(663) 親 知 ら ず と 親 の 恩

 (663) 親 知 ら ず と 親 の 恩
   
  パールの職員は “若い” 方(かた)が多いので、ひょっとすると 「親知らず」 を まだ知らない方があるのではないか?「親知らず」 とは、「第三大臼歯」 のことだ。

♣ 復習しよう: 歯の列は 上下・左右は対象的だから、右下列だけで述べれば、「門歯」 2 本、「犬歯」 1 本、「小臼歯」 2 本、そして「大臼歯」が 2 本 プラス おまけの 1 本となる。この最後の 1 本は 歯列の一番奥に ずいぶんの痛みを伴って生えてくる。この歯は 「第三大臼歯」 と呼ばれ、「親知らず」の名でも知られている。

♣ ナゼ 「親知らず」 と言うのか? その理由は、第三大臼歯が 20 歳前後に生えてくるからだ。つまり それが生えるころ、大抵の親は平均寿命の 50 歳を越え、生存寿命 を越えていた。だから この歯のことを 「親知らず」 というニックネームが付いたのだ。

♣ ところで あなたの「親知らず」は何歳のときに生えてきたか? え? 生えてこない? そうなんだなー、最近の日本人は柔らかい
食品を食べるせいで顎が小さくなり、「親知らず」が 生えるスペースが狭くなった。このため、4 人に 1 人の割で「親知らず」が まともに生えて来ず、困難な事態が発生している()。その上、「親知らず」が生えても、親が長寿になったので、「親知らず」が「親知り」に変わってしまったのだ。

親知らずと親の恩

♣ 昔と違って、親は長生きするし、あなたも長生きするので、今どきの「親知らず」は昔の人の悪夢だけに変わってしまった。

♣ 話が変わるが、最近の統計によると、「世界人口」は 今年の秋に なんと「 60 億人 → 70 億人」に達するそうだ。2100 年には更に増えて100 億人と推計されている。ところが、日本の人口は だんだん減っていき、2070 年には今の 1 億 2 千万人から 1 億人を割り込み、2100 年には 9000 万人に減るとのこと。

♣ ビックリするのは、そのころの平均寿命は「男: 89 歳、女: 96 歳」と推計される … つまり男女とも、今より 10 歳程度 長生きになり、 したがって “パールの主力顧客層” は 110 歳代になりそうだ。あなたがたも きっと 後期高齢者になってケアの職業を続けるのかもね。こんなに皆が長生きすると、子供の 「親知らず」 の話題は陳腐(ちんぷ)になり、きっと 「総入れ歯」 をいつごろ入れるかの知恵を比べるようになっちゃうかも知れない。

♣ ところで、「親」 と聞けば 「親の恩」 を思い出す。私が若かったころには こんな諺(ことわざ)があった: 「親孝行 したい頃には 親はなし」。つまり、自分の 「親知らず」 が生える 20 歳前後、人は やっと自分なりに一人前の生活が営めるようになり、親に楽(らく)をさせてあげよう、と殊勝なことを思い始める。自分が 20 歳の頃なら、平均寿命が 50 歳の時代だったから、たいていの親はもうこの世にいない。いない親に孝行のしようもなく、それを嘆く残念な気持ちがこの句に表われている。

♣ ところが 戦後、親はグングン長生きになり、還暦( 60 歳)どころか 100 歳に達する勢いである。親が長生きすれば、生えるべき「親知らずの歯」は必ず生えて「親知りの歯」になり、元の意味が失われてしまった。そこで ブラック・ジョーク が現われる: 「親孝行 したくはないが 親がいる」、と。親の恩を感じなかった若者が、齢とって認知症になった親の面倒をみるのはまったく難儀なことであり、諺(ことわざ)まで変更しなければならない現代になったのだ !!

♣ 昔の親は自分の老後の面倒を見てもらうために、ぜひ 自分の長男に嫁 を持たせる必要があった。そのために、自分の財産は全部 長男に相続させた。ところが 「国の憲法」 が変わって、財産相続は 「均分相続」 になり、自分の老後を考えていた親にとってはショックだった。でも幸か不幸か、親たちの寿命は一世代以上 長生きになり、その上 なかなか死ななくなったので 相続問題のトラブルは遠のいた。

♣ そうこうしているうちに、2000 年に 「介護保険」 の恩恵が世に広まり、親たちは たいした貯蓄さえする必要もなくなり、子供たちに支えられなくても安心して長生きができるようになった。今、要介護 5 で概算一年に 500 万円の経費は国がカバーする。もしそれで親が 10 年暮らすと、子にとって 5,000 万円の恩恵となる ! 両親の二人なら 1 億円のボーナスが国から子に貰えるではないか ! なんと有難いご時勢ではないか ! !

♣ 親のほうだって自分で老後の貯蓄をしなくても、また子がいなくても露頭に迷うことはない。子は 「親知らずの歯」 が生えて来るときの痛みもないし、「親孝行の苦労」 もなくなった。今の時代は、親も子も 過去のどんな時代よりも幸せとなった !! これも、日本の 「介護福祉制度」 のお陰なのである !!

♣「親知らずの歯」や「親の恩」に戸惑うことのない 親子の幸せな時代が堂々と訪れた … あなたはそう思いませんか?1999字  

要約:  若い頃の「親知らずの歯」の悩みは 今時代「親知りの歯」に変わってしまった。 親は著しく長生きになって、「親への恩返し」は「介護保険」が代行してくれる有難いご時勢に変わった。  親にとっても、子にとっても、現代は 最高に幸せな福祉時代 だと言える。
 
参考: * 福祉における安全管理; # 133 : 中福祉・中負担。
                                                      
職員の声

声1: 親は、娘を嫁に出す前に「親知らず」を抜歯しておく… 日本にそんな風習があったのを知らなかった(答: 女性が妊娠、親知らずの痛みの診療でレントゲンなどは胎児に悪影響があるだろう… それを予防しておくのだ)。もっとも現代は女性の初婚平均年齢が 29 歳の時代であるから、一件落着(らくちゃく)しているけれど。

声2: 歯の治療は医者にも出来るが、親の長生きは誰にも止められない… 90 代の親の介護を 若い子がするなんて悪夢だ ! (答: 親の “本音” は「迷惑を掛けるために長生きしとるんじゃない、でも勝手に死ぬ訳にも行くまいしノウ」 ―― ところが国や病院は “建前 ” でやっきになって老人の数を減らすまいと している… 本音と建前の大矛盾 ! )。

声3: 両親が要介護 5 で 10 年ほどお世話になると「1 億円」の経費が国から家族へ下りるとのこと、私の将来もそうして貰えるか?(答: そのことを決めた政治家は、次の選挙で自分が当選fできるる法案しか考えない…将来は将来の政治家が考えるだろう、と言う)。

声4: 今の豊かな制度を持続することはとても困難だが、その恩恵を受けている老人は さぞお幸せなのだろうか?(答: 老人は一般に “長生きは辛い” とおっしゃる――つまり、老人は辛く、それを支える若者も辛いのだ… どちらも楽になる方向で協力できないものかなあ ! )。

(661) 帰 宅 願 望 は 動 物 脳 か ら

  (661) 帰 宅 願 望 は 動 物 脳 か ら

 デイ・サービスの認知症クラスのY様( 86 歳女性 アルツハイマー認知症 要介護 1 )は、何かの拍子に不穏・帰宅願望が出る。

♣ 自宅にいても不穏や昼夜逆転、居眠り後には まったく別人になったような挙動の断絶変化があるという。認知症で「帰宅願望や不穏」になるのはナゼなのだろうか?

♣ このような不審な様子は介護保険の対象者のほぼ全てに関係する「重要問題」だと思う。精神科の嘱託医・ O 先生のご意見を伺ってみた。

♣ < O 先生> 認知症のお年寄りでは、帰宅願望はごく普通に見られる周辺症状の一つで、それを制止しても なかなか止むことはない。また逆に、願望を叶えてご自宅に案内しても “ここはワシの家ではない” などの発言もある。ここで私の一経験例を示そう。

♣ その方の帰宅願望は人並み以上であった。よくよく聞き出すと、帰りたい先の家は今の家ではなく、自分が育った昔の家だ、と言う。そこで、昔の家 = 伊豆の大島、波浮港 (はぶのみなと) の丘の上まで同道 してみた。しかし彼女は “ここではない ! ここは違う ! ” とおっしゃる。本人の希望を聞いて遠くの大島まで同道してみたものの、結局 彼女の希望は満たされず、変な経験をしただけに終わった。

♣ 「帰宅願望」 は動物の 「帰巣本能」 の一形態であると説明され、哺乳類や鳥類一般に認められるものである。人間は ふだん大脳の作用によって自分の「帰巣本能」を他人に洩らすことはないが、大脳細胞が脱落する認知症では、「帰巣本能」を抑えきれず 表に出してしまう。また、居眠りの後に 「変な挙動をする」 とのことだが、ご自分は居眠りしたことを “記憶しておらず” 、居眠り前後の「不連続感」に何かの違和感を持ち、それが不穏に繋がるのである。
帰宅願望は動物脳から

♣ ここで 振り返って脳のつくりを復習してみよう ―― この図は 人=動物=爬虫類 の違いを象徴的に良く表している。人の脳は、脳の最上部に大脳新皮質 1) があって、普通 「脳」と言えば、「人間脳」 のこの部分を指す。この新皮質は進化の上で、発生して たかだか 100 万年程度の浅い歴史しかないのだが、人間の 「心・知恵・言語」 などはすべてこの場所に由来する。しかし、残念なことに外力や内部の病気に対して「もろくて壊れやすい ! 」。

♣ その下を包むように大脳辺縁系 (だいのう へんえんけい) と呼ぶ脳があり、ここは 「哺乳類脳」 とも呼ばれ、犬や猫などの哺乳類一般の脳である。この部分はかなり古くから存在し、およそ 5 千万年の歴史があって、頑丈である。

♣ 更に一番下の脳幹には生命維持に欠くべからざる 「呼吸・循環・食事・排泄・恐怖」などの本能を司る爬虫類脳がある(蛙・亀・トカゲなど)。ここの脳は約 2 億年の古い歴史を持ち、古皮質とも呼ばれ、人間の新皮質の新しさと対比される。

♣ 人間の脳は進化によって、一番下の爬虫類脳から出発し、その上に哺乳類脳が付け加えられ、更にその後 最上部に人間脳が発達して出来たものである。それゆえその大脳は脳幹・大脳辺縁系および新皮質を含み、高度に発達した「人類の知恵」をも司る大事な機能を持っている。

♣ アルツハイマー認知症で壊れる脳は、この新皮質に存在する脳細胞だけであり、その下にある哺乳類脳や爬虫類脳は無傷のままだ ! アルツハイマーの病変が進行するにつれ、人間脳の細胞は減少し、人の行動はだんだん人間脳から動物脳が代わって支配するようになる。帰宅願望や不穏が現れるのは、そのせいだと考えられている。

♣ 帰宅願望がナゼおこるのかに関して、当のご本人の心に尋ねても正しい理由を説明できる訳もないから、私たちは解剖学の知識から動物脳の帰巣本能を推測するのみとなる。アルツハイマー認知症は人間脳の細胞が脱落して起こるのだから、治ることは期待できない。

♣ その方の人権を、もし尊重して真面目に付き合えば、波浮港 (はぶのみなと) の丘の上にまで同道することになるのだ。1600字

参考: 1 )  新谷:「ど忘れ」; 福祉における安全管理、# 231、2011. 2 ) 新谷:「夕暮れ症候群」; ibid # 658, 2018. 付図の引用: https://amoeblo-jp/maigono-resistance/entry 1202200

職員の声

声1: 認知症の帰宅願望は 「悪気」 があって発生するものではなく、大脳細胞の脱落に伴う症状だったのか(答: だから、真面目にそれに付き合うと 「波浮の港の丘の上」 まで歩くことになる)。

声2: 帰りたいのに帰り先が分からない人が多いように思うけれど 2 ) 、帰宅願望の大脳皮質には 「地図」 はないのか?(答: 無い ! 地図は仮にあっても、例えば 「幼い子供や猿」 などにはチンプンカンプンの存在である)。

声3: 人間の脳は 「進化」 で発達したものだから、いずれ進化によって認知症は無くならないか?(答: 進化は 「生存に役立つ形質を子孫に残すこと」 である … 認知症は生存にとって不利、その上、老人は子を産まないから、進化の道からも外れている)。

声4: 私は脳の発達の歴史を次のように想像する――まず 脳は ① 爬虫類脳で発生する、続いて ② 哺乳類脳に発達、更に ③ 人間脳で花が咲く …この後 老齢になれば 大脳細胞が減って ④ アルツハイマー脳で最期を結ぶ ―― もし動物のように寿命が早々と更年期で終れば、脳は一生無傷だろう(答: お見事な歴史観 ! しかし人間に飼育されて 超高齢の20 歳になるような犬の最期は やはりアルツハイマー病だよ … つまり 「不当に長生き」すれば アルツハイマー病に繋がるのではないか)。

