(668) 古 代 人 と 福 祉 心

(668) 古 代 人 と 福 祉 心  

「心って何ですか?」 と聞かれるとなかなか返事に窮する。

♣ この問題を軽くするために 「自分の心」 と限定すると、たぶん 幼児の頃から心はあったと思う。では 「人類の心はどれ位昔からあったのだろうか?」 との問いに対しては 再び 難しくて返事をしにくい。

♣ ヒトは 500 万年ほど前、アフリカで生まれたと言われるが、その頃 たぶん心を持っていなかっただろう。人間も赤ちゃんの時にはきっと 「心」 を持っていないだろうし、意志疎通のできない「認知症」にも「心」があるかどうか分からない。それは 蛙や牛に心が無いだろうと思うのと同じである。

♣ 養老孟司さん(元東大解剖学教授)に尋ねると 「心と大脳は同じものの二つの側面である」 とおっしゃる。「脳の表面には電気が走り回っている; 大脳はいろんな情報を集めて 「心」 を紡(つむ) いでいる」 とのこと; つまり 心 = 大脳の電気だろうか。問題は小さな動物の脳ではなくて、ヒトの持つ 「大脳」 であり、したがって 心は並みの人類だけが持つもののようである。人間であっても、大脳機能が失われた 「脳死」 の場合には 「心」 は無いとみなされる。

♣ イラクとイランの北部に 「シャニダール」 という地域がある。150 年まえの19 世紀、考古学者たちが そこの洞窟を発掘していると、ヒトの骨が見つかった。推定の時代は約 6 万年まえ。その時代なら 現在 のヒトではなく、ネアンデルタール人の骨であろう。

♣ よく見ると、骨の間に 「花の花粉」 がいっぱい 化石となって散っていた()。その花粉の花は現在でも周辺に見られるものと同じだそうだ。つまり、ヒトの先祖であるネアンデルタール人は「死者を悼み、花を捧げる習慣があった」と解釈される。このことから、ヒトの「心」は 「少なくとも 6 万年まえからあった」と想像される。

古代人と福祉心

♣ さらに調べると、その周辺から 「歯のない老人の顎の骨」 が 多数見つかった。「もし猿ならば」、歯が無くなると死んでしまう。つまり、歯が無くても生きて歳をとることができたことから、ネアンデルタール人は弱い老人を助ける心、つまり その頃に「福祉の原型があった」と言えるだろう … サルにはそんなことは出来ない。考古学者とは なかなか良い事を教えてくれる。

♣ さて同じ 19 世紀で特筆すべきことは チャールズ・ダーウィン が 「進化論」 を発表したことである。進化論を煎じつめて表せば、「適者生存」 の一言に尽きる … つまり、環境に適応した者のみが子孫を残して繁栄することが出来ると言う。確かに、子を成せなくなった老人は、その時点で 「適者の条件に合わなくなった存在」 になるが、老人は どのようにして「自然の法則」・「進化の原則」の中で生きられるのか?

♣「自然の法則」 とは、ヒトが手を加えない限り、状況は一番深い無秩序状態に陥る、と言うものだ。言ってみれば、道路や家が目の前にあるのは、ヒトが手を加えるから存在できるのだ。人間以外の動物が、もし子を成なさず、子孫繁栄に手を貸さなくなれば、土に帰る運命しかないのである。

♣ 「進化の原則」 というのは、“子を産み終わった動物は世を去る” という遺伝の原則だ。また生命で も ”永久不変” というものはなく、絶えず 少しずつ “適者生存” の原理に従って子孫が変化して行く、ということである。だから、6 万年前のネアンデルタール人は今は存在せず、少々進化した ヒト がいるのみとなる。

♣ にもかかわらず、「心の始まり」 は 彼らから私たちに受け継がれたのである。「死者に花を捧げる」 とか、「歯の無い他人を助ける」 などの行為は「自然の法則」・「進化の原理」に違反しているように思われる。だが、それこそが人間の特徴であり、「サル」以下の動物なら、素直に 法則・原理に従って、土に帰って行くのだ。

♣ つまり、自然の 法則・原理 の優位性 などは ごく最近の学者が考えたアイディアに過ぎないのだ。ヒト以外の動物は たぶん 「心」 を持たず、私どもから見れば 「何のために生きているのか訳の分からない一生」 を送るのだろう。しかし、ヒトには 6 万年の歴史を背景にした 「福祉の心」 があり、お互いが助け合って 仲良く生きるという心で繋がっているのである。

♣ 皆さん、老人介護の仕事の中で、もし何かの疑念が自分の胸の中に生じることがあれば、「福祉の心」はシャニダールの昔からあった、と思い出して下さい。 1901字

 要約:   人間の先祖は 500 万年前までに辿れるが、人の 「心」 の先祖は 6 万年前のネアンデルタール人の中に生まれたようだ。 死んだ人の体に 「花」 を添える、とか、歯がなくなって固いものが食べられなくなった人を助ける、と言う風習が彼らの中に見出された。 他人を助ける心は本来的には 動物には見られないものであるが、人間は独特な 「あわれみ助け合う心」 を獲得して、以後永く現在の 福祉・介護 の世界の創造に繋がって来た。

職員の声

声1: 6万年前のネアンデルタール人が既に「弱い人を助ける心・死を悼む気持ち」があったことを知り、これが福祉の始まりであることを知った。

声2: 動物の親が子をはぐくむのは「心」ではなく「本能」によるものか?(答: Yes ! 心は「大脳」( = 人間脳)にあるけれど、本能は「大脳辺縁系」(= 動物脳)」にあり、相互に無関係ではないけれど 異なるものである。動物脳の中には福祉のDNAが無い . だから動物は子の面倒をみるが親の世話をしない)。

声3:  ペットが人になつくのは条件反射か?盲導犬や「忠犬ハチ公」の場合、大脳の「助け心」があるのでは?(答: 上記 声1のネアンデルタール人の気持ちは “自分にとって有利な条件ではない” のに湧き起る大脳の心であるが、動物の場合は 「餌の有利」 が深い関係にある。

声4 : ヒトとチンパンジーでは遺伝子の違いはわずか 1 % しかないと言われるが、その 1 % の中に「心」があるのか?(答: その証明は難しい: しかしわずかな遺伝子の違いで 結果の大きな違いが生じるものである。ヒトの「二足歩行・火の活用・言語の習得など」、サルには決して出来ない事が人に出来るのは そのわずかな違いに基づくものだと言われる)。

参考:  新谷:「人間脳と動物脳」;福祉における安全管理 # 661, 2018.
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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