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(98) 貝原益軒と健康

(98) 貝原益軒と健康  

  貝原益軒(かいばら えきけん)って、チラリと聞いたことがありませんか? 彼は日本が誇る徳川時代の健康学者で、「養生訓」(ようじょうくん)を書き残したことで有名です。なにしろ彼は長生きで、① 養生訓を著した83歳のとき、歯を一本も失っていなかった と書いていますので、よほどの骨太な健康学者だったのでしょう。ちなみに現在の歯のモットーは “ 8020運動 ”、つまり「80歳で20本の歯を残す」ですから、どうやら益軒に学ぶ所は多そうです。

♣ 益軒は1630年に 福岡藩士の五男として生まれました。古い古い昔ですよ;関ヶ原の合戦が1600年、アイザック・ニュートンが1642年、芭蕉が1644年生まれです。その頃には「健康」という言葉さえなく、人々は 飢えや戦役のため 明日をも知れぬ命で暮らしていました。しかし、それだけの社会状況であればこそ、「養生」または「長生き」の願望も強かったようです。益軒は85歳で病没していますが、歯が全部残っていた と言うからには、たぶん、家族の介護を受ける必要もなく ピンピンコロリだったのかも知れません。400年後の我々にとってさえ 見事なお手本と言えます。

♣ さて、彼は「養生訓 全八巻」を書きました。私はもちろん 原文を読んだことはありませんが、2~3のエピソードを耳にしたことがあります。② 人間の体は100歳になるようにできている;もし100歳以前に死ぬことがあれば、それは あなたの「養生」が不足だったからだ !! ③ 飲食の欲を遠ざけなさい、特に「食い合わせ」には注意すること、④ 余分な喜怒哀楽は命を損なうから 注意が必要である;色欲・睡眠欲・おしゃべり欲も節制の対象になる、など 彼は少々「根拠」を逸脱したような意見を述べています;2千年も昔の「孟子」や自分の「精神修養」を基にして 自分流の「養生訓」を述べているから、科学の書とは言いいにくい点もあります。

♣ 貝原益軒の執筆根拠の基本は自分の内面的な修養を書物として残したことです。その八巻の内容は大きく二つに分かれています:① 内欲の節制 —— 飲食・性欲・睡眠ならびに喜怒哀楽を節制すること、② 外邪を防ぐ —— 風・寒・暑い・湿を怖れ防ぐ。なるほど いい事を述べていますが、そんなのは修身の先生の発言ですね。昔、ギリシャの哲学者ソクラテスは「万物は水より成る」と言い、その孫弟子のアリストテレスは「万物は水火風土より成る」と言い替えました。主観が許されるのなら、根拠は不要です。現在の客観科学ならば「万物は素粒子より成る」としなければなりません。

♣ いえ、私は決して彼を貶めて(おとしめて)言うのではありません。そもそも「証拠に基づく思考法」は19世紀半ばの科学の誕生とともに発展してきました。人間の健康観というものが 科学的な裏付けで論議されるようになったのは やっと1882年 ロベルト・コッホの「細菌の発見」以後のことです。それ以前は、日本に限らず、各地それぞれの国の「経験的な養生訓」があったのです。コッホ以後には、養生の科学的な概念で人の健康が論じられるようになり、最近では みんなが納得するような「養生訓」が意識されています。つまり、現在の死亡原因 の3割はタバコ、3割は生活態度、残る4割は「運」という現実などです

♣ 400年前に 松尾芭蕉は独特の俳句の世界を築きあげました;アイザック・ニュートンは近代科学の礎を世界に提供しました。同時代の人として 益軒はそれほどの名を残せなかったのですが、「人が100歳以前に死ぬことがあれば、それは“養生の不足”が問題なのだ」と喝破(かっぱ)したのは、彼の強い前向きな姿勢であったと評価できるでしょう。パールでも, 良い介護によって100寿に達した方の御見送りならば、なにがしかの心の安堵 が得られますよね。 
   
 参考:パールの安全管理 #93: ヒトとガンのひみつ。

職員の声

声1: 昔の人の考え方は「証拠に基づく」姿勢に欠けていて “独りよがり”に思われますが、なぜか「心に残るもの」を感じます;その魅力の基は証拠よりも精神論なのでしょうか?(係り:日本人にとって、貝原益軒の名前は 清少納言(枕草子)や紫式部(源氏物語)と並ぶほど大ものです)。

声2: 百寿とは現在でさえ 長い道のりです;過剰な医療・介護なしに そこまで生きられれば幸せです(係り:益軒は400年まえに 自前で生きていたのですが、今の政府は、たぶん、高齢と資本主義の原理が両立できる方法を模索していると思われます——高齢の現場は“ヒト・モノ・カネ”で すごく大変ですけれど)。

声3: 益軒の方法は煎じつめると「万点主義」の生活です;目標を万点に置くのは分かるとしても、庶民向きではないでしょう。

声4: 彼の主張は「なるべくエネルギーを使わない生活をせよ」に尽きます;楽しみを少なくすると、かえって健康を損なうのでは?何事もほどほどが一番だと思いますけど(係り:今で言う ルー (Roux) の法則3番**ですね——日々の生活を“修行”にしてしまうと、返って命が縮まります)。

声5: 百寿者は修行ができ、運もよかったと言えるでしょう;私の実家がある静岡では、百寿のお葬式では、めで鯛が並び、参加者には「百寿にご縁」があるようにと“5円玉”が配られます;健康とは実行するより あやかる方が幸せです。

   ** 参考:パールの安全管理 #45: ルー(Roux)と智恵。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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