算する。

♣ ここでの問題は 笑いと年齢の関係だ。子供たちは ちょっとした事でも笑うけれど、歳とともに笑わなくなるような気がする。15 歳 ± 5 歳の女の子は “箸が転んでも笑う” と言うほど笑い上戸 (じょうこ) だ。逆に、教育が厳しい時代には 「若い男は白い歯を絶対 人に見せてはならぬ」 と躾けられたものである。

♣ ところがこれに対して私の知っている、ある高名な病院の院長先生、75 歳。その年の忘年会で、若者たちが披露する 「お笑い劇」 を一番まえの席で見ておられた。彼はふと隣の人に言葉をもらしていた: 皆はこの劇を見て笑うが、私には何がおかしいのか、さっぱりわからない、と (図2)。

♣ 人は歳を取って偉くなると一般に笑って頂くことが難しくなる。つまり 「笑いの寿命」 を卒業するのだ。だがこの院長先生、実は半年後に 「正常圧水頭症」 のため、職から退いてしまわれた。水頭症とは一種の認知症状態で、大脳細胞が変性してくるので、抽象的な笑いが理解できなくなる。つまり、笑いが分かるためには、健全な大脳細胞が必要なのである。

♣ あなたの観察で、認知症の方々は、どの程度に笑っておられるか? 要介護 3 あたりでは笑う人もあるが、要介護 5 になると まず笑って頂けない。それは認知症の進行に応じて大脳細胞が減るので、可笑しさが分からなくなるからだ。

♣ しかし不思議なことに、精神疾患では一般に 笑わないくせに 怒ることはできるのだ。その一例の物語:――パールの特養で宝とされる長老の Y 様、104 歳のお婆ちゃま。この方はいつも怒ってばかり、人に当たって揉め事を起こしていた。ところが、先月の 「お化粧と撮影の会」 に出席し、専門家に特別のお化粧を施されると満面のほほ笑みを披露され、周りの人たちを 唖然 とさせた ―― 環境が変われば、怒りも笑いに変わることの証明になった。

♣ あなたがお世話しているご利用者は、まだ笑っておられるか? 笑いは、その方の元気さを測る 「ものさし」 になり、また確かなケア遂行の潤滑油にもなる。1734字

要約: 

人間は 「笑う」 ことのできる 「特別な」 存在である。笑いは赤ちゃんからスタートし、青年期には大笑いするが、一般に年を取ると笑いは少なくなる。 笑いの歴史は 300 万年以上あるので、コペルニクスは笑いの寿命が今後 100 万年以上続くと推論した。 笑っていた 75 歳の男性が笑わなくなった例は水頭症による認知機能が落ちたからであった。怒ってばかりいた 104 歳のお婆さんが笑い始めたのは 立派なお化粧を施して貰ったからであった。 笑いの寿命は 何百万 年もあるが、その基礎は健全な大脳細胞があるからである。

 参考: Why Laughing Matters. Jim Holt in Discover 7:67, ’08.

職員の声

声:1 要介護 3 のある利用者、箸が転んでも笑います、要介護 5 の別な方 ... 笑いません、私自身は笑うことを心掛けている(答: 笑いの観点から利用者の心を見つめることができる)。

声2: 認知症で笑いが減ることは大脳に ダメッジ が溜まった指標になるのか?(答: ダメッジ が溜まるのではなく、大脳の細胞数が減っていることの指標になるのだ)。

声3: 怒っている人に対して 「お元気ですね」 と対応できる自分でいたい(答: 気を付けて対応しよう … 怒ることは動物でもできるが、笑うことはできない。人間は怒っていても笑顔で対応すると 相手は拍子抜けして笑顔になる)。

声4: パソコンばかりを見ていると 誰もが怖い顔をしている(答: 振り返ってその気で観察すると 確かにそう … すくなくとも 「無表情」 だね、相手 (パソコン)が怒りも笑いもしない物体だから その表情を貰い受けるのだろう)。

(768) タ ダ と ラ ク の ひ み つ


(768) タ ダ と ラ ク の 秘 密

 その昔の昔、人類の祖先は 主として 狩猟・ 採集 の時代であり、自分たちが食べるだけを取る生活をしていた。

♣ つまり、:(動物生活) = 「空腹に応じて働き、空腹に応じて取る」 (腹が減ったら餌を取りに行く) という時代であり、取るものはタダであったが作業はラクではなかった。今のゴリラやチンパンジーと同じレベルだ。日本では 「縄文時代」 が これに対応するだろう。

♣ 次の時代は ずっと人間らしくなり、狩猟・ 採集 から 定住・ 農耕 の時代に移った。人々は食べる量よりも多くを (技術の獲得によって) 生産することができたので、直接農耕に従事しなくても生きて行ける人が発生し、敵から自分たちを守ることを職とする王様や天候を祈る神職等が発生した。つまり 社会は :(命令生活) = 「(人々は) 命令に応じて働き、(王は) 権力に応じて取る」 (強い者が弱い者に餌を取りに行かせる)時代に変わった。人類の大部分の歴史はこの基準で働いた。

♣ 数千年の歴史を経て、より合理的なシステムが工夫された。それが :(社会生活) = 「能力に応じて働き、労働に応じて取る」 (必要な餌を必要なだけ取る) という近代社会であり、日本では 社会制度としての士農工商が明治時代に廃止されて以後 まだ 150 年ほどの歴史である。

