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(161) 10歳ごとの華(はな)

 (161) 10歳ごとの華 はな) 

  パールでは 山口カネ子・管理部長が70歳の「古稀」を迎えられました;お元気です、おめでとうございます。前回の“品質会議”で、山形県土産の「おまんじゅう」を会議出席者に御ふる舞い頂きました。有難うございます。今日の話題は 少し展望を広げて、10歳ごとの華を語ります。

① 10歳:この歳で一番目立つのは「視力の強さ」です。松の葉は2枚でセットですね;あなたは 庭の松の木を見上げて、葉の尖った端が きちんと二本に見えますか?三日月の上下の端 が ぼやけずに 尖って見えますか?10歳なら、それが ちゃんと見えました。一生のうち、最高の視力の歳です。また、他人からの質問を肯定するときに「ウン そうだよ」と言っていた幼い過去とは訣別して、10歳なら「ハイ そうです」と言えるようになります。

② 20歳:憲法の保障する“成人”の歳です。身体的にも十分大人と言えて、血液濃度や心機能などの標準値(100%値)に設定されます。以後の歳では、身体機能は ひたすら低下する遺伝子運命です。私は 法的にも身体的にも“成人”に達した この年齢で「結婚」するのが理想かな?とも思います。だって、「ねえや は15で嫁に行った」のでしょう? 「ロメオとジュリエット」はシェイクスピアの劇で16歳と13歳でした。今の日本では 男女の初婚平均年齢は 29歳と28歳です; 遅すぎる !

③ 30歳:私の尊敬する諸先輩たちが「齢(よわい)ミソジ に入ると、走るのも登るのも 辛い ! 」と会話しているのを聞いて、驚きました。“ミソジ”とは“三十路”と書くのを知ったのは、後のことです。私は“30歳代”を人生の華だと思っていたのでショックでした。だって、私と同年輩のハリウッド名女優・エリザベス・テーラーは36歳で「お婆ちゃん」になれたのですよ !

④ 40歳:二千年前のローマでは40歳を国会議員資格(元老・セナートゥス)としました、つまり「老人の始まり」「初老」です。現今でも「老眼や白内障」が始まる歳であり、日本では「介護保険金を徴収され始める歳」でもあります。40歳代末は「更年期」であり、女性は子を産めなくなります;つまり 女性の遺伝子的な生命の完了でもあります。

⑤ 50歳:織田信長で有名な「人生50年 ! 」ですね;彼は49歳にして“本能寺”で暗殺されました。日本の平均寿命が50歳に達したのは 昭和27年(1952年)です。今では、官僚や大会社の幹部が“天下り”を考える歳でもあります。以後の年齢は「平成の御代」独特の歴史となります。

⑥ 60歳:還暦 ! 子供や親戚に赤い「ちゃんちゃんこ」を贈られ、座布団に座って一同に 長生きのお礼を申し述べる歳です。私も「贈られて」戸惑いました——照れ隠しではありませんが、不思議な気分でしたよ。また、日本社会では 60歳は「定年」です。歴史的には、これから先の人生は 男女ともに「オマケ」なのです。

⑦ 70歳:まあ、いろいろ言われますが、元総理の小泉さんは、75歳のことを“末期高齢者”と呼び、あわてた厚労省は“後期高齢者”と言い直しました。金食い虫の“年金・医療・介護”を政治家の目でみれば、75歳を“末期”と呼びたいのでしょうが、ちょっと ひど過ぎませんか?

⑧ 80歳:傘寿(さんじゅ)、傘の略字がカサのように見えるので、さんじゅ と読みます。パールのご利用者全体の年齢を代表する歳ですね。昔の標準で見れば、多くの傘寿の人の“死因”は「老衰」でした。そもそも稀な「古稀 70歳」よりも さらに10歳年上ですから「衰え死に」が言い得て妙だったのでしょう。

⑨ 90歳:卒寿(そつじゅ)、「卆」は九十と読めますよね。傘寿・卆寿は平成の御世で脚光を浴びた名称であり、私の子供の頃には 想像さえしなかった名称です。でも、私たちの父母は みな卆寿で寿命を終えました。考えてもごらんください:2200年前、「不老不死」の薬を求めて“蓬莱国”(日本)に使者を出した秦の始皇帝は、絶大な権力者で、千年も万年も生きるつもりでしたが、旅先で死んだ時は わずか51歳の若さだったのです !! これに対して、パールの特養で 90歳代は「最頻次年齢」です、何と言う時代の変遷(へんせん)でしょう !

⑩ 100歳:20年前の大スターは、なんと言っても「金さん銀さん」、双子の百歳でした。初めて所得税を払ったテレビの出演料、何に使いますか?との質問に対して「老後のために とっておく」と語り、全国の人々を大笑いさせました。

100歳の人には まだまだ大事な「老後」があるのです ! すごいなー !!!

職員の声

声1:人生は まさしく 10年ごとに人間形成ができて行くようです;でも、私が10歳のころ三日月の端が尖って見えたかどうか気付きませんでした(係り:お子さん方に尋ねてみられると楽しいですよ)。

声2:私は今20歳、昔15歳で元服したころの同年輩に比べれば劣るような気がしますが、まだヒヨコの気分です、精進します。

声3:悲しいかな、織田信長の49歳なら、もう終わりました;ご利用者の方々を見習って頑張りたいです。

声4:60歳以後は「オマケ」だとの事、やっぱりな ! と思いました;でも駄菓子だって「オマケ」が良いから買うのです、人生は「オマケ」が素晴らしい と思えば、若い人たちも生きる事が楽しくなります。

声5:日野原重明さんは100歳ですが、4~5年先まで国内・海外の講演予約簿がいっぱいだとの事、役割が有れば、人生 元気 なのだと知りました。

声6: 医療の進歩で延命はできても、充実した生活も可能でしょうか?(係り:60歳以降はオマケですから、現在の医療で足るでしょう——日本でもアメリカでも「飲んで食って吸って太って病気だらけでも“死なない”薬」が開発中です;こんな豪勢な医療 なら今後も発展するかもね)。

声7:私たちは 振り返ってみれば、あらゆる能力を、その歳々に持っていたことを改めて知りました;一生の間に「10組の"華“(はな)」を楽しみます;100歳になっても まだ“老後のために 残してお置きたい”気分です。

  参考: パールの安全管理:# 5 : 長生きのひみつ。 # 31 : ボケ勝ち。 # 92 : ヘイフリックの回数券。 # 109 : 長寿とアポトーシス。 # 113 : 他人の2倍生きたい。 
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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