(525) 少子化、分 相応に考える

    (525) 少 子 化 、分 相応に考える 

   日本人口の子供の割合は、1950年 ( 昭25 ) には総人口の 33 % を超えていたが、1975年 ( 昭50 ) 以後 毎年 連続して低下、今や子供の数は 13 % ( 1633万人 )にまで落ち込んだ。

♣ 政府は 少子化対策に取り組んでいるが、日本では女性が母親になるための経費が非常に大きく、子どもを一人育てるのに掛かる平均金額は 「3,000万円」 と試算されている。この金額は 「要介護 5 の老人を 6年間 介護するのに必要な金額 ( 3,000万円 )に匹敵するが、前者は 私費 ・ 後者 は 1割負担 であるから、日本の少子化は 圧倒的に 金詰りが主原因だ思われる。

♣ 前回 晩婚の原因を検討したが 1 ) 、その原因も ほとんどは 「お金」 で解決できそうだ。考えても見よ、もし あなたの給料が 3倍 になり続けるのなら、へ理屈反論は一杯あるが、あなたは 昔のように 20代 の初めに 結婚し、きっと 子福者 になれるに決まっている (まあ、一割程度の人は going my-way だろうけれど)。でも もし物価も 3倍 になるのなら、子育ての苦しさは変わるまい。

♣ 人間の性衝動は 15歳 前後の ティーンエイジ で最高に達するのに、それを現在のように 30歳 頃まで抑えておくなんて 惜しいことだ ! その上、先週のマスコミは、20歳代 の 男女アンケート で 「恋愛に全く興味なし が 38 % だ」 と報じていた。 え? 若い女の子の容姿に 男の子が 見惚れないとでも言うのか? No, no ! そんなことは 絶対にナイ ! も しあれば、それは 今の敬老社会が 青春の喜びを 捻じ曲げた陰惨な結果に過ぎない。

♣ でも給料が 3倍 になるなんて 非現実的である ! そこでもし 少ない給料が晩婚の、そして少子化の主原因であることが白日の目にさらされるのなら、政府や社会も手の打ちようがあり、現在の ‘回りくどい少子対策’ を諦めて、より現実的な解を求めて進めることが出来よう。

少子化、それ 当たり前

♣ さて、「少子傾向」 は間違いなく存在するが、子供の数は 本当に不足しているのだろうか?だって そもそも日本は人口稠密 (ちゅうみつ)である。鎖国していた江戸時代の人口は 3,000万人、明治維新 後はどんどん増えて昭和の終戦時には 7,000万人、そして経済バブルの 1967年 には 1億人 を突破、今は 1.2億人 である(図 1 )。この勢いで政府は 人口をますます図の上方に延ばす方針なのであろうか?当事者の我々にとってみれば、人口増 ・ GNP世界第3位 は 我が世の春であるが、他国にとってみれば気味の悪い出来事なのではないか?日本は 地政学的 にみれば マダカスカル島 程度の小さな地球の一部であり、それなりに地球の小さな 「分け前」 を貰っている。我々がその分け前をむやみに増やせば 他人様は緊張するだろう。

♣ 振り返って欧州の先進諸国をみれば、人口レベルは各 数千万人 で 文明 ・ 文化 は安定している。日本の人口 レベルは彼らの 2倍 もある。幸か不幸か、2008年 に 日本の人口は 上げ調子から下げ調子に転じた。その内訳は 「老人が大量に増え、子供が少しずつ減る “ 多々老 ・ 少子 ” 」 2 ) である。政府と社会は少子化を嫌い、少子化対策担当大臣 を置くほどである。人々だって 「減る」 ことに好感を持つわけではない。

♣ でも考えて見よう。図 2 を見て欲しい 3 ) 。これは 大正9年 と 平成22年 の 「人口ピラミッド」 を比較したものであるが、大正では 純粋な エジプト型のピラミッド、平成では ドビン型の形状で 最大の相違は 大正は 「 微老 ・ 多子 」であるのに対して平成は 「 多々老 ・ 少子 」である点だ。
少子化、それ 当たり前
♣ そもそも ‘ 安定した人口 ’ とは、老人が少なければ 子供が増える… 老人が増えれば 子供は減る、のが順当な現象ではないだろうか? 4 ) ところが今の社会では、現状の 「 多々老 ・ 少子 」 を 「 多々老 ・ 多々子 」 に転じようと目論んでいる。つまり、図 2で表せば、上部の多々老の影をそのままに保ち、下部のスカート部分の影を 左右 下方 に延ばして 大きく広げようと試みる訳だ。その結果が、どんな図形になるのか あなたは想像できるか?それは 「エジプト型の巨大なピラミッド」 であり、 我々の受け持つ 「地球の分け前」 で達成すべきものとは真逆の現象となるであろう。

♣ やはり、日本は 少子化で 無理のごり押し をしてはいけないと思う。今の老人たちは 今でこそ 経済の足を引っ張る 「オーナス期の老人」 5 ) であるけれど、彼らは その昔 日本を牽引した 「ボーナス期の恩人」 であったのだから、今しばし、団塊の第二世代 が逝ってしまわれるまでは、 「多々老・少子」 の構造を変えないで行くべきではないか ―― つまり 「少子化、分 相応に考える」 の結論となる。幸い、今の若者は 「恋心 ・ 夫婦愛 ・ 二世の誕生 」 に興味が薄れた時代の人たちであるから、現在の少子傾向の維持は もってのほかの 好条件 に恵まれている、と言えるのだ。

♣ 若年人口の減少による ‘社会的不都合’ は別の賢い方法で 日本の 文明 ・ 文化 の維持高揚に資することは可能であり、そのことこそ、我々の守るべき大事な務めではないだろうか? 2067字  

結論:  日本では 養育私費が巨大で 少子化は当たり前である。 過去の日本人口の経過をみれば、現在の 1.2億人 と言う人口は十分に巨大であり、少子化とは言え 子供の数は十分に足りている。 現在の人口ピラピミッドの形状を見れば分かるように、巨大な老人の数に比例して子供の数を増やす試みは 「破滅」 に繋がる ―― 日本の 文明 ・ 文化 の維持高揚のためには、別の賢い方法を案出するのが良い。

   参考: 1) 新谷冨士雄・弘子:ナゼ少子化?;福祉における安全管理 # 522、2015. 2) 新谷:多々老・少子化 が正しい;ibido # 452, 2015. 3) 新谷:人口崩壊、ibido # 465, 2015. 4) 新谷:老人と赤ちゃんのバランス、ibido # 491, 2015. 5) 新谷:日本の介護と人口オーナス、ibido # 499, 2015.

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