(128) 救命 と 延命

(130) 救命 と 延命   

第一の話題 = 救命に関しては、小さな話題で 大きな意味を持ったのが、2009年6月に 衆院で採決された 臓器移植の「A案通過」です。

♣ 私は、前回、生命の死は ①「壊死」(えし)、②「アポトーシス」、③ 「アビオーシス」の三種類がある、と説明しました1) 。①の壊死は「外傷、感染、免疫不全」などによる臓器の破壊を示すものであり、生体の受ける打撃に応じて「救命治療」の適応となります。②のアポトーシスは「遺伝子による計画死」によるものだから、手を加える必要はなく、③のアビオーシスは 主に「老衰」とされる現象を指すもので、「延命」の対象となります。ここで、「生命維持をどのように考えるか?」という点で、救命と延命の話題は完全に一致します。

♣ 救命のための臓器移植の案件は10年以上も前から国会で検討され続け、先年やっと採決にこぎつけたものであり、その問題点は4種類ありました(A案~D案)。おのおのの違いは「年齢制限、死の定義」にあり、今回のA案は「当人の拒否がない限り、家族の同意で可能;年齢制限なし;死の定義は一律に“人の死”による」でした。これで、日本は15歳以下でも自前の臓器を用いて子供への臓器移植が可能となります。従来は「他国の臓器は貰うけれど、その逆はない」という身勝手なもので、国際的には肩身の狭い思いをしていました。まあ、 A案が通っても、実務の点で問題はあるでしょうが、見通しがついた訳であり、なんだか日本の国会も「やるじゃない !!」と感じました。

♣ 他方、第二の話題 = 延命に関して、パールでは 古くて新しい案件が持ち上がっています。それは15人目の「胃瘻」の件です。もうじき100歳になられる X 様、肺炎のため施設を出て病院に一か月余 入院されていましたが、経口摂取が不可能との最終診断、ご家族は「一日でも長く生きていて欲しい」との強いご意向で、胃瘻を受け入れました。苦渋の決断だった、と同情しています。

♣ 胃瘻は1980年にGaudererらによって報告された内視鏡下手術 2, 3) であり、欧米で広く普及しました。一時 爆発的な人気を得たのですが、その後、高齢者の延命には用いられなくなりました(理由:宗教倫理と経費)。日本はアメリカより10年あまり遅れて胃瘻が応用され始めましたが、その特徴は主に「高齢者の延命」に使われる点です。延命への応用は、机上の議論として批判があるものの、肉親の内では、やはり重い意味があり、胃瘻はよく用いられているのが現状です。病院によっては、「胃瘻を付けないで、お母様を餓死させるおつもりですか? 」と迫られる、日本独特な社会事情もあります。欧米では「胃瘻延命で意思疎通のない方」を "Breathing Cadaver"(呼吸する死体)と呼ぶそうです。

♣ 今日の第一の話題は「救命にはドーナーの年令制限なし」というものであり、第二の話題は「延命希望は家族の決定」という対比的な現象です。前者は私の喉をすんなり通りますが、後者は私の喉に半分引っ掛かります。欧米では倫理からみて、また経費からみて、延命胃瘻は、もはや すたれました。ところが日本で 繁栄しているのには、どんな要因があるからなのでしょうか?

♣ 今日は 主に 皆さん方のご意見を伺いたいと思います。次週には マイケル・ムーア監督による映画 “SICKO” シッコ を上映します。意外なアメリカ、明るいフランス・イギリス・カナダ・キューバの医療・介護事情を自分の目で確かめてください。

  参考: 1) パールの安全管理 # 122 : 「死」と「不死」。 2) Gauderer MW et al. : Gastrostomy without laparotomy : A percutaneous endoscopic technique. J Pediatr Surg 15:872, 1980.  3) パールの安全管理 # 76 : 胃瘻のメリット・デメリット。

職員の声

声1: 年齢制限を撤廃した「A」案は素晴らしいです;しかし 死の定義として「植物状態」の人を除外して欲しいです(係り: 「植物状態」では「脳幹」が生きており、自発呼吸をします、「死の定義」に当てはまっていませんよ)。

声2: 臓器を貰う側にとって A案は朗報、でも臓器を上げる側にとってみれば悩ましい問題、私は 後者に立つと自信がないです。

声3: 小さな子供を亡くしたばかりの親、遺体に寄り添い、お別れの時間はたっぷり必要です;A案はまだまだ課題が多いです(係り:私の35年前の回想です:その子は元気な18歳の男子、都内を部活動でランニングをしていて、突然倒れ、病院で心停止と診断されました;青森にいたお父さんは学校の校長先生、急きょ 駆けつける前、電話で「臓器移植を間に合わせて行って下さい」と申し出られ、腎臓を頂きました)。

声4: 「脳死は人の死」:多くの友達と話し合いましたが、「我が子の臓器を提供することはできない」という声が多かったです(係り:こういうエピソードがあります:ある夫婦、我が子の心臓をオーストラリアで頂けないか、と現地で待っている間に その子は死亡しました;そこでオーストラリア側は、その子の腎臓を頂けないかと交渉、親は拒否しました;以後、オーストラリアは日本からの臓器移植希望の入国を停止しました。日本の親たちは 貰うだけで 上げることをしない 国際人として失格の烙印です。臓器移植は所詮、他利的な行為です、宗教的なバックボーンが通っていなければ、通用しないのでしょう)。

声5: WHO(世界保健機構)は「国境を越える臓器移植は好ましくない」との意見を提示、以後、日本は海外で臓器移植を受けることが困難になりました。

声6: 延命胃瘻についてですが、今回の事例は99歳の認知症・植物状態で要介護5+誤嚥性肺炎;もし「胃瘻」という選択肢が示されなかったら、ご家族は人工延命を知らなかったかも知れません(係り:一般社会では まだ 胃瘻という言葉を知る人は少ないしょう)。

声7: 胃瘻の選択は、ご家族が親孝行の名を借りた「虐待延命だ」と思うのですが . . .(係り:胃瘻で延命された人工生命で苦しむのは「親」、親孝行した気分で安堵するのは「家族」;お釈迦様は どちらを選ばれるでしょうか?
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR