(437) 逝く歳 来る年

 (437) 逝く歳 来る年  
  
江戸時代まで 人々が どんな病気で亡くなったか、統計もなく 西洋医学もなかったから推察するほかはない ―― たぶん、栄養失調・外傷・感染症などであっただろう。

♣ 明治時代に入ってから 死因の首位は「結核 、その頃の平均年齢は32歳だった。肺結核で有名な三人、かつ本欄でも紹介した徳富蘆花の小説「ほとぎす」では、結婚したばかりの浪子18歳で逝った; 新進気鋭で明治5年に生まれた作家・樋口一葉24歳で、俳人の正岡子規36歳で世を去った。

♣ 昭和も30年、私が学生で「公衆衛生実習」の都内会社めぐりで取材した時、会社の健康管理の関心は「結核一色 ! 」だった。そこで私は会社の係り員に尋ねた:“康管理は結核だけでなく、高血圧・糖尿病・心臓病もあるでしょう?”、と。担当者は答える:“高血圧検診なども大切だが、それが原因で死ぬ年齢は会社を退職した後だ;会社は経費を掛けてそこまでの責任を負わない”、と。その頃の平均年齢は50歳で、以前に比べれば 寿命は延びたものの、死因のトップはやはり結核だった !

♣ 昭和30年~40年の間、日本では「羽田詣り( まいり) 」という現象が社会を賑わせた ―― それは結核治療薬の情報をイの一番に入手して自分の結核を治してもらいたい、という社会の有名人たちが アメリカ帰りの日本人医学者を取り巻いて有効な薬を得ようとする動きであった。プロペラ旅客機が羽田に到着するたびに これが行われた。しかし新聞はいつも空振りを報じた = 「結核が薬で治った症例は一例もない」と ! その頃は まだ平均寿命50歳を越えることだけが念願の時代だったのだ。

♣ ところが 結核に有効な ストレプトマイシン が突如現れ、日本の状況はめまぐるしく変わった。いまや結核の死亡順位は1位から10位程度に落ちた。だが 幸せは長く続かなかった。結核が落ち込めば、ガン・心臓病・脳卒中がバトンタッチをしてしまう。しかし結核と違い、罹患年齢が若年から初老に延び、私が会社検診で得た予想(= 初老期の死亡)そのものを確認した。結核の後に蔓延( まんえん )したこれらの病気は「生活習慣病」と呼ばれ、かなりの程度 予防が可能であるが、昭和60年以降のバブル景気に酔った日本人は 真面目な予防に励まなかった。なかんずくガンは死亡の35%程度を占め、現在もなお 恐怖の王座を占める。

♣ そんな状況でもガンを乗り越えて生き残る人々はどんどん増え、人口はついに戦後の6千万から1億2千万と 2倍増にも達し、平均寿命も50歳から現在の86歳まで40年近く延びた。これほど短期間にこれほどの長寿が達成された例は世界広しといえども 日本が初めてである。当然のことながら 「長生き」はハッピーだけで終わるハズはなかった ―― 実はガンの後釜を狙っている「認知症」があるのだった。

♣ 考えてみると 死因一位の病気の種類の変遷は、昭和中期までは「感染症」、続いて食い過ぎの「代謝病」そして病気の最期を告げる「変性症」だ。変性症とは「使い古してガタが来た」状態を言い、髪の毛で表せば“毛が少なくなり、白髪になり、禿げてくる」ことだ。つまり「認知症と禿」は、症状は違うが 疾病レベルで言えば同格なのである。

♣ そこで問題になるのは「認知症への対応」だ。たいていの人にとって初めての経験となる認知症 ―― 50年まえには「恍惚( こうこつ )と呼ばれ、「痴呆( ちほう )と怖れられ、混迷の時期があった。2000年に「介護保険」が施行され、痴呆老人は 低料金で家庭から施設へ移され、家族の負担は著しく減った。そこで よみがえった合言葉=「お年寄りを大切にしましょう」で 「保険親孝行」の新しい時代が訪れた―― 家庭で親孝行をせず、親を施設に預けて孝行をする流れ だ。

♣ 現在では 新時代の親孝行の解釈として三つの考え がある:それは ① 古代の儒教の教えに同調した親孝行で アンシン、② 家庭でのケアが不要でラクチン、③ 国が関与するのでオヤスイ ! ―― 逝く年 来る年、介護の景色は変わりながらも 気持ちは相変わりませず古いままだ。

結論: 誰も 江戸や明治の介護に戻ろうとは思わない。しかし平成の介護保険15年間で 親の心は 本当に慰められているだろうか? 医療・看護・介護の目標は「治す・看る・慰める」(Cure, Care, Console)である 1) 。だから 科学の力による強力な延寿も、やはり最後の仕上げは「心の優しさ」で人を包み込むことではないだろうか。

  参考1) ヒトはなぜ病気になるのか(人体と医療のなぜ・不思議)。新谷冨士雄著 PHP研究所刊 1992年

 職員の声

声1: 明治~平成の時の流れとともに主な死因が変わったことを実感した;今 はやっている「生活習慣病や認知症」にも関心を向けるべきだ(係り:病気では”因果関係”が求められる ―― 生活習慣病は若い頃の放逸( ほういつ )が原因、認知症は論外の長命が原因 ―― どちらの原因も今後 無くすことはできないだろう ―― だって人生は 皆 埒( らち )を越えて楽しく長生きしたいのだから)。

声2: 一つの病気が克服されれば 次世代の病気が新たに顔をだし、このサイクルが続いている(係り:しかし無限ではない ―― なぜなら人間の最大寿命は 限度一杯 116歳で終わるからだ2) ―― 認知症の次に来る病態は もう品切れかもね)。

声3: 生活習慣病は その習慣を改めた人は掛からないですむ;でも認知症の場合はどうしたら良いのか?(係り:絶対間違いのない事実は”若い人は認知症に掛からない”という金字塔 ―― つまり人間の遺伝子寿命たる50歳で あなたが 人生を満足できれば 絶対に認知症にかかることはない;遺伝子のその保証期間を無視して長生きすれば いつかの時点で認知症が訪れて来る ーー だって子を産めないほど古びた体「遺伝子」が守る理由は何もないから だ 。

声4: 昔の人は病気で死んだが、今の老人は何で死ぬのか?(係り:難しい質問だが、多数の老人は「退行変性( たいこうへんせい )で死ぬ ―― 人間の寿命は「更年期50歳用」にセットされている50歳以後 遺伝子は頼りにならない; 体を使える限り長く使ってボロボロになり次第 終わる ―― ある日、だましだまし使っていた自家用車がポンコツになるようなものだ ―― ポンコツは病気ではない)。

声5: 「アルツハイマーは老化であって病気ではない」の言葉が印象的だった ―― でも病気でない状態に薬が開発されるって矛盾ではないか?(係り:不老不死のムリな願望は 人間の歴史で1万年も続いているし、儲かりそうな匂い がする薬だから、嘘と分かっていても 人気が絶えることはない)。

声6: 認知症の原因は脳細胞の中に溜まるアミロイドβという物質にある、とされるが、それを否定する研究も進んでいる ―― アミロイドを片付けても 認知症は発生すると言うのだ(係り:群盲 象をなでる」という格言がある ―― つまり「象とはなにか?」と盲人に尋ねると、盲人は触った象の部位によって答えが違うのだ ―― 象とは壁のようなものだ、象とは柱のよう、象とは柔らかい管か ―― これらの観察を全部まとめると 本当の象が記述できる。認知症(= 象)で分かっていることはそれが「使い古し状態」だという事実だけだ、アミロイドβは 原因の一部にすぎない)。

声7: もし認知症が治るのなら治ったその人は 認知症としての国家保護は不要となる; しかし老人は、認知症が治って 一般社会人としての「労働・応税の 厳しい生活 」をするより、きっと 「のんびりラクチンの認知症」を選ぶに違いない係り:彼らは ’認知症の薬の開発・反対 ! ’とデモの旗を振るかもね)。

声8: 物事は ”し過ぎが戒められる” ので、深情けの介護よりもCure, Care, Console” (治す 看る 慰める) で締めくくるべきではないか?(係り:前回のスポーツの功罪で述べたように3) ルー(Roux)の三原則がここでも生きてくる ―― 口が曲がっても「延命胃瘻」なる言葉は出て来ない ! )。

  参考: 2) : 安全管理 # 434 : 最大寿命と平均寿命。 3) :安全管理 # 428 : 長生きの秘訣。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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