(687) 1 0 0 歳

近年の日本は “高齢化” の掛け声が大きく、100 歳と聞いても あまり驚く人はいない。

♣ 100 歳の記録が始まったのは 1960 年の 150 人からであり、その後 着実に年々増加しており、今では総数 6万7千人、500 倍近くの増加である (図 1)。この傾向は今後も続き 30 年後には 60 万人を越えるだろうと予想されている。

(687) 100 歳

♣ 日本、こんなに増えて大丈夫なのか?と不安を洩らす人々もあるが、図 2 をご覧あれ … これは 100 歳を越えた人々の 自然経過 を示し、現実には 107 歳で実質ゼロ人になっている。つまり、100 歳までの人口は急激に増加してきたが、100 歳を越えると同じく急激に減ってくるものであり、あたかも人間の天寿の上限が “100歳ちょっと越え” であるかの如き現象を示す。

100寿

♣ 別な言葉で言えば、なるほど百寿の数はビックリするほど増えてはきたけれど、下図 3 の “年齢別人口図” の 100 歳の領域を確かめて見られよ(横軸は年齢、縦軸は人数)。高齢化社会とは言うけれど、壮年期の大面積に比べて 百寿が占める領域は “面積を持たない” ほどの細い 「線」 なのである 。つまり 100 寿は近年 急激に増えて 表舞台に躍り出たたけれど、数年の経過で 急激に減る現象なのであり、これは臨床的な経験とほぼ一致する。

100 歳

♣ 同じような話題で近年「抗加齢療法」(Anti-Aging)という言葉が飛び交う。これの意味は、「年月が経てば齢を取って行くけれど、姿や心は若さを維持したい」という人々の願いを叶えようとする療法であり、全世界的な願いでもある。

♣ 上記の 図 3 を振り返って見直して欲しい。“もっと長生き” ということは、右端 100 歳の位置を更に右側に引き延ばしたい、という願いである。すでに 図 1 と 図 2 で述べたように、100 歳までの人が今後 増えることは避けられないが、100 歳を越えれば数年の内にその人口はゼロに近づく。なぜなら、それが我々の遺伝子に嵌めこまれた 「長寿の限界」 だからであろう 1 ) 。これが変更されるようなことは今後とも起きるとは思えないが、皆さん方はどう思われるか?

100 歳

♣ ならば せめて望めることは、限られた 100 歳の内で快的に健康な日々を増やすことであろう。これを図で示せば、図 4のようになる … 人々の平均寿命は男女で異なり、それぞれの寿命は “健康寿命と介護寿命” に分けられる。

健康寿命とは、各個人が自覚的に 「自分は元気だ」 と評価できる人生であり、高血圧や糖尿病などがあっても普通の日常生活ができれば、それは健康寿命である。介護寿命とは、言葉通りに 「介護保険」 の適応を受けている人、または 脳卒中・重症心疾患・リウマチなどの特定疾患を持つ人とされる。

♣ この図式で判断すれば、介護寿命を出来るだけ減らし、その分を健康寿命に繰り込むことができれば、人生は快適になるハズ。長命な女性の例でいえば(図 4 の下半分)、要介護寿命が 12.4 歳というのは長すぎないか?これを半分に縮めて 6.2 年とし、その分を健康寿命に移せば 74.21 + 6.2 = 80.4 歳の 豊かな健康寿命が得られる。
100 歳
♣ でも、こんな算術が実生活で可能だろうか? そこで 図 5 を見よう。これは女性の場合の 「平均寿命と健康寿命の関係」 を示す。時代と共に 平均寿命と介護寿命は少しずつ延びたが、両者の間に介在する介護寿命の 12.2 歳はナゼか不変なのだ ! 男性の分析でも同様で、ほぼ 9 歳は不変である。

♣ つまり、時代と共に 平均寿命も健康寿命も延びる のに、その際 人々の希望に反して、要介護寿命は減らない のだ ! 換言すれば、「超長生きは 平均 10 年前後の介護期間なく しては成り立たない」 ... これが冷酷な現実である 2 )

♣ このことを 図 4 で見つめ直すと、健康寿命(黄色)・要介護寿命(赤色)の間にある 「仕切り」 は、このままでは、右にも左にも動かせないのだ。仮に、女性の平均寿命が今後 14 年増えて 100 歳になっと すれば ... その時に増えるものは 要介護寿命(赤色)の 14 年だけで あって、健康寿命(黄色)は ほとんど増えないだろう。

♣ 戦前には介護保険は無かった … だから今も 「努力すれば要介護寿命(赤色)を減らすことが出来る」 とあなたは思うかも知れない。それの実現のためには、 昔のように 更年期過ぎで 早々とポックリ逝けば、要介護寿命を減らすことは出来る。だが、それを人々 全部に適用する事はムリであろう。

♣ 「100 歳は長寿のシンボル」 であり、過去半世紀の間に 500 倍近くもの増加があって、刮目 (かつもく) に値する現象であった。ところが、こんなに素敵な百寿ではあっても、107 歳になれば そよ風のように消え去ってしまうものなのだ(図 2)。

♣ かくして、人々は 百寿の夢を追い求めるけれど、人生の終末には 予想外に「長期間の 介護」が必要不可欠であることをよく納得しよう。 そもそも 介護保険の趣旨は 手厚い介護によって 「介護寿命の 永からんこと」 を実現」 する制度であったハズ ! 1962字

要約:  百寿の歴史的 “盛衰物語” を示し、人生全体から見た 100 歳の位置を視覚的に図で見つめた。 健康寿命を多く保ち、介護寿命を出来るだけ少なくすることが重要だと言われているが、現実には寿命を プラス・マイナス で算術 のように組み立てることは出来ない。 百寿の人口は微々たるものであるが、そこへの到達は長い長い「要介護期間」の存在があってこそ の賜物 なのである。

参考: 1 )  新谷:「普通の百歳とは?」; 福祉における安全管理 # 636. 2017.  2 ) 新谷:「介護寿命を縮める」; ibid # 676, 2o18.  

職員の声

声1: 100 歳になると もう 余命 はどれほどもないけど(答: 100 歳の平均余命は「 2.5 年」、 .でも 107 歳まで生存する人もある(図 2 ) 。だが、一升瓶のお酒を ほぼ底まで飲み干した上 まだ よそのお酒を飲むのか?)。

声2: 1990 年代の 「キンさん・ギンさん双子の100 歳」 は日本中の人気者だったが、今では百寿が 6 万 7 千人、これも介護保険のお蔭か?(答: 個人の予算で 「二人の百寿を自費で」 維持すれば「孫」へあげる予算はもう無くなる)。

声3: 加齢に病気は付き物、元気な100 歳とはまさに 「介護の塊」 だ (答: 国 も社会も “介護期間” を短縮するのが良い、としている … 介護に精を出せば、介護期間 も予算も増え、認知症は進むばかり ... あなたなら どう したい?)。

声4: 健康寿命は 74 歳、もっと長くしたい人は 中年の 時、“生活習慣病” から遠ざかれば可能、つまり元気な長寿は本人の選択次第だ(答: 飲んで 吸って、食って 遊んで … その上 長い寿命、というシナリオは無理っぽいということ)。

(683) 天 寿 と は 何 だ ろ う ?

 (683) 天 寿 と は 何 だ ろ う ?   

 あらゆる生命・社会科学の目的は、終局的に煮詰めれば 「寿命を長くすること」 であろう。

♣ では、寿命 (life span) とは何か? それは 「出生の時点で遺伝子に与えられた生存期間」 と言えば良かろう。要するに寿命と言えば 「自然死」 の時期を意味し、その点を強調して「天寿」と呼ばれることもある。

♣ そもそも全ての生物は 「子を産み終わったら死ぬ」 という自然のサイクルの特徴を示す。その年齢はおよそ体格のサイズによって決まっている。遺伝子を子孫に渡し終ったら、自分は景色の中からサッサと去り、その後に「老年期」はない … だから、動物の天寿は分かりやすい(図 1)。

天寿とは何だろう?

♣ しかし人間だけは例外だ1 ) 。縄文・弥生時代の昔であれば、ヒトは体格の似たライオン並みの 30 歳 あたりが寿命の限度であった。文明・文化が進むにつれ、~ 50 歳 まで延び、さらに 「衣食住」 足りた上に 「電水熱」 のインフラが整うにつれ、更年期の後に 長い長い 「老年期」 を持ち、バラバラの年齢で世を去ることになる。このバラツキの幅が広いため、寿命が何歳だとは一概に言えなくなってきた。そこで人間の寿命の範囲として、その 「下限と上限」 を定めてみるのが必要となる 2 )

♣ まず 「天寿の下限」 とは「多くの人が希望する命の最低年限」としよう。古代は別として、平和な江戸時代ではせめて「更年期の 50 歳ころ」までは生きていたいと望まれた。その根拠は、江戸時代の 「天皇・将軍各 15 代」 の寿命が参考にされる。江戸~明治までの計算で 3 )、 天皇 49.4 歳 (22~85歳) ・将軍 51.5 歳(8~77歳)である。

♣ つまり、天皇や将軍でさえ寿命は 50 歳前後なのだ。ましてや、一般市民の寿命はこれ以上を望むのは無理だった。つまり天寿の「下限」は5 0 歳頃であった、とみられる。

♣ これに対して、「天寿の上限」はどうか? 検討対象として「現在 100 歳」の方々の心身状況の観察してみる。年齢が 100 歳に向かうと、視力・聴力・残歯の数・血液アルブミンは生命維持には不向きなほどに低下、摂食・排泄・入浴・歩行 に問題が発生、認知症は不可避となる 4 )

♣ 人は長生きの「夢」を まず 100 歳に置くが、実際に 100 歳の人の「姿」を見ると「おや?」と躊躇(ちゅうちょ)する。還暦( 60 歳)レベルの人ならまだ心身ともに元気だが、米寿( 88 歳)では 明らかに老化が進み、白寿( 99 歳)では仲間の 99 % は死去してしまう。つまり人の寿命の上限を 100 歳と見れば十分過ぎるではないだろうか?

♣ 次に、寿命を 「個人の年齢」 レベルから 「大人数の人口年齢」 レベルで寿命の病態を見てみよう。図 2 は数カ国の代表的な 「人口ピラミッド」 である。各図の頂点は 100 歳、底辺は 0 歳、左右は男女の相対的な頻度である 5 )

天寿とは何だろう?

♣ ピラミッドの図を 100 歳の頂点から少し下へ辿ってみると、男女ともに 「屈折」 (角 かど)が見える。その屈折が見られる年齢を 「屈折年齢」 と呼び、その値は各図の下方の数値として示されている。この図の読み方の詳細については 「屈折年齢と福祉」 5 ) で述べたので参考にして欲しい。

♣ 各国の寿命をみれば、0 歳から上に登って屈折年齢までの人口はあまり喪失していなく、しかし、一旦 屈折年齢に達すると 100 歳に向かって直線的に漸減する特徴がある。

♣ したがって先進国の屈折年齢 (70 歳近辺)が ある意味で「寿命の曲がり門」 と理解できるのではないか? 換言すれば、70 歳まで人口は あまり間引かれずに生存できる 「天然の生存枠」 だとみられよう。70 歳を越えると人はそれぞれの環境の中で、天寿に応じて他界し始め、100 歳に至るのだ。

♣ この 70 歳頃という年齢は W.H.O.が説明する 「平均寿命 ~ 健康寿命」 の模式図で 、先進国の「健康寿命は ほぼ 70 歳」 6 ) に たまたま良く一致している (これより後は ”要介護寿命” ) ―― つまり近年、人々は屈折年齢まで安定した健康な生活し、それを越えれば、体質などに応じて、天寿の最高値 ≒ 100 歳を目指して世を去って行くのではなかろうか。

♣ 天寿とは誰かが決めるものではなく、動物としての人間の天寿は 30 歳ころ、「衣食住」の獲得とともに 50 歳ころになった。加えて「電水熱」のインフラ拡充の現代になって、天寿の幅は 50 歳~100 歳となり、その中央値は 先進国で 70 歳 (屈折年齢) になったのではないだろうか。特記したいことは、日本の老人が ことさら長生きになったのは、医療・介護のほか「冷暖房」のおかげである、とは決して言い過ぎではないだろう。1797字

要約: 人の天寿とは誰かが決めるものではなく、動物的な観察と心身の生理的な実態を睨み合わせて決まるものであろう。  天寿には個人的な幅が認められ、下限は 50 歳ころ、上限は 100 歳を越えないと思われる。 個人ではなく、多数の人口の健康寿命は 先進国で70 歳ころ (屈折年齢) と推定され、それ以後は、個人の個性によって天寿は変動している。

参考: 1 ) 新谷:「命の設計図」: 福祉における安全管理 # 633, 2017. 2) 新谷:「命の歩幅」;ibid # 620, 2017 (1600 年から明治まで = 後水尾天皇から明治天皇の 15 代。徳川家康から徳川慶喜の 15 代)。 3 )  新谷:「普通の百歳とは?」、ibid # 636, 2017. 4 ) 新谷:「屈折年齢と福祉」、ibid # 579, 2016. 5 ) 新谷:「要介護期間を短縮する」;ibid # 676, 2018.

職員の声

声1: 天寿とは神様から頂いた寿命だろう、人があれこれして追加した寿命は含まれないのでは?(答: 賛成 … つまり天寿とは健康寿命だけと見るべきだ ... 医療・介護による長命は別口で、これは「要介護寿命」と呼ぶ)。

声2: 真の意味で 「天寿を延ばす」 とは、子孫を残せる期間 (更年期) を延ばすことではないか?(答: 70 歳になっても子を育成できれば(徳川家康のように)、それは万人の認める天寿と見て良いだろう)。

声3: 愛玩用の犬猫の飼育寿命が天然寿命より 2 倍 も長いように、人間だって 「介護された寿命」 だからこそ 100 歳まで行くのだろう(答: まったく その通りだ、人間を介護する社会態勢が乏しかった戦前の寿命は 50 歳前後だったものな)。

声4: 大型のワニやヘビは大きくなり過ぎるとエサを取れなくなって死ぬ、と聞いたが、もし人間のように介護と食事ケア付きであれば 100 年位の長生きをするか? … (答: Yes ! でも それはきっと子も産まず活動もしない 算数的な 100 年だろう――人間もそうだが、やはり寿命と言うからには 「生命サイクル」 が有ってこそ、天寿と言えるのではないか)。

(684) ど こ で 死 に た い の ?

(684) ど こ で 死 に た い の ?   →

近年の日本では、出生者と死亡者の均衡がとれ、小差はあるものの、いずれも毎年 約 120 万人前後だった。

♣ 総人口 1.2 億人のうち「毎年約 1 % の 120 万人が入れ替わり、100 年で一回りする」と理解すれば分かり易い。これは「死んだ数だけ補充される 「健康な現象」 でああった 。「多死時代」 とか 「少死時代」 という表現はマスコミが煽っているだけで、何の騒動でもなかった。

♣ そして 老人の死に場所 は、60 年前までは先祖代々の習慣通り、在宅以外はほとんど考えられなかった(病院・自宅の比率が「1 割: 9 割」 、図 1 )。ところが、バブルの真っ盛りの 1970 年代、在宅死は著しく減って日本人の多くは病院で死を迎えるように生活スタイルが一変し、死に場所は 在宅:病院の比率が「 5 割: 5 割」に転じた。

どこで死にたいの?

♣ さらに、その 20 年後の介護保険が始まった 2000 年には 想像を絶する比率、つまり在宅死が著しく減って、病院:在宅の比率が「9割: 1 割」へ、つまり 60 年前の比率の裏返しになり、日本の老人は ‘主に’ 病院で死ぬ社会になってしまった。ほんの半世紀の間で、天 と地が入れ替わるほどの変化 ! ここに 日本社会の病理 がある訳であって、このことは後半で検討しよう。

♣ なぜ老人は自宅で死ななくなったのか? 厚労省はこの傾向を不満とし、在宅死は新しく 4 割を目標に増やさなければ、病院が満員となって、「年寄りの死に場所が確保できなくなる」と考え、看取りの場所を自宅へ戻すよう誘導した。その根拠として、(イ) 成人を対象にしたアンケートで 6 割の人々が自宅で死にたい、(ロ) 厚労省のガン終末期アンケートで、自宅で死にたい人も 6 割であった。よって、自宅死の割合を 4 割程度に設定しよう、というものである。

♣ しかし、肝心の 「老人」 はどこで死にたいと思うのだろうか? ――そんなデータはない。ただ言える事は、自宅死を勧められても、現実には不可能であろう。その 理由を四つ ほど述べれば:―― 一人暮らしは 40 年まえから 7 倍も増えたし、今後も女性を中心にどんどん増える (図 2 ) 。女性は男性より長生きだから、それは避けられないけれど、どうしたら一人暮らしの女性は自宅で死ねるのだろう?

どこで死にたいの?

男女共、本当の希望は自宅で看取られたいが、少ない人手間を考えて 家族に気兼ねする。

また、近年の病院死では、自宅ではできないような 「延命の儀式・処置」 が輻輳し、何となく 気が休まる。これは 「薬石 (やくせき) 効なく死に至った」 という安堵感に繋がる。

しかし最大の理由は、なにせ保険が効くので病院は 「自宅の見送りに比べれば 著しく安あがり」 、その上 「世間体」 も悪くないから人気が高い、のである。特に近年、死が近づくと 「検査や治療処置」 は控えられ、医療費は主に「観察代」だけの少額になるのも有難い。

♣ 他方、病院は「病気を治す場所であって、死ぬ場所ではない ! 」 と説明されているし、病院での老衰死は “自粛” されるべきだ、という主張もあり、これは もっともなことである。だが、ここにこそ 隠された問題があるのではないか?

♣ つまり、人は歳をとるにつれ 「どこで死にたいか?」 の質問に関心を示さなくなる。なぜなら、老人性認知症によって「見当識障害」 1 ) が現れ、将来のことが理解できず、「現在の刹那 (せつな) 」 のみが大事になるからだ 2 )

♣ その上、死亡時の年齢がすっかり変わった … 昔は人生 50 年、還暦前後で世を去ったが、今ではそれが 90 歳に近い。その分、見送る側の年齢も中年から老年になり、体力・世間力 も低下した。超高齢の現代、死に場所は、逝く人が決めるものではなく、見送る人の年齢と気力で自然に決まってしまうようだ。

♣ さて、仮にガンによる死亡の場合なら、その 「終末期」 は比較的短期間であるし、本人の希望も傾聴しやすい。だが多くの高齢認知症の場合、いつが終末期なのか予想が困難だ … 終末期は 1 年から 10 年以上の先にわたる。

どこで死ぬの?

♣ 日本は戦後 30 年間 自宅でお看取りをしていたのだが、諸外国でも高齢者の死に場所の問題は “案外に” あるのであって(図 3 )、病人の身になって考えれば簡単には解決しない問題なのかも知れない。

♣ 人は生まれる時は大変であるが、死ぬときは もっと “大変” なのであり、手を抜くべきではなかろう。厚労省も一般の国民も、死ぬ時の 「ヒト・モノ・カネ」 を惜しんではならず、安易に在宅死を奨めても、その流れを変えるのには大きい工夫が必要である。1907字

要約: 介護保険が始まった 2000 年以後、病院での死亡が 10 % から 90 % に跳ね上がったことは良く知られている。 その原因は 「ヒト・モノ・カネ」 の経費高騰のほか多数が挙げられているが、逝く人・送る人の高齢化も大きな要因であろう。 先進諸外国における病院死の比率は日本の半分程度であるから(図 3 )、そこまでを当座の目標としては如何であろうか。

参考: 1 ) 新谷:「中核症状は蛙に似る?」; 福祉における安全管理 # 640, 2017. 2 ) 新谷:「ボケ勝ち」;、ibid # 31, 2010.

(682) 100 年 後 の 福 祉 を 展 望

(682)  100 年 後 の 福 祉 を 展 望
      
人は予言・予想を、するのも聞くのも大好きだ。今を去る 100 年前、報知新聞が 「二十世紀の予測 22 項目」 を発表した。

報知新聞 : 「二十世紀の予測」 1901 年 1 月 2 日(明治 34 年):順不動で―― ライオン等の野獣はもう滅亡している、 七日間で世界一周ができる、 蚊やノミが滅亡する、

♣  遠くの人と会話ができる、 写真電話で買い物をする、 電気が燃料になる、 機関車は大型化し列車が東京~神戸間を 2 時間半 で走る、 人間の身長が 180 センチ以上になる、 動物と会話ができるようになる、 犬が人間のお使いをする、 台風が1ヶ月以上前に予測されて、大砲で破壊できるようになる、など。

♣ なんと、その 7 割が当たった ! ⑯ の身長に関しては、縄文時代からごく最近まで 155 cm であったものが、戦後 10 年にして著しく伸び、予想の 180 cm には達しなかったが、プラス 15 cm は立派なものであろう。

♣ その頃の日本の人口は 4,400 万人(今の 1/3 で、今のスペイン並み)、平均寿命は 44 歳(今の半分 ! ) ―― つまり、小さな体・短い寿命・少ない人口 … 世界の中では “目立たない” 国であったのだろう。さて、そこで私は今から 100 年後の日本の福祉を 五つの点 で展望してみよう。

100年後の福祉を展望

(イ) 現在の日本では、男女とも平均の “初婚年齢” が著しく高齢になり、特に女性に至っては生理的な妊娠・出産の期間が短くなり、著しい少子化の原因となっている。図 1 をご覧になれば、過去の初婚年齢が ごく近年に 数年も遅くなった ことが分かる。その上、35歳を越える出産には「ダウン症」の赤ちゃんが増えるので、更にこのことが 少子化傾向に輪を掛けている。

( ロ) 残念ながら男女とも、出産確保のために現在の “更年期 50歳” を 60 歳程度に延長治療することは不可能である。これは人類そのものを変更する必要があるからだ。従って、‘多々老・少子’ (図 2)のアンバランスは、初婚年齢を元のように戻す以外の名案はないだろう。

100年後の福祉を展望

♣ 図の右端に示す様子は 「現在 20 歳代」 の人達が近い将来に遭遇する状態を展望するものである。どうか「自分の事」として、将来の ‘多々老少子’ の展望をしっかりイメージして欲しい。

(ハ)「自己摂食の尊厳」 が尊ばれた結果、ヨーロッパ社会のように「寝たきり老人」は一掃されるだろう。――ご存知かどうか、欧米では老人の延命食介をしない。その 第一の理由 は “人間の尊厳” を保持すること ! 彼らは食介とは 「猫や羊に餌をあげる」 ようなイメージ持つらしく、本能的にその有様を 「野蛮」 とみて嫌う。人間には猫や羊とは違い、尊厳を持って接するべきだ、と語る。日本は 「儒教思想」 の国であるが、“人間の尊厳” を将来 もっと深く考えるようになるかも知れない。

