(450) 独居老人 の 周辺対策

(450) 孤 独 老 人 の 周 辺 対 策

一人暮らし老人の問題がいつになく厳しくなっている。

♣ それは ① 現在 65歳以上の老人数は昔(3%)の10倍(23%)に増え、やがて 更に2倍(40%)に――人口の半数近くになってしまう。老人は自活力が乏しいから、彼らの社会生活費を担う一般納税者たちは大きな負担、社会の活性は衰えてくる。

♣ ②この10年で 老人の独居率傾向は 右肩上がり で、女性で 2倍 (11%→20.3%)、男性で2.6倍 (4.2%→11.1%)に増えた。他方、ここ10年で平均寿命は男女とも「約2歳」延びた;寿命がたった2歳延びるだけで 一人暮らしは2倍余に増えるのだから 独居老人の問題は‘待ったなし’であろう。

♣ 一人暮らしの問題点、特に「食事・排泄・緊急通報」の3点は「人権問題に繋がる。その上 認知症の頻度は 85歳で50% → 100歳で80% → 110歳で100% のように激増 1) 独居+認知症への対応は 福祉問題を越え 人類問題である。

♣ “人生50歳の昔”なら ほとんど社会問題にもならなかった。ところが今は人生100歳の超高齢時代で、心身力・経済力の根本条件は天地ほど変っている !

♣ 人は夫婦であっても歳とともに どちらかが先に逝き、残ったほうは独居になる。たとえ肉親の同居が望まれても、高齢になった子や兄弟は それぞれ家族を持っているし、一括同居はたいてい新たな問題を起こす。親のほうも その大変さが分かるから、ムリ押しをせず 独居生活のほうを選び、たいてい‘病気・死亡’が発生するまで独居を維持する。けれど、独居生活は本人の強い意志による選択なのだから、第三者の口出しは不適当ではないか?

♣ そこで、独居問題の 将来展望 はどうか? 私は‘人間の自由’が尊重されるのなら 独居老人・孤独死の問題は 現状のまま続くと思う。だって問題の老人は、「自由か さもなくば 束縛か」が問われているのであり、強制されない限り自由’を選ぶのは自然ではないか? しかし二人以上の施設生活では 気ままな自由は制限され、集団生活のルールが適用される。

♣ 社会の管理者は施設生活を勧めるが、残念、需要に対して供給は特養で15% 精神病院で2% 程度しかない 2) 。条件が劣る他の施設に入所を希望する人は僅かであり、大部分は独居生活のほうを選ぶ ―― 当り前であろう。ナゼ受け皿が少ないのか? それは莫大なお金がかかるからである !

♣ 特養の建設費は一床当たり約 2千万円;‘平均要介護度’を「4~5」とすれば、運営費が お一人年間約 500万円(自己負担1割)、しかも希望する老人のすべてを収容する余力はない。つまり、老人の‘お一人だけの社会的養老’がどんなに「金食い虫」なのかが理解できよう。

♣ 現実をみれば 日本の 「健康寿命+病気寿命」は、男・70+9歳、女・73+13歳 であり、病気寿命の比率は年々増大していく。思えば 我々は 結構 長寿なのであり、“死ぬ時まで 健康長寿が続き、最後は看取ってもらえる”という‘無い物ねだり’に固執せず、病気の現実に矛盾しない妥協案を出すべきではないか? つまり、独居老人が孤独死するのは ほぼ避け難いことだと覚悟しよう。当の本人は 認知症が進み“死の不安”は消失、よって“看取られ死”に ちっともこだわっていない。したがって“孤独死の周辺対策”とは 「当人の問題ではなく、周りの人が感じる焦り」だけであって、他人様が過剰に感じる責任感とは異なるものだ

結論: 老人が ますます長生きするのは“天の祝福”であるが、一定数の老人が独居生活、時には 孤独死に陥るのは 今後も避けられないだろう。彼らは彼らなりに自分の宿命が一番‘幸せ’なのであり、それを‘改善してあげよう’などと口を出して、弊害( へいがい )以外の何が あなたにできるか?「 程良い距離・忘れない視線」で十分に有難いのではないか?

参考 1) Robert Epstein: Brutal Truths About the Aging Brain. Discover 10:48~76. 2012. 2) 斎藤正彦:(#3)患者460万人以上 推計の1.5倍、YomiDr. (2013.6.30読売新聞)

職員の声

  声1: この10年で 日本人の平均寿命は「2年」延びた;私も、私の子供たちも2年延びたのだ――だから年長者中心の無理な老人サービスは求めない が、親子の連絡だけは密にとりたい(係り: 年寄りだから余分なサービスは当たり前 ―― 今の老人たちは‘甘え’の構造から抜け切れない人が多い)。

声2: 日本人は“生きたい”と思って世界一の長寿になったのか? それとも 延命医療・延命介護でムリやり長生きさせられているのか?自分の寿命は 本当のところ何歳のハズと思っているのだろうか?(係り: 日本人が世界一長寿になれたのは 平均13年に及ぶ“病気・寝たきり寿命”のお蔭である ―― その寿命を可能にしたのは 優れた日本の「医療と介護」であり、もし これがなかったら 日本人の寿命は 世界30位くらいではなかろうか? ―― 寝たきり寿命が長いのでは威張れないぞ)。

声3: 「独居老人」と聞けば、本人の気持ちよりも周りの人の雑音意見ばかりが聞こえてくる ―― 当人の気持ちがどうなのかを聞いてあげるべきだ(係り: たぶん なりたくて独居になったのではなく、やむを得ず独居生活に甘んじている のではないか? どの代案より独居のほうが better)。

声4: 私の祖母は87歳で死亡、最後まで一人暮らしだった ―― 両親は「手の掛からない老人だった ~~ 子供孝行の親だった」と高い評価 ―― まさに「程よい距離感・忘れない視線」の良いバランスだったと思う(係り: 欧米では‘親離れ・子離れ’がいったいにスッキリしていて とても付き合い易いのが常である)。

声5:程よい距離感・忘れない視線」は考えさせられる言葉だ ―― その人の尊厳死に繋がるキーワードとなるだろう ―― 本人はきっと 孤独死なんて予想しないですむだろう。

声6: 「独居死」とは 看取られずに死んで、何日も発見されないものを言うのか?(係り: 死後時間には関係なく、独居老人が 人知れず そのまま死んでいるのを発見されると、「独居死 なのであろう ―― だが、死の瞬間を見守られないことは、病院・施設・家庭でも しばしばあることで、この場合は孤独死とは言えない)。

声7: 「独居死」という言葉が哀れの心」を誘う のは 当人の問題と言うよりも、周辺の人たちの感傷でないか?(係り: 人が死ぬとき、たいていの場合 本人は何かを感じる力はない ―― だから 法医学的な問題は残るけれど、尊厳と儀礼が整えさえすれば、過剰な感傷は不要であろう)。

声8: 独居死は「悪」ではない、在宅死であれば 十分幸せである(係り: 独居死を事前に発見することは困難であるし、プライバシーの侵害にもなり得る ―― 仮に発見できても その対応は「見守る」のか?それとも「入院させる」のか? ―― 多老時代の大きな問題である)。

声9: 現状なら“病院で死ぬ”のが一般的と思われるが、病院は元来“治す”ところ であって“死ぬ”ための場所ではない(係り: 40年前に救急車が導入されて以来、家庭死(80%)→ 病院死(80%)に変化した ―― 大家族所帯が小さくなるにつれ「手」が足らなくなったからだと言われている . . . 人は死ぬまで健康保険を使う のだなー ! )。

プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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