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(771) 長 生 き と 幸 せ の ど っ ち を と る ?

(771) 長 生 き と 幸 せ の どっ ち を と る ?   

人は 「長生き」 と 「幸せ」 の両方を求める生き物である。これらを求めない者は 「赤ちゃん か 認知症」 ではないか? 

まず 話題を二つに分け、 長生き を考える。長生きの長さは “数値” で表されるから 分かりやすいだろうか?日本女性の ‘平均寿命’ は 世界一の長寿で 「 87 歳」、歴史が始まって以来の最長寿記録だ。つまり日本女性は 「長生き」 を達成したチャンピオンであって、「長生き」 に関する限り “最大に幸せ者の候補” と言える。

♣ だが 果たして 長生き = 幸せ だろうか? 90 歳寿 の女性に尋ねてみると 答えは たいてい こうだ: ―― 「いくら寿命が長くても “健康” でなければ 「幸せ」 とは云えません」 と釘を刺す。

♣ 今時、健康とは三つの領域を指す――身体の健康・ 精神の健康・ 社交の健康 のように三つの健康があり、大抵は 「身体の健康」 だけでおしまいとされる。いい歳をして、三つとも健康な人は稀ではなかろうか?

♣ そう言えば 近年、「健康寿命」・ 「依存寿命」 という表現が導入されている 1 ) 健康寿命図1) とは、他人の援助なくして健康に過ごせる人生を、 依存寿命 とは、‘健康寿命’ を卒業した後 病気や介護などで 他人への依存が必要になった余生を言い、両方を合算したものが 平均寿命 である。厚労省の統計によると、女性が健康な期間は平均 75 年 、その後 他人依存の期間が 12 年、合計 87 歳が平均寿命となる。男性の場合は、健康寿命 72 歳、依存寿命 9 年、合計 81 歳である。

♣ 昔、人生 50 年 の時代には、 “依存寿命”という概念は無く、健康寿命 が終わったら もう 50 年の人生は終わりだった。近年 寿命が 87 歳に延びたが、そのうち 健康な部分は 75 年、後 (うしろ) の 12 年は病気の 12 年だ。つまり、長生きとは 「元気だったあとに続く病気期間」 との合算である。

♣ 人間は、90 歳頃を越えれば、日々 他人の助けを得て生きることが殆どである。つまり、歳をとれば 身体・ 精神・ 社交 100 % の健康長寿とは言えなくなる。換言すれば、長生きとは 「病気寿命が長い」 に ほぼ等しい。

♣ 「元気で長生き」 と言うモットーは、人生が 50 年であった戦前の願望であり、その “長生き” の欲張りは せいぜい 還暦 ( 60 歳) とか古希 ( 70 歳) で終わっていた。だが、今のお年寄りが口にする 「長生き」 は 100 歳代 大越えの願望であって、還暦や古希のような若い年齢は 「猫に小判」 の格下げになってしまった。しかも、「長生き」は 100 歳で終わらず、その先に繋がるもので果てることがない ! … 今や 長生きとは 数値では言い表わせない 長がーい期間 になった。あなたが挨拶代わりに 「お婆ちゃん、長生きしてね ! 」 と言うとき、あなたは具体的に 「何歳」 をイメージしていますか?

次の話題 主観的な 心 = 幸せ に移ろう。 もし、「努力 とか 喜び」 という 抽象名詞 なら、あなたは頭の中で それを ピックチャー (絵) に して描くことが出来るに違いない … しかし自分で感じる 「心の幸せ」 を どんな絵で表せば良いのか?(図 2)。 また、これを 「長寿」 のように “数字” で定量的に表せるだろうか?

♣ WHO(世界保健機関) は独自の点数配置で世界の国々の幸福度を数字で採点し、一般に 「開発途上国 で幸福度は高く、先進国 では低い」 と断じ、日本は諸国の中で 40 番目位 であったと言うが、これはあなたが思う 「幸せの点数」 とは、きっと別なものに違いない。

♣ ところが、認知症の特徴は 「記憶」 を失い、見当識 (= 時・ 所・ 人) の混乱をもたらすことであり 2 ) 、物事の抽象能力がほぼ無くなるから、「長生きや幸せ」 のような将来感覚は 本人が理解できなくなる。。

♣ 人生 50 年時代の昔は まだ 「ボケる以前の死」 であったから ”死にたくない” ように感じられただろう。だが 今は 「超高齢ボケで死ぬ時代」 だから “幸・ 不幸” を問題にする人はほんの一握りだけになった。つまり 「幸せでいたい」 というモットーは “馬の耳に念仏” の時代になったのである。

♣ 大脳機能の減衰する認知症では、すべての「感情」は枯渇 (こかつ) し、本人自身がボケてしまっているから、そもそも何を求めたのか 結局は ‘訳が分からなくなってくる’ のである。事実、お年寄りは 滅多なことに 「私は 幸せ ! 」 と言って下さらない――他の多くの精神疾患と同じく、「幸せ」 とはおっしゃらないが 「辛い」 とはおっしゃる。

♣ 「幸せ」 という言葉は、国や社会、個人によって意識に出たり消えたりする。「長生き」 は 数字で表されるから ‘客観的に’ 議論されるが、「幸せ」 は ‘主観的 過ぎて’ 本人の口からの出まかせとなる。

♣ しかも現在は 介護保険の時代であって、「長生きと幸せ」 は 単に物事の “まくら言葉” になってしまい、言う人も 言われる人も、何を語っているのか、これ以上 深い議論はできないように思う。

♣ あなたは お年寄りに向かって 「長生きしたいですか? 幸せになりたいですか?」 などを尋ねることがあるだろうか?1921

要約: 
 昔は “人生は 50年” だったが、戦後 老人の定義は 65 歳以上となり 、今 女性の平均寿命は 87 歳、人類の最高年齢 122 歳 …、人類の誰もが認知症になれる時代になってしまった。 ヒトは “高齢の認知症” になれば、“見当識” が消えてしまい、「長生き」 の意味が “猫に小判”となる。あれほど大事だった 「幸せ」 の意味はボケた老人にとっては “馬の耳に念仏” となる。 その人の要介護度が進行すれば 「長生きや幸せ」は 大事ではあるが、それは 「儀礼」 として理解するのが適当なのであろう。

参考: 1) 新谷:健康寿命の帰趨 (きすう)福祉における安全管理 # 510, 2015.  2) 新谷:中核症状と周辺症状のおさらい; ibid # 558, 2016.

職員の声

声1: 長生き健康の必須 3 条件は: ① 体の健康、② 心の健康、③ 人的交流の健康、この三つが大事なのである(答: 90 歳を越えると ② ③ が困難になる、特に ③ は)。

声2: 「健康でなくては幸せとは言えない」 という高齢者のお言葉に重いものを感じた(答: 90 歳を越えれば 上記 3 条件はほぼ満たされないまま 不健康な長生きに陥っているのが現実だ ―― だって老人だもの、しょうがないだろう?)。

声3: 老後の問題は山積みで、老人たちがほほ笑むことができる時代はいつ来るか?(答: 昔の人口ピラミッドは 三角形 で そのてっぺんに 4 % ほどの老人達がいた ―― 今は 「逆さピラミッド」 の形で てっぺんに 40 % に近い老人たちがいる ―― ピラミッドの形を変えない限り、老人問題を乗り越えることは困難だろう)。

声4: 高齢の認知症になってしまえば、長生きなんて理解できず、他人迷惑も分からず、きっと 「長生きで幸せ」 の目的は達成されているのでしょう(答: 結局、我々は加齢と共に認知機能が落ち、この問題に無関心となって終わるのでしょうね)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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