(482) 長生き して 幸 多かれ !

(482) 長生きして 幸 多かれ !

あなたは 親が何歳で逝けば 満足か?は先月お尋ねしたところだが 1) 肝心のあなたは何歳まで生きていたいと思うか?

♣ これに答える前に 、次の 3点 の事を考えておこう:―― 老化は病気ではなく 自然の経過に過ぎないが、あなたは “自然” よりも “人工処置” を希望するか? その場合、延命 10年 ごとに必要な 2,400万円 の経済 2) を誰に支えて貰うつもりか?―― 家庭ではムリだから社会に負ぶさる? 延びた期間、あなたは 何をして時を過ごすつもりか

♣ ここでしっかり認識しておきたい:―― 世の中で “長生き願望” が語られるとき、上記の ① ~ ③ の事情には答えないまま、 「長寿の希望」 だけ述べられるのが常だ。希望を言って叶えられるものなら たとえば、次のような ギリシャ式の希望なら どうなる ?→ (a) 仕事は半分で給料を 2倍 にして欲しい; (b) 家賃と税金を半分にして欲しい; (c) 年金額を 現役収入と同額に上げて欲しい . . . などなど。これらには それなりに 本人の努力が求められ、ただ呟くだけで タナボタ式に落ちて来るものではない。とくに 「‘長生き’には多大なお金が掛かる事実」 は 意図的に無視され、「無負担の長生きは当然」 と希望される この現実 !

それって厚かましくないか? 私はあえて半世紀前、若きケ ネディ大統領 就任演説の一節を思い出す: 「国民は国が何かをしてくれることだけに期待を掛けるのでは不十分だ; 国のために何が出来るかを考えて欲しい」 。振り返って思うに、日本は 今 一千兆円 を越える借金財政であり、老人福祉だって この事をわきまえるべきではないか?

♣ 半世紀 前までは 人生 50歳 だったが今は 人生 86歳 であり、今年に入っては 新薬 NMN によって 人生は 100歳 に、最長寿命は 122歳 から 150歳 に延長されると報告された 1) 。つまり 今 統計で報告されている 「平均寿命 (86歳) = 健康寿命 (73歳) + 介護寿命 (13年)」 3) のうち、介護寿命は増やさず “健康寿命” だけを 87歳 まで延ばせば 実現可能 となるのだ。

長生きして 幸 多かれ !

♣ ところが、寿命を 14年 も延ばすため には 努力も予算も必要となり、その生活実態は主に 「年金・医療・介護」 に強く依存するようになる ―― その推定経費は お一人 3,300万円 ( 毎月 20万円 × 12ヶ月 ×1 4年 = )で、この金額×対応人口の掛け算をすると、たぶん 数兆円 を越え社会が衰亡 してしまう。親亀がこければ小亀もこけて しまい、「幸 多かれ」 と願うお年寄りは 行き場がなくなる。

♣ さて次に 一番大事な “ 延びた 14年間の人生を 何して過ごすのか” を考える。まあ それは個人のプライバシーかも知れないが、社会の支出で生きるのなら その内訳の開示が必要だ。学生なら 「育英資金」 で将来の社会貢献が期待されるが、徒食老人お一人に付き 3,300万円 支出の意義には納税者の納得が必要である。

♣ ここで老人の健康寿命の過ごし方について考察してみたい:―― 統計上、の女性は健康寿命で 73歳 まで生き、その後 介護を 13年間 受けて 86歳 で死ぬ運命だが、寿命が 100歳 まで延長されれば 健康寿命を 73歳 から 87歳 まで延ばさねばならない ―― その延びた 14年間 を生き延びた人たち―― たぶん 約半数は 認知症で落伍されるだろうが、残る半数の方々は 何をして時を過ごされるのだろうか?

♣ 私は思う : 元気に生存して頂くだけで 立派な社会貢献なのだが、望むらくは この社会が滑らかに成り立つように 心身の健全さを維持して欲しい。老人の人口比率は 以前 5%、今は 25% 、やがて 45% が近づく ーーつまり 以前ほど若者の手を老人のケアに回すことができなくなるのだ。それゆえ 以前にも増して 「生活の自立」に努めて欲しいと思う。100歳 でも社会貢献に励んでおられる方は沢山ある

♣ 日本の介護保険は とても親切で ‘要支援’ 老人は “デイサービス” を利用することができる。しかし 元気な故に介護認定を受けられない老人であっても “自分の居場所がなくて 寂しい場合” は、やがて早々と老衰が進み、要介護になる ―― それでは “長生きして 幸 多し” とは言えないだろう。パールはこのような老人に 施設の一部を無料で開放し、会話・娯楽・趣味・運動 などで過ごして頂く 「パール・ライフ」 と名付ける活動を始めた。

♣ これは 「長生きして 幸 多かれ ! 」 の一環を実現するための援助活動であって、まだ半年の経験ながら、ご利用の高齢者たちは 心身とも別人のように活発になっておられる。長生きしても、孤独・孤立で寂しければ ‘幸生多かれ! ’ の掛け声も無聊( むりょう )に響く。私は 心身が元気なうちから 「長生きして 幸 多かれ! 」 が “願い倒れ” にならずに 有効に作用することを工夫してやまない。 

結論: ① 長生きは 結構だが、「幸 多かれ ! 」 の視点を具体的にしたい。② 長命には多大なお金が掛かり、その上 得られた長命で何 をするのかにも 本人・家族は無関心である。③ 社会による長命達成であるなら、その成果を納税者が納得する必要があろう。④ 介護保険の対象未満であっても、心身の活性を維持する社会方策を考えるのも妥当だと思う。その一提案を示した。

参考: 1) 新谷冨士雄・弘子:あなたは親が何歳で逝けば満足か?福祉における安全管理、# 480、2015. 2) 2,400万円の内訳は = 20万円×12ヶ月×10年。 3) 新谷:夢の若返り、ibido、# 483、2015. 4) 新谷:介護寿命とは? ibido 、#467、2014.

  職員の声

  声1: もし長生きが実現して その14年を何して過ごせば良いのか? 身体も視力も弱り 指先も動きづらくなって何ができるだろう?(係り: 人は何事も “終わり良ければ 全て良し” という諺を尊重してきたが、人生の終わりだけは 例外だ ! どんなに悲惨であっても長生きしたい . . . それは長生きし過ぎた人間の業( ごう )なのだろう)。

声2: 長生きしても自分らしさを保ちたい; パールライフ活動のように、無料の 「自分の居場所 を積極的に見つけて 生き甲斐を保つ工夫をしたい。

声3: 長生きには 3,300万円 ものお金がかかるって本当か?(係り:納税者が負担している予算が お一人 14年間 でその額である ―― あなた、タダだと思っていたの? )。

声4: 長生きは社会の責任で保障すべきもの ではないか?(係り: どんな動物でも、子を産み終わったら世代交代するのが生命の掟( おきて ) ;今の日本は無料で長生きさせてくれるが、いつまでも それを続けると、世の中が高齢老人だらけ になって 国は衰え、隣国の侵略を受けるようになる)。

声5: 国が福祉で自滅しないためにも、老人の自己責任を求める べきだと思う(係り: 国は裕福だから 100歳 の萎縮廃用老人 さえ救う政策 なので、今は自己責任を問うてもムダであろう)。

声6: 長生きは ‘お目出度い’ と言われるが、 「生きの良さ」 が問題だよ;僕はスエーデン式のように、食事介助が必要になった時点で その人は天寿に達した と思っている(係り: 日本人は優しいから 食事介助は当然と思うが、そこが 日本式福祉の闇の元だね)。

声7: 社会貢献ができる 百歳寿 は 今何人いるの?そんな百歳寿のために ナゼ新薬を作っちゃったの?(係り: 日本の百歳寿は今 五万五千人 ; でも百歳寿には 「」 があり、単なる ‘寄生虫’ ではない と思うけど)。

声8: 私は長生きしたいし、将来を見込んで貯蓄に励んでいる(係り: 自立自尊で生きるのなら、誰の意見に遠慮することなく何百歳でも OK だ ーー 猫も杓子も 「国がしてくれる」 と思って ’他力本願’ で長生きしたいから 問題百出 なのだ)。

声9: 若いうちには貯金が出来ないし、歳をとると身体が不自由になってお金を稼げない; 自分で働いたお金で老後の全部を暮らすことはできそうもない係り: その場合、今のように次世代の若者から 老後経費を搾取するのか、諸外国並みの寿命で我慢するのか、いづれかだろう ―― 今の長寿者の暮らしぶりの実態を知るあなたは もっと長生きしたいと思うだろうか?)。

係り:長生きして 幸 多かれ” には 意見百出 ! その達成には 「足るを知る 本人の心」 にあるようだ。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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