(143) 足曳きの山鳥

 (143) 足曳き(あしびき)の山鳥

今日は 皆さん方が書かれる文書についての注文をいたします。

足曳きの 山鳥の尾の しだり尾の
長々し夜を 独りかも寝む


これは 小倉百人一首に出て来る 柿本人麻呂かきのもとの ひとまろ)の歌です。ちょっと解説すれば:「足曳き」は「山」にかかる枕詞;「山鳥」は「雉(きじ)」。雉の雄雌は 昼間は一緒にいるが、夜は谷を隔てて別々に寝る習性があるとされ、隔てられた男女の悲しみを、歌う言葉として用いられました。(さらに、人麻呂には、ひそか思いを寄せる人がいました)。全体の意味 = 「あれは山鳥の雄の声;あの山鳥も妻を慕って鳴いているのか;私は長い夜を一人寝で過ごさねばならぬ、辛いことだなあ。」

♣ まるで 五つ折りの屏風を、一折りずつ、そっと見せ、見る人の気分を盛り上がらせながら、最期の「独りかも寝む」で風流を極めています。状況を叙述するために 前置き=「枕言葉」が長々と続きます。和歌には「みそひと文字」(三十一字)という制約があり、その制約の中で 風流を競う わけですね。他にする仕事がほとんどなく、電気もなかった古代には、このような風流が喜ばれました。私流に翻訳すれば、こうなります:「長い 長い もっと 長い 長い夜を 独りで寝るんだよ、寂しいことだなあ !」。

しかし、ビジネスの世界で こんな枕言葉は通用しません。皆さん方が出される「ヒヤリハット」の一例をお見せします:ある職員のヒヤリハット報告 = 私はこのところエアロビック体操に凝っていて / 睡眠不足でした / 朝ご飯を食べないで仕事に出かけ / 自転車で訪問先に向かう途中 / お祭りの人ごみに出会い / その中の一人に自転車で / 接触ケガを負わせました。

♣ 一番大事な報告用件が最後に書かれ、それ以前の文章は「言い逃れ描写」の枕言葉 に過ぎません。このような 文学的な報告書を「足曳きの山鳥」と呼び、ビジネスでは不適切な表現です。 「最後に“否定”」という苦しい報告の例:今日の訪問介護の予定者は田中さん・山下さん、それに佐藤さん. . . ではありません。 ————聞いていてガクンと来ます。

日本語は 文末が大事です————現在形と過去形は 最後の一息で変わります(. . . です、 . . . でした);肯定と否定も 最後の一息で逆転します( . . . ご飯を食べる、. . . 食べない)。語尾がはっきりしない人の言葉は 聞いていて とても疲れます。このように日本語はほっておくと、伝えたいことが最後で曲げられる、という現実を知りましょう。

♣ ビジネスでは、「枕言葉」を使うと、焦点がボケます。このことを踏まえて 文章では まず「頭」を出して下さい;その後に「手足」をくっつけましょう。英語にすれば、 “I think 何々 . . . , because 何々 . . . ”と言うようにします。そうすれば、文章が現在か過去か、肯定か否定かが あらかじめ分かり、聞いて美しく、簡潔で、また間違いも防げます

職員の声

声1: 報告書で「前置きが長い」とご指摘を受けました;ふだんの会話を そのまま文章にすると ついつい文章がふくらみます(係り:会話のときには「相手」がいます、相手は“ウンウン”などと相槌を打つので 前置きを長くしても 不自然ではありまあせん;でも一旦文章にするときには、「足曳きの山鳥」にならないようにしましょう。

声2: Before~afterの文章のサンプルを見て、よく了解できました。

声3: 私は選挙の発表をテレビで見ていて、時々感じます(例):神奈川県の山本候補、滋賀県の田中候補、山口県の吉田候補、熊本県の佐藤候補、(この後 5~6人にお名前を読み上げた後 . . .) ,“落選です!”——人の名前が延々と続きますが、最期に“落選です”と言われても、前に告げられた人の名前を思い出せません;テレビのアナウンサーでさえ、これですものね;正しくは:次の候補者は“落選でした”、と言って名前をアナウンスするのが親切(係り:Yes, yes !)。

声4: I think he was right, because he was kind to all. (日本語の直訳ならば、彼は みんなに親切だったから 正しいと思う。——でも、語順を逆にするほうが分かり易いでしょう。これは次のように言い換えます—— 彼は正しかったよ、だってみんなに親切だったもの)。

声5: 以前の安全管理で「カン・メイ・ビ」(簡単・明瞭・美)というお話があったのを思いだします。 1) 2) 係り:むかし、アブラハム・リンカンは自分が書いた文章を鋏(はさみ)で単語ごとに切り離し、並べ直してみました。一番少ない単語数で要領を得た文章ができれば、それが一番「美しい」と知りました)。

参考: 1) パールの安全管理 #7:観察と予測。 2) パールの安全管理:#9:言語化と数量化。 
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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