(78) 人 類 愛

(78) 人 類 愛

皆様方は「本地垂迹説」(ほんち・すいじゃく・せつ)を聞かれたことがあるでしょう。

♣ 今から千年まえ、平安時代の日本には、古代からある「神道」と聖徳太子の頃(6世紀)に輸入された「仏教」がありました。いずれも盛んに信じられた教えでしたが、当時の人は神と仏の関係を「本地垂迹説」として理解したようです。つまり、信仰の本家は「みほとけ」であり、日本という現場では、仏の一派である「神」が日本人を守る、と理解しました。仏は「慈愛」をもって人々を天国に導き(仏はやさしい)、神は「神罰」をもって人々の心の中にある悪を懲らしめた(神は怖い)とされます。つまり「神仏にお助けを乞う」というのは日本人の習性であり、性善説と性悪説で説明される人の心の中にある矛盾を丸く治め ています。

♣ さて、ひところ続いた事件といえば、官庁の汚職事件と包丁などを使う発作的殺人事件。官庁の汚職は典型的な「性悪説」の行為であり、その歴史は「弥生時代」の昔からあると言われる犯罪です。神罰で懲らしめるべきでしょう。後者の刺殺事件も、やはり性悪説で説明すべきなのでしょうかね?この犯人は、秋葉原殺人事件を知り、人は簡単に包丁で殺せるものだと知り、真似てみた、と述べています。この犯人も「みほとけ」が救ってくださるのでしょうか? それとも神罰が降りるのでしょうか? 日本は「加害者の人権」が異様にまで尊重される風土を持っています。あなたは、人類愛の観点で どのような判決が適当だと思いますか?

♣ 話が違いますが、世界には「飢餓」の問題があります。先進国は 人類愛によって食糧や医薬品を補助しますが、飢餓の根本療法には手が出ません。本当の人類愛があるなら、物の援助ではなく、教育・技術の移転・人口調節などの自立を援助すべき でしょうが、これは困難なようです。

♣ 欧州は、かって世界の後進地域を植民地にした前科を持っています。しかし、欧州人たちが述べる「福祉と人類愛」には、おのずと「先を見据えた目標設定」があり、することをし、せざるべきことをしない徹底ぶり、みごとですね。たとえば、物の支援をするけれど、技術・知識の習得は先方の自発にまかせる;高齢者を尊敬するが、「食事介助」はしない参考:パール安全管理 #40: 食べられぬならムリせず)などです。

♣ 私は 口に出してうまく表現できないのですが、「欧米人の人類愛」は「甘やかさざる愛」のようです。つまり神様は「叱る愛」をお持ちです。それに比べ、「日本型の人類愛」は「受け入れ抱きしめる仏さまの愛」を目指しているようです。どちらかを選ばねばならない、とは思いませんが、相違があることを知っておくべきだと感じます。日本の介護保険は世界に冠たる成績をあげていますが、「先を見据えた目標設定のある人類愛」と言う点で 欧米からも学ぶ必要があると思います。

職員の声

声1: 「人類愛」とは壮大なテーマでピンと来ませんが、お話を三つに分けて理解しました: 神様と仏様の愛の違い; それと「性善説と性悪説」への関連、 「することをし、せざるべき事をしない」という欧州型の人類愛。人を愛するとは幅の広い愛なのですね。

声2: 国際援助も個人援助と同じような愛に基づくものでしょうか?(係り:欧州型・日本型と相違はあるものの、人間だけが この愛を持つものではありませんか?)。

声3: ご利用者への自立支援は愛の支えがあってこそ実を結ぶものだと思いました(係り:人にも国にも、既得権のようなものがあり、その垣根を越えるためには、先を見据えた愛が必要ですね)。

声4:自分の価値観を家族に押しつけず、かつ、たゆまぬ価値創造することがケアの基本だと思っています。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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