(660) 逝 く 齢   来 た 年

(600) 逝 く 齢   来 た 年   

  江戸時代までは、人々が どんな病気で亡くなったか、統計もなく 西洋医学もなかったから推察するほかはない ―― たぶん、栄養失調・外傷・感染症などであっただろう。

♣ 明治時代に入ってから 死因の首位は「結核」、その頃の平均年齢は32歳だった。肺結核で有名な三作家を述べると、徳富蘆花の小説「ほとぎす」では、結婚したばかりの浪子は 18 歳、肺結核で逝った。新進気鋭で明治 5 年に生まれた作家・樋口一葉は 24 歳で、俳人の正岡子規は 36 歳で世を去った。

♣ 昭和も 30 年、私が学生で「公衆衛生実習」の都内会社めぐりで取材した時、会社の健康管理の関心は「社員の結核一色 ! 」だった。そこで私は会社の係り員に尋ねた:“健康管理は結核だけでなく、高血圧・糖尿病・心臓病もあるでしょう?”、と。

♣ 担当者の答が奮っていた: 「高血圧検診なども大切だが、それが原因でも死ぬ年齢は会社を退職した後だろう;会社としては経費を掛けてそこまでの責任を負わない」 、と。その頃の平均年齢は 50 歳で、以前に比べれば 寿命は延びたものの、死因のトップはやはり更年期以前の結核だったのだ !

♣ 昭和 30 年~ 40 年の間、日本では「羽田詣り( まいり) 」という現象が社会の話題を賑わせた ―― それは結核治療薬の情報を “イの一番” に入手して自分の結核を治してもらいたい、という社会の有名人たちがアメリカ帰りの日本人医学者が帰国するたびに彼を取り巻いて有効な薬を得ようとする動きであった。

♣ プロペラ旅客機が羽田に到着するたびに これが行われた。しかし新聞はいつも空振りを報じた = 「結核が薬で治った症例なんて一例もない」 と ! その頃は まだ平均寿命 50 歳を越えることだけが念願の時代だったのだ。

♣ ところが 結核に有効な ストレプトマイシン の開発が突如発表され、日本の状況はめまぐるしく変わった。やがて結核の死亡順位は 1 位から 10 位以下に落ち、社会には幸せが転げ込んだのである。だがその幸せも長く続かなかった。結核死亡率が落ち込めば、ガン・心臓病・脳卒中がバトンタッチを受け、伸び上がって来たのである。

♣ しかし感染症の結核と違い、これらの病気の罹患年齢は中年から初老期に移った。結核の後に増えたこれらの病気は「生活習慣病」と呼ばれ、かなりの程度 予防が可能であったのだが、昭和 60 年以降のバブル景気の喜びに酔った日本人は、真面目な予防に気が回らなかった。なかんずくガンは全死亡者の 35 % 程度を占め、現在でもなお 恐怖の王座を占めている。

♣ ところが、そんな状況でもガンを乗り越えて生き残る人々はどんどん増え、人口はついに戦後の 6 千万から 1 億 2 千万と倍増し、平均寿命も 50歳 から現在の 87 歳まで、40 年近く延びた。

♣ これほど短期間にこれほどの長寿が達成された例は “世界広し” といえども 日本が初めてであったと言われる。ところが残念なことながら 「40 年もの長生き」 は幸せの最期を飾るものではなかった―― 実はガンの後釜を狙っている、更に高年齢罹患の 「認知症」 が控えていたのである。

♣ 考えてみると、このような 死因首位の病気の変遷 は、昭和中期までは「若年性の感染症 = 結核」、続いて「中年性の生活習慣病 = ガン・脳卒中など」、そしてその後釜に訪れた「高齢性の変性症 = 認知症など」であった。

逝 く齢 来た年

図の上は 1920 年(大正 9 年)、図の下は 2010 年(平成 22 年)の「年齢 対 人口」を表す。約 100 年の後、中年部分(青)は結核などの感染症撲滅で著しく増え、老年部分(茶)は福祉政策などで激増、死亡時期も相当に延長したことが読み取れる 1 ) 2)

♣ ここで言う変性症とは 「使い古してガタが来た」 状態を表す言葉であり、視力で表せば “老眼”、聴力で言えば “老人性難聴”、歯の数で見れば ”残歯少数” などである。つまり “脳の変性症” とは認知症と同格の言葉なのである。

♣ そこで今後、問題になるのは「認知症への対応・治療」であろう。2004 年、我々が初めての経験となる認知症 ―― 戦後には「恍惚」 ( こうこつ )と呼ばれ、「痴呆」 (ちほう )と怖れられ、訳の分からない病気と思われた認知症。それも「介護保険」の施行により、対応に困っていた痴呆老人は 福祉の制度を介して家庭から施設へ移され、本人にも家族にも幸せがもたらされるようになった。

♣ 我々は延びた生の喜びを受け止めたが、所詮、いつかは死ぬ。つまり 「逝く齢が来たのならば、やって来たその年をいさぎ良く受け止める」 のだ。 “逝く齢を著しく延ばすこと” はできたが、“更年期の 2 倍も延びた年限を変更すること” はもうできない。我々の努力と成功の足跡は、上で述べた図の上下百年の違いを見つめることで、おのずと満足出来るだろう。しかし悔しいことながら、生命繁殖をしなくなった一個の命には程よい限度があることを素直に認めざるを得ない。

♣ 「ゆく年 くる年」は NHK 最古の番組で、もう 89 年続いているそうだ。年末の 「紅白歌合戦」 が済んだあと、23:45 から翌日の 0:15 までの 30 分間 放送される。それを聞きながら、しみじみと“来し方 行く末”を思い、「オー、とうとうワシにもその年が来たのか ! 」と自覚してみたいものである ... みっともない、だらだらずんぐりの過去を振り返ってみよう。

要約:  1920 年の図を 100 年後の図と見比べれば、結核などの感染症撲滅の努力が良く分かる。 その結果、長生きになった人々は生活習慣病、続いて認知症という試練によって困難な時期を迎えた。しかし医療と福祉の力によって、我々は寿命の根源を抉り取るほどの長命に恵まれた。 逝く齢が訪ねて来れば、来た年を素直に受け入れよう … そして自分の過去の大きさにも感謝しよう。

参考: 1 ) 新谷:「百歳の壁}; 福祉における安全管理 # 619, 2017. 2 ) 新谷:「多死社会は ”天寿死” の社会」; ibid # 649, 2017.

職員の声

声1: 昔の人が今の平均寿命を聞いたらビックリするだろうし、認知症って何?と二度驚くだろう(答: 感染症 → 生活習慣病 → 脳の変性症 という 「原因の変遷」 を説明すれば、すっかり納得するに違いない)。

声2: 人間の賢さは寿命を驚くほど延ばしたが、身体の老化を止めることは出来なかった(答: もし老化を止める術があったら、あなたの家には 500 歳や 1000 歳のご先祖が大勢お住まいだが、それを望みますか?ご自分の老化はやはりイヤだけど、広い心で人々の歴史を眺めてみましょう。

声3: 血の一滴を検査すれば認知症の診断が即座に出来るようになるそうだ … それで認知症は予防できるのか?(答: 混乱が起こるだろう … 「老い」の診断が楽になれば 「老い」 が減るか?を尋ねるようなものです)。

声4: 明るく考えると、認知症とは何か?(答: 動物は死の恐怖を知らない … 認知症の人も死を認識できない … どちらの場合も 最高な幸せが用意されていますよ)。

(658) 夕 暮 れ 症 候 群

 (658) 夕 暮 れ 症 候 群   

 もう 60 年も前のことであるが、戦後の作家・ 丹羽文雄 は 「嫌がらせの年齢」 という作品でこう述べている:―― 「老後を子供に頼るなどは、因習的な古臭い考えである … 時代は変わった … 一人一人が 自分の老後の準備をすべきである. . . . 」、と。

♣ 私は ぼんやり覚えているが、その頃 「嫌がらせの年齢」 という言葉は老醜 (ろうしゅう)を描いた流行語になったほどだ。しかし流行語の発端となった丹羽文雄は、ご自分の考えとは異なり、その後長命、しかも 「アルツハイマー認知症」 にかかり、自分の娘さんにさんざん面倒を見てもらったあと逝かれた。

♣ まあ、あの有能な レーガン米大統領 (在 1981~1989)や サッチャー英首相 (在 1979~1992)でさえアルツハイマー病を、国家の力強い背景があったにも拘わらず、予防することが出来なかったのだから 老人の希望が何であろうとも、齢をとれば認知症から逃れることは出来ないのかも知れない。

♣ また 現在の介護保険の導入に関係の深い 50 年前の小説 「恍惚(こうこつ)の人」 ;有吉佐和子の小説では、主人公で嫁の立花昭子が、「老人性痴呆」に陥った舅(しうと)の繁造に徹底的な意地悪をされている。その頃、私はこれを読んで気分が悪くなった … だって、まだ誰もそんな世界を身近に持っていなかったし、「老人性痴呆」 の実態など、まるで知らなかったからだ。有吉はその本の売り上げから得た印税 1 億円を老人施設に寄付を申し込んだところ、税務署から多額の税金を課されることが分かり、ビックリしたそうだ。まったく今昔の念に耐えない。

夕暮れ症候群

♣ さて前置きが長くなったが、今日のお話は 在宅サービスの K 様 (85 歳女性、認知症)についての観察だ。夕方になると(15 ~ 17 時)「物盗られ妄想」が現れ、「嫁が盗った、盗った」としきりに興奮される()。何の証拠もないのに、ナゼ犯人が「嫁」で、なぜ「夕方」なのだろうか? この観察をパールの 元・精神科嘱託医 の O先生にお伺尋ねしてみた。

O先生:―― 真実でないことを真実と思い込み、それに固執することを 「妄想」 という。この場合、本人が固執する妄想の中身を訊くと、およそ病気の診断ができる。「被害」 妄想は 統合失調 (分裂病) の、「罪業」 妄想はウツ病の、「物盗られ」 妄想は認知症(痴呆)の特徴である。

♣ その他、老人の妄想には 「帰宅願望」 があり、一括して 「たそがれ症候群」 と言われ、だいたい午後 3 時頃から夕方にかけて発生する。その原因は 「体と気分の疲れ」 から来ると言われている (幼稚園児でも観察される)。ナゼ「嫁」かというと、家族の中で 「一番の他人」 であり、いじめ甲斐があるからだろう。この場合、それは脳の病気による現象であるからカウセリングは無効だと分かっている。

♣ 上記の丹羽文雄と有吉佐和子は 彼らの活躍時代が戦後の一時期だったから、まだ認知症という言葉もなかった。また、その実態を今のあなた方ほどは経験してもいなかったハズである。にもかかわらず、以前には語られなかった老人の奇妙な行動を、新しい問題として提起されたことはユニークだと言える。

♣ 現在の「認知症の実態」はすでに 700 年前の 吉田兼好の 「徒然草」にも紹介されるほどの古い歴史がある 。今ではこの名前で、認知症は社会に広く受け入れられている。高齢者のこの異常行動を、我々が理解したのはわずか 14 年前 (2004 年)のことだ ! その上 午後 3 時頃からその症状が強くなるという 「たそがれ症候群」 を、うら若い介護者が観察しているという ビックリするような新時代 の到来 !

♣ あなた方はこの平和で豊かな高齢者の時代にどんな感想をお持ちだろうか? 1508字

参考: 新谷:「痴呆以前」; 福祉における安全管理 、# 2 , 2010.

図の出典
http://tohnoyoriko-world.cocolog-nifty.com/blog/20...

職員の声

声1: テレビで素敵なアイドルを見ると、嘘だと知っていながら恋心を感じる; これは妄想か?(答: 嘘だ … または 嘘かも知れない、と思うのなら それは健康な人の恋である、妄想の場合は病気であって嘘という気持ちは一切ない)。

声2: 確かに夕方になると 不機嫌になって帰宅願望を言い張るお年寄りがある); 一種の子供帰りなのか?(答: 子供は病人ではないから、「子供帰り」は正しい表現ではないが、認知症の “周辺症状” として広く認められている)。

声3: 認知症になっても 「嫁いびり」 をするなんてイヤになる(答: 認知症の周辺症状は それぞれの人の性格と環境によって異なる妄想があり、嫁いびりは その一つだ)。

声4: 嫁・ 姑ですごく仲良く暮らしている方も多い(答: 両者とも賢くなったからだ; しかし、あなたが 80 歳に、姑さんが 110 歳になったら、賢さだけでは問題が解決しない。本文の「恍惚の人」の場合、嫁をいじめたのは姑(しうとめ)ではなく舅(しうと)だった。 “妄想” を鍵 にして、これからの長命老人の福祉のあり方を よーく 考えたい)。


(657) 余 命 い く ば く ぞ ?


