(180) 拘束を再考

 (180) 拘束を再考  

  「身体拘束は、理由の如何(いかん)を問わず、絶対禁止」というのが、福祉の基本姿勢で、なかには 熱烈な「禁止推進者」もおられます。

病院の現状では どうでしょうか? 精神科でも ICU(集中治療室)やCCU(心疾患ケアユニット)でも 身体拘束は当然で、拘束なしには治療は進みません。この点が 介護と治療の大きい違い です。

♣ パールの初期には、「絶対禁止」の声に職員がおびえ、要介護5のT.K.さん(85F ナルコレプシー1) )を拘束せずに介護しました。その結果、ベットからの転落・畳ベットからの立ち上がり転倒・廊下での徘徊、転倒で歯を折る・打ち身傷と骨折 . . . などの悲惨なありさま となりました。ご家族は それでも入院を希望されず、パールでの介護を求められ「拘束も やむを得ず して下さい」、とのご意向でしたが、私どもは それに 安易に応ずることはできませんでした。

♣ 認知症、あるいは精神疾患で「拘束」をすることもありますが、それには “資格を持った精神科医が毎度判断・指導して拘束の必要を確認しなければなりません。そこで、私どもは 嘱託精神科医の指導を受け、ご家族とのインフォームド・コンセント2) を基に、「あゆみちゃん 3) 」の使用・車椅子ベルト・4点柵で対応し、身体的な事故を 効果的に防ぐことができるようになりました。

♣ 高齢化が進む現代の日本では、「医療を必要とする介護の問題」が浮上しています。厚生省次官・吉村仁氏が1983年に発表した「医療費亡国論」以来、日本は医療費の見直しが相次ぎました。一つの解決策は2000年に施行された「介護保険」です。お年を召され、体が不自由になった方々を「医療施設入院」でお世話するのは もう限界に来ており、そのうちの多くの方々は「介護施設」でお過ごしです。しかし、現実には、上記のような「医療も介護も両方必要」な方もいらっしゃいます。「入院」すれば「治療が主」となり、介護にまで手が回りかねず、ご家族の悲鳴が聞こえてきます

♣ 一つの解決策は「拘束の再考」です。今回の例では、精神科ドクターの緊密なご協力とご指導で「拘束もどき」を再開いたしました。この判断は 本当に関係者一同全部の幸せに繋がりました。つまり、問題を前向きに解決しようとする姿勢があれば、通じるものがある、との経験でした。

♣ 「人権は大事である」の「人権」とは「弱い立場の人の人権」であることは当然ですが、困り果てたご家族の人権・介護に励む深夜の職員の人権 . . . なども あわせ考慮すべきだと思っています。

  参考: 1) ナルコレプシー = いねむり病。 2) パールの安全管理:# 102, 103 「説明と同意の書(I.C.)」。 3) あゆみちゃん = 職員自作の「体動センサー」。

職員の声

声1: 私は「拘束禁止推進者」の姿勢には疑問を感じます;パールには「拘束廃止委員会」も機能しており、拘束の導入・廃止を議論しています(係り:極端は避けるべきでしょうね;都市のカラス駆除にも 必ず「絶対反対」というグループがあります)。

声2: 徘徊する人を、そもそも受け入れない施設が多いと聞きます;その理由は「拘束が禁止」だから、とのこと(係り:パールではエレベーター管理がしっかりしていますし、万一徘徊が発生しても 地域の方々が協力して下さいます)。

声3: 拘束に関しては、「人権侵害の有無・インフォームド コンセント・精神科医のご指導」の三つが鍵となります。

声4: 自動車だって安全のためにシートベルトで乗客を 法律によって拘束します(係り:高齢者は拘束の意味を理解できないから、いきおい「禁止」となるのかも知れません)。

声5: デイサービスや在宅ケアでは、椅子から いきなり立ち上がり、すぐ転ぶというケースが後を絶ちません;こういう実務体験を持たない人たち理想論を吐いても、白けるばかりです(係り:大きな事故と拘束とを天秤にかけて判断するわけですが、事故が発生すれば責任を追及される し、「正解」のない問題ですね)。

声6: 第三者が見て 拘束の必然性が一目瞭然であれば、何の問題があるでしょうか?(係り:ご家族が自宅でケアをなさる場合、拘束をなさるでしょう;でも施設では それができません;結局「愛と信頼関係」に鍵があると思われます)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

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