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(712) 誤 嚥 の 行 方

(712) 誤 嚥 (ごえん) の 行 方 (ゆくえ)

ビールを飲んでいる最中に大声で笑ったり、ものを食べている時 後ろから肩を叩かれたりすると、多くの人は ひどくムセ込む。涙が出ることもある。

♣ これは食物が間違って 「気管」 の方に流れたときに起こる反射的な咳の発作であって、これにより、空気以外の異物が肺に入り込まないように守られる大事な 生理現象 だ。しかし人が若いうちは ただそれだけの発作で済むが、高齢になると咳の発作だけでは済まされない … それをきっかけにし、健康状態が急変することがある。これを 「誤嚥」 と言う …「誤 (ご) 」は「間違って」、「嚥 (えん)」は 「飲み込む」 という意味だ。

♣ この間違った異物は口から入る 食物・ 唾や水分の他に 胃から逆流して 喉に上がった胃の内容物の事もある。この様子を 図 1で見てみよう。ふだんの呼吸をしている状態では空気は 鼻・ 口 から 肺へ流れる。ご自分の喉を触ってみよう。皮膚のすぐ下には硬い喉仏 (のどぼとけ) が触れ、それはとりもなおさず空気の通り道 = 「気管」 の一部を外から触っているのだ。
誤嚥の行方(ゆくえ)

♣ 空気は 鼻・ 口を通って、食物は舌の後ろを通って下方に流れる。そのさい、真っ先に出合すのが 喉頭蓋 (こうとうがい) だ。これは気管の始まりをふさぐ蓋であり、図 1 では箸のように尖って見えるが、実際は親指の爪の大きさであり平たい。この蓋 (ふた) はふだん 図の通りに開いた状態であるが、食物が通る時には気管の入り口をふさぎ、食物が肺の方に流れるのを防いでいる。喉頭蓋のこの作用は喉周辺の組織から起こる 「反射」 によって行われ、自分ではそれと気づかない。

♣ 今回のお話の中心になる 「誤嚥」 はここで起こる神経の異常反応であるが、その説明の前に 「脳神経 12 本」 の働きを見ておくと分かりやすい (図 2)。第 1 脳神経は食物の臭いを感じとる。第 2 から 第 8 脳神経までは、食物の美味しさを見つめ、会話をし、噛み 味わう神経、第 9 脳神経以下は食物を肺の方に行かないような働きをする脳神経である。つまり、人が物を食べ飲む時には脳神経 12 本のすべてがそれぞれ 嚥下の役目に貢献している訳だ。故障するのは 喉頭蓋を支配する第 10 脳神経だけではないのである。

誤嚥の行方(ゆくえ)

♣ 人は高齢になると一般に神経の働きがにぶくなる。これは脳神経において著明で、匂いは遠く・ 眼は老い・ 耳は難聴に陥る。脳神経の 1 番から 12 番にかけて (図の上から下へ) 働きがにぶって行くのである。

♣ その機能低下が 9 番脳神経以下に進むと、嚥下 (えんげ) 機能の低下、とくに小さな誤嚥現象が目立つ。「エヘン、ゴホン」 と ムセ や 咳払い が頻繁に起こる。言ってみれば、誤嚥とは脳神経の機能低下が第 1 番から始まって、とうとう終末の 12 番にまで及んでいる状態を示唆するのである。

♣ つまり高齢者の誤嚥の対策を考える上で、「喉頭蓋」 の機能修復だけを考える治療は意味が薄く、正しい目標は脳神経全般の修復を考えなければならない。つまり匂いがきちんと分かり (第 1 脳神経)、 眼も耳もしっかり(第 2 ~ 7 脳神経)、若者の顔の全機能 (さらに 第 8 ~ 12 脳神経) を取り戻す必要がある。

♣ しかし考えてみれば耳鼻咽喉科に相談しても、1 番から終末の 12 番に及ぶほどの広範な脳神経の機能低下を治療することは困難であろう。つまり、高齢者が誤嚥の徴候を見せ始めると それは 取りも直さず すでに 「脳神経の全部が かなり老化している」 事態を認めざるを得ないのだ。

♣ 誤嚥について一言考えよう。誤嚥とは 「喉頭蓋」 の機能不全によって食物が 気管・ 肺 のほうに流れることだった。ここで 「食物」 と述べたが、もちろん 「水」 も含まれるし、無意識な 「唾 (つば) 」 の呑み込みも関係する。さらに老人の場合、「胃」 に入った食物が上方に逆流して気管に入り込む事もある…この場合には 「酸性で刺激性のある胃液」 も入り込むので、事態を重く受け止めなければならない。

図 3 は、誤嚥によって介護困難の予後を推定した 3 症例の B.M.I. (体格指数) の経過を示す。縦軸は B.M .I. を (正常値は 18.5 ~ 25 )、横軸は 「年 (ねん) 」で 上段の症例・ H 氏 は 11 年間の経過である。H 氏は入所から 6 年目に誤嚥をされ、その後 3 年に亙って BM I が低下し続けたが、回復のたびに 再び誤嚥で低下、そのたびに入院・ 手当を行った。4 度にわたって低下が続き、ついに 6 年後、BM I の 死亡域 = 12 に達して亡くなられた。

誤嚥の行方(ゆくえ)

♣ 図の I 氏、J 氏は BM I の基礎 レベルが低かったので、誤嚥後 2 年ほどの経過で亡くなられた。他にも 「誤嚥、または不顕性の誤嚥] で BM I の直線的な低下と死の転帰が関係する例が多く認められた

♣ 誤嚥は、回復力の強い若い人の場合は特別な問題にはならないが、認知症や進行した老化の場合、 肺炎が誘発されても されなくても 、BM I 低下に繋がることが多い。そんな時には、脳神経 12 本の症状 (臭覚・ 視覚・ 聴覚など) を 1 番、2 番…と辿って分析し、「誤嚥の行く末」 を推定しては如何 (いかが) であろうか? 1869字

要約: 誤嚥は喉の喉頭蓋の反射機能が低下した場合に起こるが、周辺の脳神経の関与も少なくない。 そのような場合、脳神経 12 本の症状を指折り数えて嚥下 (えんげ) 機能の全貌を評価する必要がある。 ムセ・ 咳払い・ 誤嚥 が頻繁な場合、嚥下体操・ 口腔訓練 などを推進し、他方、B.M.I. の経過も観察、予後を推定することが勧められる。

参考: 新谷: 「誤嚥・ BM I とご逝去」、福祉における安全管理 # 555, 2015.

棚ぼた七つ と ルーの法則

  
(707) 棚ぼた七つ と ルーの法則

  口を開いて上を向いていたら、思いがけず棚の上から口に「ぼた餅」が落ちて来た . . . . . 予想外の幸運に モーケタ ! という気分を 「棚ぼた」 と言う。人類は 過去 七つの大きな棚ぼた を経験して現在に至る運命を持つ。

♣ 今から 138 億年前、宇宙は ビッグ・バン (Big Bang) という 「大爆発」 で生まれた(図1)。これが人間の貰った「第一の棚ぼた」でありり、これが無ければ人類はそもそも存在できなかった。

♣ その時にできた主な元素は「水素」だけ … だが、以後 星々は進化して、何十億年の間に 収縮・爆発 を繰り返し、そのたびに水素から炭素・酸素・カルシウムなどの 人の体を作る元素が産み出された。

七つの棚ぼた と ルーの三法則

♣ たまたま 「太陽と地球」 が生まれたのは 90 億年も経ってのことであり、これが 「第二の棚ぼた」 と言える ―― 何故なら 丁度その頃、人体を構成する炭素やカルシウムが準備完了となったのである … それ以前の太陽系なら人類の体はこしらえられなかったのだ。

♣ 「第三の棚ぼた」 は地球が運良く、太陽に 近過ぎず・遠過ぎもしなかった位置であったこと、つまり温暖な気候に恵まれた 有難い棚ぼたの位置だったのである。

♣ 「第四の棚ぼた」 は 「月」 の存在だ。月は、偶然にも、よそから飛んできて 地球を回り始めた小さな天体である。そのお蔭で 地球は 「静か」 に自転でき、海と陸が出現、海に発生した生命が人間の先祖になれた。つまり月が無ければ人類は生まれて来ず、月は有難い 「第四の棚ぼた」 なのであった。

♣ 次の 「第五の棚ぼた」 は 「緑の発生」 であり、植物は酸素を空中に吐き出し このお蔭で動物が呼吸して活動することが可能となった。これ以後は、ダーウィンの進化論で説明できる生命の大躍進が続き、2 億年前の生命は 「恐竜」 の時代となった。でも、恐竜が長生きしていては、人類の出番はない。

♣ ここに 「第六の棚ぼた」 が 6600 万年前、よそから小惑星が飛んで来て 今のメキシコ地方に墜落したのだ。その衝突熱で地球の生物の大部分が恐竜もろとも死に絶えた。これによって 「哺乳類」 が代わって天下を仕切るようになり、やっと人類の出番が訪れたのである。

♣ まことに不思議な巡りあわせで 「六つの棚ぼた」 によって我々は今、地上に住み続けられるのである。人々は人類こそ宇宙の支配者だと思っているが、上に述べた 「六つ棚ぼた」 が、一つでも欠けると、我々は 今 この世に居ないのであり、「棚ぼたの有難さ」 を見直すべきであろう。

♣ さて、人類の時代に入ると、「戦争と平和」 の歴史が一万年続き、人類は 長生きする余裕 を失っていた。がんらい動物は種 (しゅ) によって寿命は決まっている。例に挙げる 「猫」 の場合、正しい寿命は何歳くらいと思うか?考えてみれば、猫の長生きの原因は、飼育方法に依存していたのである。

♣ 放置しておけば猫の寿命は 5 歳くらいで元気、手をかければ 10 歳となり老化、家の中で保護して育てれば 15 歳で認知症 図2)。考えてみれば、我々人類の寿命も、年数こそ違うが、 これとそっくりの経過だ (ヒトの例: 50 歳 → 75 歳 → 100 歳)。

七つの棚ぼた と ルーの三法則

♣ ところが延寿とは案外に 「人手間とお金」 を必要とする。しかし、我々の生活水準が上がったお蔭で 「介護保険」 が導入され、これこそが老人にとっての 第七の棚ぼた」 と言えるだろう。従来の棚ぼたはすべて 「受け身」 であったが、今回の棚ぼたは 人間が編み出した 老人用の 「努力の棚ぼた」 である。

図3 を見よう。これは男の生き様を三つの時代で分析している。この三分類で見ると、卒業学校・就職・子育 てについては 大きな違いはない。

♣ ところが、「子育て後の寿命」 は根本的に異なっている。戦争直後は 55 歳の定年前に死亡する寿命だった。これに反して、昭和 55 年以後では、子育て終了の後に 25 ~ 30 年もの 「長い老後」 が誕生した。逆に言えば、昔の男性には 「老後」 がなかったのだ。老後がない世の中では、年金 も 老人の社会問題 もない。子を産み育てたら、一般の動物と同じように 親は世代を交代したからである。
七つの棚ぼた と ルーの三法則

♣ さて、老後が誕生すると 新たな問題 が現われてきた ―― 老後 30 年間に 親子の年代差が広がり、父母は なんと 昔の祖父母の年齢まで生存するようになった。老後には、仕事も少なく収入も同様、何をして暮らせばよいのか、戸惑いの年月が訪れた。追い打ちをかけたのが健康の問題である。

♣ 動物は一般に、子が親の口元に餌を運ぶような 「敬老の振る舞い」 をしない。人間だって、もし 老後がなければ その必要はない。介護保険は 「老後の誕生 並びに 敬老思想」 があってこそ 人間が考えた七つ目の 「努力の棚ぼた」なのである。

♣ だが、この棚ぼたに安住すると、それの 「費用 効果」 で問題が百出する。つまり保険に安住すれば費用がかさみ、安住しなければ貧しい生活 ... 、どの辺に ポイント を絞り込めば 「ちょうど良い」 のか?

♣ 思えば 第七番目の棚ぼたは 「ルー (Roux) の三法則 と同じ性質を持ち、いまだに 「費用 効果」 の混沌で 悩みは尽きせないのだ。あなたは 「この 第七の棚ぼた」 をどう考えるか?1997字

要約: 人類は、予想外の幸運に恵まれること 6 回、さらに努力による幸運が加わって、「棚ぼた 7 回」 を経験した。 その結果、「元気で長生きの棚ぼた」 を獲得したハズ であったが、実際には 「長生き」 を持て余している。 最後の 7 番目の棚ぼたは無料ではなく、実は 「費用 効果」 を十分に考慮すべき 「努力の棚ぼた」 だったのである。

参考: 新谷:「ルー(Roux) の三法則」; 福祉における安全管理 # 698, 2018.

職員の声

声 1 : 老人が他人に頼らなくても元気に生きて行けるように 「医学の発達」 を進めて欲しい(答: 仮に医学が加齢を防げる時代になったら、世は老人で一杯、問題は更に複雑になるだろう)。

声2: 介護保険は老人が獲得した貴重な 棚ぼた であったが 「費用 効果」 で見ると、問題百出となった(答: 老人問題を解決する姿勢は 尊厳と礼儀 にあるが、それも老人が少数であるか多数か、によって答は違うだろう)。

声3: 昔と今では、人が働く期間はあまり変わっていないが、働かなくなった期間 (老後) は大幅に増えた … こうなれば年金や健康保険の負担が増えるのはあらかじめ分かっていたハズなのに、社会は何の手も打たなかったのか?(答: 考えられ得る手は 経費を負担する若者の数を増やす、依存する年寄りの数を制限する …. 現実には若者が減り年寄りが増え、真反対の結果になった)。

声4: もし第 8 回目の 棚ぼた があるとすれば、「老人問題」 が解決されるような 棚ぼた が欲しい(答: 本文の 「猫の寿命の図」 を見ると、人手間とお金をかければ寿命は延びるが、長生きに伴い 老化・認知症 が必ず訪れる … 物事は ルーの法則 どおり 「ちょうど良い点」 を探すのが大変だ)。

(697) 霊 魂 に も 重 さ が あ る の ?

(697) 魂 (たましい) にも重さがあるの?  

西洋人は探究心が旺盛なのかな、「霊魂は不滅である」 という信念を持てば 「その重さはいかばかりか?」 という問いに突き当たってしまうようだ。

♣ なぜなら、不滅なものであれば、どこかに なにがしかの場所を取るし、重さ (質量) もある、と考えちゃうのだ。この質問は悩ましく厳しいものであって、過去の 宗教家・哲学者 たちを苦しめた。

♣ ところが 1921 年、ダンカン・マクドガルという医師が 霊魂の重さを測定し 「21グラム」 という、有名な数値を確定したと言われる 1 ) 。ただし個人差があるようで、11 グラム~~ 43 グラムと発表している。

♣ また、最近の 20 年間、クリストフ・コッホ という別の医師が研究を続け、次のように考えた 2 ) 人の体の中にある霊魂は 死亡とともに 「消えるはずはない」 から、霊魂は 形を変えて我々の時空( じくう) のどこか別の場所に存在し続ける、または、 形を変えないで、そのままの姿で空高い所にあるはず、とする。

♣ その根拠として、ノーベル賞を貰った アインシュタイン の方程式が挙げられている。それは エネルギー = 質量×光速度 の二乗 ( E = m c 2 ) というものだ。光速度は毎秒 30 万キロメートル (c)、質量はグラム(m)で特定され、従って霊魂のエネルギーは間違いなく数値として存在するはずだ。

魂(たましい)にも重さがあるの?

♣ 西洋人はそんな考え方をするが、我々も 霊魂が存在することを、あなたは認めるだろう? なれば、霊魂の質量は必ずあるはずではないか。アインシュタインの方程式は 1905 年に提出されて以来、一度も破られたことはない ので有名である。

♣ そこで、天国での会話を聞いてみよう ,,,,,,爺さん: 「なんだか退屈だなあ … どこかいいとこないかなあ」。 ......婆さん: 「どんなところでも、ここよりゃましでしょ」。

♣ そうなんだ ! 天国には大勢の退屈しきった 爺さん・婆さんの霊魂 でごった返しているのだろう。しかも、歴史が始まって以来、各国一万年分の人々の霊魂であふれかえっている訳だ。もし霊魂に重さがあるのなら、天国はその重さで落ちて来るかもしれない。

♣ ところで、霊魂って、本当に誰にでもあるものだろうか?このことを考えているあなたには、間違いなく霊魂はあるだろうが、さて重病の人にも?認知症なら? 子供にも?赤ちゃんは?未熟児でも?

♣ こうやって奥の奥をたどって行けば、卵子や精子 にも霊魂はあるのだろうか?卵子は一個だからまだよいとしても、精子は何億とあるので その一匹ずつに霊魂が配給されるているのだろうか? もし精子にも霊魂が有るとすれば 各国 一万年分の重さを併せて 何兆個・何京トン になるのだろう?

♣ 実は、宗教家と哲学者が一番悩んでいるのがそこの問題なのだ。でも大丈夫、彼らには、討論の経験はあるけれども、近代的な 「認知症介護の経験」 はない。宗教家や哲学者が何を知っているかは別として、彼らは頭の中だけで霊魂を論じて来たのである。認知症の霊魂と哲学上の霊魂が 果たして調和するだろうか?

♣ 他方、介護保険は 2000 年に開始されたばかりで、まだ日が浅いけれども、哲学者たちに比べて介護を専門とする皆さん方のほうが、お年寄りの霊魂の様子をはるかによく知っている。

♣ 今なら 「時の利」 がある。仮に、数千年の伝統を持つ宗教家が 近年の介護の領域に入り込んで意見を述べ始めると、ややこしくなる。だから、その前に、あなたがたは 自分の目で見た認知症の霊魂はどこにしまわれているのかをしっかり説明してみたらどうだろうか?

♣ そしてサイエンス (科学的思考) がどこまで哲学的な 「霊魂の問題」 と調和するのかを考えるのも楽しそうだ。1439字

参考: 1 ) Jane Bosveld: Can science ever decipher the secrets of the human soul? Discover 5: 46~50, 2007. 2 ) Christof Koch: An answer to the riddle of consciousness. Scientific American 9: 94, 2010.

職員の声

声1: 霊魂の重さが 21 グラムなら、家族愛・母性愛・友人愛 は何グラムだろう?(答: 霊魂は不滅だが、「愛」 は一世代くらいで終るのではないか?)。

声2: ラフガディオ・ハーン (小泉八雲) の 「耳なし芳一」 物語を思い浮かべると、「霊魂は不滅」 のように思われるが、不滅なものには重さがあるという発想に驚く(答: 言われてみれば、その気になるから不思議だね)。

声3: 重さで計れないものを計ろうとする学者様はクダラナイ、でも待てよ、自分の仕事の重さは何グラムだろうか?(答: そう言う発想が尊いのかもね)。

声4: ある人を思い出すとき、霊魂はその人の頭の中にひと時 宿り、そしてまた消えて行くのではないか?それなら一回 21 グラム程度の重さでも容認できる;イヤ、こんな話題を初めて聞くので、とても楽しかった。


(691) 老 化 と 健 康 維 持

(691) 老 化 と 健 康..維 持

ヒトの 「心と体」 は、不思議なもので、放置しておくと、垂れ下がって行く。「心」 の垂れ下がりとは、ボー としていると眠くなる; 「体」 の垂れ下がりとは、同じく 筋肉が弛緩して無活動に向かってしまう … この傾向のことを言う。

♣ このことは音楽のメロディーでも観察されると言われる (音楽家: 池辺晋一郎 さんの説) 。つまり、歌のメロディーは 楽譜で見られるように オタマジャクシ が下の方へ流れていくと、安心・倦怠・平穏 に至る。でも、これだけでは魅力ある歌にならない … 人気のある歌は、ここで ヤッと 音のレベルを上へ押し上げ、ふたたび歌を元の元気な勢いに戻す。

♣ 物事には 「波」 のあることが大事である。認知症老人の 「安静生活」 には 「波」 が不足だ。ではどんな波なら良いのか?

♣ そこで皆さん方は 「健康増進」 という言葉に気持ちが惹かれる。ところが、青少年なら いざ知らず、人間の身体が固定するのは 20 歳前後、以後に増加するのは 「脂肪組織」 だけである。

老化と健康維持

♣ でも人々は 「健康増進現象」 が存在するように想像する。このことは 「ルーの三法則」 (Roux) がうまく説明する。つまり、筋肉は使い過ぎると破壊される=(ルーの ① ):筋肉は使わないでいると 萎縮 する=(ルーの ② ):筋肉は丁度良く使うと健全になる=(ルーの ③ )。

♣ つまり認知症老人は一般に安静過剰な生活を送る(ルーの ③ 状態)。そこに 「波」 を入れるためは「体力増進」というキャッチフレーズ(ルーの ① 状態)に惹かれ、あたかも増進するように 「錯覚」 される。ところが老人に一番求められるものは ルーの ① ではなく ルーの ③ なのである。

♣ テレビ・雑誌などで 「健康増進」 と聞けば、それが示すイメージ は 「筋力のアップ」 だろう。でもなぜか 「腎臓や膵臓・脾臓、リンパ節」 などを鍛える、という意識はない。いずれの機能も広く増進すべきではなかろうか? なぜそう言わないか?それは、そんな事に老人は関心を持たないからだろう。

♣ 神経や筋力と言えば、いかにも健康増進のイメージに合致する。だが現実に我々が求めるものは 「ルーの ③ 状態」、つまり自分の体にピッタリの健康状態なのだ。 「やり過ぎ= ルーの ① 」 も、「やらな過ぎ= ルーの ② 」 もお呼びではない。

♣ 我々は、好むと好まざるに拘わらず日々老化して行く。この 「老化に反発する気持ち」 は老人に殊の外強い。そこで 150 年も前に、この 「老化」 を塾考して普遍的な 四つの結論 を出した 「老科学者」 ・ ストレーラー の 「老いの四原則」 を思い出そう。それは 「普遍・内在・進行・悪化」 の四文字で表された。この四文字に反発したい気持ちも理解できるが、なるほど残念ながら 「もっとも」 なのである。

(1) 普遍 とは誰にも起こるという意味で、ソクラテスにもナポレオンにも、そしてあなたにも起こる。 (2) 「内在」 とは老化の原因はあなたの体の中にあり、他人から持ち込まれたものではない、ということ。 (3) 「進行」 とは言葉通り老化は日々進むという意味であって、若返ることは決してない。 (4) 「悪化」 とは健康の真反対の意味であり、我々の体は 更年期以後、日々健康から遠ざかっているのである。この四つ、どんな人でも避けられない !
老化と健康維持
♣ 考えてみれば、スポーツ選手が現役から隠退する時は案外に若い年齢だ ―― たとえば、体操やスケートは 20 歳過ぎ、相撲や野球は 30 歳過ぎ、自転車や競艇は 40 歳過ぎなど …。自分の生活が掛かっているだろうに その年代でナゼ 更なる健康増進を試みて本分のスポーツを続行しないのか?

♣ それは 経験的にムリだと本人が知っているからであり、また、実際 解剖学的にもムリがあるのだ。前記のように、我々の体格が固まるのは 20 歳前後、それ以後に増えるものは 「脂肪組織」 だけなのである。しかし 「知力」 はまだ成長して行くので、30 歳・ 40 歳代まで総合体力は延びる余地がある――でもその辺が限界だろう。

♣ 福祉で健康増進を考えるのは その 2 倍もの高齢領域での話である。とんでもないことだ ! 本当は、ルーの法則で言うと ルーの ③、つまり「過ぎず不足もない丁度よいところ」 が求められるのである。だから、ご高齢の方に 「体力増進 = ルーの ①」 を奨めたら、所定の結果が得られないのは当たり前だろう 。

♣ そこで 「健康増進」 という勇ましい言葉よりも、理にかなった 「健康維持」 のほうが 心(こころ)にムリが掛からず、この目標こそが 認知症ケアに よく当てはまる言葉と言える。あなたの頭の中で、「増進」 と 「維持」 が混同していると、とんだケガの元となるかも知れない。

♣ もし 「心と体」 の垂れ下がりがあるのなら、元気な歌を歌うように、流れをヤッと上の方に押し上げよう。波のある生活を、そしてまた廃用萎縮にも陥らないように意識をとり直し、考えを改めてはどうか。1963字

要約: 世の中には 「健康増進」 という言葉があふれている。 「増進」 という言葉に踊らされて 「過剰な」 方法に身を置くと、ルーの ① に陥り、期待外れとなる。 「増進」 ではなく、「維持」 という言葉で置き換えればルーの ③、つまり本人の健康に一番良い結果が得られる。

職員の声

声 1: 栄養士の私でも よく 「増進」 と聞くが、老人の場合 確かに 「維持」 のほうが無理のない言葉だと思う (:テレビや雑誌で 「維持」 と言わず 「増進」 と言うのは 「料金が絡む」 からなのかな?)。

声2: 本文にあるように、老化とは 「普遍・内在・進行・悪化」 のことだと言うが、「それを心に受け止める事」 が一番幸福に繋がるでしょう (答: 自分の老化に反発していると、幸せがなかなかやって来ない)。

声 3: ナースの教育では 「○○の向上、××の増進」 などの計画書が多い。マスコや放送などなら 「維持」 でなく 「増進」 のほうが格好良いが、やはり年齢相応の方針が本来の姿ではないか (答: 「増進」 と聞けば、老いの耳であっても 心は つい ルーの ① (=やり過ぎ) に向ってしまう)。

声 4 : 人はいつまでも若くはないのだから、 「幸せな老化とは 老いに適応すること」、私はこの一言に共鳴する (答: 夏目漱石 ではないが、肘や肩をつっぱると、ほとほと疲れちゃうよ)。

(706 ) 福 祉 介 入 の 効 果

(706) 福 祉 介 入 の 効 果

物事は 放置しておくと進行せず、“介入する” と その程度に応じて 進行する。今日は 「介入」 の程度を、「軽く」 から 「重く」 まで観察してみて、その効果の実態を見てみよう。

♣ まず 「16 代 仁徳 (にんとく) 天皇 の 「かまど 物語」から。ある日、天皇が皇居の高台から遠くをご覧になると、人々の家からは煙が上がっていないことに気付かれた。天皇は 「民の窯 (かまど) に煙がないのは、貧しくて炊くものがないからではないか」 と仰せられ、三年間、税を免除された。これにより、宮殿は大いに荒れ果て、茅葦 (かやぶき) 屋根の隙間から星が見えるほどとなった。

♣ 三年がたって、天皇が同じ高台に出られて、遠くをご覧になると今度は、人々の家々から炊煙が盛んに立つのをご覧になり、「ワシの心は豊かになった;有難いことだ」 とおっしゃった(図1)。天皇が 「ご慈悲」 の気持ちで税を免除された結果 民の窯から炊煙 (すいえん) が立つようになったのを 「効果」 だと見よう。そもそも天皇の念頭には、「費用対効果」 などの言葉はなかっただろうが、現在の考えでいえば 「慈悲の介入のおかげで かなりの効果」 が得られたと言えるだろう。それは福祉の心の萌芽 (ほうが) だとも言える。
福祉介入の効果

♣ 次の話題は ナイチンゲール。19 世紀の半ば、ロシアは南下政策により トルコのクリミア半島 に進出、これを嫌った英・仏・伊が軍隊を派遣して “クリミア戦争” が始まった。砲火による戦死者は 20 万人を、負傷者は 100 万人を越える史上最大の悲惨な状況となった。フローレンス・ナイチンゲールは 現地を訪れ、看護を宗教から分離させ、傷病者を近代的な看護で看る体制を確立したことで有名である。

♣ 彼女は 最初は 「単なるボランティア」 の気分であったろう。しかし、彼女の活動は私的な経済範囲のものではなく、また、夜の電燈さえない現場で 「兵士の死亡率 55 % を 5 % にまで低下させた」という 巨大な成績があった(図2)。この活動を 「費用対効果」 の目で見ることは 適当ではなかろうが、もし見る とすれば 「単なるボランティア」 に過ぎなかった彼女の福祉の気分が 巨大な救命効果を産んだ、と言うことができよう。

福祉介入の効果

♣ 三番目の例には マーガレット・サッチャー 元イギリス首相を挙げる。イギリスはなにせ 19 世紀から世界の海を支配し、多数の植民地から上がる 「富」 で潤っていた。しかし 19 世紀半ば以後 20 世紀半ばまでの百年間 イギリスは大戦に巻き込まれ 国民はヘトヘトになった。そこに現れた労働党の政策 「揺りかごから墓場まで」 を国民は大歓迎し、人々は 政府に 「おんぶに 抱っこ」 を当たり前とし、働かなくなった。当然、国の財政は左前になり 「英国病」 と呼ばれる病に罹り、このままではイギリスは再起不能となる。

♣ 彼女の政策の一つが 「透析の 60 歳定年制」 である ―― 60 歳を越えると保険で透析ができなくなる。これによりイギリスは毎年 3 兆円に相当する国費の節約ができ、国は再起することができた。同じ問題で悩んでいたドイツも これに倣った。

♣ サッチャーの業績は、「費用対効果」 の 3 兆円を取り戻した、が、透析を受けられなくなった数万人の透析患者は世を去ってしまった。日本は 99 歳であっても透析を導入する国柄であるから、こんな荒療治は出来ないかもしれない。このサッチャーの業績は 「福祉の費用対効果」 とは言われなかったが、国難を見事に解決したものとして今でも評判が高い。

♣ 最期に 「日本の現状」 を考えて見よう。日本は 「建前 (たてまえ) の国」だ ―― 2000 年の介護保険以来、老人たちは 「オンブに抱っこ、乳母車」 を建前とする政府のやり方に慣れてしまった。お金がたっぷりあった過去のバブル時代ならいざ知らず、老人の増えた今の日本では 「 建前」 に固執するだけではなく、事態の変化に介入する 「本音」 も大事ではないだろうか。

♣ 昔の貧困・短命の時代には建前 ーー個人の命を護るーー が有効だった。しかし、裕福・高齢になった今の時代本音 ーー社会の安定を護るーー こそ大事なのではないか?

♣ 私たちは “ルー(Roux)の法則” の実務を学んでいるところである――つまり一番良いのは 「適切に行うこと」 だ、と。 上記の先達たちは 皆 時代の要求に見事な解答を示した。日本の福祉も、敬老精神の高揚と、ますます増える老人人口の「両者のつり合い」をどのように図ればよいのか、それこそが解答に繋がるのではないだろうか。 1857字 

要約: 効果的な福祉介入の 3 例を挙げた。② 近代の福祉介入には賛否こもごもであるが、鉄の意志でそれに介入したサッチャーは今だに物語として語り継がれる。 昔に有効だった建前は 「個人の命を護る」 ことで済んだ ... 現在は、その上に 「社会をも護る任務」 が重なる … 大変なことである。

職員の声

声1: 日本の福祉予算の支出先は 老人へ 70 %、子供へ 4 % … 驚くべき対比だ(答: お年寄りを大事にするのは 「礼儀と尊敬の念」 による … 福祉介入への利益効果などは考えの外だ… カナダの参考例では 老人へ 50 %、子供へ 50 %の支出である)。

声2: 社会の高齢化で困っている日本は、温情的な老人福祉を考え直すべきではないか?(答: 政治家はそれをとっくに知っているが、なにせ選挙での老人票の重さに負けてしまうようだ)。

声3: 日本もそろそろ高齢者に自立を求める政策を出しても良い頃だろう(答: スエーデンでは 「要介護 5」 を作らず、従って 荷の重い “寝たきり問題” もない … 高齢者対応は その国の政策によってずいぶん変わる)。

声4: 介護保険のお陰で皆さんご安心 … しかし、それを支える若者が減りつつあるのも事実… 福祉介入の 「費用対効果」 を真面目に考えたらどうか?(答: 日本は “一人の人間は地球より重い” という 建前のお国柄であり、たとえ老人一人であっても やはり地球より重いのだ …よって 「福祉の効果判定」 は 一筋縄 ・ひとすじなわ・にはいかない)。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

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