(570) 長 寿 は 歯 か ら

(570) 長 寿 は 歯 か ら   

ある女性が 私に語りかけた:――

♣ 「近年、医療は飛躍的に進歩したのに ちっとも ‘不老不死’ の領域に踏み込む気配がない. . . 私は母の “不老不死” を求めているので、医療が それを早く実現して 下さることを望む」 と。 別な女性は こうおっしゃっていた:―― 「私は昨年末 母を 98歳 で失ったが、医療 ・ 介護者 が まじめに支えてくれていたら、母も元気に長生きできたハズ、そう思うと悔しくて涙が出る」 、と。私は、思わず お母さま方の 「歯」 についてお訊ねしたところ、お二人とも 答えは 同じだった: “歳だし、 総入れ歯 でした“ 。

♣ 赤ちゃんの乳歯が 大人の永久歯に変わるのは 遺伝子の命令による。遺伝子は歯を次々に入れ替えさせ、最後には上下左右 8本ずつ、計32本 の歯を完成させる (図 1)。驚くことに、この歯並びは、人類の先祖 ・ ネアンデルタール人 でも同じ 1) 、それどころか チンパンジー ・ ゴリラ ・ オランウータン などの猿でも同じである。つまり、遺伝子の歯に対する命令は、非常に原始的 ・ 基礎的なもの であり、私たち人間の歯の数 ・ 生える位置 ・ その寿命 に例外を認めていない。

長寿は 歯から

♣ 皆さん方は 「親知らず」 を持っておられるか? 「親知らず」 は遺伝子が命令する最期の歯であり、上下左右の 一番 奥 にある第三大臼歯 だ。この歯は思春期 (15歳前後) に生えてくる。昔の人たちは、この最後の歯が生えてくる頃、もう親は死んでいることが多く 2) 、そこで この歯のニックネームを 「親知らず」 と呼んでいた。 近年、1/3 くらいの人で 「親知らず」 が生えて来ないこともあり、また、生えてもすぐ虫歯 になり、抜歯 されることが多い。ナゼか?

♣ 人類学の研究によれば、近年、人の下顎骨 は、小さくなる一方だそうだ。その理由の主なものは 火を通した 「柔らかい食事」 にある。幼少時から ガリガリと硬いものを噛む必要が減ったために、顎骨の負担が減り、顎骨は短くなる(後天的な原因) 。他方、歯の数は遺伝子の命令通り 32本 が 真面目に生える(先天的な要素) 。つまり、小さくなった下顎に 遺伝子は ‘所定の数の歯’ をはめ込むから、後から生えてくる 「親知らず」 は 犠牲なってしまうのだ。

長寿は歯から

♣ しかし、せっかく 32本 も生えた歯も、50歳 を前後して どんどん減り始め、還暦(60歳)過ぎに残っている歯は半分になってしまう( 図 2 )。人間の遺伝子は体の耐用年限を 「50年」 と規定しているらしく、歯も 50年間 だけ良く働いてくれる。人間の 繁殖期間 も 50歳 前後だから、歯と生殖器官の耐用年限はよく一致していて、従来の寿命なら なんの不自由も なかった。しかし、50年 を越えて長生きすれば 歯の寿命は次々と尽き、人は壊れた歯を失ったままの人生を我慢しなければならない。

♣ 「歯ブラシ」 がなく 歯を磨く習慣がなかった 縄文時代 の人間はどうしていたのか? 400年前 の 戦国時代、織田信長は(49歳✝)まだ若かったので、たぶん 歯のトラブルは無かっただろう。しかし、豊臣秀吉(61歳✝)や徳川家康(73歳✝)は きっと 部分的に歯なし爺さんだったろうと想像する。

♣ ある歯科医師の話によると、昔は 硬い 「柘植(つげ)の木の 「入れ歯」 を使ったらしい。でも その硬い柘植の木を歯茎に固定する技術があったのだろうか? 私はアメリカの ジョージ ・ ワシントン 博物館 でワシントン(67歳✝)の入れ歯を見たことがある。それは 「象牙」 でできており、針金で歯茎に固定するように見えたが、300年 まえの工夫は有効だっただろうか?

♣ パールの特養(平均年齢 91歳 )では 「総入れ歯」 が花盛り、近代の歯科医療の発達の成果をもろに享受している。それでも、総入れ歯の人たちが 何十人 も一緒に生活するとなると、いろんな お笑い事故 が発生する。なぜって、“はずした入れ歯” に名前は付けられないからだ。

♣ お話は戻って、冒頭に紹介した お二人女性は 母親の ‘不老不死’ を望んでおられた。だが、母親の口の中は 「総入れ歯」 であった。お母さま方は わずか 100歳 足らずで まだ将来の予定が あるハズの ご年齢なのに これから先の 100年間 を 「歯無し」 で過ごされるのだろうか? 猿は歯を失うと、命を失う。だが、人は総入れ歯で生き延びる。でも私は思う :入れ歯は あと 100年も もつだろうか? ――いや ‘もつ技術は発達する’ ――でも、入れ歯を支える 「歯茎」 は無くならないか? ――うーん、骨粗鬆症 (そしょうしょう)によって 無くなるだろう … その場合は 「胃瘻」 で生きればよかろう ―― ええー? 不老不死とは 胃瘻 で生きる人生のことなのか?