♣ これは良いシステムだとして受け入れられている。しかし、別な社会主義国では政治革命がおこり、その結果 :(共産生活) = (労働の有無に関係なく、必要な餌は要求する)というシステムも起こった。このシステムは 「必要」 が拡大解釈される問題があり、しばしば 「働かなくても、タダ取りは当然」 となり、コスト意識が希薄になってきた。

♣ 19 世紀から 20 世紀にかけての欧米の植民地政策では他国からモノをタダ取った。だが、この 「タダ 取りの搾取システム」 はやがてコケてしまった。日本でも昭和 48 年( 1973 年)、老人医療費を タダ にしたところ、「医療が タダ なら受けにゃ損々」 と言うモラル・ハザードによる混乱で、タダ の制度が破産した経験がある。

♣ 「 タダほど有難いものはない」 は誰しも思うが、「労働」 ~ 「生産コスト」 の関係を考えず、「分配」 の方法ばっかりを考えると、社会がコケてしまう。つまり 「タダほど高いモノはない」 結果となる (図 1)。

♣ さて、ここからが私どもの大事な 「タダ と ラク のひみつ」 だ。「高齢者が (老後に) 長生きする原理」 は諸生命の歴史に中で、人間だけに見られる ―― 天然生活の動物には、前回 申し上げた通り老後の生存はない。ヒトに近いチンパンジーでさえ、50 歳まで子を産み育てたら やがて世を去るのだ。上記の生活様式 ① ~ ④ 動物的・ 命令的・ 社会的・ 共産的) で大事な共通要素は 「働くこと」 であろう。

♣ でも、多くの高齢者は働く体力がない ―― ラク しかできない。どのようにして生存のための 「必要経費」 を調達するのが良いだろうか?「空腹に応じて?」、「必要に応じて?」、どれがあなたに一番しっくり来るか?

♣ 私どもが知っている諺 (ことわざ) は 「働かざるもの 食うべからず」 であり、 “空腹に応じて タダ で ラク に取る” は、大問題である。実際、働かずに保護を求める人たちは、福祉の領域でも多い。

♣ 老人保護については、「蟻とキリギリスの問題」 を出す人もある。蟻は冬の寒さが近づいたとき、空腹なキリギリスに餌を与えることを拒んだ ―― 働かざる者 食うべからずだからだ。

♣ しかし現実は、単なる保護の問題ではなく、増加してきた “老人の数” ではないか? (図 2) … 昔の高齢者は人口の 4 % 足らず、今は 7 倍の 28 %、やがて 40 % になる。つまり、お年よりが 「必要に応じて取る」 選択肢を取るのであれば、ラク する人が 4 % から 40 % に増えるから、社会全体の需要供給のバランスが失われてしまう。

♣ 仮に社会的貢献が少なくても、高齢者の保護は必須である、なぜって憲法 25 条には 「生存権の保障」 があり、国民一人ひとりの 「福祉と人間性の尊厳」 は尊重すべきだからだ。“タダの ひみつ” は 「元気で長生き」 という人々の願望にも表現されているが、なにせ タダ で ラク する老人が 4 % から 40 % に増えれば、市場原理も安定困難となろう (図 2)。

♣ 昔、社会が極度の貧困に喘いでいたころ、私たちの平均寿命は 40 歳代くらいであり、人がタダでラクして長くは生きることはできかった。しかし今は違う。日本人には他の動物には存在しない独特な敬老の精神があり、我々は老人を タダ で ラク させてあげることを誇りに思う。だが 「建前」 の上でそのように威張ってみても、「本音」 で現実の累積赤字をどう処理すればよいのか?

♣ タダ と 混乱 は対句になっているように思える … 心身の老態の中で、「タダ と ラク」 を維持する秘密は 永遠の問題なのかも知れない。1998字

要約:  人間は 「楽」 を求めて 「勤勉」 に働き、いろんな社会形態を経験した。 昔 老人人口は 4 % に過ぎなかったものがいま 7 倍の 28 % に増え、さらに 40 % に向かって増えつつある。そのうえ 増えた老人は 働くための 体力・能力 に欠ける ―― どうすれば老人に 「楽」 な人生を歩んでもらえるか? 所詮 それは無理であり、若者は必死で働くけれど、老人の 「楽」 にも限度があることを知っておきたい。

職員の声

声1: 戦争で苦労した現代の老人を大切にするため国はもっと頑張ろう(答: 兵士が大量に失われ苦境に立たされた社会事情は 「日清・ 日露戦争」 でも同じだったが、今回の 「第二次大戦」 の場合は、銃後の成人寿命が 40 年も延び、社会が異常に老化した特別な事情がある)。

声2: 私は 「今」 を頑張るが、自分の 「老後」 は ラク して生きていきたい(答: もちろん それは正直な意見だが、ラク する人が 4 % から 40 % の負担増に伴って 以前のように 贅沢な ラク はできなくなっていく)。

声3: 苦を苦とも思わず ラク と思えば おのずと人生は楽しくなる(答: 楽を追えば楽は逃げて行く、苦から逃げれば苦は追いかけてくる……と似た警句だ…..今の問題は 「苦 楽」 ではなく、タダ で ラク して平気の平左の人たちを問題にしている)。

声4: 「多々老」 が ラク をされると 「少子」 が泣きます、ラク したかったら貯蓄して自分でヘルパーを雇って下さい(答: 昔は 「少老多子」 で 「老人大切」 の倫理で行動したが、今は完全に逆転した 「多々老少子」 の実態、ラク したいと思う多数の高齢者は 少数の若年者をいたわってください)。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

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