(636) 元 気 な 百 歳 と は ?

(636) 元 気 な 百 歳 と は ?  

みんなが大好きな標語は 「元気な百歳」。

♣ ここで一つだけ気に留めておきたい知識がある。それは 案外に私たちは知っていて知らない大事な事実 = 「百歳の健康とは何か?」―― それは具体的に “どんな姿のもの” なのかを みんなは悟っているのだろうか?

♣ 「不老不死」 を求める人々の心は、そこに 天国の神さま・女神さまがいらっしゃることを夢見る。現実の科学界にだって、長寿の 600歳 1 ) や 1,000 歳 2 ) を真面目に研究してそれを主張する学者もいる。だから「元気な百歳」の実態を「元気な 50 歳 」の心身と同等くらいに軽く考えるご家族が多い。私は長寿の夢を否定する気持ちは毛頭ないが、長寿時代の今、百歳 の現実を整頓して頭の片隅に置いておくことも必要だと思う。

♣ 以下の筋書きは皆さん方がボンヤリとご存知の現象ばかりである。ここでは 「七つの図」 で 「平均的な 100 歳」を描いてみる。

元気な百歳とは?

図 1 は 「毛髪の太さ」 と年齢の関係を示す。中年を過ぎると、男女共に毛髪の太さは直線的に減少する。人により男は「禿(はげ) 」てくるし、女性も髪の量が減り地肌が見えるようになる。半世紀前までは “人生 50 歳” だったから、私たちはこんな現象にまるで気がつかなかった。一口に言えば、100 歳 の現実とは 「禿」 に近づくことなのである。

元気な百歳とは?

図 2 は 「目の状況」 を示す。視力は白内障などのレンズの劣化に影響されるが、案外に気付かない 「ピントの調節力」 も日々の生活でモノを言う。加齢によって視力が低下すれば、「読書に必な “度” 」の調節も困難になってくる――文字は見えてもピントが合わなくなるのだ。100 歳 には 100 歳 なりの「視力障害」がある ! 
元気な百歳とは?

図 3 は 「聴力の変化」 を表す。若い頃には音の周波数の高低に関係なくみんな聞こえたが、齢とともに 1 K (1000サイクル) を越える高い音に鈍感となる。普段の会話やテレビの音でも、アイウエオの母音(ぼいん)は聞こえるが、カ行・サ行… などの高いピッチの子音(しいん)は 聞くも話すも不得意になる。それに合わせて ご存じの “ゆっくりで大声” の会話だ。

元気な百歳とは?

図 4 は、ご存知、残歯の数を示し 3 ) 、更年期を越えるとそれは 100 歳 に向かって直線的に減って行く。子孫確保のご用が無くなる更年期になれば、遺伝子は歯の世話を怠る、と解釈することが出来よう。かくして 100 歳 で歯無しの総入れ歯はありふれた現象となる。

元気な百歳とは?

図 5 は 「血中アルブミンと年齢」 の関係を示す。アルブミンは健康状態の指標として用いられる “生命の基礎タンパク質”= 身体の「血と肉」 を代表する成分である。アルブミンは齢と共に減り、高齢になると 3.0 ~ 2.0 グラムの低値の人はザラである。それは病気ではない。子孫確保のご用を済ませた更年期後には 余分な健康指標の必要がなくなるものとみる向きもある。
元気な百歳とは?

♣ 以上、平均値で見る 図1~図 5 は、100 歳 に向かって人の生命活性が右肩下がりに低下して行く有様を示し、私たちの常識とおおよそ一致している。これに反して、図 6は骨粗鬆症の頻度が右肩上がり に増えており、女性で著しく、それは更年期後の女性ホルモン減少を反映するものと言われるが、男性にも見られる現象である。骨の現状を司る遺伝子は子を産まなくなった更年期後の “骨のお世話をさぼる” 機序があるのだろう。

元気な百歳とは?

♣ 最期に 図 7 … これは 「齢と共に認知症の頻度が激増する有様」 を表す。65 歳 から始まって、5 年 ごとに倍々ゲームで右肩上がりに増える―― 85 歳 で人口の約半数が、100 歳 で平均約 8 割 が認知症になる ! この驚くべき現実をご存知だったか ! 

♣ これらの図は あくまで平均値 を示すものであるから、平均値以上の人々はより若くて元気と言えるだろう。WHO(世界保健機関)は、「健康」を三つの要素――「身体的・精神的・社会的」で活性が保たれていることと定義する。そこで平均以上の例を挙げてみよう:――マージ・ジェットン婆さんは 100 歳 になって運転免許証を更新し、毎日ガソリン給油場で働き、自分よりもずっと若いデイケア利用の老人たちを車で送迎していた 4 ) 。つまり彼女の場合は齢をとっていても “三つの要素で間違いなく健康” と判定できる訳だ。

♣ 元気な長命は偶然に得られるものではない。世に言われている元気で長命の三大秘訣は 「親・生活習慣・社会援助」 と言われる。丸めて説明すれば――あなたの親はどうだったか?あなたは “多酒・多煙・多食などの生活習慣” をどう制御して来たか?福祉の援助をすなおに受け入れたか?である。

♣ もしあなたが、上記 WHOの助言 に従えば、あなたは 図 1~7 で 示された心身の平均値を上回ること確実である。それによって元気な 100 歳 を達成する具体的な指針が手に入るのではないか? 1939字  

要約:   人間の 100 歳 の健康状態を 7枚の図 で概観してみた。 子孫繁栄の生理機能は、平均値で述べれば、更年期でストップ、100 歳 で枯渇している。 「元気で長生きの 100 歳 」を実現するためには、「親・生活習慣・社会援助」の三つを賢く取り揃える必要がある。

参考: 1) 新谷:「ついに 600 歳 か?」;福祉における安全管理 # 401, 2013. 2) 新谷:「寿命、え?1,000 歳?」; ibid 582, 2016. 3) 新谷:「歯の数を確かめよ ! 」; ibid #570: 2016. ">4 ) Dann Buettner: “ The Secrets of Long Life”, National Geographic; November 2~27, 2005.

職員の声

声1: 正直、百歳は長すぎる ! 役に立つ老人ってムリだろう?(答: 夢は残しておいたらどうか)。

声2: 自分のテレビの設定音量がいつの間にか 26 → 32 に上がっていた … 悔しいなー(答: ふと気が付く … みつけた白髪が一本、老眼鏡を手に取ってみる新聞の文字の鮮やかさ … まったく人生の出来事は順送りなんだなーと思う)。

声3: 長寿の百歳が年々増えてはいるが、みんな 食事・排泄・入浴・会話 など、どれをとっても “お手伝い” なくして百歳の日々は成り立っていない ! 人生は 70 歳 くらいで十分だ 思うけど?(答: いっぺんに百歳に飛んで行くわけではないし … 人は 70 歳 になったら必ず長生きの欲が出て来るものだ)。

声4: 医療・介護・制度などは進歩してきて、百歳の夢に花が咲くけれど、こと人体を考えてみると “昔と今は 少しも変わっていない” と感じる(答: 還暦(60 歳)は元気いっぱいだし、米寿(88歳)では “へたって来る” し、白寿(99 歳)は有りそうで得難い … マスコミは 100 歳 ・150 歳 などと話題を稼ぐが、元来 人間の寿命はムリなく更年期 50 歳 だったのである … 元気な百歳は今後も 「夢」 として大事にとっておいたらどうだろうか?)。

(632) 記 憶 に ご ざ い ま せ ん

(632) 記 憶 に ご ざ い ま せ ん

「記憶 と ボケ」 の話をしよう。

♣ 「記憶」 とは 経験した物事を大脳の中に留め、忘れずに覚えていること。詳しくは、記憶 = 「記銘(きめい) + 保持 + 再生」 の 3 要素 より成る。みんな “受験” の前にしっかり勉強したことを覚えているだろう … つまり、まず記憶のためには 「覚え込む」 必要があり(記銘)、これなしで記憶は成り立たない。

♣ 次に その記憶をある期間 保持せねばならず、これはなかなか困難を伴い、受験勉強の記憶でさえ一ヶ月程度で記銘したものをあらかた保持できなくなるだろう。

♣ 記銘が “保持されたこと” を証明するのが 再生のプロセスであり、キチンと再生できなければ、受験の場合なら「知っていても 知らなかった(無知) 」と同等であり、悔しくも 「記憶にございません」 となる。そこで、あなたの記憶がどのように “頼りになるか” 、それを 「気体・液体・個体」 という観点で眺めて見よう。

まず「気体の記憶」。私たちが「針の穴」に糸を通す時、「めくら滅法」ではなく、糸先を穴の横や上に当てているうちに、糸は通るだろう。このような糸通しは「試行錯誤」と呼ばれ、糸先の記憶は 1 ~ 2 秒 くらい有効 だ。これを「瞬時記憶」と呼び、生涯を通じて役立つ記憶の役目である。ただし、この記憶は「秒」の経過で跡形もなく消えて行く。その理由: 神経細胞の中を通過する瞬時記憶は「形」として残らないから。だから「気体の記憶」とも呼ぶのが適当で、気体のように フット消え去る。

記憶にございません

次に「液体の記憶」。私たちは 今日のお昼の「おかず」は覚えているが、一週前の「おかず」は思い出せないのが普通だ。その記憶の守備範囲は「数時間~数日」程度で、これを「短期記憶」と呼ぶ。記憶は まず脳の中の「海馬」 (かいば)と言う」組織(図 1)で「酵素」が働き、その情報の痕跡が残るからだ、とされる。

♣ この短期記憶は私たちが一晩寝ているあいだに、かなりの分量が消し去られる。その理由: 海馬の記憶容量は小さいので、その分量のメモリーを消しておかないと、次の日の情報操作に差し支えるから。だから、「液体の記憶」とも言われる:液体だから濡れて残ったけれど、やがて蒸発して消え去る。人間はこの「短期記憶」を文字化することにより「お金をいくら借りた、いや借りていない」などのトラブルを回避し、他の動物にはできない「文化・文明」の成功を収めることが出来た。

最後に「固体の記憶」。もし、ある情報や事件が非常に強力であったり、繰り返されたりすれば、その記憶は海馬から大脳へ移ってその中で 遺伝子を動員し、「記憶蛋白」を形成する。これは、蒸発する気体や流れ去る液体と違って そこに留まる物質であり、脳の中にガッチリ保存され、記憶の礎となる。その理由: 記憶蛋白がそこにあるなら、いつでも需要に応じて 記憶を再生することができる … つまり、記憶蛋白は「個体の記憶」と表現することができ、同時に「長期記憶」でもある。人間の 脳の働きはその「長期記憶の正確さ」にある。

ボケとは何? 「ボケ」とは頭の回転が遅くなることであるが、いろんなボケがある―― 寝ボケ・時差ボケ・正月ボケ・平和ボケ・訊問ボケ・年寄りボケなど。つまり、年寄りボケ以外は “健全な人” にも起こり得ることが分かり、「年寄りボケ」だけは “真正のボケ” なのである。

♣ 人の脳には約 150 億個 の記憶細胞があり、神経細胞は 成人後 毎日 10 万個 ほど減る と言われ 1, 2 ) 、歳とともに、新規の記憶が苦手となるのは、このためである。毎日 10 万個 の減少と聞けば、心細い限りであるが、記憶の細胞数は 150 億個 だから 比べれば 余裕がある !

♣ ところが、認知症では 脳細胞の減少度が激しくて毎日普通の何倍もの数が減り、「時・所・人」の認識がこの順に薄れ(= 中核症状)、加えて「周辺症状」も現れる … この状態が「認知症のボケ」と言われるものである。神経細胞は齢とともに失われて行くが、減少するものは体細胞数、歯の数・毛髪・皮膚・視力・聴力などの全身の何処にでも起こっている。ただ認知症のボケは精神の進行性ボケであるから受け入れ辛いところがあるのだろう 3 )

♣ ボケの他に 「トボケ」 というのがある。訊問などで報じられる「記憶にございません」は (ア) 本当に知らない(記銘・保持・再生、いずれもない)のと (イ) 再生だけを保身のため意識的に操作する、の二つがあり、(ア)と(イ)両方をあわせて「トボケる」のであろう。

♣ まったく人間の記憶の表明とは複雑・怪奇なものと言える。1865字  

要約   記憶は 3 成分 = 「記銘・保持・再生」 から成り、再生できない場合には記憶そのものが怪しくなる。 記憶の保持時間を 3っ に分けると 気体(秒)・液体(数時間~数日)・個体(終生)の成分があり、それぞれ担当の脳細胞が異なる。 「トボケル」とは、心理的な抑制が働き、記憶の成分のうち「再生」を人為的に操作している状態ではないだろうか。

参考:  1) 新谷:「脳細胞のひみつ」、福祉における安全管理 # 88 :2010.  2) 新谷: 「鍛(きた)えるって?」、ibid # 334, 2012. 3)  新谷: 「ボケ勝ち?」; ibid # 334 , 2012. 4 ) 新谷:「痴呆以前」; ibid # 2, 2010.

職員の声

声1: 記憶は 気体→ 液体→ 固体として脳に刻み込まれる … 大事な記憶をこの順番で貯蔵して行くように心掛けたい(答: 心理的に “前向き” であれば この流れは確実となるだろう)。

声2: 国会でトボける輩が多いが、本人の過去の事情からして答弁する内容を “記銘・保持しているに違いない、再生のプロセスでインチキしている”と 国民は思っている(答: そうかも知れないが、上手なトボケは法律で罰せられないそうだ)。

声3: 認知症の方、近日の事はまるで覚えていないのに、昔の歌を良く覚えて歌えるのはナゼ?(答: 正気だった昔に覚えたこと、すなわち 「固体の長期記憶」 だから再生される記憶は鮮明なのだ)。

声4: 最近 私自身の 液体・固体記憶 が定かでなくなった気がする … 脳の疲労と記憶とは関係あるか?(答: ストレスから来る記憶力の低下は明らかだ … 姿勢が “後ろ向き” になるから覚え込む気力(記銘力)に乏しく、保持するスタミナに欠け、再生する気迫もなくなる … 若年性認知症と間違えられることもあると言う)。

(631) 近 未 来 の 死 亡 原 因

(631) 近 未 来 の 死 亡 原 因

  私が小学生だったころ、町内を見渡しても 爺さん・婆さんは少なかった(1940年代)。

♣ 老人と言ってもせいぜい60歳過ぎ … 子供は多かったから、何らかの理由で人々は早死にしていたのだろう。遊び友達も一人二人と死んで行った。今と何が大きく違ったのだろう? 今日は 死因の今昔を整頓し、近未来に向かって「定説」とは異なった見解で検討する。

近未来の死亡原因

♣ 1.戦前 : 図 1 の左半分を参照。ここには 三大特徴 がある … つまり戦前の死因は 「肺炎・胃腸炎・結核」 で代表されている。突出した「肺炎と胃腸炎」は主に子供の伝染病であり、いったん罹ってしまうと、高熱・脱水により一週間程度で死の転帰をとった。

♣ 「結核」は 今の「癌」と同じように “不治の病” と呼ばれ、青年・中年層に多く、罹ったら 10 年 以上の経過で喀血(かっけつ)・体力消耗(しょうもう)により世を去った。

♣ 若死にであったにも拘わらず、有能だった人々の例と死亡時年齢を示すと … 滝廉太郎 (荒城の月・ 23 歳)、樋口一葉(にごりえ・ 25 歳)、正岡子規 (俳句・ 34 歳) 、夏目漱石 (坊ちゃん・ 49歳) などがある。これら戦前の三大疾患は今やほぼ根絶された。

2. 戦後 : 図 1 の右半分を参照。現在は 三大成人病、つまり 「癌・心疾患・肺炎」 の時代に変わった。戦直後から 1970 年 までは「脳出血」が頻繁だったが、近年は食生活の改善によって欧米型の「脳梗塞」に代わってきた。

♣ 平均寿命が 50 歳 から 90 歳 に延びるにつれ、疾病構造は「若年病」から「老年病」へと移った。まず、平均年齢が 50 歳 から 75 歳 に近づくにつれ “不治の病” = 癌 が年々増えた。癌死は平均年齢が高まるにつれ増えていることを 図 2 から読み取ることができる。つまり、「癌という病気」 が増殖したのではなく、癌年齢の老人が増えた結果なのである。

近未来の死亡原因

♣ なお、寿命延長に伴って増える他の病気として、図で “右肩上がり” の 「心疾患・肺炎」 の二つが目立つ。つまり、戦後に増えた三大成人病とは「長生き病」として捉えられる。理由はヒトは 70 歳 の屈折年齢を境にして世を去り始め、100 歳 を前にしてほぼ全員が死ぬ運命であるから 1, 2 ) 、長生き状況の一つ一つに異なる病名を付けても疾病管理の意味合いは乏しいのである。

3. 問題点 : 近年の高齢者はほとんどが 「複数の」 病気を持ち、「死の第一原因」の選択に迷いが生じている。例えば、脳卒中で寝たきりの老人が最期に肺炎で亡くなった場合、死因は「脳卒中」か?「肺炎」か? あっさり、「老衰」とするのは悔しいから、「天寿」としては如何か?

♣ また、近年増えてきた「認知症」を「老衰」としたり、往診先での死亡診断を無難な「心不全」とする例 も少からず有る。確実な根拠もないのに 「心不全・呼吸不全」の診断は不可」、との厚労省の指導にも拘わらず、心疾患が死亡の高位というのは良くない ! … 真の心疾患死なら 10 位 程度のハズなのである。

♣ また、昔は「脳出血死」の病名に迷いはなかったが、今は代わって「脳梗塞」が増え、後者は死亡診断名としての頻度が減った。なぜなら、多くの患者は急性期を生き残り、麻痺などの後遺症があっても、その症状は他の病名の裏に隠れ、「命取り」の診断名から外されてしまう。また、肺炎は “細菌性”、と “誤嚥性”、に大別されるがが、その疫学的意味は天地ほど異なる。

♣ 4. 近未来 : 現在 第一位の  は「細胞の確率病」と言われる。つまり我々の体には 癌細胞が 確率的に 毎日 1 万個 以上発生し、免疫機構がそれらを全部 退治する。万一、退治し損ねた癌細胞が一個でも残っていれば、それは 20 年後 には 「指先大の癌」 に成長し、全身転移が発生する。現在の癌死ピーク年齢は 75 歳 だから 3 ) 、癌になるのを、確率的に “30 年 ほど遅らせる治療” が開発されれば、ヒトは癌死の前に自然死で世を去ることができるようになる。将来の癌は 105 歳を越える超高齢者だけに見られる稀な病気になるだろう。

♣ また、慢性経過の 「心不全・呼吸不全・脳卒中」 の三つ(= 寝たきり)は、その死因を無理やり「心・肺・脳」疾患に求められて来たが、疫学的な区別の意味は乏しく、これらは「老衰」または「天寿」として纏めても良いだろう。実際、オランダでは死因の筆頭を「認知症」(= 天寿)としており、既に「癌」の頻度を抜いている。「老衰・天寿・認知症」の中身はほぼ同一であり、「天寿」という名称がが時代に即しているのか?

♣ 平和と知恵のお蔭で、ヒトの将来の死因は 1 位が「天寿」 (他人への依存期間は必然的に長期) ; 2 位 以下に 「事故・自殺・その他 」 (依存期間はほぼゼロ) などが続くようになるのではないか?1820 字  

要約:  戦前の三大死因は「肺炎・胃腸炎・結核」の “若年病” であり、戦後はすっかり変わって若者は死なず、三大死因は “老人病” =「癌・心疾患・肺炎」に入れ替わった。 近年の死亡統計で増加中の「老衰・認知症・心肺停止」などは “寿命の満期終了現象” と捉えることができる。 将来の死因は、ほとんどの人 が 長生きの天寿で 「ジワコロ4 ) ... 2 位 以下は 少なくて事故・自殺などの 「ピンコロ」 に集約される社会になると予想される。 

参考: 1 ) 新谷:「屈折年齢」; 福祉における安全管理 # 579, 2016. 2 ) 新谷:「百歳の壁」; ibidem # 619, 2017. 3 ) 新谷:「命の設計図」; ibid # 633, 2017. 4 ) 新谷:「福祉はジワコロを優先するのか?」; ibid # 507, 2015.
  
職員の声

声 1: 癌は、人生 50 歳 の頃 患者数が少なく、人生が癌年齢の 75 歳 に近づくにつれ 著しく増えた … 私は癌死のピークが 75 歳 という事に気付かなかった(答: 多くの老年癌は典型的な “長生きの自己責任病” なのである)。

声2: ある 99 歳 の女性、“まさか自分がこの齢まで 幸せに生きるとは予想しなかった” とおっしゃる … 美しい最期なら長患いの “ジワコロ” も良いものだと思う(答: 一昔前なら有り得なかった微笑ましい現代風の会話だ)。

声3: 死亡時診断名は高齢時代と共に当然変わってくる(答: 若者が死なないのだから、年寄りが死ぬ他はない … その診断には病名など必要なく、「110年間 生存」 などで十分 診断目的を達する。

声4: 若死にはとぅの昔に卒業、癌も近々卒業、そうすれば 「超長寿」 時代が来る … 他人様のお世話をたっぷり受けて 遠慮なく ジワリジワリ と逝くことができる(答: 介護保険の無かった時代なら初老期の悔しい ピンコロ しかなかった … 今は介護保険のお蔭で幸せな ジワコロ を百歳超えまで楽しめる … 何と有難い制度になったのだろう ! )。

(624) 昔と今のお年寄り

(621) 今の老人は昔より30歳年長 ! 

  お年寄りとは、何歳から?

♣ 誰も正解を持っていないけれど、2,000 年 まえのローマでは 40 歳 (元老院 = 国会の資格)、織田信長は 49歳 (有名な本能寺の事件)、干支(えと)では 60 歳(還暦)、介護保険では 65 歳 (一号保険者の資格). . . 。どの年齢も人為的に 区切り良く決められている。

♣ 昔の日本には「家督」 (かとく)というのがあって、その家のお父さんが一家の総代表を勤め、近所付き合いから税金まで、すべてを取り仕切っていた。そのお父さんも還暦になると「隠居する旨」を役所に届け出ると、家督はふつう長男に移った。

昔と今のお年寄り

♣ 税金などの義務から解放されるので、還暦のお父さんは「横町のご隠居さん」となり、「物識り爺さん」として町内の人気者の代表格となった。女性も同じくで、「お婆さんの知恵袋」をお嫁さんや近所の若い娘たちに分け与えて尊敬されたものだ。

♣ この良き懐かしき隠居や家督は 71 年前の終戦とともに姿を隠 した。それが本格的に消え去ったのは 53 年前の 「東京オリンピック」 開催の頃である(1964 年)。その頃、テレビ放送は白黒からカラー受像に変わって全国に普及し、「ご隠居の仕事」も「お婆さんの智恵袋」も、テレビ番組が全部 変えてしまった。

♣ 若者たちはテレビさえあれば、ほとんど日常生活で困ることはなくなった。さらに 2000 年 の介護保険のスタート 頃からインターネット、続いてスマホの普及: 目まぐるしい世相の変化に、若者でさえ追随に息が切れた。

♣ そんな時代でも、親は大事だ。昔の親は 55 歳で定年、恩給をもらってのんびり過ごし、60 歳になると「還暦」と称して 赤いチャンチャンコをもらい、一族のお祝いを受けたものである。だって、その頃の平均年齢は 50 歳に満たなかったから、60 歳 の還暦はとても貴重だったのだ。一族の中でも数少ない還暦のお年寄りは「風呂も温泉も」大好き、「畳の生活」も大好きだった。 ♪♫♬ おーはら庄助さん、何で身上 (しんしょう)つーぶした? ♫♪ 朝寝・朝酒・朝湯が大好きで ♪♬ そーれで身上 つーぶした、あどっこいしょ、どっこいしょ ♫♬ 。

♣ ところで今、お年寄りは 「朝寝・朝酒」なんてとんでもない、お風呂は面倒で疲れる、温泉は足元が滑るので危ない、畳はいったん座ると一人で起き上がれないから敬遠する 。パールの 19 年前の新築時には、畳部屋を数か所こしらえたけれど、その後まったく利用される気配はない。いったい、お年寄りのイメージは いつから、こんなに変わってしまったのだろうか?

♣ 考えてみると. . .昔のお年寄は 「還暦」 で代表、今のお年寄りは 「米寿」 で代表。お年寄りという「同 じ言葉」を使っているけれど、「中味は親子ほどの違い」 がある。つまり、昔のお年寄りは 60 歳(認知症なし)--今のお年寄りは 88 歳(半数は認知症)、この違いが 「今時の親は手が掛かる」 という嘆きに繋がるのではないか。

♣ でも、お年寄りにも「人間の尊厳」がある。単に若者たちに支えられるのでは、心地よくない。私たちだって、やがて年寄りになるではないか ! そこで、私たち自分自身も将来への教訓を読み取ることにしたい。

♣ つまり若者と言えども、社会の変化に適応する努力を続けて、将来 恰好良いお年寄り になることを目指さねばなるまい。片意地になってパソコン・アレルギーを押し通そうとせず、また流行に甘えた体力の無駄遣いもせず、時代にしっかり適応したスマートな老人になれるように心掛けたい。

要旨:  お年寄りの年齢区切りは時代によって様々であり、必ずしも 還暦~米寿 とは言えない。 爺様・婆様 の社交的な役割が変わったのは、東京オリンピックの年(1964 年であり、カラー・テレビ が普及した時に遡る。 感覚的な年齢で代表すれば、今の親は昔よりも 30 歳程 年長であり、同 じ「親」という言葉を用いるけれど、実際は 「祖父母ほどの年齢差」 がある。この差をよく理解して親子のイメージの混乱を避けようではないか。

参考:  新谷:「長命を四つの道で支える」; 福祉における安全管理 # 614、2017.

職員の声

声1: 近年の老人はナゼ自立心が希薄なのか?(答: それは我々が敬老精神に富み、「負んぶに抱っこ・ 乳母車」 をちっとも嫌がらないからだろう。

声2: 「老人」 という言葉は失礼だ …せめて 「高齢者」 と言い換えたい (答: 小泉・元総理 は 75 歳を 「後期高齢者」 と呼んだ … 85 歳なら 「末期高齢者」 となる。しかし「老人施設・老人病院」などを ”高齢者” で言い換えるのは不自然だし、反対語を「低齢者」とも言いにくい。

声3: 今は小学生が老人にスマホで物事を伝える時代だ ... つまり老人は「食っちゃ寝」だけの静かな存在ではない(答: 「お年寄り」と「認知症」をごちゃまぜにしてはいけない ... 普通のお年寄りなら負けちゃいないよ、スマホを駆使している ! でも認知症のお年寄りも案外に多いし よく観察すること。

声4: 小泉・元総理の言葉: 「老いに学べば 死しても朽ちず」 と若者を励ました … 若者は老人から学ぶことが沢山あるハズ ! (答: もちろんの事だ … しかし、人間 85 歳レベルなら その半数近くが認知症である現実を認識するべきだ ... 格言に出てくる老人なら 65 歳近辺であり、頭はまだ狂っていない)。
 


(627) 図説: ピンコロで逝きたい人

(627) 図 説:ピ ン コ ロ で 逝 き た い 人
  
夢のような 60 年 が過ぎ去った … 私 (筆者) はその昔 学校を出て就職し、初任給は 1 万円、手取りは 8 千円。

♣ 戦後の厳しい復興期で、社会の平均年齢 50 歳余、みんな生きることに必死で、コロッと死にたいなんて思う余裕なんてなかった。誰もが 「健康寿命」 でよく働き、その寿命が終ったら静かに世を去った。その運命に何の不思議も感じなかった。

♣ ところが、あれから数十年、国は治まり、人々の寿命は 「倍増」 して「みんなが 100 歳寿」 という繁栄が世に満ちあふれてきた。そこで人々は初めて「老齢の不安」に直面したのである。

♣ 人間はいつまでも若くて健康ではいられない。特に介護保険と共に、身近で観察される超高齢者の立ち居振る舞いを見れば、 「あれほど憧れた長生き」 の魅力が遠のいてくる。その結果、つい口にする言葉が 「ジワコロはいや、私はピンコロで逝きたい」 であった。つまり 「健康なまま死にたい」 という願望、極端な人なら 「私は健康であるためなら死んでも良い」 と 健康願望の鬼になるのだった。

♣ WHO (世界保健機構) は戦後 世界の長命傾向をみて「老齢」の定義を 「65 歳」 と定めた。そして寿命が延びるにつれ、他人に助けられずに自立して過ごせる老年期を 「健康寿命」 と名付け、他方、自立できず他人に依存しながら生活する老年期を 「依存寿命」 と定義した。

♣ それによると、日本の場合「健康+依存の割合」は、男: 71+9 歳、女: 74+13 歳 となった。つまり、入院 したり介護保険で他人さま依存の期間が 男 9 年・ 女 13 年間 であり、言ってみれば 「病気勝ち」 で 「ジワリジワリ」 と衰えて行く期間がジワコロなのである。

♣ 多くの日本人はその気性 (きしょう) として、右でもなければ左でもない どっち付かずを好まず、サッパリと ケリ を付けたい … つまり 生きる訳でもなく死にもせず、というジワコロが嫌い、あっさりとピンコロで死にたい、とおっしゃる。欧米では頻度が少なく、日本では多い 「寝たきり」 には批判的、さりとて「寝たきりの人」を捨てるわけではなくお世話する。そのストレスによって 「ジワコロは嫌い、私はピンコロで死にたい」 となる。さてそこで、ピンコロの統計を見てみよう。
図説: ピンコロで逝きたい人
図 1 は 「希望する理想の最期」 で、人々のピンコロ希望は 64.6 % + 31.7 % = 96.3 %、これに対して認知症などになってジワコロ希望は わずか 1 % である。このアンケートで勝負はついた ! 誰だって死ぬ時はピンコロがお好きなのだ。でもピンコロと言っても中身は広うござる。統計によると、ピンコロの 1/4 は交通事故であり、いかにピンコロ愛好家であっても、自動車に跳ねられて死にたくはないだろう。

図説: ピンコロで逝きたい人

図 2 はピンコロの 3/4 を占める家庭内でのピンコロ内訳を示す。見ると震えがくる … 風呂などの溺死 30 %、窒息 30 %、転倒 21 % で計 80 % を越える。火災死と中毒死を加えると 95 % になる。ピンコロ愛好家の方々、こんなのがお好きなのか?年齢分布を見ても、ピンコロは高齢者に頻発するものであって、若者のピンコロは主に 災害・ 交通事故 である。残る 5 % が やっと期待の多い病気のピンコロだ。

図説: ピンコロで逝きたい人

図 3 を見よう。病気のピンコロはもっぱら「心臓病」である(74 %)。典型的には 「急性心筋梗塞・ 心臓~大動脈破裂」 であるが、その大部分は中高年に発生する。パールの 19 年間 の経験で前者 2 例・ 後者 1 例 の稀な事件であった。つまり心臓病であればピンコロの危険をつねに念頭に置かねばならないが、心臓病であるかないかは 「心電図とエコー検査」 であらかた事前に分かる。

♣ 以上を纏めると、ピンコロは万人の希望であるものの、それで逝きたいための条件は (イ) 交通事故が一番近道、 (ロ) あなたが高齢であること、(ハ) 家庭内でのピンコロなら “風呂で溺れる・ 階段から転げ落ちる・ 火事に遭う” などを了承、(ニ) 心臓の健康に無関心で、心電図を撮ってもらったこともない … これらの条件を満たせば あなたもピンコロで逝くチャンスに加われるだろう。 1632字 

 要約: 人々の 「理想の最期」 は文句なく「ピンコロ」である。 ところが、ピンコロは全死亡の 1 % 以下で稀、しかもその 1/4 は交通事故であり、家庭内のピンコロは恐ろしげな不慮の事故が原因で、誰も決して望まない。 ピンコロに固執する人の将来展望は:―→ 皮肉にも、結局 長生きし → 認知症になり → ピンコロ願望であったことを忘れ → たっぷりジワコロ人生を享受 → 他人のお世話もたっぷり受ける。 私は 人並みのジワコロをお奨めする。

職員の声

声1 : もし 60 歳定年で 90 歳 まで生きれば、30 年 もの間 家でゴロゴロ過ごすのか? … 長くて気が遠くなる、ジワコロしかない ! (答: 今の時代は 「死の前日まで社会貢献」 が求められる … 長患いはご法度だ)。

声 2: 痴呆になると死期が早まるのか?(答: とんでもない ! 認知症はジワコロの塊だ …その予後はおよそ 15 年; 85 歳 で認知症になれば 100 歳頃 に逝く … ただし多くは誤嚥によって早めに世を去る)。

声3: ピンコロは周りの人に迷惑を掛けると言うが、ジワコロ 20 年 なら 経費を 1 年 500万円 として計 1 億円 の国庫負担、その間 社会貢献はゼロ ! (答: 戦前はピンコロが主流で福祉予算は微小だった … 今は政府がジワコロを奨励、予算は国防費の 2 倍 (10 兆円)に膨れ上がった)。

声4: ヒトは元来 動物と同じようにピンコロで逝くのが常だった … 近年、医療や福祉が 発達したので、ピンコロが減ったのか?(答: 1977年のダッカ・ハイジャック事件以後、 「ヒトの命は地球より重い」 という不文律が日本社会にはびこったーーそれ以来 ヒトの重い命は ピンコロで失われることを 極力避けるようになった)1, 2 )

参考: 1 ) 新谷: 「人間の命は全地球よりも重いーー 大嘘 ! 」、福祉における安全管理 # 416, 2013. 2) 新谷: 「命の重さはどのくらい?」; ibido # 597, 2016.
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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