♣ 私の得た教訓は 長寿を願う人の 基礎資格 は まず 「歯を失わないこと」 である。 不老長寿を望むのなら、まず ご自分の身体の条件を整える必要がある。‘歯無し’ に限らず、‘ 見えず ・ 聞こえず ・ 食べれず ・ 歩けず ’のまま 200歳 を達成したい ... そんな 基礎資格が無いまま 高望みの ご老体では、周りの人たちが困惑してしまう。つまり、皆さんの 母親に限らず どなたでも、200歳 まで生きたいのならば、まずは 「歯の数」 を確認した後 その希望を ゆっくり 述べてもらいたい ものである。2048字   

要約:  “総入れ歯” のご婦人が 不老長寿の願望を述べられた。 動物は歯が無くなると寿命が終わるが、人の場合は 歯が無くなっても、“総入れ歯” で 100歳 を迎えられる。不老長寿を求める人は まず 「歯の数」 を確認し、その他の身体条件(見る・聞く・食べる・歩く 等)を チェック したいものだ。

参考: 1 ) 新谷: 曽祖父母の進化 ; パールの安全管理 # 215, 2011 。 2) Rachel Caspari : The Evolution of Grandparents. Scientific American 8:24~829, 2011.

職員の声

声1: 総入れ歯のご婦人方が 不老長寿の願望を述べておられる(係り: 似た状況の例を挙げれば:―― マラソンで出発時の体調が不良なのに 一等賞を切望されるようなもの … これは ムリだよね)。

声2: 健康な 「歯」 と 順調な五感 = 「見る ・ 聞く ・ 飲む ・ 歩く」 などの身体調整ができているからこそ 一段上の長寿を願う資格があるのだろう(係り: 口で言うほど不老長寿は簡単ではない … 鉄砲でも、 普段の手入れが悪ければ 飛ぶ鳥を狙っても当たらないのと同じだ)
長寿は歯から
声3: 私は、猿が歯を失うと死ぬ、とは知らなかった (係り: 野生の 猿 ・ 馬 など 「咀嚼(そしゃく)動物」 から歯を奪うと 死んでしまう ―― 井の頭動物園の 「象・はな子」 は 歳をとって ‘ 歯無し’ になったが、人の手で餌 (’はな子団子’) を調合してもらっているので、68歳 になった今ても 元気に活躍している)。

声4: 犬猫などのペットの動物は 歯がなくなっても 人の手厚いお世話で長生きをする … 人の介護老人に通じるものがある(係り: 動物には 「養老本能」 がなく、猿でさえ 親の口に餌を運ぶ習慣はない ; しかし人間には知恵があり、歯がなくなっても 養老 ・ 介護 をする)。

声5: 私の祖父は 91歳 で自歯は 31本 もあり、生きる力が旺盛(おうせい)だ ! (係り: 歯無しのお婆さん方が もっと長生きしたいと願っているが、見習って欲しいね)。

声6: 特養では、部分入れ歯を含めると、ほぼ全員が入れ歯である ―― 歯が多く残っている方々のほうが 良い ADL の生活をなさっている ―― 総入れ歯の場合でも、下列の歯にトラブルが多く、入れ歯無しのほうが食事しやすいこともある(係り: 同じ総入れ歯でも トラブルの有無(うむ)によって ADL の違いがある ! )。

声7: 特養でも 最長寿の方(105歳)は ご自分の歯で常食を召し上がっている ―― 今日の話題を聞き、このことが 如何に 「凄いことなか」 を思い知った(係り: 彼女は不老長寿の路をひた走りだ ! )。

声8: デイサービスでの経験では、ゲーム などで活動的な方ほど ご自分の歯の数が多い傾向にある(係り: 動物的に考えると それが自然なことだと納得される)。

声9: 総入れ歯であっても 調理の発達により 栄養摂取には大きな支障はない … しかし、「噛む」 という口の運動と共に 本人が 生きることを楽しんでいる気持ち が あればこそ 本当の不老長寿が得られるのだ、と思う(係り: 象の最長寿記録は 「86歳」 、上記の ‘声3’ の‘象の花子 50歳’ も、飼育員との良い関係があってこそ 長寿を楽しんでいるのだと思う)。


プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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