(657) 余 命(よめい) い く ば く ぞ ?

  お年寄りが病院や施設で弱ってくると、家族は職員に尋ねる ―― あと “どれくらい持つ” でしょうか?と。

♣ これを文章で書くと 「余命 いくばくぞ?」と なる。病気や老衰の枕元で話される場合、たいてい「後 1 週間ほど持つでしょうか」と短い日時が語られるし、ガンの場合なら 「後 2 ~ 3 年 …」など長い年月となるだろう。ところが一般人であっても、世間では、「借金」をしたり、「事故の補償」の場合は 「当事者の “余命” 」 が大きい問題として取り上げられる。

♣ つまり「余命」 (よめい) とは、ある年齢の人がその後何年ほど生きていられるかという期待年限である。これは「平均余命」と呼ばれ、その年数は総務省が統計を取って発表、5 年ごとに改訂する(表 1)。

余命いくばくぞ?

♣ 表をよく眺めて見る。四捨五入 の値で読むと、平均余命は 0 歳児で 男 81 歳・女 87 歳であり、この数は表が作成された時点の「平均寿命」(平成 27 年)に他ならない。よって、生まれたばかりの赤ちゃんは 「男 81歳・女 87 歳」 の年月ほど生きていられる、と予想される。

♣ この子たちが 10 歳に育てば、既に 10 歳ほど生存寿命を消費した訳だから その分を引いて 男なら 81-10 = 71 歳が平均余命となる。このように、生きた年数を平均寿命から差し引いた年数がその人の余命であると計算されるハズである。

♣ つまり、50 歳の人の余命は 31 年と計算されるけれど、表 1 をご覧になれば分かるように 実際の余命は 32.4 歳である。ナゼ 1.4 年ほど多いのか? その理由は、人間 50 年も生きていれば途中で間引かれる人もあるだろう ―― にも拘わらず 50 年間生きていた人であれば、そのマイナスの危険を乗り越えた人であるから、1.4 年ほど「おまけの」余命が加わるわけである。

♣ 同じ考えで 表 1 を眺めて見る。もし男 80 歳の人なら(「平均寿命」は 81歳であるから、そこまで生きれば) “もう残りがゼロ ! ” というイメージがあった。だが「平均余命表」を見れば まだ 8.89 年も余命があり、むしろこの方が現実の経験によく一致する。

♣ つまり、長生きすればその年齢までに死ぬ確率を乗り越えた訳であるから「おまけの余命」が付くのである。よく錯覚されるのは 「平均寿命平均余命」 の違いであるが、0 歳児は将来生きて行くのにどれだけ危険があるのかわからない … つまり 0 歳児の平均寿命は平均余命と同じ数値となる。もし 50 年生きれば 50 年分の危険をクリアしたのだから、おまけの余命 12.4 年が付き、80 年生きれば おまけの余命は 8.48 年ほどあるのだ。

♣ こうして平均余命の流れを見れば(表1)、面白い現実が見えてくる。以後は 「女性」 のデータを読んでいこう。女性が 90 歳になれば、既に平均寿命( = 87 歳)を越えているから、従来なら “もう盛りを過ぎた” と錯覚するだろう。だが女性 90 歳の余命は まだ 5.56 年もあるのだ表 2)。そ れどころか、100 歳になっても余命は 2.5 年、今パールの最高齢(107 歳)の女性の余命は 1.57 年もある !
余命いくばくぞ?

図 1 をご覧あれ。これは 2020 年(予想)の人口ピラミッドの 65 歳以上部分をカットして拡大したものである。横軸は人数、縦軸は年齢。男女共に 70歳 を越えると 100 歳に向かって ほぼ直線的に生存者が減る ... いわゆる「屈折年齢。しかし定規を当ててよく見ると、90 歳過ぎの頃から直線を上にはずれて曲線状に生存者が男女共に残っている。

♣ 定規を当てて直線とみれば、男は 95 歳あたりでゼロに、女は 100 歳あたりでゼロになるハズだが、現実には余命が長引いている ! この所見は他のピラミッド(各 2000 年、2010 年、2030 年、2040年)で検討しても同様であった。つまりグループとして見る限り、男 95 歳・女 100 歳あたりを越えると、死亡率が緩やかになっている ―― というか、元来 長生きの一群の人達が粘り強く生存期間を延ばすように見える。男女ともに この最期の期間を 6~7 年ほど粘り稼いでいる ... 「粘り年齢」と名付けよう」。

表 2 には 90 歳以上の余命を 1 年おきに示したが、驚くことに 男は 95 歳になっても余命は 3 年近くあり、勇ましい事である ! (左欄は「年齢」を、中央欄は男性の余命を、右欄は女性の余命を記す)

余命いくばくぞ?

♣ 私たちは 90 歳を越えると「超高齢」と呼びならわすが、表を見る限り、90 歳代後半の余命は堂々と 2 年を越しているし、100 歳を越えても余命表は延々と続く ... この「粘り年齢」現象は どの人口ピラミッドにも観察されている !  

♣ ここで 「不思議なパラドックス」 (逆説)に出会う !! 今、女性の場合を考えると、90 歳であればすでに平均寿命の 87 歳を 3 年も越えているのに、なんと平均余命はまだ 5.56 年ほども残っているので、平均 95 歳まではまで生存できる訳だ。そこで 95 歳女性の平均余命を見ると 3.63 年ほど残っているから 98 歳まで生きても不思議はない。同じように実年齢と平均余命の関係を 指でたどっていけば、余命表で 115 歳まで生きても、まだ残りの余命は 1 年近くあって、「女性はなかなか死なないパラドックス」に出会ってしまう。

♣ これは大変嬉しいパラドックスではないか ! だか 「種も仕掛け」 もあるのだ。要するに、人がそれぞれの高齢の欄に達した場合、次のステップに登り詰めるだけの 粘るスタミナ があれば、その女性は死なない訳であり、もしそのスタミナがなければ、そこでお終いとなる。図面上で はっきり分かる このパラドックスは 見るだけで 「励み」 になるではないか !

♣ 近年、特別養護老人ホーム(特養)では 90 歳越えの超高齢者が増え、パールでも過半数を占める。従来 この気分でハラハラしながらケアを続けて来たが、“今にも終わりか?” と警戒する人は 上記のパラドックスにより わずか 1 人~ 2 人のみに減り、とくに女性の 90 歳代はまずは三桁に届くものと見ることができる根拠が得られたようだ。 

要約:  平均寿命とは人口統計によって 「国が計算する 0 歳児の生存予想寿命」である。これは世界各国の健康状況を比較するために用いられる。 平均余命は国が計算する ”各年齢ごと” の 「後 平均何年生存できるか」 を示す年限であり、表 1 および表 2 にその詳細を示した。 人々が高齢になって知りたくなる情報は 「余命いくばくぞ? 」 を表す表であり、この 粘り年齢 を読み解くと、「女性はなかなか死なない」というパラドックスが見えてくる不思議を解説した。

参考:  新谷:「屈折年齢と福祉」; 福祉における安全管理 # 579、2016

図の出典: 人口ピラミッドのダウンロード: WWW.ipss.go.jp/site ad/TopPageData/pyra.html- キャシュ. 

職員の声

声1: 私は平均余命の表を初めて見る… 1年ごとに努力をすれば、思いの外に長生きできることを知った(答: 平均寿命の表なら「男 81 歳」でチョンだものね… 余命の表を見れば「男 112 歳」まで努力次第だ ! )。

声2: 平均寿命を告げられると 「こんなに短いの?」 と嘆くが、平均余命を聞くと 「え?こんなに長いの?」 と戸惑う(答: 確かにナ ! 女 115 歳で まだ先の余命が有るんだもの ! )。

声3: 女の余命がこんなに長いと「怖い」気がする … その長い余命は「健康」なのですか?(答: 残念 ! 人間は たぶん 90 歳を越えれば ほとんどの場合、病気寿命だろう … だからこそ 「介護保険」 が設立されたのである)。

声4: 「余命」と言うからには、余分の命は社会貢献に用いたい(答: 実は逆で、貢献どころか 余命の大部分は若者依存の年月である … ちょっと寂しい気がするが、人間の歴史は一万年の昔から 「楽して長生き」 が夢だったのだ)。


プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR