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(462) 気迫で生きる

 (462) 気迫で生きる

 今回は2ツの図面を見て、次の2点について概説する: ―― ① 年齢別の人口消長、② 長命達成に関する“気迫”。
♣ 一般に、通常の人口ピラミッドの形は図の左側に男性の、右側に女性の資料を対称的に並べ、縦軸に年齢を、横軸に人口を配置したものである。ピラミッドとは言うけれど、それは 過去の人口構成の場合、その形状がピラミッド型の三角形であった事から付けられたニックネームである ―― つまり、 若年者で人口が多く、年齢が進むにつれ人口が減り、その性状はピラミッドにそっくりであったことに因む。ところが、社会が近代化するにつれ、高齢者は長生きし(三角形の高さが高くなる)、乳幼児の数は減り(三角形の底の幅が狭くなる)、その形状は三角形から遠ざかって、 “提灯型” とか “凧 (たこ) 型”となどと表現されるようになった。
人口ピラミッド 2013年
上の図 は「2006年の人口ピラミッド」の男性部分を示す(総務省統計局)。この図は 提灯型の男性資料を90度右に回転して得たものである。こうして 元のピラミッド図の左半分をカットして、右横に寝かせて観察すると、案外に全体像の意味が容易に読み取れる

年少人口を表す‘面積’は確かに小さいけれど、老年人口を表す 右側の面積に比べて‘小さすぎる’とは言えず、“少子高齢化”という通例標語の印象とは異なる。戦前のピラミッド時代には、この年少人口が何倍か大きく、老年人口は50歳以前から始まり 著しく小さかった。今の図を表現するなら “多々老・少子”と言うべき であろう 1) 生産年齢人口には 二瘤(ふたこぶ)が見られ、それぞれ‘第一次・第二次の団塊世代’を示す。その人口は およそ毎年男性85万人であり、その図面上の面積が年少人口と老年人口の面積を支えていることが‘視覚的に’読み取れる。40歳過ぎの位置にある ‘切れ込み’ ‘ひのえうま’の迷信 による出生減少を示す ―― 出生後 40年余たっても その出生数の凹凸パターンはキチンと識別されている。

同じような’切れ込み‘は 60歳・70歳前後にも見られ、前者は 終戦前後のどさくさ時、後者は‘日中戦争の男子動員による出生減少’を示す。これら三つの切れ込みは、出生の半世紀後になっても その凹凸パターンが読み取れる 団塊の世代のピークを過ぎ 65歳を越えると、ここでは出生数の凹凸パターン変化は見られず 2) 、滑らかな直線状で低下する。つまり こういうことだ:―― 病気による死亡数が少なければ 半世紀を越えても出生数の凹凸パターンが残っているが、もし死亡数が多くなれば 凹凸パターンは目立たなくなってくる。つまり、65歳以後の直線的減少パターンは 病気による人口減少が優勢になったことを示唆する ーー これは、人類が持つ寿命限界の接近を表す ものであろう。なお、この経過は女性の図でも同様であった。

そこで教訓: 我々の人口は、65歳までは 出生数と小さな病気による欠損で、凸凹はあるものの 相当に安定している。しかし、65歳を越えると 人々の死亡数が優勢となり、生存者パターンの凹凸は消えて 滑らかな減少パターンに転じる ―― つまり 「今年も相変わりませずに よろしく」 という相互の挨拶は65歳までは 意味がある、という経験的な事実とよく符合する。65歳を越えると、’年々相 変わる’わけだ

下の図 は 男女合計の人口資料のうち 69歳以上の生存者数グラフを拡大したものである。この図から読み取れることは:―― 高齢人口は年々確実に減少し、82歳人口は ついに百万の大台を割り込む。日本の老人は多すぎると言われるが、彼らは逝き急いでいるようにも解釈される。
69歳以後の生存者数
75歳を越え95歳まで 人口の減少はほぼ直線的であり、100歳人口は わずか2万人で かすむ . . . つまり80歳の人(百万人)が100歳になる場合、50倍の競争に勝ち抜く気迫が必要となる! (80歳50人のうち 1人だけが選ばれて100歳になれる)。 10年ごとの減り幅を計算すると、生き残る人は 70歳→80歳では “3人の内2人”だけ80歳→90歳では “3人の内1人” だけである。

♣ さらに 90歳→100歳では この歳になってさえ “17.4人に対して わずか1人”だけが生き残れる ―― つまり、日本人の平均寿命は 女子86歳・男子80歳と 世界最長クラスであるけれど、90歳代後半を生き抜き 100歳に至るのは 気迫なくしては達成困難という結果である ! 2) この図を見ていると不老不死」を達成するためには 65歳過ぎからの ’下り坂傾向’ を阻止する努力が必要なことが分かる。たいした努力もせず、「わが親だけは 抜け駆けに ’不老不死を成就’」 との願いが いかに無謀な願いであるか が理解される人は 人並みに衰えてこそ 人 なのだ。

♣ このことは パールの特養の現状にも よく当てはまるようだ ―― 80歳代38% (19人)、90歳代44%(22人)、100歳代2% (1人)。多少 身びいきに解釈すると、良好な介護実施のお蔭で パールでは90歳代のご利用者が全体の半数近くおられるけれど、「100歳の壁は 容易なことでは打ち破れない」という実感がある。おそらく 日本のどの施設でも 事情は似ているのではないだろうか?

結論: 誰もが述べる = 「元気で長生き」の標語は、柔和に希望するだけでは達成はできない医療や福祉で、親切な他人が背中を押してくれるから なれるものでもない。「気迫を持って、私は生きるぞ ! と邁進する人のみ」に 百歳寿が許される のだと思う。

参考: 1) 新谷冨士雄・弘子、「多々老・少子化」が正しい:福祉における安全管理、#452, 2014. 2) 新谷、究極の寿命分布:ibido、#453, 2014.

 職員の声

  声1: 在宅介護で90歳代の方は多数あるが、100歳代の方は限りなく少ない ―― 90歳の17人中、 100歳に成れるのはわずか1人( 1.7% )と聞いたが、それは私の実感によく一致する(係り: パールの特養でも 2% に過ぎす、百歳寿の壁は かなり高い)。

声2: 医学の進歩に伴い、自己努力(= 気迫)が棚上げ されているような気がする ―― 日本では 「水・安全・医療」 はタダ同然という頼り気根性が社会に広まっているが、もっと本人の意思と努力が必要ではないか?(係り: “ワシは生きてるんじゃない ―― 生かされているんじゃ” と述懐する老人がいるけれど、キチンと会話して根性を養ってもらおうではないか)。

声3: 気迫で寿命が本当に延びるのか?(係り: 私ならどうでもいいの ... そんな弱気の人なら長寿は困難だ;特に ‘親を長生きさせたい’ と願う子供たちには 気迫が絶対必要だ ―― 気迫を棚上げして他人頼りだけでは通じるものがない !

声4: 100歳前後の方を見ていると ‘長生きって どんな感じだろう?’ と思う ―― 「気が付くと この歳になっていたんだわ」 ―― それは 無欲の勝利か? 係り: 本人は ‘気が付いたら’ とおっしゃるが、65歳から100歳までの35年間、ご家族の負担を何と評価しているのだ ! (平均介護度を 2 = 毎月20万円として) 20万×12ヶ月×35年 = 8,400万円、話半分とみても 4,200万円 の経費が掛かっている ―― 金銭だけで これほどの家族負担 ... この上 健康の配慮負担は金銭で替え難い ―― 気迫なくして100歳を支えられると思うか? 家族のその努力を ‘気が付いたら . . . ’ と軽視する老人の気分‘勝利’ ではない 「認知症」そのもの である ! )。

声5: 私は ‘手の掛かる老人’ にはなりたくない、が、いざ歳を取ると そうも 行かないのかな?(係り: ‘手の掛からない老人’ って存在すると思っているのか?あらゆる老人は ‘手が掛かっている’ 、少なくともその存在経費を計算すると 声4の例のように 大抵の人がたまげる ! )。

声6: 長生きには 環境や運もあるが、本人の気力が骨となった ‘気迫’ が必須である(係り: 動物園のラクダだって それくらいの経費はかかるけれど、同時にお客に喜んでもらえる仕事をしている ―― 老人も生きていれば人の役にたって欲しい)。

声7: 長命の方は 「気力・体力・趣味・他者交流」 などで優れた人たちが多いと思う;やはり本人の生きる気迫が見て取れる。

声8: 80歳の人たちが100歳になるのが50倍の競争とは驚いた ! 係り: 九九を諳( そら )んじるように 数は楽々増えるものではない ―― 図でご覧の通り、80歳の人口は100万人、100歳のそれは2万人 ―― その間 1/50に圧縮されるのだ ―― 努力と気迫なくして行われる現象ではないよ)。

声9: 気迫で大病を乗り切る人は立派だが、大抵の人は 小さな病気の時、背中を押してくれる人のお蔭で 長生きできるものだと思う(係り: その通りだ ... 65歳までは死ぬ人が少ないから ね ―― しかし65歳 (人口220万) から100歳 (人口2万) になる時、病気で淘汰された結果、人口は 1/100に圧縮されてしまい、軽く背中を押される程度の悠長な励ましでは 決して長生きは出来ない ! 本人の気迫あってこそ到達できる百寿なのであるよ ! )。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

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