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(83) 不如帰 (ほととぎす)

  (83) 不如帰(ほととぎす) 

  テッペン・カケタカ? と不如帰は鳴くそうです。実際に聞くと、ウグイスの鳴き声に似ていますが、そこが戦国武将の関心を引いたのでしょうか? ある日 催された俳句の会の題目は「鳴かぬ不如帰」でした。有名ですね、織田信長は「鳴かぬなら 殺してしまえ 不如帰」、 豊臣秀吉は「鳴かぬなら 鳴かせてみよう 不如帰」、 最後に句を詠んだ徳川家康は「鳴かぬなら 鳴くまで待とう 不如帰」という逸話が残っています。三人の武将の性格や運命を物語るものです。

♣ 今日の不如帰は、三人の戦国武将とは異なり、明治の作家・徳富蘆花(とくとみ・ろか)の「不如帰」です。蘆花の、「相思相愛の浪子と武男が“病気を理由”で引き離される物語」のサワリをご紹介します。時は明治、武男は将来有望な海軍少尉・浪子は二十歳に満たない良い家系の娘。二人は新婚でしたが、浪子もその母も肺病(結核)を患っていました。

♣ 浪子はやがて死が近づいて来るのを悟り、夫と次のような会話をします。「あなた ! 私の病気は治るのでしょうか?」「君はまだ“はたち”にならんじゃないか、きっと治る ! 」。浪子は涙に曇る目に微笑を帯びて「治りますわ、きっと——あ あ あ、人間はなぜ死ぬのでしょう ! 生きたいわ ! 千年も万年も生きたいわ ! 死ぬならあなたと二人で ! 」「君が亡くなれば、僕も生きちゃおらん ! 」「もし私が死んだら、時々は思い出してくださるの?エ?あなた?」。浪子は夫の手をひしと握りしめ、身を投げかけて「病気したって、死んだって、未来の先の先まで 私はあなたの妻ですわ ! 」。

♣ 私が蘆花を読んだのは1950年ころ。私の頃の日本には、明治の蘆花の頃とほとんど同じほどの結核患者がいました。いったん結核と診断されると、今で言う「癌」とほぼ同じだけのショックを受けました。癌は高年の病気です。対して結核は はたち前後で発病する必死の病気です。同じショックでも、内容が違いますね。1950年といえば戦後5年が経ちます。日本の名誉・地位・お金のある人々は、毎日のように羽田空港へお詣り し、アメリカから日本へ帰国する要人を出迎え、「結核を治す薬」の情報を必死で掴もうとします。新聞はそれを見て「不治のやまい、結核に効く薬がアメリカから渡ってくる訳もない!」と冷たく報じていました。にもかかわらず、結核を患う人々は、羽田詣りを続け、悲しい希望をつないでいました。

♣ アメリカでストレプトマイシンが土壌の中で発見されたのは ちょうど その頃。日本で実用化されたのは その数年後です。問題もありましたが、結核がどんどん治って行く歴史を なんと私たちはこの目で見つめた のです。当時は1955年~1965年、冨士雄は東大病院で、弘子は東京都の福祉事務所のケースワーカーを勤めていました。しかし今や、結核は「不治のやまい」ではなくなりました。それどころか、日本人は、戦前の死亡原因第一位の結核さえ忘れてしまいました。そして日本人の平均寿命は50歳から90歳に延びました。今の若者には、兵役の義務もなく、浪子と武男の悲しみであった結核もありません。人の智恵が これほどの「幸せ」を運んだことは か.ってない事でした

♣ しかし人間は多事多難にさらされる運命です。結核の代わりに癌と認知症がやってきました。戦国武将の不如帰の代わりに きな臭い隣国事情 が日本に覆いかぶさってきました。メーファーズ!(没法子!― しかたがない!)。つまり、私たち人間は片時といえども、次から次へ 問題を抱え込み、終わりのない課題の忙しさから 逃れることはできない定めのようです! 次には何が来るのでしょう?

職員の声

声1: 昔の武男と浪子は結核が愛を分けました、今はガンと認知症が家族の愛を分けます;結核の時には羽田詣でがありました、今度は何処に詣でればよいのでしょうか?(係り:科学と、ケアを支える心だと思われます)。

声2: 結核が不治の病いであったころ、幸運にも生き延び、その結果 今度は認知症になった、一生懸命 生きてきたのに . . . (係り:踏んだり蹴ったり、泣き面に蜂;人生はイヤになりますね)。

声3: 人の運命は向こうのほうからやって来ます、負けてはいられません;自分の心を少し広げ、多事多難の運命は「一茶の言葉」で学びましょう = 「雨降らば降れ ! 風吹かば吹け !」→“幸せは いつも自分の心が決める”。

声4: ヒトの世は絶えず流れています、自然に存在するものに感謝し、足ることを知っていれば「領土争い」や「イデオロギー闘争」などは起こらないのではないでしょうか。

声5: 昔の結核は今の癌に相当する絶望的な病気でした;今は、平均年齢も50歳から90歳に伸びました;足りないものを数えるよりも 満たされていることに感謝する心を忘れてはなりません
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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