(644) 天 国 こ こ に 在 り

(644) 天 国 こ こ に 在 り !     

  時は 150 年前、所は江戸、徳川政府は米国の 提督ペリー に開国と不平等条約を迫られた。

♣ これに反発した武士たちは尊王攘夷(そんのうじょうい)を叫び、窮地に陥った政府は学者の吉田松陰を反逆罪に問い斬首。続いて京都で近藤勇の新選組が攘夷派の武士たちを襲う嵐が吹き荒れ、人々は陰鬱な地獄の時代で息をひそめていた。

♣ 同じ 150 年前 のフランス、所はパリ。人々は 賑やかな喜歌劇 「地獄のオルフェ」 を観て、若い女性たちのラインダンスに酔い痴れていた。あなたは「オヤ?」と思うだろう … だってパリも その頃「地獄」だったのではないか?ところが 同じ「地獄」でも中身が違う。「地獄のオルフェ」の粗筋はこうだ:――

♣ 音楽の神オルフェは、亡くなった妻が地獄にいることを知り、救出する決心をする。地獄で妻をうまく発見したので喜びの余り「天国」の幸せを感じ、フレンチ・カンカン を楽しむ()。音楽の功徳によって二人はうまく地獄から脱出するが、その時の賑やかな行進曲、これが有名な 「天国と地獄」 の華やかな吹奏楽である。皆さん方は その曲を必ず知っている、だって日本の秋の運動会で一日中鳴り響いている音楽といえば、これが一番印象的だからだ。(→ 今年の暮れの忘年会でこの曲を Dr. 新谷と川崎CW がご披露の練習中です)。

天国ここに在り

♣ ここで振り返ってみれば、彼我の社会文化のギャップは地獄と天国ほどの違いであったのだろう。殺伐に明け暮れた江戸は「地獄」、同じ地獄とは言うけれど 華やかなパリは「天国」だったのか。

♣ 地獄と天国では、私らは文句なく「天国」を選ぶ。でも、そうだろうか? そこで、私の想像する天国に住む、ある老夫婦の会話をご披露する:―― <爺さん>:「なんか、退屈だなあ … どこか他に良い所はないかなあ」。<婆さん>:「ここほどイヤの所はありません、どこかに引っ越しましょうよ」。 … え?こんなに楽(らく)で幸せな天国がイヤなんですか?

♣ まあ 「永遠の楽と倦怠」 は隣り合わせだし、あの地獄を訪れ ラインダンスに酔うオルフェもいる。150 年前、同じように平和な暮らしをしていた人々も 事の成り行き次第で、片や幕末の地獄、片やパリの天国。こうしてみれば、地獄も天国も行ったり来たりの大事な物件なのかも知れない。

♣ 話し変わって … 私の子供時代の70年前は ちょうど幕末と今との真ん中である。そこで地獄・天国の幾つかを思い出してみる。 ① あかり:停電は年中行事、蝋燭は高価、夜は魚油のランプを囲んで過ごす、もちろん暗くて新聞も読めない ➟ 今は天井に複数の電球があって、夜も天国だ。 ② ご飯:マッチで火を起こし、木の小枝・薪に火を移し、大釜で炊く;手間は1時間かかった ➟ 今は即席でおいしい「佐藤のごはん」。

③ トイレ: 和式の蓄便式で、老人はいったんしゃがんだら 腰が痛くて立ち上がれない;子供が穴に片足を落とすこともあり、夜は暗がりの中でお化けが出た ➟ 今は温座で匂いもない水洗式。 ④ エアコン: 昔は夏の蒸し暑さと脱水で老人たちはバタバタと逝った:今はエアコンで熱帯夜でも軽井沢、暑さでへたっても せいぜい病院止まり。 ⑤ お産: 私は臨月の母をリヤカーに乗せ、産婆さんの家に運び、お湯を沸かして その時を待った ➟ 今は病院のお産で赤ちゃんはリスク・フリー。

♣ 数え立てればいくらでも今昔の大きな違いが見つかり、細かいところまで昔のほうが簡素でずっと不便であった。しかし 70 年前の昔だって それなりに幸せで、私は決して地獄とは思っては いなかった。先ほどの老夫婦の会話のように、人間は「楽と安心」に飽きてしまうと、天国を忘れてしまい、あたかも今が「地獄」であるかのごとく不平・不満を並べ立てる癖がある。

♣ よくよく振り返ってみよう … 老人が願う最大の幸せは 「元気で長生き」; それは今 見事に獲得され、平均寿命は 戦前昭和の 45 歳から平成の 90 歳へ倍増した。だが今 長生きを「感謝する老人」が どれだけあるだろうか?

♣ 現代の介護施設で暮らす “超高齢の” お年寄りたちは残念ながら「天国の幸せ感」は感じていず、まことに不思議なことである。それは上記した “老夫婦の会話” のように「平和な退屈ボケ」によるものなのか?それとも人間とは「天井知らずの貪欲」だからだろうか?

♣ 私は思う:――「足る(たる)を知り、今の幸せ」に感謝したらどうなのか? 仮に逆境にあっても 上記の “音楽の神・オルフェ” のように「地獄」の中でさえ「天国」を見出す才能だってあり得るのだ。前向きで 不平・不満 を言わない日々を過ごせば「天国 ここに在り ! 」を自覚することが出来るように思うのだが。 1880字 

要約:  150 年前、江戸は幕末の地獄、パリはフレンチ・カンカンの天国であった。 70 年前、私の子供時代の様子を今と比べれば、地獄と極楽の相違が次々と思い出された。 人々は「足る」を知ることで「天国 ここに在り ! 」を自覚できるのではないだろうか。

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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

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