第二の理由 は “国家予算の安泰” ! つまり、延命食介が必要な人たちは要介護 4 ・ 5 に相当し、もし延命食介が無ければ、全介護予算のほぼ 1/ 2 が節約される。事実、スエーデンでは延命食介をしない歴史が既に 100 年以上もあって、「寝たきりがいない社会」という誇りを持っている――ただし、日本でそれを真似るのは時期尚早 (しょうそう) かも。日本ではやっと延命胃瘻 (いろう) の設置にブレーキが掛かり始めた社会段階だからだ。

(ニ) その結果、国民の平均寿命は日本よりやや短かめになっているが、延命食介の風習から離れ、高齢者一般の幸福はむしろ増進されている、と言われる。 (ホ) 欧米社会は 延命透析や延命胃瘻を “虐待医療” と理解しており、保険適応からは外されている(イギリス流) 。日本も 100 年後どころか、おそらく年余に して “善意の虐待” が是正されるのではないだろうか?

♣ 人類は一般動物のように 「早熟・早死」 の歴史を辿ってきたが、この半世紀、世界的に 「遅熟・遅死」 の時代に入った。それは人類の選択なのだから、とやかく言うべきことではなかろうが、一つ忘れてはならないことは 「更年期の存在は将来も不変」 であることだ。更年期を過ぎた後には子孫が出来ない。その上 高齢化に伴う「認知症」は社会の少子問題を遠くに押しやり、ひたすら社会は退化の道を歩んで行く。

図 2 を今一度ご覧頂けば納得されるが、「老人を大事にする」ことは人類の誇りでもある。だが同時に、生命は 「子孫を得る」 ことで進化と繁栄を確保することが出来るのだ … 私は 今も 100 年後も 「老人と子孫」 の両方が対等に尊重される方向に展望が開けることを祈り続けたい。1940 字  

要約:

  100 年前に報知新聞が示し「100 年後展望」の一部を紹介した。 同様に、現時点での 100 年後の福祉展望を 5 点ほど示した。 現在は 「老人隆盛」 の時期であるが、将来は 「老人と子孫」 の両方が対等に繁栄すると展望する。

職員の声

声1: 報知新聞の 100 年前の予想が 7 割も当たったのは、予想する人・その予想を実現した人、どちらもスゴイことだ(答: 19世紀に発見・発明された自然科学は主に20世紀で実用化されてきた――今後の将来展望は自然科学よりもむしろ “心の科学” の分野ではなかろか?)。

声2: 100 歳老人の身体生理を観察すれば、長命願望を数値で捉えるのではなく、“心の豊かさ” で報いるべきと思う(答: 人間 100 歳を越えると、願望が何であれ、数年以内に あらかた世を去っている現実を観察すべし)。

声3: 老人と暮らす仕事をしていると、若い人たちの活力が子孫繁栄にも役立つべきと思う(答: 今の日本は “老人の幸せ” が優先されるけれど、若い人たちの結婚や子育てなど、‘若者の幸せ’をもっと強調したい)。

声4: 理事長の「展望: (イ)~(ホ) 」が沢山 実現されるよう、僕らも頑張る(答: 「人」へのサービスは「人」 しか出来ない、将来とも機械や用具のロボット開発を活用するが、もっと「人」が中心になったサービスが優先されてくることだろう)。

(678) ボ ディ ・ ラ ン ゲ ッ ジ

(678) ボ ディ ・ ラ ン ゲッ ジ  

デイサービスをご利用中の M 様( 86歳 女性 認知症 要介護 2 )は、性格が短気で怒りっぽく、活動中に不穏になる。新人職員が対応すると、さらに怒りっぽくなるが、ベテラン職員なら、まったく同じ対応なのに落ち着いてしまう。ナゼだろう? 彼女の脳に何が起こっているのだろうか? 精神科の O 先生 のご判断を願った。

O 先生 この方の脳は 「認知症の脳」 だろう。言葉掛けは「全く同じ」と言うから、バーバル反応は新人とベテランでは同じな訳だ —— バーバル(英 Verbal)とは、“言葉の” と言う意味で、「声を使って接遇する」ことである; これに対して “non-verbal” とは 声を使わない接触、つまり “笑顔・態度・雰囲気” などで対応することである)。

♣ 例を挙げよう:―― 物語の 「桃太郎」 は、お供の 「犬・猿・雉 (きじ) 」 との会話を言語(バーバル)で行ったのではなく、心や態度 (ノン・バーバル) で伝えたのである。つまり、認知症では言葉が通じないこともあり、自分が「桃太郎」になった気分で接すれば良いのだ。

♣ だから、問題は「ノン・バーバル領域」の対応の違いにあると言える。これは、言ってみれば プロとアマの相違 なのである。たとえば、ピアノの鍵盤を指で一つ二つ叩いてみる。きっと、プロもアマも同じような音を出るだろう。でも音楽を弾くとなると、プロとアマの相違は歴然とする。

ボディ・ランゲッジ

♣ 認知症に対する接遇もプロとアマの違いは、当の本人にも 傍の他人の目にも ハッキリと違う。どこが違うのか? それはノン・バーバルの領域での行動である。上記の “笑顔・態度・雰囲気” のほかに “自信・経験・毅然とした姿勢・包容力” などが挙げられるが(図1ーーTIPSとは”秘訣”)、それを日本語では「スキンシップ」と呼ぶ 1 ) 。「目は口ほどにモノを言い」 という川柳(せんりゅう)がある。人間の意志疎通には、いかに非言語要素が多くを占めるかが分かる。

♣ 言葉は “口でしゃべる” からオーラル・ランゲッジ (oral language)と言い、他方、体で伝える会話の一つは スキンシップ であり、または “ボディ・ランゲッジ” (body language) と言う人もある。誰でも新人の頃には、先輩ベテランの振る舞いを真似るが、やはり 「場数」 (ばかず)を踏んで 自分の気持ちが落ち着けば、ご利用者も落ち着かれるだろう。

♣ 何事も 「経験は宝」 、私たちはある意味で 「俳優・女優」 として演じることも必要である。ノン・バーバルの場数を踏むこと、すなわち良い 俳優・女優 になって仕事に励むのが上達の要(かなめ)である。それだけに、新人はスキン・シップを磨くように指導される。
ボディ・ランゲッジ

♣ 上で紹介した M 様 86歳 の脳の中で何が起こっているのか?という次の質問であるが、彼女の脳の中には、珍しい出来事は何もない ! そもそも認知症とは、単なる 大脳新皮質 = 「新脳 2) の部分脱落に過ぎない(図 2 ) … つまり人間の脳がサル以下の動物の脳に近くなってしまうだけだ。

♣ 認知症の研究者は「脳細胞レベル」の研究して、その原因を掴もうとするが、他方、私たちの仕事は 認知症の行動をよく観察 して、その方の心身の安定に資することではないか。1281字

要約:  同じご利用者を接遇するのに、新人とベテランでは 結果がまるで違う。 新人は「言葉だけ」で接遇して効果 7 %、ベテランはボディ・ランゲッジで対応するので効果 90 % 認知症は新脳 (大脳新皮質) を失った状態だから、オーラル・ランゲッジだけでは十分 意思の疎通が行われず、ここにボディ・ランゲッジの活躍場があるのだ。

参考: 1) スキンシップは身体の一体感を共有しあう行為を指す言葉で、和製英語。正しくは physical contact, touching であるが、「直接 肌に触る」のではない。 2)  新脳 動物の中で人間だけが獲得した「大脳新皮質」のこと。ヒトとチンパンジーとの決定 的な違いは、脳の構造や機能として、言葉を使用できる新脳の機能があるかどうかで決まる。


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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

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