(100) 赤の他人の介護

(100) 赤の他人の介護 

 読者の皆さま方、覚えておられますか?——30年くらい前まで、若いお嬢さんがたの結婚相手の理想三条件とは:家つき・カーつき・ババ抜き!この言葉が日本全国を風靡(ふうび)しました。ヤな感じですね。日本は敗戦後、男女平等な社会をめざしました、が、一度にそれを達成するのは困難で、特に「結婚」に関しては、親の財産を多く譲り受ける可能性の大きい“長男は人気もの”、他方、親の面倒をみる"長男は不人気もの”;困ったことでした。今日の話題はパールの一職員から提供を受けました。

♣ 近年のサッパリしたお嬢さんがたは 上に述べた「理想条件」で世情を切り抜けようとしましたが、心配ご無用、少子化の社会になるにつれ、長男は居ても次男の居ない事態はザラになりました。社会状況と生活レベルの変化によって核家族化も進行。結婚相手は「人気もので かつ 不人気ものの長男」しか 居なくなりました。しかも日本の女性は世界一の長寿者となり、平均年齢は戦後の50歳から いまや90歳はザラ;ババは 抜かれるどころか、より深く居座っている のが現状です。

♣ この矛盾を解決する救世主が運よく現れました——介護保険制度です。先進諸国を見ると、程度の差はあれ、「親の老後は社会が看る」のが常態です。日本が この流れにうまく乗ることができれば、もはや「ババ抜き」という感じの悪い言葉を聞かなくてもすみます。でも 今は“移行期”なのでしょうか、「お母さんを ずっと在宅で看て行きたい」と言いながら、施設入所の手続きをする長男が少なくありません。そこでパール発足以来医、11年間 諸問題を相談している精神科のO.T.先生のご意見を聞いてみました。箇条書きしてみます。

♣ ① たいていの男は見栄っ張り で「おふくろの面倒は俺がみるよ!」と言いながら、実際の姑(しゅうとめ)の介護は妻が看る。遺伝子的に繋がりのある 実の親に対しても虐待が起きている現実からみて 遺伝子上 赤の他人の姑の介護というものは 原理的にムリ がある。

♣ ② 介護を職業とする職員なら、給料という現実的な見返りがあり、勤務時間のみという限定もある。これに対し 介護をする妻は、全くの赤の他人を、無償で、いつ終わるか分からない歳月 介護して行かなければならない。すぐに限界を迎えるのは目に見えている。赤の他人がずっと一緒にいる・・・それは介護する側もされる側も大変なストレスだ。夫が無理解であれば、限界を感じている妻は「もう我慢の限界です;それだったら別れましょう」となり、「仕方がないなあ・・・」と夫が折れて施設入所の申し込みをする;これが典型的な介護疲れからの施設入所の流れであろう。

♣ ③ お嫁さんの最大の負担は 何といっても排泄・食介・汚物洗濯だ。赤ちゃんと違って量も匂いもひどく、終わりも見えず、自分の人生の意味と手間暇を取られ、並みの精神の人では長続きは困難。

♣ ④ 親は子を育てるために自分の命をけずり死ぬのが天然の生命のあり方だ親を生かすために子が死ぬ思いの自己犠牲をするのは、天然生命の筋に反する。しかも対象は遺伝子の繋がりがない 赤の他人の姑。いま人類は、とくに日本人は、何億年も続いた生命の営みの流れを反対側に流そうとしている。無理を承知でこれを続けるのなら、両陣営とも共倒れになってしまう。介護保険の手助けは運用次第で有効となるだろう。

   * 参考:話題提供者 若林さほ 日本女子大社会福祉科卒 ヘルパー2級 社会福祉士 精神保健福祉士 25歳

職員の声

声1: 親の介護は長男夫婦がすべきだ、は古い古い!私の在宅介護の経験では、娘夫婦の介護が一番良い成績です(係り:昔の親は60歳で死に、財産のすべては長男に行きました;あなたの考えなら 親は「娘」を産まねばならず、その上 その娘は浮かばれませんね)。

声2: でも本人の「娘さん」が介護するのが うまくいきます(係り:実の娘であれば、遺伝子の半分を共有 しているので、赤の他人の介護ではありませんね)。

声3: 妻の親を「赤の他人」と呼ぶのは冷たいかしれませんが、介護は子供夫婦で協力して行いたいです(係り:精神科のO.T.先生が「赤の」他人とおっしゃるのは、人の心の中にひそむ心理を述べられたものです;でも 遺伝子的には 言葉通り 全く赤の他人ですよ)。

声4: 私の祖母も同じケースで、施設に入所しました;仕方がないことでしょうか?(係り:親と子のいずれかを取る、となれば、人生50年の頃なら「親を」、人生100年の今なら「子を」 取らなければ 社会は崩壊するでしょう)。

声5:女優の南田洋子さんは、夫の父親の「お下の介護」をなさり、そのあと、ご自分の介護を夫にしてもらったとのこと;アッパレ!;でも私は両親の介護を施設にお願いするつもりです。

声6: 諺(ことわざ)は言います:子供は親の家から「スープの冷めない距離」に住め、と;ところが今日のお話では「スープの冷める距離」に住め、です;発想としては新しいけれど、それでいいのかな?(係り:この諺は人生50年の頃にできたものです;いまは人生100年、新しい諺が必要です)。

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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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