FC2ブログ

(129) 老いない工夫 (くふう)

(129) 老いない工夫(くふう)    

人生は何年あれば十分だと言えるでしょうか? お年寄りと一緒に過ごす介護の世界では、時々、フトこの問題を考えます。 50年では不足ですね、徳川家康は74歳まで生きました。では90歳ならよいのか? 100歳なら十分か? 若い人々は、この問題に無頓着ですが、遺伝子寿命である50歳 1) を越えると、人々は無関心ではいられません。そんなとき、朝日新聞で、「遺伝子を使わずにヒトiPS作成」というコラムに出会いました。難しそうなタイトルですが、要するに「老いない工夫」のことです。パールに関係するお年寄りに応用できるとは思いませんが、ヒョットすると、あなた方にはご利益があるかもしれません。話題を要約します。

♣ 私どもの体の元は一個の「受精卵」から出発です。その一個の細胞は、将来、どんな組織にでもなれる力を持っています;つまり「万能細胞」です。この細胞は細胞分裂をして、2個、4個、8個、16個 . . . と細胞の数が増えます。16個あたりまでは、どの一個をとりだしても「万能細胞」です、何の臓器にでもなれます。この時期を越えて分裂した細胞では、限られた組織のみの分裂が続きます。たとえば、骨髄の中にある血液細胞は、一生にわたり失った血球を補充するだけの分裂をします。皮膚の底でも、失った表皮を分裂によって補います。でも、分裂の回数は一生の間 全部で50~60回に過ぎない、と、すでに学びました2) 。一般の体細胞は それ以上分裂できないのですか? できません。ただ消耗するだけです。ここに「命の限界」があるのです。つまり、新しく補給されない細胞は、いずれ老いて溶け去る、ということです。

♣ そうすると、老いない工夫とは 新しい細胞を絶えず補給すれば可能、とわかります。それを実験的に行って見せたのが、京都大学の山中信弥教授でした。彼は体細胞の中にウイルスを使って、不老の4遺伝子を入れることに成功し、世界を驚かせました(2007年)。ただ、残念なことに、遺伝子を使って細胞補給をすれば、いつかは、それがガンになる可能性があります。不思議なことですね;いつまでも増えるということは、ガンのことです。私どもの体は、ある程度育つとそこで止まります。止まらず 増え続ける現象があるとすれば、それはガンなのです。ガンになりたくはないから、結局、私たちは「寿命」で我慢するよりいい方法なないのです。

♣ 話は戻って、新聞記事にもどりましょう。遺伝子を使わず、体細胞の液体成分を使って、iPS細胞への変化を促すたんぱく質を作らせる、というアイデアがあります。それが単にアイデアだけでなく、立派に実験的に成功したのです。それが朝日新聞のコラムでした。

♣ さあ、こうなると、将来、ヒトは老いなくなる可能性が出てきました。古い部品をいつまでも取りかえることができるようになったのです !!! いままで「生あるもの死す」という金言を破ることは、原理的にできなかったのに、人の知恵は、とうとう、ここまで伸びてきました。喜ぶべきことなのでしょう。それとも??? 

ひとつだけ問題があるのです。それは「脳」です。私どもは自己同定(Self-identification)を脳で行っています。もし、認知症になって脳細胞を入れ替えるとすれば、その入れ替わった新しい細胞に教育をして、その人の過去を教育しなければなりません。つまり、幼稚園~小学校~中学校 . . . に相当する経験を植えこむ必要があります。そのためには たぶん、何十年も必要でしょう。もし、それをしないのなら、田中太郎さんは田中太郎さんではなくなり、単なる新品のロボットにすぎません。したがって、私どもの体は「脳細胞」に関する限り、新品になることはなく、必ず老いてしまうでしょう

♣ でも、脳細胞の老いって、何となく安心感がありませんか? やはりパールのお年寄りにも、あなたにも、生命の年限には「限り」があるようです

iPS = induced pleuri-potent stem cell ヒト新型万能幹細胞

 参考: 1) 遺伝子寿命 = 動物は「生まれ・育ち・増え・死ぬ」というサイクルを持ち、それは遺伝子の命令に依存します;遺伝子は 増えなくなった老個体をどう処分するかを決めていません;よって哺乳動物の遺伝子寿命は閉経期とみなされます——人間では50歳。 2) パールの安全管理 # 92 : ヘイフリックの回数券

職員の声

声1: 人の寿命には「限り」があってこそ美しい のです;皆が老いなくなったら食糧不足で困るでしょう(係り:曾祖父の曾祖父、曾祖母の曾祖母と一緒に がやがやと生活し、ケアに明け暮れます;片や 自分のひ孫の生活指導もします;忙しくて 自分の人生はありません)。

声2: 私は“あるがままの その方の存在を認める”ことが第一だと思います;変な生命操作や臓器再生ばかりをするのではなく、どこかで人生は「終わる」という事を考えるべきでしょう。

声3: 限りがあるからこそ「命」と言えます(係り:パールには95歳、100歳の方があり、酸素が少なくなると“苦しい . . . 助けて !! ”とおっしゃいます;こんな場合、 “あなたは もう十分生きたでしょ?”とは言えません)。

声4: 脳が衰えていても iPSで体を最後まで若々しくしてもらえるのもいいと思いますが . . .(係り:古代エジプトでは、死んだ人をミイラにするとき、脳はゴミとして捨てられていました;今では真反対です、衰えた脳で生きる意味はありません;首の下なら他人のものでも貰う時代です)。

声5: でも、脳の臓器移植は原則的にできないと聞き、「やっぱりなー」とホッとしています。

声6:脳に関する限り、iPSや臓器移植は意味がありません;なぜなら、あなたの脳を私が貰ったら、私の自己はあなたの自己に変身するからです係り:ハウフの童話で“コウノトリ”の物語があります 3) ;王様が薬を飲んで“ムタボール”と唱えたら 王様はコウノトリに変身して飛んで行き、以前の王様は居なくなりました)。

参考: 3) 王様コウノトリの物語(Hauffs Märchen : Die Geschihite vom Kalif Storch, Hoch-Verlag, Düsseldorf, 1953)
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR