(644) 天 国 こ こ に 在 り

(644) 天 国 こ こ に 在 り !     

  時は 150 年前、所は江戸、徳川政府は米国の 提督ペリー に開国と不平等条約を迫られた。

♣ これに反発した武士たちは尊王攘夷(そんのうじょうい)を叫び、窮地に陥った政府は学者の吉田松陰を反逆罪に問い斬首。続いて京都で近藤勇の新選組が攘夷派の武士たちを襲う嵐が吹き荒れ、人々は陰鬱な地獄の時代で息をひそめていた。

♣ 同じ 150 年前 のフランス、所はパリ。人々は 賑やかな喜歌劇 「地獄のオルフェ」 を観て、若い女性たちのラインダンスに酔い痴れていた。あなたは「オヤ?」と思うだろう … だってパリも その頃「地獄」だったのではないか?ところが 同じ「地獄」でも中身が違う。「地獄のオルフェ」の粗筋はこうだ:――

♣ 音楽の神オルフェは、亡くなった妻が地獄にいることを知り、救出する決心をする。地獄で妻をうまく発見したので喜びの余り「天国」の幸せを感じ、フレンチ・カンカン を楽しむ()。音楽の功徳によって二人はうまく地獄から脱出するが、その時の賑やかな行進曲、これが有名な 「天国と地獄」 の華やかな吹奏楽である。皆さん方は その曲を必ず知っている、だって日本の秋の運動会で一日中鳴り響いている音楽といえば、これが一番印象的だからだ。(→ 今年の暮れの忘年会でこの曲を Dr. 新谷と川崎CW がご披露の練習中です)。

天国ここに在り

♣ ここで振り返ってみれば、彼我の社会文化のギャップは地獄と天国ほどの違いであったのだろう。殺伐に明け暮れた江戸は「地獄」、同じ地獄とは言うけれど 華やかなパリは「天国」だったのか。

♣ 地獄と天国では、私らは文句なく「天国」を選ぶ。でも、そうだろうか? そこで、私の想像する天国に住む、ある老夫婦の会話をご披露する:―― <爺さん>:「なんか、退屈だなあ … どこか他に良い所はないかなあ」。<婆さん>:「ここほどイヤの所はありません、どこかに引っ越しましょうよ」。 … え?こんなに楽(らく)で幸せな天国がイヤなんですか?

♣ まあ 「永遠の楽と倦怠」 は隣り合わせだし、あの地獄を訪れ ラインダンスに酔うオルフェもいる。150 年前、同じように平和な暮らしをしていた人々も 事の成り行き次第で、片や幕末の地獄、片やパリの天国。こうしてみれば、地獄も天国も行ったり来たりの大事な物件なのかも知れない。

♣ 話し変わって … 私の子供時代の70年前は ちょうど幕末と今との真ん中である。そこで地獄・天国の幾つかを思い出してみる。 ① あかり:停電は年中行事、蝋燭は高価、夜は魚油のランプを囲んで過ごす、もちろん暗くて新聞も読めない ➟ 今は天井に複数の電球があって、夜も天国だ。 ② ご飯:マッチで火を起こし、木の小枝・薪に火を移し、大釜で炊く;手間は1時間かかった ➟ 今は即席でおいしい「佐藤のごはん」。

③ トイレ: 和式の蓄便式で、老人はいったんしゃがんだら 腰が痛くて立ち上がれない;子供が穴に片足を落とすこともあり、夜は暗がりの中でお化けが出た ➟ 今は温座で匂いもない水洗式。 ④ エアコン: 昔は夏の蒸し暑さと脱水で老人たちはバタバタと逝った:今はエアコンで熱帯夜でも軽井沢、暑さでへたっても せいぜい病院止まり。 ⑤ お産: 私は臨月の母をリヤカーに乗せ、産婆さんの家に運び、お湯を沸かして その時を待った ➟ 今は病院のお産で赤ちゃんはリスク・フリー。

♣ 数え立てればいくらでも今昔の大きな違いが見つかり、細かいところまで昔のほうが簡素でずっと不便であった。しかし 70 年前の昔だって それなりに幸せで、私は決して地獄とは思っては いなかった。先ほどの老夫婦の会話のように、人間は「楽と安心」に飽きてしまうと、天国を忘れてしまい、あたかも今が「地獄」であるかのごとく不平・不満を並べ立てる癖がある。

♣ よくよく振り返ってみよう … 老人が願う最大の幸せは 「元気で長生き」; それは今 見事に獲得され、平均寿命は 戦前昭和の 45 歳から平成の 90 歳へ倍増した。だが今 長生きを「感謝する老人」が どれだけあるだろうか?

♣ 現代の介護施設で暮らす “超高齢の” お年寄りたちは残念ながら「天国の幸せ感」は感じていず、まことに不思議なことである。それは上記した “老夫婦の会話” のように「平和な退屈ボケ」によるものなのか?それとも人間とは「天井知らずの貪欲」だからだろうか?

♣ 私は思う:――「足る(たる)を知り、今の幸せ」に感謝したらどうなのか? 仮に逆境にあっても 上記の “音楽の神・オルフェ” のように「地獄」の中でさえ「天国」を見出す才能だってあり得るのだ。前向きで 不平・不満 を言わない日々を過ごせば「天国 ここに在り ! 」を自覚することが出来るように思うのだが。 1880字 

要約:  150 年前、江戸は幕末の地獄、パリはフレンチ・カンカンの天国であった。 70 年前、私の子供時代の様子を今と比べれば、地獄と極楽の相違が次々と思い出された。 人々は「足る」を知ることで「天国 ここに在り ! 」を自覚できるのではないだろうか。

( 641) 周 辺 症 状 の 怪 ?

(641) 周 辺 症 状 の 怪 ?

 ケアの現場では 日々ご利用者の「周辺症状」に悩まされる。前回には 「中核症状」 について学んだが、今回は 「周辺症状」 を理解しよう。ところで「周辺」て何の事だ?

♣ 認知症の症状を理解する上で、人の脳を三つの部分に分けて考える (図 1)。第一の部分は、人間の人間たる理由の 「大脳」 であり、では 「大脳新皮質」 と呼ぶ。大脳には約 150 億個 の神経細胞があり、「知恵」の活動を司っている。

周辺症状の怪?

♣ 人の神経細胞は毎日 10 万個 ずつ減って行くと言われるが、100 年 生きていてもその減り分はせいぜい 36 億個 … この程度であれば大脳の機能はまだ保たれている。しかし認知症の場合、その細胞の減り分が 2 倍・ 3 倍 と膨らむので、当然のことながら大脳の機能、つまり 「知恵」 が欠乏し、蛙の脳に似てくるのだ。

♣ その症状が「中核症状」であり、それは キケソハジ であった(つまり記憶・ 見当識・ 喪失・ 判断・ 実行の障害)。脳細胞の数は、いったん失われれば “補充・ 再生” はされない … よって中核症状は進行あるのみ、治る見込みは薄い。

♣ 脳の第二の重要な部分は「大脳辺縁系(へんえんけい)であり、では脳の中央部分を示す。ここは「本能」を司り、人が生きていく上で重要な「野性」活動の源である。つまり、食欲・ 性欲・ 意欲などの本能、喜怒哀楽・ 睡眠・ 夢などの情緒を支配する。「周辺症状」とは 辺縁系が持つ症状のことである。

♣ 人間の行動は理性だけでは割り切れず、大脳新皮質の下に、野生的で本能世界の大脳辺縁系がうごめいており、まともな人でも、その本能は「隙(すき)あらば」表に出ようとする。その本能の振る舞いを調節するのが「大脳新皮質」の役目なのだ。認知症では大脳新皮質の細胞が減少しているので本能の交通整理がうまくできず、これが「周辺症状」として表れてくる。短く言えば、認知症は「本能の生命」に近づいて行く。

♣ 本能は、動物個体が、学習や経験によらず生まれつきに持つ能力であり(帰巣本能・生殖本能・防御本能など)、当然 動物のように「攻撃と守備」に傾く。大脳皮質細胞の欠落は認知症の初期には軽度、進行すれば高度となり、したがって周辺症状もそれに連れて重くなる。また周辺症状は本人の「性格や環境」によって影響を受け、「奇々怪々」 (ききかいかい)の様相を帯びてくる。

♣ 認知症で介護者が一番理解しなければならないのは、 目の前で観察されるご利用者の周辺症状をどう解釈するか? それへ適切に対応する方法は何か?を直感することである。もし「直感」できなければ、単に「困る」だけであり、対応方法が分からなければ 「事態が悪化」するだけだろう。

♣ 今日の勉強は「周辺系症状」を理解することであり、図 2 に従って逐一 学んで行く―― 頂点から反時計方向へ読む。

―― 周辺症状の怪 ――

1. 抑うつ: 意欲低下、興味・ 関心の低下
2. 妄想: 嫁に物盗られ妄想、浮気され妄想......被害妄想(統合失調)や罪業妄想(うつ)ではない
3. 幻覚: 幻視・ 幻聴、せん妄
4. 攻撃: 暴力、暴言、介護拒否
5. 徘徊: 帰宅願望、帰巣本能、見当識妄想
6. 不穏: 多弁、多動、転倒、夕暮れ症候群
7. 焦燥: (しょうそう)、感情失禁、興奮
8. 脱抑制: 頻回コール、多愁訴、性的脱抑制
9. 拒食: 食むら、異食、隣食、過食、手づかみ食
10. 喚声: (かんせい)、叫ぶ、大声を出す
11. 常同: 同じ話・ 行為の繰り返し
12. 無気力: 多幸、無言、孤立、笑わない
13. 罵倒: (ばとう)、ののしり わめく
14. 啼泣 : (ていきゅう)、 泣き声で叫ぶ
15. 追跡:人の後をつけて歩く
16. 不潔: 弄便(ろうべん)、失禁
17. 不安: 自信喪失、対象のない怖れ
18. 不眠: 入眠障害、中途覚醒、昼夜逆転

―― 注意 ! 知恵症状本能症状 は相互に影響し合っている ! ――

周辺症状の怪?

♣ 1973 年(昭和 48 年)に「恍惚(こうこつ)の人」を出版した有吉佐和子、その主人公・ 立花繁造の「 奇々怪々」 の症状はもっぱら上記の 1 ~ 18 であった。今でこそ「周辺症状」と呼んで社会的に許容されているが、40 年前 には まだ「認知症」というハイカラな言葉はなく、当時 「年寄りボケ」 と呼んで怖れおののいた気持ちが分かるだろう。

♣ ここで注意 ! 「周辺症状」は認知症すべての人に存在するものではない。また一度あっても、治療・ 介護になじんで寛解に導かれる … つまりあなたの介護力が良く示される 試金石 なのである。ご自分のケースが上記の「周辺症状の怪: 1 ~ 18」のどれに該当するかを確認してみて下さい。

要約:   認知症の症状は、脳の構造から「大脳新皮質」( = “知恵”の障害: 中核症状)と「大脳辺縁系」( = “本能”の障害: 周辺症状)に分けられる。 周辺症状の 代表 18 種類 について説明・ 検討した。 介護の実務において、“知恵の障害” は治らないが、“本能の障害” は良き介護によって寛解して行く性質がある。

参考:  新谷: 「中核症状は蛙に似る?」; 福祉における安全管理 # 640, 2017.

職員の声

声1: 認知症の症状は人ごとに皆異なると感じる(答: 中核症状{知恵}は脳細胞の減少を反映するのであまり違わないが、周辺症状{本能}はそもそも人ごとに違う上に、本人の「性格・環境」に強く影響されるので、著しくバライエティに富む)。

声2: 認知症で食事トラブルが起こるのは中核症状ではないのか?(答: 食事は生命の基礎だから その障害は “中核” のように思えるが、実は “生命の終焉" (しゅうえん)を予告するものだ … よって欧米では尊厳を保つために「食事介助」をしない)。

声3: 今でこそ上記の 18 の諸症状は「周辺症状」(本能)として説明されるけれど、40 年まえまでは「鬼の症状」として怖れられていた (答: だから家族は認知症の人を家の中に閉じ込め隠していたのだ)。

声4: 僕もいずれ認知症になり、知恵が減って本能が表に出る事態になるのか? … 僕は腹をくくって逝きたい(答: 認知症は 85 歳人口の約半数に及ぶが、なにも腹をくくらなくても 親切な神様は老人をボケさせてしまい、「死」の恐怖から救って下さる)。

(640) 中 核 症 状 は 蛙 に 似 る ?

(640)  中 核 症 状 は 蛙 に 似 る ?

ケアの現場では理解に苦しむご利用者の不思議な行為に “たじろぐ” ことが少なくない。

♣ 毎週火曜日の “Ask Pearl” という勉強会で 精神科の神定先生 が職員のいろいろな質問に答えて下さるが、職員たちは症状が「中核か?周辺か?」について判別が “苦手” (にがて)のようで、不勉強な質問をすることが少なくない。そこで、今回は具体例を含めて 「それって中核?周辺?」 の勉強をする。まず “中核症状” から始める:――

♣ そこで意識して欲しいことは、すべての認知症には 必ず中核症状がある … もしこれが無かったら それは認知症ではない。その特徴を五つ (キケソハジ) でまとめる。

① 記憶 … 近過去の事を覚えられない~~朝の食事は済んだのに “まだ食べていない” と言い張る ~~ 娘さんの面会をまるで覚えていない、など。記憶とは 「記銘・ 保持・ 再生」 から成るが、認知症では、そもそも「記銘できない」のであり、その原因は大脳細胞数が減って、蛙の脳 に似てくるからだ 1 ) 。 (例)= 今朝のことさえ覚えていない重度の認知症、昔の歌を歌い始めるとほぼ完全に歌詞も曲も覚えていた … この例は過去の記憶はないが過去の記憶なら残っている … 昔に記銘したことは脳の中に残っていたのであり、認知症として別に矛盾はない 2 )

中核症状は蛙に似る?

② 見当識 … 何をしたらよいのか “見当も立たない” の “見当” のことであり、① (=記憶) に次いで重要な症状だ。その症状は 「時・ 所・ 人」、この順でボケてくる。一番失われやすい概念が (A)「」だ。幼児は時間が分からないし、我々だって時間は失われやすいから “腕時計” を離さない。(例)= “今は夏ですか?冬ですか? ――春です”、と即座に答えたりする。午前・ 午後も分からないし、将来って何のことか分からず、死の不安もない

♣ 次に (B) 「」 … (例)= コンビニへ行く道を何度教えても覚えて貰えない … これは典型的な見当識障害であって、大事な中核症状である。ど忘れ・ モノ忘れと違って、訂正しても治ることはなく、キョトン としている特徴がある。外出すれば我が家に戻れず “徘徊” を始める。トイレの場所や今居る場所に無関心だ。

♣ 三つ目の (C) 「」…(例)= 傍に付き添っている人を、迷わず 「弟です」 などと即答する ―― 実は 「夫」 なのだ。以上の① (=記憶) と ② (=見当識) の所見で認知症の重さがほぼ推定できる。ここまでは介護に従事する職員はたいてい理解しているが、あと少しの項目をゆっくりと学ぼう。

③ 喪失 (そうしつ) … 誰もが普通持っている能力を失うことを 「喪失と言い、三種類 ある」 :―― (イ) 失認  (しつにん)(例)= 鉛筆を見せても、それが筆記用具なのだとは分からず、いじり回して匂いを嗅いだりする ―― 動物並みだ。 (ロ) 失語 (しつご) … モノの名前が出てこない … (例)= 「靴」を指さし、これは何ですか?と尋ねる … 知っているけど名前が出てこず、認知症の進行と共に悪化・ 無関心になる。 (ハ) 失行 (しっこう)… 行為の方法を失うこと … (例)= ボタンを掛ける行為ができず、ズボンを頭にかぶる、スマホを手にして角をかじる 、など。

④ 判断 …(例)= 物事の判断ができず Yes もN o も言えない、3 + 5 の計算ができない、「暑い・ 寒い」の判断が出来ず、厚着をして汗をかく ―― このあたりの症状で新米の職員なら戸惑い始める。

♣ ⑤ 実行 …物事の段取り・ 計画が困難、(例)= 料理の段どりが分からない、家電や自販機・スマホの使い方に無関心となる。

♣ 以上が中核症状の概要であり、自分で紙にメモを書き直し、分類して頭に整頓して頂きたい。そして、くどいことながらここでもう一度述べる ―― 中核症状はナゼ起こるのですか?とバカな質問をドクターにしないで欲しい。中核症状は大脳が小さくなって蛙の脳に近づく病理を表しているのだ。言ってみれば、祭りの「お神輿(おみこし)は 20 人 ほどの若衆(脳細胞)でかつぐが、それを 5 人 ほどでかついでいる有様を想像してみよう ... ご期待に沿う振る舞いができなくなるだろう?。

♣ 認知症の症状を一つずつ覚えるのは大変だ … そこで 「脳細胞の数が減ったら「どうなるのかなー?」 と想像しながら学ぶことにしよう ... 覚え忘れをなくすために、症状の「頭文字」をとって キケソハジ で確認すれば良い。

♣ 神輿をかつぐ若衆(脳細胞)は今後も増えることはない ! … じゃ、どうすればよいのか?を自分なりに考えて対応しようではないか。1763字 

要約:  認知症の特徴は 「記憶と見当識」 の障害であり、前者は新しい事が覚えられない; 後者は “時・ 所・ 人” を誤認する障害である … これだけの知識で 病気の 9 割 の理解ができる。 業務として認知症に接する場合には、あと三つの障害 (三つの喪失・ 判断・ 実行)についても勉強しておこう … ここまでくれば 99 % の理解が可能だ。 認知症には 「中核症状」 の他に 「周辺症状 … BPSD」 がある… これは次回に勉強する。

注意: 指さし確認 ! ==日々、それって中核症状ですか? と先輩職員に尋ねよう !

参考: 1 ) 新谷:「認知症は治るか?」; 福祉における安全管理、# 603, 2017. 2 ) 新谷:「記憶にございません」; ibid, #632, 2017.

職員の声

声1: 認知症の人は 「時の流れ」 を理解しないのか?(答: 「時間」 とは高度な抽象概念だから、認知症では一番先に失われてしまう … ちょっと待っててね、の意味は相手に伝わらず トラブる)。

声2: 歳を取ると大脳が小さくなって蛙の脳に近づく … これはショッキングだ … 私の脳も年々蛙に近づくのか?(答: 脳神経細胞は「誰でも」毎日 10 万個 ずつ減っていく … 悔しいことながら、100 歳 人口の8 割 は認知症になる)。

声3: 私は、症状が 「中核か周辺化?」 を考えずに仕事をしていたが、今日は考えを改めた(答: 中核症状は治ることがない … 他方、周辺症状はかなり回復する、その違いは明瞭だ)。

声 4: 中核症状は キケソハジ … つまり 「聞け ! 創史 ! 恥だぞ ! 」 と覚える … 堀川創史君、怒らないでね(答: とんでもない、僕の名前を思い出してくれるなんて大変な名誉だ ! )。

声5 : まともに勤務していれば「中核症状」は自動的に覚えるものだ … 覚えられない職員は仕事に不適応である(答: 次回には「周辺症状」を勉強するが、案外、ゴチャマゼにしている職員が多い)。

(642) 手 を 焼 く お 年 寄 り の 不 眠 症

  (642) 手 を 焼 く お 年 寄 り の 不 眠 症

  不眠症に悩む人は少なくなく、その出現率は一般人口の約 20 % と言われている。

♣ そのタイプは 大きく 三つ に分けられる: 寝つきの悪い入眠障害眠りの浅い熟眠障害朝早く目が覚めて しまう早朝覚醒である。今日は お年寄りの一症例を話題にして、精神科・ O先生 に解説をお願いした。

♣ {質問}:在宅の症例 K様(75 歳 女性 多発性脳梗塞 認知症 不眠症 要介護 1)は、夕方になると精神的に不安定となり、「襲われる」 とつぶやき、襖(ふすま)にガムテープを貼りつけ、眠剤を使って寝ます。このような「せん妄」はナゼ 夕方~夜 になると出るのでしょうか?

♣ {} O 先生: 高齢者の不眠は、いろんな問題を起こす。まず、背景に何もない「神経性不眠」を考える。たとえば、ある家電会社の有名な創業者 M.K. 氏は、若い頃から 94 歳 で亡くなる前日まで睡眠剤を使っていた、という有名な逸話がある。

♣ これは、昼間の覚醒レベルが高く、過覚醒(かかくせい)になっていたからの可能性が高い。普通の人なら深夜近くになると、覚醒レベルは自然に低下するが、過覚醒の人は レベルが なかなか睡眠レベルまで下がらないから、睡眠導入剤を用いて、覚醒レベルを下げてあげる。

手を焼く年寄りの不眠症

♣ 若者でも寝られない時には「羊が 5 匹 … 羊が 6 匹 … 」と唱えれば寝られると思うが、羊が 200 匹 くらいではなかなか効果が出ない(、睡眠= sleep、羊= sheepの語呂合わせ)。

♣ お年寄りの場合、昼間 居眠りをし、夜の睡眠が浅い方が多く、言ってみれば 睡眠は足りているけれど、悩みだけは人並みの場合もある。その上、午後 7 時、8 時 に寝床についてしまえば、明け方には目が覚めるのは やむを得ないだろう。こんな例なら、時間配分のお世話をすればよい。たとえ不眠症で悩む人であっても、電車やバスの中・ お話会で照明が暗くなるとスヤスヤ寝る人も少なくなく、脳の病気とは言えない。

♣ 「うつ病や統合失調」であれば、睡眠障害は「脳の病気の一つの症状」でもある。一般内科疾患で「痛みや苦しみ」があれば、不眠の原因になり得るだろう。

♣ ご紹介の症例は脳血管性の認知症の初期と見られる。「せん妄」とは 「ありもしない状況を ‘ある’ と認識し、それに固執して驚き悩む状態であり、しかも、あとになって ‘覚えていない’ 」 と言うのだ。健康な人でも手術後などで一過性に見られることもあるが、ほとんどは、認知症 ・ 脳卒中後・ 代謝障害・ アルコール依存症である。

♣ 老人で これが見られたら、まず ‘認知症が始まったか?’ と疑う。脳機能の衰えた老人は、子供と同じで、夕方になると早く疲れて短気になり、夜になると孤独になる。「せん妄」が夕~夜に多い理由はここにある。認知症の周辺症状 1 ) とは 「何でも有り ! 」だから、「襖にガムテープを貼る …」について 個別の説明をつけても何の意味はない—— その人の性格~環境によるものであり、 「そうですか」と聞き置くだけでよい。

♣ 原因は何であれ、最近は副作用の少ない睡眠剤が利用できるので、精神科医に相談して睡眠薬を用いるのが良い。これが本人と家族にとって 一番負担が少ない方法である。

要約:  不眠症には三つのタイプがあることを述べた。 昼間 コトンと居眠りするが、夜の不眠症がある人は「過覚醒」 (本文)の可能性があるから、睡眠導入剤を用いて覚醒レベルを下げてあげる。 お年よりでせん妄(本文)のある方なら、「認知症・ 脳卒中後・ 代謝障害・ア ルコール依存症」を疑う。 相談は、経験症例が豊富なので、精神科のドクターが最適である。

職員の声 

声1: 不眠症が人口の 2 割 にもみられるとは驚いた(答: 時計・電燈やテレビのなかった昔には、不眠症もなかったーーだって夜には夜の仕事 (= 睡眠) しかなかったし、夕暮れからあくる朝まで半日もの間、ローソクをつけて「眠れない」 と嘆くことは大変に贅沢なことであった。

声2: 当のお年寄りは 不眠症で悩んでいないのに、家族の都合で睡眠薬を用いるのはいけないことではないか?(答:QOL (生活の質)は、当のお年寄りと周辺の人と、両方にとって大事だ。寝ないで問題を起こす老人の “不寝番” の役を 家族が勤め続けて良い訳はないだろう)2 )

声3: 内科医よりも 精神科医のほうが相談に適しているとは初耳だった(答: 不眠症は “長丁場の状態” である; いろんな症例・ さまざまな薬の副作用 を知っている精神科医ほど適当な相談相手はない)。

声4: 「過覚醒(かかくせい) 」って何だろう?(答: 覚醒は ‘目覚めている’ 状態であって、私たちの普通の昼間の状態だ。過覚醒 は、精神的緊張(覚醒水準)が異常に亢進した状態であり、ストレスに直面した時と同じ心身状態をもたらす。この結果、ストレスが去ったハズの後の夜でさえ、不安・ 不眠 が残る。 国の主相・ 軍事独裁者・ 大会社社長・ 人気アイドル などは 夜でもなかなか気が抜けるものではない)。

参考: 1 ) 新谷:「認知症は治るか?」; 福祉における安全管理 #603, 2017. 2 )  新谷:「誰のQOLか?」; ibid # 643, 2017.

(638) 筋 ト レ と ル ー の 法 則

(638) 筋 ト レ と ル ー の 法 則

  今日は老人介護で花形の「筋トレ」を勉強しよう。

努力は成功の鍵である …この標語は主に青少年に向かって告げられるものであって、何の間違いもない。だが努力とは誰がするものなのか? 成功を成し遂げた人にも、更に努力することが奨められるのか?具体的に語れば、15 歳 と 80 歳 に 果たして同じ標語が通用するだろうか? 近年ではその点を強く反省する風潮が強まった。

♣ トレーニングと言えばすぐ思いつくのが「脳と筋肉」であり、特に高齢者の「脳トレ・筋トレ」は花盛りだ。でも、思えば不思議なこと … トレーニングが健康維持の役立つのなら、「肺トレ・心トレ・肝トレ・腎トレ… 」、全身にいくらでもあるではないか? ナゼ脳と筋肉だけが選ばれるのか?

♣ それは 「気持ちの片寄り」 にある。だって肝臓や腎臓はトレーニングの仕様がないではないか。他方、「脳」と「筋」は子供のころから努力を集中してきた経緯がある ! 脳と筋は自己責任で鍛錬すべし、という教育が住み着いているのである。

♣ 筋肉には 「随意筋」 と 「不随意筋」 がある。「筋トレ」の「筋」は、もちろん 大脳が支配する「随意筋のトレーニング」のことだ。「随意」とは 自分の意思で「随意に」動かすことができる、という意味である。

♣ 「不随意筋」 は血管・胃腸・胆嚢・膀胱などにくっついている筋肉であり、これらは “自律神経” が管理している。だから、随意筋の「筋トレ」は意志の力によって可能であるが、不随意筋の「筋トレ」は出来ない。

♣ さて、随意筋の筋肉は運動訓練により、肥大してくる。すると外見はプロ選手のように「筋肉マン」の姿を呈する。ここで混乱してはいけない … 「肥大」と「成長」は はっきり違う。たとえば、10 歳 の子供が 20 歳 の大人になるのは「成長」であって「肥大」ではない。「成長」は細胞数の増加を伴うが、「肥大」は細胞の数は不変で 一個一個の細胞が太くなった状態である。

脳トレとルーの法則

筋肉の肥大の場合、筋細胞は太くなるが、筋細胞数は増えず、それに栄養を与える血管も増えない、 筋細胞の一本一本には 収縮命令を伝える “随意神経” がくっついているが、それも増えない( -- 左上は神経細胞、神経を通じて右下の筋繊維につながっている)。 肥大した筋肉も、鍛錬を怠ると、やがて元の状態に戻る。「筋トレ」と聞けば、「筋肉」しか連想しないだろうが、筋肉は自分では動けない。実は、筋肉を動かすのは「神経」である。解剖学的には、一つの神経(前角細胞)がいくつかの筋線維とペアになって構成されている()。

♣ たとえでいえば、神経は「司令官」、筋肉は「兵隊」である; 訓練によって兵隊が強くなっても、司令官がお休みすれば、良い「いくさ」はできない。つまり「筋トレ」とは、司令官(神経)と兵隊(筋線維)の両方の機能を向上させることが必要なのである。

♣ ところが、人間の神経細胞は年齢に伴って減ってくる(成人後 誰でも脳細胞は毎日10 万個 ずつ減る)。すると筋線維は「司令官」を失った兵隊のように、不活性または線維化して、役立たずになる。これが老人の「筋肉と神経の関係」である。つまり、訓練は「司令官と兵隊」の両方に行うべきであり、「受身で」または他人の希望によって行う場合の「筋トレ」は期待通りの結果が出にくくなる。

♣ このことはピアニストを念頭 におくと理解できるだろう。プロなら「毎日数時間」の練習を、本人の意思で続けなければ「神経と筋肉の技」は、その維持はおろか、進歩などはとてもおぼつかない。一回休めば 一回分だけ後戻りする。だから運動家は (音楽家も) 試合の直前まで 本気で訓練を続けて、神経と筋肉の最高機能を保つ。

♣ また、一般にトレーニングを行う場合、ルー(Roux)の三法則 を忘れてはならない。それは 過剰な運動は筋繊維を損傷する、 運動をしないと筋は衰える、 ほどほどの運動が筋収縮にとって一番有効。まかり間違っても、「運動すれば筋肉が成長する」と勘違いしてはいけない。使い過ぎた筋肉の治療は「安静」であって、薬ではない。

♣ 同じ筋肉でも「自律神経の支配を受ける不随意筋(胃腸・血管など) 」は「筋トレ」することができない。その他 トレーニングになじまない臓器として 腎臓・脾臓・リンパ腺 など多数がある。体の大部分は「健康を維持するだけ」の注意がベストなのであって、過剰に訓練すれば「ルーの ①」に陥るのが関の山である。

♣ 私たちは有限の可能性を持って生まれている。激しく使うと 早く寿命が尽きてしまう。「精神主義」は若い人の訓練には役立つが、大人になってからは、「ルーの法則」こそが条理にかなった「筋トレと神経の関係」なのである。

♣ 老人の筋トレを行うに当たって、この知識を役立てて欲しい。1817字

要約 :  筋トレによって筋肉は「肥大」するが、それは「成長」ではない。 筋肉の収縮は「脳神経と筋繊維」が一体となって行われるから、脳トレも必須である。 人は歳とともに神経細胞を失っていくから、筋細胞も共に失われる――よって「ルーの法則」に従った訓練が望まれる。 (参考 : 25 歳 の筋肉は 70 歳 で半分に、100 歳 で 1/4 に減っていく ... これは健康な老化であって、病気ではない ! )。

参考: * 新谷:「ルー(Roux)と智恵」; 福祉における安全管理 # 45, 2010.

職員の声

声1: 脳細胞が毎日 10 万個 ずつ減って行くのは悔しいが、脳トレをすればもっと減るのか?(答: ルーの法則で、筋肉の場合は “やり過ぎ” で明らかに細胞は破壊されるが、脳の場合にそのような観察は報告されていない)。

声2: 筋トレと同時に脳トレも行えば効果的か?(答: ピアノの例 … お母さんが娘の傍に付いて無理やりピアノの練習をさせるのでは ピアノは上達しない、あくまで本人が筋トレに参加する気迫が大事なのである)。

声3: 中年男の腹が出っ張るのは食べ過ぎが原因か?ルーの法則の何番目?(答: アメリカ男は日本よりはるかに腹出っ張りだ … 自然の動物には決して見られない“食べ過ぎ”であり、ルーの 2 番(運動不足)。

声4: 「筋トレ」という言葉は 「鍛錬する」 と言う匂いがする(答: 鍛錬とは “鉄は熱いうちに打て” に通じ、若者をしごくことである … 年寄りは叩いても熱くはならず、ヘたるのみ)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR