(626--2) 加 齢 と 老 後 の 今 後

(626—2) 加齢と老後の今後 (その 2)  

 → 今回の掲載は 5 月 17 日 の # 626 品質会議 の文章と同じである。たまたま、同じものを 2 度 聞きたいとの声が上がったのである。今回は本文を省略し、( 626 -- 2 ) として、「職員の声」のみを提示する。同じ講演ではあるものの、職員の声はやや調子が異なっていた。

職員の声

声1: 動物は寿命が来て ピンコロ で逝くが、人は更年期後 衰えながら「老化」し、ジワリジワリと 50 年 かけて逝く … 私の仕事は、人々が求めるジワコロの助け人である(答: 高齢者福祉はすべて 「ジワコロ関連業」 であり 延命を至高目的 とする … ピンコロを望む声も少なくないが、それは 「偽りの矛盾」 である)。

声2: 人間は「老後」を獲得し、幸せになったのか・不幸せか?(答: 本人に尋ねると、“高齢が幸せ” との返事はまず無い ―― しかし、85 歳 を越えれば認知症の合併例が半数を越えてくるので、幸・不幸のような “抽象的な概念” を尋ねても真偽のほどは不明とすべきか?)。

声3: 日本人は 「老化」 を人類初めての社会現象として経験しているのか?(答: そうだと思う … その上 二千年も昔の時代錯誤・ 儒教 (じゅきょう) の教え(孝行)でその経験を乗り切ろうとするから、社会的な大混乱 に見舞われている)。

声4: 「永く生きていたければ、永く産みなさい ! 」 とのことだが、4 人 家族のうち 1人 だけが働くシステムの日本、そんなにたくさんは産めないよ(答: 「子無しの楽な老齢願望」は昔からあったが、昔の長生きは還暦( 60 歳)程度; 今の長生きは子孫を産まずして 百歳願望 、その上 生活は 「他力本願」 ―― それって気楽だけれど、生命の 「退化 と 淘汰」 のコースそのもだろう?)。

(634) 今 の 小 児 科 と 老 人 科

(634) 今 の 小 児 科 と 老 人 科  
 
先日、東大医学部の同級会に出席し、面白い話を聞いた。小児科の同級生は 6 人ほどいるが、異口同音(いくどうおん)に次のような事を語っていた:----

小児科診療は長時間勤務で、しかも深夜などの急変に対する責任は大変重い。子供の病気にも 「ピンキリ」 があり、昔は 三世代生活 (爺婆・ 両親・ 子供)であり、お婆さんの智恵である程度の対応が家庭で出来た。今のお母さん方は 「熱・ 咳・ 汗」 程度の症状で すぐ コンビニ受診に頼り、しかもその目は大変きびしい。

ところが肝心の 「立派な小児病」 は 昔に比べて少なくなった。昔は外来診療をすると麻疹(はしか)などの子で、待合室はにぎやかだった。ところが、ドクターたちが熱心に予防注射などをしてきたせいか、最近 伝染病がすっかり減ってしまった。昔は命取りであった 下痢・ 脱水 の類(たぐい)も減っている。

元来、小児の病気は一元論 (つまり 罹っている病気は一つ) で片付けられていた。一つの病気が治れば、その子に別な病気を探しても 見つかることは ほとんどなかった !! つまり、その病気を治せば、その子とは “おさらば ! ” だったのが実情だった。
今の小児科と老人科

ところが今、私らは小児科医であるにもかかわらず、お母さん方から親の老人病の相談が多い。そこで老人を診ると、

小児科では決してみられない病気の「前立腺肥大症」とか「脳梗塞」「認知症」などがある。

その上、老人たちは 小児と違って病気の数が多く、一人の人が四つも五つもの病気を持ち、毎月 途切れず診療が続く(小児科では病気の切れ目が縁の切れ目だったのに)。つまり全国的に小児科医が老人を診る機会が増えた、というご時勢になった ―― と、このように私の同僚の小児科医たちは語っていた。

♣ また、逆に、老人医療センターで小児科を併設する例もある(東京都多摩老人病院など)。つまり、時代は診療科にとらわれず、お客様をお受けし始める時代に変わったようだ。これからは小児科医が老人を診(み)、老人科医が小児を診る時代になるのだろうか。

♣ 老人福祉でも対象を狭い老人範囲に限っていては、いつかは日干し に会うかもしれない。もっと幅広い活動 —— 保育園、青少年園など —— を念頭に置く必要がある時代に変わってきた。

♣ パールはそれを先取りして、「子供図書館」 を開始して 10 年が経ち、好評である。それに加えて、今年は 「子供テーブル」 と呼ぶ新しい活動を始めた。両親が多忙な家庭の小学・ 中学生たちは 放課後 自宅で孤独な生活を送りがちであり、孤食(夕食を一人で食べる) の淋しさがある。パールでは、夕刻 ~ 夜に空き部屋になる空間へ このような子供たちの生活の場を提供し、併せ、遊び・ 会話 ・ 宿題の時間とする。100 円 の負担で夕食をみんなで一緒に食べる… お迎えに来られる親たちも希望によりご一緒の食事とする。

♣ 私どもの夢は 「今の老人施設」 が同時に 「今の子供施設」 になって、社会の人々みんなが気持ち良く日々を暮らしていけることを目指している。

要約: 小児科はコンビニ受診が増え、昔の大掛かりな「小児病」が減ってきた。 お母さん方が自分の親の病気の相談をするようになり、小児科医は老人病をも手掛けるような時代に変わった。 パールは 「子供テーブル」 活動を始めた。今後は「小児と老人」が同じ生活の場で気持ち良く暮らせるような社会が訪れるだろう。

参考:  新谷:「コンビニ受診」;福祉における安全管理 # 57, 2010.

(628) 健 康 寿 命 を 長 く し よ う

(628) 健 康 寿 命 を 長 く し よ う

皆さん方ご存知、「平均寿命」とは 今 産まれた赤ちゃんが あと何年生きられるか、を示す用語で、2000 年以降、全世界的に用いられている。

♣ 日本の平均寿命は世界一高くて、昨年度の集計で女性は 86.61 歳・ 男性は 80.21歳 である。世界一なのだから 日本の男女はこれで満足するかといえば、どっこい、もっと長生きしたいのだ。しかし平均寿命って何だ? … これは 「死なないでいる期間」 のことである。というと?

♣ 平均寿命は 「健康寿命」 と 「依存寿命」 に分けて考えられる。前者は、健康で活動的に暮らせる期間; WHO (世界保健機関) が提唱した指標で、平均寿命から、衰弱・ 病気・ 痴呆などによる介護期間を差し引いたものである。つまり元気で活動的な人生が健康寿命であるから、誰だって生きている限り健康でいたいのが当然である。だが、現代の高齢時代、いつかは人さまのお世話の元で生きるだろう。それを 「依存寿命」 と呼ぶ。

♣ 依存寿命は案外に長く、男 9 年・ 女 12 年に及び、これも世界一長い。つまり日本の平均寿命は長くて鼻が高いが、依存寿命(病気期間)も長く、これはあまり威張れるものではなかろう。だから人々に意見を訊くと 「私は健康なまま死にたい」 とおっしゃる。そこで私は訊ね返す … それって健康寿命 “だけ” でいいの? ―― つまり女性で言えば 「74 歳」 でポックリ逝き、その後の依存寿命 12 年間 を放棄するってことが希望なのか?すると彼女はけげんな顔で答える … 「依存寿命の全部を健康寿命に変換して、健康なまま長く生きていたい ... 依存寿命なんていりません ! 」。

♣ 冗談でしょう?人は死ぬ前に何年間かは他人に支えてもらう 新時代 になったのだ … 介護保険はそのために創られた制度である ! 昔なら、だらだら病気を長引かせる 経済余裕 なんて無く、元気さが終ったらすぐ逝ったものだ。しかし戦後、人生 50 年 時代から人生 100 年 時代に向かうにつれ、健康寿命は確かに延びたが、あたかも影を引くように依存寿命も延びて来た。

♣ 依存寿命を好む人はまず居ない … だが、いざ自分が依存寿命の身に陥ったらサッサと逝ってしまうことを望むか?と尋ねれば、実際はまったく逆。依存だろうと病気だろうと、何が何でも 死にたくない のが人情なのである。今は健康保険も介護保険も、あまつさえ冷暖房も完備する時代であり、それに背を向けてサッサトと逝きたい人は まずいない。
健康寿命を長くしよう

♣ 依存寿命を減らしてその分を健康寿命に振り換える工夫はいろいろある。それを主張する代表的な 3 人 に登場を願おう。 40 歳 のスポーツマン === 体を動かし足腰を鍛えれば元気な長生きは確実、認知症も防げる → :これは希望であって現実は異なる。商業的なスポーツは過剰負荷が寿命に差し障るし、認知症が防げるという事実もない。

50 歳 の福祉行政官 ===  禁酒・ 禁煙、成人病を防ぎ バランスの取れた食生活を実行する → : 統計をとれば “その通りの百点満点の答” だ、しかし人々は机上の建前論を聞き飽きている。

60 歳 の大学教授 === 依存状態になる原因は 図 1 の通りであるから、その一つずつを潰していこう :潰せるかどうかを確かめてみよう ... だが、これらはすべて「加齢現象による運命」であるから、これから逃れるためには 「齢をとってはいけない」 しかないではないか ! 医者や学者が大真面目にこう教え、素人はそれを聞いて、私 なんとかがんばります、 と騙される。

健康寿命を長くしよう

♣ 否定ばかりしていては生産的ではない。そこで、せめて「健康長寿の 10 ヶ 条」を紹介してみよう(図 2)。これを一項目ごとに見ると、「万能の人生訓」 を抽象的に仰ぎ見るような気がする。つまり、「依存寿命」を避けるためには聖人君子のような努力が必要なのであり、たぶん、多くの人は 「落第」 候補生だ。その上、統計によると認知症の発生頻度は … 85 歳 で人口の約半数、100 歳 で 8 割 が罹患する。つまり現実的には「寄る年波」に勝つのは容易ではない … ここでも やっぱり「齢をとってはいけない」となるのだろうか?

♣ パールではこのことを踏まえ、介護保険の対象以前で 引き籠りがちな高齢者 グループに図 2 に見られるような内容の練習を 3 年 まえからに開始している (“パールライフ活動”と呼称) 。保険適用ではないから、食事代や活動経費の実費を頂き、毎日 11am ~ 3pm の4時間、「過ごす居場所」 を確保、自主的な参加 とクラブ活動を楽しんでもらっている。これにより社交性も養われるので、調髪・ 衣服・ 言葉づかい など、初期に比べて数段も 「年寄り臭さ」が抜け、健康寿命の延長を目に見るような成功を収めている。1861字 

要約:  人の寿命は「健康寿命と依存寿命」の 2 成分 に分けられる。 依存寿命は案外に長く、男 9 年・女 12 年に及び、支える若年者側の社会的重荷となる。 健康長寿の 原則を述べるのは楽チン、それの実行は なかなか困難、一項目でも実践する事の大切さを日々実感する近年である。

職員の声

声1: みんなが言う「長生き」とは「依存寿命」のことだったのか?それなら欲しくないな(答: そう言っていた人たちも、いざご自分が依存寿命に陥ると、病院通いに熱心になる――人はもっと正直でありたいね)。

声2: 訪問先のご家庭は「健康寿命」でない人たちが主力である … もう健康寿命に戻れないのか? (答: そもそも介護保険は要介護の老人を対象とし、その依存期間を長くすればするほど介護は優秀だ、と評価される。だから、利用者の老齢からみて、健康寿命が回復する日は来ない)。

声3: 依存寿命が長すぎるのは問題だ … 私は自分の依存寿命を自分で決めて書面でしたため、その日程を過ぎたら死ぬ日を家族と医師に決めてもらう(答: 日本はオランダではないから、「死の指示」は法律違反であり、関係者はお縄頂戴となる)。

声4: 健康寿命を終わった人は 他人依存によって本当に人間らしい人生を送れるのか?(答: 「人間らしい」 の定義は何だろう? たとえあなたが 「人間らしくない人」 と断じても、当の本人はそれでも生きていたいのである。



(622) 老 々 認 々 介 護 の 展 望

(622) 老 々 認 々介 護 の展 望

今や、戦前の「人生 50 年」から移り変わって「天寿は 100 歳」、人生は昔の 2 倍に膨れ上がった !

♣ 過去の歴史で、50 歳までの人生経験や病気の知識は持ち合わせていたけれど、「長生きすれば、心身の力が落ちて「介護」が必要になる?」 … そんな言葉は戦前には聞いたこともなかった。第一 「介護だの認知症」 という言葉はごく最近の発明であり、存在しない言葉の実態が予想されるハズもなかった。

♣ 日本では 総人口の内、老人の占める割合は戦前 4 % 程度、戦後ぐいぐいと延びて只今 7 倍 の 28 %、団塊の 2 世代が加われば 10 倍 の 45 % を越す勢いである。これがどんな意味をもつのか、数値で理解するよりも 「感覚」 で受け止めてみよう(図 1 … 右端の茶色の部分が老人層を表し、この 1 世紀で 10 倍程に増えてきた。
.........上図: 1920年(大正9年); 下図: 2015年(平成27年)
.. .......図は男性のみ;女性も同じパターンで有り。横軸: 10歳ごと。 縦軸: 10万人ごと。


老々認々介護の展望

♣ 長生き達成はみんなの希望であるから 大変お目出度いことであるが、老人層の命と生活を支えるのは若年層であるから、ここに新たな社会問題が発生した。つまり肩にずっしりとのしかかる 「ヒト・ モノ・ カネ」 の重さゆえに、若者たちは生活の活力を失い、若い時期の結婚は夢のまた夢、晩婚・ 未婚・ 少子化 の嵐に巻き込まれてきたのである。これでは若者たちのスタミナが不足する。さらに加えて、要介護の年齢層が年々上昇し、悪循環が回りだす。

♣ ここで今日の話題になる 「老々認々介護」 の話に移る。老々介護とは 介護する人・ される人 が共に 65 歳 以上; 認々介護は同じく する人・ される人 が認知症であることを示す。老々介護は所帯総数の 約半数 (H 25 年 厚労省調べ)、認々介護は同じく 10 % 前後だと推定されている。一昔前にはなかったこんな現象がナゼ発生したのか?それは 図1 を見れば自明である。

♣ 私たちはお年寄りの長命を喜ぶ(図2)。しかし長命の実現は万々歳だけですむだろうか?ここで私が近日にテレビで見た 笑えない喜劇を例に挙げて考えてみる。ある 一匹の日本猿、人なつっこくて他の猿よりも沢山の餌をもらうことが得意だった。その結果、なんと体重が3倍に増え、歩くときに でっぱったお腹が地面に触り、歩行困難になった … そんな ユーモラスな画面 が紹介されていた。良い対策は? … 極めて簡単、餌を調節すればよいのだ。
老々認々介護の展望

♣ もう一つのテレビ画面は 猿でなくて人の話であった。食べることが大好きなある アメリカの男性、食べに食べ、とうとう体重が 400 kg を越えた ! ところが運悪く病気に掛かって入院の運びとなった。だが400 kg の巨体は部屋のドアにひっかかって外に出られない。みんなが知恵を絞ったあげく、重機クレーン を使って窓から外に吊り 出することになった … 人も猿も笑えない笑い話のオチがあったのだ。でも解決したのだからよかった。

♣ 話が代わって、ここで「老年期」の事を考える。野生動物は地球始まって以来 「発育・ 繁殖」 の道を歩むのみで、子を産んだあとは世を去り、いまだに老年期というものを持っていない。人間も、半世紀前まで「老年期」の手前で大部分が世を去り、従って体を守る遺伝子の守備範囲も「発育期・ 繁殖期」のみが対象であり、老年期を快適に過ごす役目の遺伝子なんて存在しなかった。

♣ ところがこの半世紀、大多数の人間がこの守備範囲を越え、遺伝子にとって未知の領域である老齢に踏み込むようになった。そこには当然 「老化現象」 が待っている。例えば 老眼・ 難聴・ 女性の閉経・ 骨粗鬆症 など。それはやがて 誤嚥・ 失禁・ 認知症 へ発展して行く。

♣ 昔は 60 歳 の「還暦」で人生は一巻を終了、人生は ゼロ出発 を祝ったものだが、今 還暦祝いはほとんど無視され、人々は ひたすら老年期に深く踏み込んで行く。そこでなんとか、老化現象を改善できるような遺伝子治療ができないものだろうか?

♣ .私は振り返ってみる ... 遺伝子が、仮に老境に適応して、老眼や認知症などの「老化」を克服できるようになったとしよう。もしそうであっても、老人は繁殖期を過ぎているから子を産まず、その恩恵は子孫には受け伝わることなく、「人類の進化」とは縁遠い現象で終わってしまう。 やはり遺伝子頼みは老化の解決にはならないのだろうか?。

♣ ここで発想を変えよう…「空の 太陽・月と星々」 を お年寄りと私たちだとする。もし “太陽と月” の大きさが 10 倍 に大きくなったのなら、そこを程よく工夫しなければ みんなが空に入りきらなくならないか?物事にはきっと調和のバランスという要素がある。老々認々介護はそれに似た問題のように感じる。

♣ 時間を稼げば、きっと 「太陽・月と 星々」がお互いのサイズを調和し、私たちの空に美しく並び光る日が来るのではないだろうか? 2004字

要約:  人間は昔、繁殖期が終れば世代交代をしたが、今や老年期を享楽する数が増える時代になった。 その勢いで、生命の自立ができない老人も増え、老々認々介護の社会問題が発生した。 私たちの空の大きさは決まっているから、そこに入る 「太陽・月そして星々」の数と大きさは調和をとる必要があるのではないか?

参考:  新谷:「百歳の壁」; 福祉における安全管理、 # 619 : 2016.

(630) 福祉 と カーボン ・ ネガティブ

(630) 福祉 と カーボン・ネガティブ

近年、地球環境のことがやかましく言われており、主に空中の炭酸ガス(CO2)が悪者となっている。そこで地球の過去を短く振り返ってみよう。

♣ 地球は、46 億年 前に生まれたとき、空中にはCO2がいっぱいあった … 今の金星の大気は主にCO2が主成分だ。約 3 億年 前の温暖な頃、地上に植物が生まれ、空中のCO2を吸い取って植物体にした。CO2は目に見えないが、植物体(炭素)は目に見える。このことを環境学の用語で 「カーボン・ポジティブ」 と言う … つまり空中の炭素が地上に固定され、目で見えるようになったのである。(“ポジティブ” とはプラス、“ネガティブ” とはマイナスのことである)。

♣ 他方、もし地球に植物が大量にあるとすれば、空中の炭酸ガスは植物に吸収され尽くされてしまうが、動物は植物を食べ、(または植物を食べた動物を食べ)、呼吸によって炭酸ガスを吐き出す。このように、固定された炭素をCO2として空中に放つことを 「カーボン・ネガティブ」 と言う。つまり、植物によって空中から取り込まれた炭素と、動物によって吐き出される炭素とが、過去にはうまくバランスされて空中の炭素は常に一定の値になっていた。このことを 「カーボン・ニュートラル」 と言う。 ( “ニュートラル” とは「中立、中性」のこと)。
福祉とカーボン・ネガティブ
♣ 気候学者の研究で、第二次世界大戦のあと、世界の気温は上がり続け、空中の炭酸ガス濃度は正常の 0.03 % から 0.04 % 以上に上昇し、その勢いはとどまることを知らない(図 1)。原因は化石燃料の使いすぎ、つまり 「カーボン・ネガティブ」 が過剰なのだ。化石燃料は 1 億年 ほど昔の炭酸ガスである。これを、わずか 150 年このかたで燃やし切ろうとする勢いである。環境が 「気候温暖化」 という「仕返し」をするのは当然かも知れない。

♣ 徳川時代の終わり頃の 京都市の写真 がある。見渡す限り、山々は禿げていた。推定だが、その時代の釜でお風呂を沸かすのに どれだけの薪が必要だっただろうか?風呂一回につき 直径 30 cm の薪束が 2~3 個 必要である。
福祉とカーボン・ネガティブ

♣ 江戸の人口は 100 万人 と言われていたが、そのうち 10 万人 が入浴すれば、薪束が 25 万個、杉の木で換算すれば、入浴一回につき 5 万本 くらいの木が山から消える。「入浴 = 山禿げ」 を覚悟しなければならなかった(図 2)。食生活の厨房活動はさらに激しく木材を消費した。事実、終戦のころ、中国・ 朝鮮 の山々は禿山、大陸から日本へ帰国した人々は、日本の田舎の山々がまだ緑に覆われているのを見て感激したと言う。つまり、日本には 緑が残り、「カーボン・ニュートラル」だったわけだ。

♣ 日本の燃料の歴史は 木 → 石炭 → 石油 → 天然ガス → 電気 ... と移り換わった。今後、私たちはどうすれば緑を残せるのか? やはり「カーボン・ニュートラル」を目指さねばなるまい。

♣ 具体的には、どうするか? 植物を育て、植林を広める: これは「カーボン・ポジティブ」で、植物にしかできない作業である。 燃料は天然植物を利用する: 植物は、すでに空中の CO2 を吸収して植物体をつくっているから「カーボン・ポジティブ」。だから、それを燃やすとき CO2 が発生しても「カーボン・ネガティブ」、ちょうどプラス・マイナスになり、結果はカーボン・ニュートラルとなる。 できるだけ化石燃料を使わない … これは「カーボン・ネガティブ」を抑える。

♣ さて、原子力利用が止まった現在、電力のほとんどは 石炭・ 石油・ LNGの燃焼で賄われている … つまりカーボン・ネガティブである。 石炭・ 石油を使わずして、老人福祉ができるだろうか を考えてみよう。人間が高齢になることができたのは「電・ 水・ 熱」を効果的に利用できるからである

A もし電気が無かったら?夜中のトイレは真っ暗だ … 私の子供の頃はそうだったが、視力の衰えた老人なら夜中のトイレ利用は無理であろう。 B もし 「水」 が自由に使えなかったら? 水洗トイレ は使えず、昔のしゃがみ式トイレだ … 老人は大きく空いた穴に足をとられるし、一旦しゃがんだら もう起き上がれない。 C もし電熱が無かったら部屋の温度は、冬は 0 ℃ で肺炎は必至、夏は 35 ℃ で熱中症に負けてしまう。これは 10 年前 にフランス・ パリの老人施設で実際に発生したことであり、老人はバタバタ死んでしまった。

♣ つまり、老人福祉は電力あって初めて可能になる のであり、そのためには「カーボン・ネガティブ」が必須なのである。なるほど、地球の大気環境を正しく維持することは大事なことであるが、もしそのことに固執すると、老人福祉は成り立たなくなり、他人事ではないのだ。難しい取引きになるのだなあ ! 1908字

要約: 空中のCO2は植物に取り入れられて目に見える物体になり (ポジティブ)、 動物は植物を食べて目に見えないCO2を吐きだす (ネガティブ)。 ポジティブとネガティブのバランスが取れていれば地球の大気環境は良好である。 人間の社会活動は化石燃料の炭素を空中に放出して大気を汚染する … 老人福祉も大量のCO2を吐きだしてバランスを崩すが、このことを念頭において無駄の節約に努めようではないか。

参考: 新谷:「遺伝子の新しい指令」;福祉における安全管理 # 600、2016.

職員の声

声1: 電気・ ガス・ 水道が制限なく使える日本の介護は快適、他方 発展途上国での老人福祉サービスはどうするのか?(答: 無い袖は振れない … 日本も 2000 年 の介護保険以前はとても不自由だった)。

声2: 環境を守るために CO2 排泄を節約すべきだが、老人保護に努めれば CO2 排泄は増える … どうすれば良いのか?(答: 極端に走らず、どちらもほどほどを考えれば良いだろう … 大盤振る舞いを避けよう)。

声3: デイ・サービスでは入浴を希望する老人がどんどん増えているが、もし薪を燃やしてお湯を沸かすとすれば、山が幾つあっても禿山になる … 薪の代わりに石油を燃やせば環境悪化を招く … この矛盾をどう調整するか?(答: 人間は最高の捕食者であり、かつ地上の王様である … 矛盾を言い立てられても引っ込みがつかない)。

声4: 電気の無かった時代の介護はどうしていたのだろうか?(答: ローソク時代 なら介護度の高い人の介護は不可能、愛情の介護だけとなるだろう)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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