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(706 ) 福 祉 介 入 の 効 果

(706) 福 祉 介 入 の 効 果

物事は 放置しておくと進行せず、“介入する” と その程度に応じて 進行する。今日は 「介入」 の程度を、「軽く」 から 「重く」 まで観察してみて、その効果の実態を見てみよう。

♣ まず 「16 代 仁徳 (にんとく) 天皇 の 「かまど 物語」から。ある日、天皇が皇居の高台から遠くをご覧になると、人々の家からは煙が上がっていないことに気付かれた。天皇は 「民の窯 (かまど) に煙がないのは、貧しくて炊くものがないからではないか」 と仰せられ、三年間、税を免除された。これにより、宮殿は大いに荒れ果て、茅葦 (かやぶき) 屋根の隙間から星が見えるほどとなった。

♣ 三年がたって、天皇が同じ高台に出られて、遠くをご覧になると今度は、人々の家々から炊煙が盛んに立つのをご覧になり、「ワシの心は豊かになった;有難いことだ」 とおっしゃった(図1)。天皇が 「ご慈悲」 の気持ちで税を免除された結果 民の窯から炊煙 (すいえん) が立つようになったのを 「効果」 だと見よう。そもそも天皇の念頭には、「費用対効果」 などの言葉はなかっただろうが、現在の考えでいえば 「慈悲の介入のおかげで かなりの効果」 が得られたと言えるだろう。それは福祉の心の萌芽 (ほうが) だとも言える。
福祉介入の効果

♣ 次の話題は ナイチンゲール。19 世紀の半ば、ロシアは南下政策により トルコのクリミア半島 に進出、これを嫌った英・仏・伊が軍隊を派遣して “クリミア戦争” が始まった。砲火による戦死者は 20 万人を、負傷者は 100 万人を越える史上最大の悲惨な状況となった。フローレンス・ナイチンゲールは 現地を訪れ、看護を宗教から分離させ、傷病者を近代的な看護で看る体制を確立したことで有名である。

♣ 彼女は 最初は 「単なるボランティア」 の気分であったろう。しかし、彼女の活動は私的な経済範囲のものではなく、また、夜の電燈さえない現場で 「兵士の死亡率 55 % を 5 % にまで低下させた」という 巨大な成績があった(図2)。この活動を 「費用対効果」 の目で見ることは 適当ではなかろうが、もし見る とすれば 「単なるボランティア」 に過ぎなかった彼女の福祉の気分が 巨大な救命効果を産んだ、と言うことができよう。

福祉介入の効果

♣ 三番目の例には マーガレット・サッチャー 元イギリス首相を挙げる。イギリスはなにせ 19 世紀から世界の海を支配し、多数の植民地から上がる 「富」 で潤っていた。しかし 19 世紀半ば以後 20 世紀半ばまでの百年間 イギリスは大戦に巻き込まれ 国民はヘトヘトになった。そこに現れた労働党の政策 「揺りかごから墓場まで」 を国民は大歓迎し、人々は 政府に 「おんぶに 抱っこ」 を当たり前とし、働かなくなった。当然、国の財政は左前になり 「英国病」 と呼ばれる病に罹り、このままではイギリスは再起不能となる。

♣ サッチャーの政策の一つが 「透析の 60 歳定年制」 である ―― 60 歳を越えると保険で透析ができなくなる。これによりイギリスは毎年 3 兆円に相当する国費の節約ができ、国は再起することができた。同じ問題で悩んでいたドイツも これに倣った。

♣ サッチャーの業績は、「費用対効果」 の 3 兆円を取り戻した、が、透析を受けられなくなった数万人の透析患者は世を去ってしまった。日本は 99 歳であっても透析を導入する国柄であるから、こんな荒療治は出来ないかもしれない。このサッチャーの業績は 「福祉の費用対効果」 とは呼ばれなかったが、国難を見事に解決したものとして今でも評判が高い。

♣ 最期に 「日本の現状」 を考えて見よう。日本は 「建前 (たてまえ) の国」だ ―― 2000 年の介護保険以来、老人たちは 「オンブに抱っこ、乳母車」 を建前とする政府のやり方に慣れてしまった。お金がたっぷりあったバブルの時代ならいざ知らず、老人の増えた今の日本では、 建前に固執するだけではなく、事態の変化に介入する事も大事なことではないだろうか。

♣ もし サッチャーのように本音で社会を 指導する人々 が現われてくれば、どうするだろうか? 昔の貧困・短命の時代には建前 ーー個人の命を護るーー が有効だった。しかし、高齢・裕福になった今の時代の本音 ーー社会の安定を護るーー こそ大事なのではないか?サッチャーは危機の訪れた社会の安定を護ったのである。

♣ 国の資産や財源は国民の税金に依存する以上、昔 有効であった建前が現在でも有効だとは限らない。近年のはやり言葉は 「人間 100 歳時代」 であるが、人々は本気で 100 歳になりたいと思っているだろうか? 果たして そんな長命が社会を救うのか?

♣ 私たちは “ルー(Roux)の法則” を学んでいる」――つまり一番良いのは 「適切に行うこと」 だ、と。 仁徳天皇・ナイチンゲール、またサッチャーは皆 時代の要求に答えた見事な行動を示した。日本の福祉も、あと一歩 福祉の財政を守る介入をして頂きたい、そんなことのを考えるこの頃でもある。 1857字 

要約: 効果的な福祉介入の 3 例を挙げた。② 近代の福祉介入には賛否こもごもであるが、鉄の意志でそれに介入したサッチャーは今だに物語として語り継がれる。 昔に有効だった建前は 「個人の命を護る」 こと、現在なら 本音も建て前も 「社会全体の老若男女を護る」 事であろう … 間違えてはいけない。

職員の声

声1: 日本の福祉予算の支出先は 老人へ 70 %、子供へ 4 % … 驚くべき対比だ(答: お年寄りを大事にするのは 「礼儀と尊敬の念」 による … 福祉介入への利益効果などは考えの外だ… カナダの参考例では 老人へ 50 %、子供へ 50 %の支出である)。

声2: 社会の高齢化で困っている日本は、温情的な老人福祉を考え直すべきではないか?(答: 政治家はそれをとっくに知っているが、なにせ選挙での老人票の重さに負けてしまうようだ)。

声3: 日本もそろそろ高齢者に自立を求める政策を出しても良い頃だろう(答: スエーデンでは 「要介護 5」 を作らず、従って大口消費の “寝たきり” も居ない … 高齢者対応は国の政策によって著しく変わる)。

声4: 介護保険のお陰で皆さんご安心 … しかし、それを支える若者が減りつつあるのも事実… 福祉介入の費用対効果を真面目に考えたらどうか?(答: 日本は “一人の人間は地球より重い” という 建前のお国柄であり、たとえ老人一人であっても やはり地球より重いのだ …よって 「福祉の効果」 の判定など そもそも行われない)。

(699) O 脚 の 悩 み

(699)  O (オ-) (きゃく) の 悩 み 

  デイ・サービスをご利用の M様 ( 86 歳女性 要介護 1 )は 「変形性膝関節症+病的肥満」 と言われている(身長 140 cm、体重 63 kg、体格指数――B.M.I. 32 )*

♣ ただ今は、歩行時に肩がゆれる程度の訴えだが、ご家庭では畳の上に座ってテレビを観賞、チョコレートが大好きという。先行き、膝の痛みが出てくると、どうすれば良いのだろうか? パールの嘱託医、整形外科の Y 先生 にお尋ねした」。

♣ <Y 先生 > 飽食の時代、こういう方は珍しくない。そもそも、足は重力の影響を受け止める働きをする。つまり体重の影響をモロにうける。この方は、なぜかあまり歩こうとしない。周りの方々が 「過保護」 されているのだろうか? 欧米の人は 「関節」 の障害が多いが、日本人は 「関節」 の変形が多く、しかも 「O -脚」 (オーきゃく) である(図1)。

O脚の悩み

♣ 正常な場合は、立った姿勢で 腿・膝・足首 の三点がくっ付く。 O 脚 では左右の 腿・膝 が離れ、程度にもよるが、両足が英語の 「O」 のように離れる。それにはキチンとした理由がある。

♣ 膝の解剖学を見てみよう:- 膝は 上下腿の間にある 握りこぶし大の関節であって、安静時・運動時 ともに大きな力を受ける。歩く時には 片足に全体重が乗っかる; 走る時の着地では全体重 の 5 ~ 6 倍の体重がかかる—— あなたが 60 kg であったら、300 kg 以上の力が乗っかる訳で、かなりの負荷となる。

♣ その膝関節は 「関節嚢」 (かんせつのう) という靭帯 (じんたい) の袋で覆われている。靭帯とは、強靭 (きょうじん) な 結合組織で、言ってみればテントの布地のようなものだ。

♣ その関節嚢内で上下腿の骨が接触する。骨同士が接触すると、接触部が損耗するので、骨末端の 「軟骨」 によってクッションされる —— 自動車のタイヤの役目みたいなもの。

♣ 問題はここからだ。人生 50 年の頃には問題にならなかったけれど、人の寿命が 2 倍に延びて 100 歳に近づいてくると、軟骨・靭帯は 天然の遺伝子寿命を越え、ともに著しく損耗してくる。

♣ 普通の人体組織は 「毛細血管」 によって 栄養・補強 されるが、軟骨・靭帯には毛細血管がなく、関節の中の液でゆっくり潤されて 間接栄養のみである。つまり、軟骨が擦り減るのを自動的に補充する機能は存在しない。

♣ 軟骨が摩擦によって消失すると、上下の骨同士が直接ゴリゴリ接触するようになり、骨の内側が破壊されてくる。すると、痛みとともに、O (オー) -脚 (きゃく) となる。O - 脚 という言葉は、骨の湾曲のように聞こえるが、実は 骨は湾曲せず、関節部で部分破壊されて、内側に折れているのだ。

♣ その原因は第一に 「過負荷 = 肥満」+ 高齢 による 「骨そしょう症」 であり、閉経後の女性に多く見られる。第二に日本独特の 「正座の習慣」 が原因とされたこともあるが、椅子の生活の現代でも同じ問題が残っている。

♣ これに対して紛らわしいものに 「がに股」 があり、足先・膝がしらが外に向き、柔道家歩き とも言われ、O - 脚 とは原因が違い、男に多い。

♣ 最期に、対策法 を考える:- 減量することが道理に叶うけれど、 「食い意地との闘い」 となるので、老い先の QOL維持 と考え合わせると難しいところだ。パールではせっかく体重を測定する習慣があるので、体格指数 (B.M.I.) の経過表を活用したらどうか?

この方はまだ歩けるはずだから、ご家族の協力を求めるのが良い。 ご本人が膝の痛みを訴えない限り放置することも多いが、整形外科、または整体院で相談するのも良い(図2)。姿が美しくなり、背丈も 2 ~ 3 cm伸びる。

O脚の悩み

♣ ただし、高齢女性で行なう順番は、第一に本人の希望、第二にご家族の希望;職員がヤキモキするのは 順番で言うと三番目となる。

♣ 太っている人の体脂肪は 「降ろすことのできない定期預金」 とも呼ばれる。脂肪はアブラ ….. カロリーの高い 「貯蔵用の組織」 であり、飢餓に備えるための組織であるが、平時にくっ付くアブラは降ろせない。なお脂肪のことを 「肉」 と呼ぶ女性もあるが、肉は運動に役立ち、アブラは単なるお荷物に過ぎない。

♣ 痩せた人は膝のトラブルはないのか? 介護施設で 体格指数 (B.M.I.) が 15 ~ 20 のお年寄りの場合、大抵の膝は健全である。ただし超高齢では、筋肉の痩せの問題が加わってくるので、歩行の不安定さには気を付けよう。1784字  

要約:  女性の膝には案外にO脚の問題がある。 若い人の場合は「痛み」程度の自覚ですむが、高齢者の場合は 「歩行の 不安定・転倒 」 に繋がる。 対応はまず運動、ついで肥満の解決 (B.M.I. 25以下) を目標、膝関節を内旋させる心掛けで(図2)相当な改善と背丈の増加を見る。

参考: * 新谷:「天寿の終点はB.M.I.(体格指数)≒ 12」;福祉における安全管理 # 33、1210.

職員の声

声1 : 膝への負担は重さ (重力) に比例するので高齢者の体重管理は大事である(答: パールでは 100 歳で BMI (体格指数) が 25 ~ 30 の方があるが (肥満領域)、当然のように 10 年このかた歩けない ~ 車椅子生活だ)。

声2: 走る時の着地で膝に掛かる体重は 5 ~ 6 倍 増えるとのこと、相撲取りが膝のトラブルが多いのは当たり前なのだ(答: そのことを知っていても、人間は無理をする動物だ)。

声3: 痛いから動かない 関節の可動域が制限される 関節が硬くなる、の悪循環を繰り返すのは明白 ! (答: 人間、痛みよりも食い意地が優先、特に色気が無くなった後には ! )。

O脚の悩み

声4: O 脚は ペッタンコ座り (図2)で本当に治るのか?(答: 一日に 30 秒を 3 回続けると良い、とされる ... 要するに つま先を内側に向ける、または両足を腿からくるぶしまでを帯で縛る(図3)、そんな療法が「整体」で用いられる。 

(696) 認 知 症 の 半 側 空 間 無 視

(696) 認 知 症 の 半 側 空 間 無 視

デイ・サービスでは しばしば ご利用者が手工芸の時間を楽しむ。私は従来から気付いていたのだが、認知症クラスのご利用者は、全般的に作品の稚拙(ちせつ)があるのは当然だが、86 歳女性の T 様は 「ある特徴」 をお持ちであった。

♣ たとえば、マグカップに色づけする作業をするとき、机の上で描く画用紙上での平面作業では、カップの全体像を捉え、色を塗ることができる。しかし実物の 「三次元立体」 のマグカップを手にし、色付けをしようとすると、左側半分の色を塗ることができず、途方に暮れておられる。カップの全体像が見えなくなるのかどうかをご本人に尋ねると、カップに描かれている絵柄を全部 しっかりと答えられる。なのに、ナゼ色を塗れないのか不思議でならない。嘱託医の精神科 O 先生にお尋ねした。

♣ < O先生 > この現象は認知症で有名な 「半側空間無視」 である(図1)。たとえば、この図の男性は食卓の料理がキチンと全部見えているのに、なぜか左側だけを認知できない(= 見えているのに分からない)。したがって、左側のお皿のご馳走を食べることが出来ず、今日のおかずは鮭だけ、と思っている。
認知症の半側空間無視

♣ 他の例として、目の焦点固定の障害、距離感の喪失、立体空間の喪失、ロクロ操作の困難など いろいろある。これらの機能は人間の持つ三次元の 「見当識機能」 であり、幼児 にはできない芸当である。また人が老いて認知症になれば 中核症状としてこれらが徐々にできなくなってしまう。

♣ 認知症のお年寄りはしばしば部屋の 「段差」 を認識できず転んだりする。このことを注意しても、おそるおそる足を持ち上げるだけ … これは視力低下からではなく、立体空感の喪失によるものだ。つまり、失認・失行 としての 「中核症状」 そのものなのである。小言(こごと)を言ったり、注意を促すだけでは解決せず、これからもずっと助けてあげなければならない。

♣ そもそも私らの周辺(まわり)は「三次元」であり、立体的である。これを二次元の 「絵」 に描こうとすれば 「三次元を二次元に降ろす」 ことになり、かなりの知能が必要である。この作業に必要な 「遠近法」 (パースペクティブ、Perspective) は 500 年ほど前、画家の ミケランジェロ派 が発見したと言われる。ミケランジェロ 以前の絵画と以後の絵画を比べると、その差がよく分かるはず。

♣ 人類の絵画の歴史は何万年とも言われるが、三次元を二次元に置き換える技は、やっと 500 年ほど前に発見されたものである —— 古代の絵画には 「遠近法」 の知恵がない !

♣ 現在の人間でも、幼稚園や小学一年生あたりの幼い子供は、近くにいる人と遠くにいる人を同じ大きさに描く(図2)。ところが小学生も 4 ~ 6 年生 になれば、誰でも遠近法で画けるようになる。つまり遠近法は、現代では一人の人間であっても、年齢が 10 歳の頃 自然に獲得されるものであり、逆に誰であっても年老いて認知症になれば、再び失われてゆく。

認知症の半側空間無視

♣ 冒頭に紹介された T 様の場合、二次元のお絵描きはできたけれど、三次元の理解は不可能となり、立体のマグカップの塗り絵は出来なくなった訳だ。このように、認知症では 脳細胞数が減じていくにつれ 次元がだんだん減って行く(遠近感の喪失) 。ただし、お絵描きテストをしたゆえに その実態が初めて他人に知られた訳であり、ご本人は、幼い子供と同じで、生活上 何の支障も感じておられない。

♣ 冒頭の 「左空間無視」 や上記の 「幼児のお絵かき」 で理解できるように、私たちは発達した左右の大脳と二つの眼を持っているゆえに立体空間を容易に認識できる。目が不自由な方、あるいは目が良くても景色を判定する 「脳」 に問題のある方は この三次元感覚が苦手となるのだ。このことをよく理解してお年寄りの認知症ケアに役立てたいものである。1569字  

要約:  実物のマグカップの左側に色塗りをすることが出来ない症例を提示した。 これは認知症の中核症状の一つである 「半側空間無視」 の現われである。 認知症に限らず、脳に問題のある方のケアに 「半側空間無視」 という現象があることを学んで対応することにしよう。

出典
食事:http://www.takasago-hp.jp/t_sinryou/reha_gengo_03_
網:http://camera-beginner.sakura.ne.jp/wp/?p=19856

職員の声

声1: 遠近感喪失なんて知らなかった…幼児 → 老年 へ成長の流れなのですね(答: 我々が片手で一方の眼を覆って景色を見ると 「遠近感」 は全部失われる… 同じことが老人になると両目でありながら それが起こる訳だ)。

声2: 目の前の物に気が付かない人がいる… 空間無視だろうか?(答: もう一歩よく観察して、見えない方向が右側か左側かを確かめよう ―― 右側のお皿からだけ食べる、とか、片側のおかずには全く手をつけないとか?)。

声3: 老人が転倒する場合、私は筋麻痺か視力障害が原因と思っていたが、空間認識の欠如による可能性もあるのか?(答: おお有りだ ―― 我々でも隣の人と会話しながら歩いていると、つい物につまづいたり、段差に気付かないことを経験する … 知っているハズなのに、抜けるのだ)。

声4: 目玉が二つ付いているのに、このスバラシイ脳が 齢を重ねると、有る物が無いと言い出す … 哀れでアリマス(答: 「人生 100 年時代」 という言葉がテレビから流れてくる… その100歳の中身は というと、難視・難聴・歯無しで空間無視 ! )。 

(698) ルー (Roux) の 三 法 則

(698) ルー (Roux) の 三 法 則
  
カレー料理に使う 「ルー」、あれと同じ発音の 「ルー」 (Roux) は、筋トレの世界ではドイツの生理学者の名前である(図1)。

♣ 運動や人生全般にとって、教訓的な原理を教えてくれる 「ルーの法則」 は、言葉として 皆さん方はご存知かも知れない。今日の安全管理は 「ルー」 の復習、ならびに その応用の智恵を語ってみたい。

♣ がんらい筋肉生理学の知識であった 「ルーの法則」 がパールで役立つようになったのは、介護保険が始まった 2000 年のことであり、もう 19 年も昔になった。

ルー(Roux)の三法則

♣ それを復習すると、 こうだ:―― 身体 (筋肉) の機能は、 過度に使った時には障害を起こし、 使わなければ萎縮 (退化) し、 適度に使った時のみ 発達 する。このれが「ルーの法則」であり、筋肉生理学の教えるところであるが、実際にこの法則は私たちの生活のあらゆることに応用のきく法則である。

♣ 私たちは 「体を鍛える」 と聞けば すぐに 「根性で筋肉隆々」 を期待する。思春期で体が発達中の若い時にはそれが成り立つが、大人になってしまえば あまりその事にこだわるのは賢明でない。特に 成人・老人 の運動についてはなおさらのことである。

ル ー の ① : 障害 では まず初めに、人の解剖学的な性質として重要なプロの知識を持とう。人の体重は生後 3 kg 程度であり、大人になれば 20 倍も増えて 50 ~ 70 kgに育つ。それにつれ、脳も筋も大きくなって行くが、脳細胞と筋細胞の数は増えない――育つだけである。

図2 でお判りのように、脳細胞~~そこから出る神経~~目的地の筋細胞は ワンセット として存在するのであって、運動によって大きくなるのは筋細胞の 「肥大」 であり 筋細胞の 「数」 ではない。また脳細胞も筋細胞も、成人になった後、誰しも 「年齢とともに徐々に減っていく」 。筋肉の重さで言えば、70 歳で 1/2 に、100 歳で 1/4 に減る。このことに逆らって無理に筋肉を酷使するといろんな障害が起こる ―― 相撲やスポーツ界のニュースでよくご存知の事だろう。筋肉も正しい 「鍛錬」 を越えれば {ルーの ①} に陥るのである。
ルー(Roux)の三法則

ル ー の ② : 萎縮 もし、高齢になって脳神経に故障 (脳卒中・認知症など) が発生すると、脳神経は筋肉に向かって正しい命令を発することができず、その脳神経が支配する運動筋は正しく動かなくなる。それどころか、もし脳からの命令がずっと続けて来なければ、{ルー ②} が適用されて、筋肉は萎縮する ――つまり、その筋肉は退化して小さくなる。また、筋肉が使用されない場合 (ケガをしてシーネに固定されている;宇宙旅行に行って 抗重力筋を使わない、など)、筋肉が委縮するのみならず、その筋に対応する脳神経まで萎縮して、役立たずになってしまう (虎斑融解とよばれる脳神経萎縮)。これが {ルーの ②} に対応する。

ル ー の ③ : 発達 健全な脳が健全な神経刺激を筋肉に伝えれば、当然のこと、筋肉は健全な発達を維持する――理屈の通りである。だが、問題は 「何が健全」 なのかを知ることであろう。それは 「やり過ぎず、またやり足りない」 ことを賢く認識する事であって、「知恵と経験」 に基づく {ルーの ③} に他ならない。

♣ ものごとは 「やり過ぎてはいけない」 という経験上の智恵があるが、これはルーの法則で納得できる。スポーツについては 「楽しいからやるのが一番よい」 のだ。もしスポーツが職業なのなら、ムリ してでも勝つことに専念するだろうが、いずれも 「蛸が自分の足を食べる」 行為にならない範囲で智恵を働かせたい。

♣ これと逆に、「廃用症候群」 と呼ばれる一連の無活動は 介護者の智恵を働かす対象となる。とくに、肥満者や老人の活動低下は、脳と筋肉活動の悪循環となって生命活性を落として行く。「老人に体操を勧める」 のは、筋肉の成長を促すためではなく、「廃用を防ぐため」である。やれば 筋肉が付くと思ったら、{ルー ①} に陥る。

♣ 老人福祉の基礎は、日々減って行く 「脳と筋肉」 の生理学を念頭に置きながら、いかにして 「ルーの法則」 をうまく活用するか、にかかっている。

筋 肉 の 収 縮 形 式 は 三 通 り 
. . (A) : 等張 (とうちょう)収縮 ….. 収縮する筋肉が自由に延び縮みする状態。()歩く、走る、体操など。=> 筋肉と共に心臓が強く働く。
  (B) : > 等尺 (とうしゃく) 収縮 ….. 収縮する筋肉の長さ(尺度)が不変の状態。()壁や柱を押す。物を抱えて立つ。(腕)相撲など。=> 血圧が強く上がる。
 (C) : 等張 かつ 等尺 ….. () 物を抱えて歩く、柔道など。

♣ 多くの運動は 「等張収縮」 で行われ、筋肉と心臓がバランスよく働き、血圧はあまり上がらない。しかし、重量挙げ・柔道・相撲などは 「等尺収縮」 の要素が強く、血圧上昇も激しい。したがって高齢者の運動は 「等張運動」 を主体とするのが望ましい。

♣ ルーの法則 ① ② ③ と等張収縮の智恵を働かせて、老人の運動方針に活かすのが良い。2050字

要約:  適正な筋肉発達を促す 「ルーの3法則」 を述べた。 体操や運動を奨励するのは 脳~神経~筋肉の3要素が、年齢相当の機能をするためであり、筋肉だけを肥大させるためではない。 がむしゃらな 「筋トレ」 はルーの ① に陥る;過剰な安静はルーの ② となる。脳~心~筋肉の3者のバランスが「やり過ぎず、やり足らず、ちょうど良い」とき、健全かつ最適な結果 ルー ③ が得られる。

(704) エ ホ バ ・ ペ グ と 矛 盾

 (704) エ ホ バ と ペ グ と 矛 盾  
                                  
 エホバとは 「エホバの証人」 というキリスト教の一宗派である。ふだんは知られることも少ない宗派であるが、こと医療に関係すると、問題が起こる。

♣ 特に、交通事故や緊急のお産の手術で輸血の場合、初めて経験する人の天地はひっくり返ってしまう。それは、エホバが教義として輸血を許さない宗派だからなのだ。

♣ 私の経験の一端を示そう。ある中年の男性、交通損傷の出血で救急室に運ばれてきた。輸血室に連絡して係り員が血液を取りに部屋を出たら、家族と友人らが身を張ってそれを阻止する … その理由はエホバ一家だからだった(図 1)。命と宗教とどっちが大事か、の議論は簡単に蹴飛ばされ、実力の方が勝った。この方の場合、血液でない輸液で命を救った。
エホバ・ペグと矛盾

♣ もし医師が、言われるまま輸血をせずにエホバの信者を死なすと、刑事事件に問われるだろう。もし仮に、輸血を敢行して命を取り留めると、助かった患者は、聖書の教え違反を問われ仲間から 村八分 にされるので、医師側を起訴、最高裁ではその医師を有罪にするとの判例があった。ある病院は、これへの対応として 「輸血拒否の方は当院の診療をご遠慮ください」 と張り紙を出したら医師法違反でやられてしまった。

♣ 八方塞がりだ。今のパールでは輸血をすることはないが、もし、あなたがこんな場面に出会ったら、どうするか? (下記、日赤医療センターの「声2」を参照)。

♣ 次に、医療とは言えない 「ペグ」 の話をしよう 1 ) 。ペグとは「胃瘻」 ( いろう) = 「経皮・内視鏡的・胃吻合術(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy)の 頭文字 を綴った言葉である。元来は胸部の癌や外傷などで 「一時的」 に喉と胃をバイパスにする目的で工夫された「開腹手術」だった。

♣ ところが 1980 年ころ、内視鏡の発達とともに、胃と腹壁を繋ぐ手技が、外来で簡単にできるようになり、欧米で高齢者の延命に利用され、爆発的人気 を得た。しかし、すぐ反省の波で人気は凋んでしまった。なぜならペグ術は 「食べなくても生きていられる、生と死の境目を不明瞭にする手技」 だったからである。

♣ しかし、この手技が日本に紹介されると、「食べない老人の延命」 に応用され、介護保険の始まりの2000年以降、人気は持続的になった。お年寄りは、口や喉を使わずに栄養が取れるのだから、生命の維持は可能となる。

♣ しかし口から食事を取れないほど病気が進行したお年寄りは、意思の疎通ができない状態、つまり高度の 「寝たきり」 であり、ご自分の意志を表すことが出来ない。

図 2 に一例を示す。図は 「誤嚥」 によって命を失った 3 例を示すが 2 )、 ここでは一番下の 99 歳女性 ( J 氏) の説明をする。図の縦軸は BM I (体格指数) を、横軸は 1 目盛が 1 年を表す。J 氏は入所時から低栄養で BM I は 14 近辺であったが、この状態でなんとか無事に 2 年を過ごされた。

エホバ・ペグと矛盾

♣ そこで誤嚥が発生、予想通りに 1 年かけて BM I が 12 (致死域) までに低下した。ご家族は J 氏が 99 歳で骨と皮の状態であるにも拘わらず 「胃瘻」 を要求された。J 氏はBM I = 11 の瀕死レベルで 10 ヶ月を耐え、悲惨な環境の中で逝かれた。日本では 「死の領域」 にあってもペグを選択されることが少なくないのだ。

♣ パールの特養では、最近 3 人ほどペグの方がおられたが、一番長い方は 10 年 6 ヶ月ご生存だった。もちろん 3 人とも要介護 5 で、英語圏では 「呼吸する屍 (しかばね、breathing cadaver)と表現される――つまり 死体の一種 とみなされるが、年間 約 900 万円の維持費が掛かる 3 )

♣ パールでは、施設としてペグを選択することはなく、ご家族の自由な判断にまかせている。ここでぜひ知っておきたいことがある --ー ぺグの造設は外来で出来るほど簡単であり、一回ポッキリである。が、そのあと、毎日 2 ~ 3 回の栄養補給係りは 「家族または看護師」 が担当することになる。「呼吸する死体維持の作業」 が何年も続くので、たいていの場合、「人生観」がおかしくなるほどのストレスとなる。

♣ もしご家族がその任にあたられるのなら、それは重労働でもあり、10 年間も続けることは苦しい作業であろう。また、介護施設で担当する看護師の数は潤沢ではない。加えて、長期にわたる看護延命には、異栄養・褥瘡 や 低酸素症・気管吸引 などと、悩みも付きまとう。体格指数 (BM I)から観察すると、胃瘻を付けても認知症は確実に進行するし、意外にも、最後は誤嚥性・逆流性肺炎で世を去られる 3 )

♣ そこであなたにお尋ねする: あなたの祖父母・父母・血縁の方がペグを必要とされた場合、あなたはどんな意見を持つか? 多くのご家族は 「なにもせずに死なせる訳にはいかない」 とおっしゃるが、家族内の意見はたいてい対立・混乱する。介護保険の始まった2000年以前に こんな紛糾 (ふんきゅう)はなかった ! !

♣ 血液透析の場合もやや似た状況がある。エホバは 「人為生命」 を禁じ、逆に 「ペグ」は「人為生命」 を求める のだ。いずれも、人為延命の手技であり、人の命の終わりを、ご家族の一念と恣意 (しい) で、こんなに変えてよいものか、私は生き方の矛盾 に感嘆せずにはいられない。

♣ 参考まで … 胃瘻の増設代は 15 万円前後; 維持費は一年 900 万円程度 3 ) 。しかし老人の場合はほぼ全額政府負担であるため、日本の胃瘻選択は世界一である。

要約: 「エホバの証人」 の信者は 「輸血治療を拒否」; 臨死状態の老人は家族の独断で 「胃瘻が設置」 される。 個人の信条が無視され、運命も他人任せという実態をあなたはどう受け入れるか? 良かれと思うこと、思わないこと … 私らは相も変わらず 矛盾の中で生きている ようだ。1980字 

参考:
1 ) 新谷:「胃瘻と尊厳生」、福祉における安全管理 # 17, 2010. 2 ) 新谷:「体格指数からみる死の狭間」; 老人ケア研究、No.33、2010. 3 ) 佐々木英忠:「高齢者肺炎における誤嚥性肺炎の重要性」; 日本医師会雑誌、9月:1777, 2009.

職員の声

声1: 子供の頃 我が家の近くに 「エホバの証人」 という施設があり、輸血はできないとは聞き知っていた――いざという時どうするのか?と不思議だった(答: 本文で示したように、非血液剤で代用し、天運を待つ)。

声2: 命を助けたら 「有罪 ! 」 と最高裁が判決するとは、医者は罪人扱いか?(答: 日赤医療センター では部長会で この件が問われた時、皆さん方の意見 は 「罪人になって世間の声を聞きましょう」 という結論だった。

声 3: 病院が胃瘻を奨めれば家族はそれが大事な治療法であって単なる延命策、とは知らないだろう … でも、私はペグを選ばない(答: 医師は奨める前に、ペグに関する 世界事情 を説明すべきでしょうね)。

声4: 胃瘻延命は全額 (年間 900 万円) を自己負担ではいけないのか?(答: 医療財政は深刻な問題であり、イギリス・欧州 では延命胃瘻をしない; また血液透析は 60 歳以上なら自己負担 … 思い返せば、日本は非常に裕福な国家なのである)。

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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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