(179) 人気の続くポックリ病願望

  (179) 人気の続くポックリ病願望  

  ポックリ病1) という病気があり、日本では1960年から1980年頃にクローズアップされました。この名前の通り、何の前触れもなく「ポックリ」死んでしまう病気です。でも、一応 特徴があります:① 30歳前後の男性、② 多くは 夜中から明け方に死ぬ、③ 後で知った家族の情報からでは、「大きな叫び声があったような気がする」です。

♣ 現在は、あまり報じられることが少なくなりましたが、当時、20歳代の人は30歳になるのが怖く、30歳を越えれば安堵の胸をさする、というようなムードがありました。というのは、ポックリ逝く理由が不明だからです。解剖によっても、明確な所見はなく、自律神経失調・ホルモン失調・脳機能障害あるいは致死性不整脈などが挙げられていますが、いまだ定説はありません。

♣ 他方、人間だれしも元気に長生きして、逝くときはぽっくりと逝くのが願いだ と思います。今日の話題になっている「ポックリ病 願望」は お年寄りが長患いの苦しみの末に死ぬのはイヤだ、として口に出して望む「ポックリ病」です。

♣ ところが、実際には なかなか 望み通りにはなりません。パールの特養での実態を申しあげましょう。亡くなられた方々は10年で135人になりますが、ポックリ逝ったお方は85歳女性お一人のみ、病名は「胸部大動脈瘤破裂」でした。ご本人は認知症であって、ポックリを望んでおられた訳ではありません。残りの134人の大部分は、手厚い介護のもと、「進行性認知症 + 誤嚥性肺炎」でした( → 生きにくく、死ににくい ! )。

人は50歳用の遺伝子を持っていると言われ、戦前はポックリ逝く例も多かったようです。その主な原因は 「低栄養」、「結核などの感染症」、「戦争」です。時代が遷り(うつり)変り、現代人は 50歳を越えても じょうずに 泳いで 長生きしています。

♣ 死ぬ理由のない若い人は「死の恐怖」を知りませんが、死の恐怖を年代別に分けて見ますと:① 10歳以前は実感がないでしょう。② 15歳ころになると死の恐怖を実感し始めます。特に「筋ジストロフィー」という病気の場合、昔は10歳以前に死にましたが、今は15歳~20歳まで生きます。男の子たちは自分専用の「呼吸器」を欲しがります。それがないと、朝 ベットの上で 死んでいる仲間を見かけるなど、恐怖の日々なのです。③ 癌:さすがに 大人にとって これは心に応えます、人生観も変わります。④ メタボ病:心筋梗塞とか脳梗塞ですが、大抵の人は 病気に罹ってしまうまで怖くありません。⑤ 認知症:この病気の特徴は「時・所・人」をこの順で忘れる病気です;つまり「時」を一番早く忘れるので、“自分がいつかは死ぬ運命にある”ということが理解できません。世に「ボケ勝ち2) と言われていますが、神様はうまく人を操っておられると感心します。

♣ でも、さしあたって今 死ぬ理由のない人々にとっても、ポックリ病は大人気です。世論調査では人騒がせの "PPK" (ピンピンコロリ)が多くの国民に希望され、75%以上の人々がアンケートに "ポックリ逝きたい" と答えています(朝日 10.12.1 )。全国の「ぽっくり往生 神社仏閣詣り」は 相変わらず 大人気だそうです —— ネットで「ポックリ病」と引いてみて下さい。パールの職員たちに尋ねますと、やはり 親も自分も “ PPK ? Yes ! ” でした。

♣ 私としては ”メーファーズ”(しょうがないなー)の思いです。だって、30歳前後の若い時のポックリ病は怖いし、高齢になってからのポックリ願望は たいてい 叶わないからです。だって、こんなに医療・介護が発達したのは、誰の望み だったのですか?無理して ポックリで逝かせると、「司法解剖」+「お縄頂戴」になりかねないって、知ってる?

♣ 人って「あまのじゃく」なのでしょうか? ポックリ願望の人の本心は ソロモン大王の栄華3) 平清盛(たいらのきよもり)の豪華4) を望むのですよ ! 

参考:パールの安全管理  1) # 72 : PPK(ピンピンコロリ)は望ましいか?  2) # 3 : ボケ勝ち。 3) # 3 : ソロモン大王の介護。 4) # 167 : 福祉のショートショート。

職員の声

声1: ポックリ逝くのが幸せかどうか、人それぞれでしょうが、私は嫌な感じがします(係り:あなたは19歳、臨死体験が増えれば、また別な意見になるかもね)。

声2: 苦しみながら死ぬって、聞けば 誰だって嫌ですわ;だからポックリ願望だって ! それは短絡的です、現実は望み薄です。

声3: やっぱり、死にたくはないよ;ただポックリ死ぬのはどうかなぁ?痛み・苦しみあっての死が尊い、と言えば甘ちゃんかな?

声4: このところ、訪問先の数名から続けて「死にたい」「生きていても仕方がない」と訴えられ、その話が長くなると 返答に窮します。「健康でなければ生命の価値はない」「死ぬのはいいけれど、苦しいのはイヤ ! 」とおっしゃいます。私の気持ちは、① 病気であっても 寝たきりであっても、生きている価値を認めたい;② 死に際の姿をみせたくない気持ちは尊重、です(係り: 「ワシは死にたいけれど、“お迎え”が来ないよ」とおっしゃる高齢者は多いです。私の対応は「閻魔(えんま)様は手帳を見て“お前の順番は まだ だいぶ先だ ! ”とつぶやいて おられるのでしょう」と答えます。

声5: いざとなると、死ぬのは怖いでしょう?(係り:高齢者、とくに「認知症」の方は 「時の観念」が無くなり、“将来の死”への恐怖が消失します——「ボケ勝ち」ですね;だから 傍でみているほどに 本人の苦しみはありません)。

声6: 私の担当のご利用者の お孫さんがポックリと逝かれました;残されたご家族の嘆きは 今なお続いています——その上 そのご利用者自身が後を追うようにポックリ逝かれました;残されたご家族の嘆きは極まり、「私たちはポックリ逝きたくない ! お看取りをしながら お別れを告げるのがヒトの道です」と語っておられました(係り:人は生まれる時も 死ぬ時も 大変さは同じです;なにかを省略しようとしてはいけないのですね)。

声7:家族の死を受け入れるためには 程よい経過時間が必要だと思います(係り:同感です——高齢の 特養の入居者のご家族でさえ そうなのです)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR