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(106) 命の値段

 (106) 命の値段   

  命の値段? そんなものは ありません。でも、あります。

♣ 30年まえ、日本赤軍のテロリストが中近東で人質を取り、受刑者の釈放を求めて、時の総理大臣と取引をしました。総理は「人質一人の命の重さは 地球より重い ! 」と宣言し、テロリストの言いなりの16億円のお金を払いました(国民の税金ですぞ ! )。金を奪った犯人たちは楽々と逃走しました。このいきさつを知った欧米の人々は、金で解決する姿勢の金満日本に軽蔑の目を向けました。その後、同じような事件がドイツで発生しました。ドイツ当局は日本と同じようにお金を払うと言いながら、犯人たちを安心させ、そのスキに見事な狙撃兵の腕によってテロリストたちを撃ち取りました。世界は「快哉 !」と拍手しました。つまり、命の値段とテロリストに対する姿勢は、日本とドイツで「月とスッポン」ほど違った のです。

♣ 私が大学を出た頃(1955年)、乗用車の値段は120万円くらい:大学卒の初任給は1万円足らず。つまり、車を求めようとすると、自分の給料の10年分ほど必要だったのです . . . これでは買えませんね。その頃の交通事故死の示談金は100万円前後でした。なんと命の値段は自動車の値段より安かったのです ! 今なら、どうでしょう? 被害者の年齢や背景によって異なりますが、新聞などをみると、示談金は2~4億円程度。ベンツが20台以上買えます。この半世紀で、命の値段は100倍以上も値上がりしたのです。

♣ いやいや、もっと前を思い出しましょう。戦前・戦中には兵役の義務があり、「赤紙召集」といって、20歳を越えた男子は「ピンク色の葉書」一枚、わずか10銭で命を国に捧げました。現在の命に比べると、「十億分の一」、つまり、ほぼ「無料」でした。

予防注射の話をしましょう。私たちは「天然痘」「BCG」などの予防注射は「義務」として行われるのが当たり前でした。私の腕には、その時のキズ(キッポ)が残っており、同年輩の男女には、キッポがあるのが日本人の証明でもあったのです。ところが20年まえの頃から、世の母親たちの権利意識が強くなり、副作用もある予防注射を嫌がり始めました。事実、副作用が出たとき、司法は行政に対して多額の弁償を命じ、厚労省はアタフタしています。考えても見ましょう:たとえば5歳児 100万人に予防注射をすれば、確率的に5人や10人の副作用は出ます。しかし、それを乗り越えてこそ100万人の命が保障されるのです。しかるに、強すぎる母親・日和見の裁判官・追加予算を嫌がる官僚たち。病気は ますます若者に集中して行きます。

♣ 確かに、命の値段は昔に比べて、高くなりました。幼児や成人、さらに老年者も、皆そうです。そこで、私たちは古今東西の情報を比べながら、賢明な「命の相場」を考えるべきでしょう。命とは、安くても高くてもいけない、「尊敬できる相場」が、きちんとあると思うのです。

職員の声

声1: 命の値段はありません、が . . . 現実にはあります;生命保険や経験などから 値がついちゃいます。

声2: 尊い命をお金でたとえようとするのは許せない(係り: ”尊い”と言い始めれば、空気・水など、掛け替えのないものばかりです)。

声3: 私が20歳のころ(40年前)、競馬場の馬の値段のほうが私の命の値段より高かったように覚えています(係り:たぶん、5億円くらいでした)。

声4: なにせ「赤紙一枚」で招集された、尊い命の犠牲のうえに成り立っているのが、今の日本の繁栄です;その方々やご家族の思いには値段が付けられません。

声5: バランスのとれた考え方、これが大切です(係り:事故の場合、現に収入がある方を除き、平均寿命を越えた方の賠償金は実質的にゼロ、お見舞い金だけになるそうです;でも最近、超高齢者の骨折で1,000万円の判決が出ました;弁護士の腕 によるものでしょうか?)。

声6: 副作用事故がいやだから 予防接種をしないなんて、自己主義が強すぎます;政府も強いお母さん方に おびえて強制しない いくじなし ! これでは感染症の蔓延に繋がります(係り:戦争に行って、絶対 弾に当たらない保障をせよ、と同じくらい困難な問題ですね)。
 
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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