(552) 依 存 寿 命

 (552) 依 存 寿 命

今や日本女性の 「平均寿命」 86歳 は “世界一” であることが衆目に知られる事実となった。

♣ ご存知、平均寿命の内訳は 「健康寿命」 と 「健康寿命」 の 2成分 に分けられる。健康寿命 とは 「日常的に介護を必要としないで、自立した生活ができる生存期間」 と定義され、新生乳幼児や超高齢老人以外はこれに該当するだろう。他方、健康寿命ではない期間 とは、平均寿命から健康寿命を差し引いた寿命とされ、「正式な名称」 は まだ定まっていない。近年、延びた平均寿命をすなおに喜ばず、批判的な人たちは、次のように皮肉る : いくら平均寿命が延びたといっても、それが 「病気寿命」 によるものなら 全然 意味がない、と。そこで その実態を復習してみることにしよう。

♣ 日本女性の平均寿命は 86歳 であるのに反して 「健康寿命は たった 73歳 に過ぎない」 ことを あなたは知っていたか?(図 1)。健康寿命は なんと 13年間 もあるのだ ! 男性だって この期間は 9年 もある。これは 真実だろうか?その期間は 必ずしも 「病気寿命」 ではない …だって 病院や施設で そんなに長く過ごす人は ‘稀’ であり、パールの特養だって “平均入所期間” (死亡までの期間) は 3年5ヶ月 である。実際、 高血圧 ・ 糖尿病 ・腰痛持ち ・ 不整脈 などのありふれた病気の人の大半は 長期間 ”自立した生活“ を送っている。介護を必要だとしても、要支援 1 ~ 要介護 1 は基本的には自立生活が可能だから健康寿命と言うべきではない。
依存寿命
♣ 女性の晩年が 13年間 も 健康寿命とされる実態は いったい 何を表すのか? それは このような分類の音頭を取った 世界保健機関 (WHO )や 厚労省 の厳しい姿勢にあるのだろう。つまり、医療費や介護費などの 「公的資金」 を継続的に消費することを 健康とみなすのではないだろうか?実際、健康期間の算定ルールは非常に複雑で 私ら素人には 追試不可能なのである。そこでこの期間の ニックネーム を暫定的に 「依存寿命」 と名付けてみた。つまり 「他人様の手を借りる生活期間」 という意味である。

♣ このことは 実際にイメージしてみれば 良く分かることだ … 「あなたのお母さまは 80歳 だから 当然のこと お病気ですね?」と尋ねて、大多数の例で それが ‘的中’ するだろうか? ―― おそらく 怪訝 (けげん) な顔をもって否定されるだろう。男性に向かって 「あなたは 定年後 10年 たったので 健康な日々を送っていますね?」と言われたら、その人はきっと 面食らうのではないか?

♣ ことほど左様に、上記の図が示す ‘健康寿命’ は 厳格な意味での健康状態を要求しているようだ。しかし、健康寿命の後 死亡に至る期間を 「依存寿命」 と呼んでも良いのなら、より納得できるのではないか? だって 人間、90歳 や 100歳 になっても 他人様の手を一切 借りない人はいないであろうから。

♣ ところで上記の図で示す‘健康寿命’ は、その後 いきなり‘依存寿命’ に移行している … 多くの人は この断絶関係に違和感を覚えて おっしゃるには :“私は健康寿命を延ばしたい ―― 健康寿命でなければ長生きする意味はない ! ”、 と。ごもっともな意見である。だが、もし厳格に ‘意味がない’ のなら 施設に入所されている何十万人のお年寄りたちは ‘無意味な日々’ を送っておられるのか?
依存寿命

♣ その上、統計事情に目を向けると、近年 平均寿命が延びるにつれ その延びた年数の多くの部分は ‘依存寿命’ である実態が浮かび上がってきた(図2)。つまり、超高齢社会の現在で 「延寿とは = 他人様の手を取る病気寿命が延びること」 と認識しなければならない。実態は “元気で長生き” ではなく、“病気で長生き” が達成されるだけなのである。でも考えても見よ ―― 依存寿命の存在を消したいのなら、戦前のように 短い 人生50年 になれば、依存寿命は実質 ゼロになるだろう。つまり 長寿は欲しい、依存はイヤだ、という選択は有り得ないのである !

♣ 別な見方をすれば、 それほどに 今の日本の平均寿命 86歳 は 人間の年齢としての 「最高値」 に達しているのだ 1~2 ) 。もし、それを越す寿命があれば、“健康” とは言えず “人工的な不健康寿命” なのだろうか?(この数年、人口調査での成績は 平均寿命は 86歳代 で頭打ちになっている)。他方、マスコミは 平均寿命の 100歳 の時代は もうすぐだ、と太鼓を叩く向きもある 2 ) 。

♣ 私たちは 歳をとって わざわざ病気になりたいのではない。でも、人の手を大きく借りるから 無駄な人生だ、と言って 依存寿命が否定されれば 若い人たちだって寂しいだろう。今の日本のように、 “介護予算が突出して ( 10兆円 を越える)、老人予算の跋扈( ばっこ) の国は衰亡して行く” との声も高いけれど、せめて ‘控えめの依存寿命’ ならば 認めてあげるのが穏当な意見なのではなかろうか? 1957字  

結論: 健康寿命のあとに来るものは ‘依存寿命’ であり、それは 人間としての穏当な帰結であって、忌避する性質のものではない。 依存寿命は 何も介護保険に依存するだけではない… 人生の本来的な静かで有難い期間でもある。 ③ 健康寿命を延ばすためには、もっと “介護予防” に関心を向ける必要があり、いまや 介護界は 着々とその方向に進んでいる段階である。

参考:  1) 新谷冨士雄・弘子: 平均寿命 ―― 3ツ の驚き:福祉における安全管理 # 496、2015. 2)  新谷: 寿命延長 は どこまで続く? ibido # 516, 2015.

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