(281) 私の願い と コスト

 (281) 私の願いとコスト

 先週(2012.3.22 木)「延命医療をしない医師の免責」という議員連盟のニュースが流されました。これは欧米社会の底流思考を反映するものでしょうが、あくまで「本人の意思を 書類に残して」という旧来の延命法が日本の国でも検討されたことに意義があります。

♣ 今をさかのぼる事67年、第二次世界大戦に勝利したイギリスは、「揺りかごから墓場まで」という標語を基に「国民の完全福祉」を願った政策を次々と打ち出し、世界を驚かせました。

♣ イギリスは19世紀末まで「世界に陽()の沈まない帝国」として国運の隆盛を極めていました。事実 本国を中心に、世界中に散り広がる「大英帝国植民地」のいずれかには陽が当たっており、イギリスは特別に太陽の光に恵まれた国としての誇を享受していました。

♣ なんと、そのイギリスが 第一次・第二次の世界大戦を受けて立ち、国民に瀕死(ひんし)の打撃を与えてしまったのです。大戦勝利の後、せめて「揺りかごから墓場まで」と、国民の福祉を高揚して、あの労苦に報いるのが 政府の役目ではあったのでしょう—— 政府は国民を上座に置き、あらゆる社会サービスを試みました。世界の各国も「国民にサービスする」イギリス政府の姿勢に多くを学びました。ところが アラー ! アラー ! 何と言うことでしょう ! 国民は政府の夢に酔って たちまち働く習慣を失い、イギリス国は「心も財政も」みるみるうちに崩壊寸前に陥ったのです。

♣ そこに現れたのがマーガレット・サッチャー首相でした。彼女は数々の「心と財政の改革」を行い、イギリスを 再び偉大な国に取り戻すことに成功しました。その中の一つが「医療改革」です。その一つの例として「透析」を挙げましょう。彼女は反対派の波を押し切って、「60歳以上の透析は健康保険を打ち切る」としました。その結果、60歳以上の透析患者は全員 死亡しました。国費は数兆円回復し、透析だけでも かなり国の財政再建に貢献しました。

現在、イギリスは医療処置までに時間がかかる ことで有名です。ある白内障のお年より、手術までに3年待たされる と言われます。日本人のレポーターがやきもきして「これでいいのですか?」と声を掛けると「そんなものだよ、どうせ 老人だし . . . 」と返事が返ってきたそうです。ドイツも この流れに乗り、60歳以上の透析は健康保険の対象から外れました。

胃瘻いろう)について調べて見ると、第一条件は「体格指数」(BMI)が18.5以上であることを求めています(BMIの正常値は18.5 ~ 25)。つまり、認知症が進んで 痩せて 誤嚥に悩む高齢者の「延命胃瘻」などは ハナから一顧さえ 行なわれていないのです。

♣ ここで 普通の日本人なら こう反論します:「年寄りは死ね、と言うのか?と。いいえ、日本はヨーロッパとは違います。日本は「国内借金」が可能であり、いま その額は世界一の「一千兆円」を越えました。借金の理由、それは 国民が「増税はイヤだ、医療・介護はもっとサービスに精を出して欲しい ! 」という願いがあり、民主党政府は 国民の願いを取り入れたのです。若い世代も 莫大な予算のかかる老人延命支持に同意しました。

♣ 延命胃瘻の数は推定「26万人」(お一人一年に900万円 —— およそ年間2兆円)。また、透析は毎年増え続け 最近で30万人—— 糖尿病透析だけでおよそ2兆円)。日本の一般予算が年間40兆円であるのと比べ、すごい国民努力ですね。

♣ さらに もう一つのニュースがあります:—— あの筆頭福祉国家のスエーデンは2015年に社会福祉から全面撤退すると 「ニューズ・ウイーク誌」に発表、理由は国が福祉で崩壊するからだそうです。

♣ 私は以前 国連の 「アルマータ宣言」のことを話しました1) 。その骨子の六つのうちの一つ:“負担可能な費用の範囲内に基づく医療・福祉”、この原理は 日本では存続していますが、欧米で崩壊したのです。いろいろな示唆に富む「願いとコスト」のデータでしたが、みんなで考えてみませんか?

  参考:パールの安全管理 1)  # 95 : アルマータ宣言と日本。

職員の声

声1: イギリスが高齢者に透析や胃瘻を用いない理由(= コスト)を初めて知りました;福祉国家の筆頭・スエーデンがあと3年で福祉から撤退するって初めて聞きました(係り:税金投入は限度いっぱい、コストを下げるしかない、という矛盾が膨らんだ結果です)。

声2: 延命して何がいけないのか、と思う人もいます(係り:昔、王様やお釈迦様は延命(= お金持ち);庶民は短命(= 貧乏)→ ところが、近年の福祉の普及によって、誰もが延命できる社会になるにつれ、社会の富は枯渇し、「延命医療」を健保・公費で行なうことが 困難となったのです)。

声3: 目の前に苦しむ肉体があれば、「延命」は自然なことだと思います;わが父は「胃瘻」によって病勢が回復しましたが、2週後に逝きました;その経過を見て私は やっと諦め がつきました。

声4: サッチャーは60歳以上の透析を廃止、それによる多数の腎臓病患者の延命が不能となりましたが、引き換えに「イギリス病」を救いました;その英断のすごさ を学びます。

声5: 胃瘻が平均1.2年有効で平均900万円のコスト2) と聞いてビックリです。

声6: イギリスでは 痩せた高齢者(体格指数(BMI)< 18.5)には胃瘻をしない、とはオドロキです ! 日本ではやせ衰えたあと 胃瘻をします(係り:コスト・パーフォーマンスを まじめに検討すればイギリス方式が一番 人道にかなうから でしょう)。

声7: 日本のように医療・介護が手厚いと、人はいつ逝かれるのでしょうか?係り:若者がコストを負担する限り、“呼吸する屍しかばね)”3) は千年・万年の道を歩むかも。そして、生き残った人は 塗炭(とたん)の悲しみ を味わいます)。

声8: 日本の司法 は頑迷固陋(がんめいころう)な所があって、延命に協力しない 医師に手錠 をはめて来ましたが、これからは 一方通行の法に縛られず、良い人間関係を探すことができるでしょう。

声9: 私たちは死に逝く人たちに 礼儀 を尽くす習慣を持っていましたが、同時に 質素 を旨ともしていました;お年寄りに 少しでも長く生きていて欲しい願いはいっぱいあるのですが、同時に若い人たちの 明日の希望 をも育てなければなりません。アルマータ宣言が教えるように、「負担可能な費用の範囲内に基づく医療・福祉」で納得できる社会を構築するのが 最も倫理的 だと思うに至っています。

参考: 2) 佐々木英忠:高齢者肺炎における誤嚥性肺炎の重要性、日内会誌 138:1777, 2009. 3) 英語で ブリージング・キャデヴァ (Breathing cadaver)と言います。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR