(182) 強い立場の人々の行い

  (182)  強い立場の人々の行い  

  以前、「ノーブレス・オブリージュ」(尊い人の社会的責務)という考え方を「安全管理」 *) で お話ししました。今日は少々 別な観点で「人の心の“はかなさ”ないし、“もろさ”」を勉強したいと思います。

♣ 皆さま方は 3.11 事件 以後、社会で「強い立場の人々の行い」を しみじみと見ておられるでしょう。つまり東電が地元市民に接する態度のいろいろ・九電で問題になっている 世論調査の「やらせ」の数々、超エリート社員・官僚の出まかせ発言などです。さらに、お隣の中国での“列車脱線事故での問題”が私たちの心を驚かせました。これらの事件は 次に述べる「分かり易い人類の歴史」が 人の心を うまく説明してくれます。

♣ 私のお話のトップは「焚書・抗儒」(ふんしょ こうじゅ)です。かって、中国大陸を初めて広く制覇した「秦の始皇帝」は 自分の威光を徹底させるために、「焚書」(ふんしょ)を行いました(B.C. 213)。これにより、始皇帝の政治を褒めない書籍はことごとく灰と化し、人類の重要文化の断絶が起こりました。始皇帝は それでも気が済まず、翌年「抗儒」(こうじゅ B.C. 212年)——つまり、始皇帝の権威に迎合しない儒教学者460人余りを逮捕し、穴を掘って「生き埋め」にしたのです。

♣ 今回の行為はインターネットの時代には通用しにくい処置でしたね。でも、ドイツ・ナチス(ヒットラー)も“非ドイツ的な書籍”を焚書、チリ政府のピノチェト大統領も“反対派の書物”を焚書という事実。そこで中国では この「土埋め」を「正当な考え」と見る向きもあります。たとえば、あの 文明開花の先をになったな魯迅ろじん)は、始皇帝の焚書は「進歩的な行為だ」と褒めています。また、かの毛沢東もうたくとう)は「文化大革命」を遂行するに当たって、焚書は政治闘争の立場から「必要だ」ともしています。

♣ そして、なんと、日本でも 焚書に近い「禁書」が堂々と行われたのが昭和20~21年、敗戦の年なのです。私は中学一年生だったので忘れることもありません。日本政府は、GHQの指令に基づき、学校教科書を焚書にしたいところ、敗戦によって教材を追加プリントが不可能だから、こうしました:まず生徒に硯(すずり)と筆を学校に持参させ、占領国のアメリカにとって不適切な「忠・孝・仁・義・礼 . . . 」などの思想、皇室の歴史などを、筆で黒塗りさせました。ページの半分ほどは真っ黒になりました。

♣ こうしてみると、「強い立場の人々の行い」は、二千年このかた、少しも変わらないように思えます。先週の 中国の脱線事件や福島原発事件に関わるもろもろなどの対応を見ていると、人々がいったん権力を握ると、自分たちの意見に沿わない人々を締めつけ、場当たり的な発言で、嘘と真の区別を気にしなくなるのです。社会の混乱を避けつつも、真実を発表する姿勢が必要ではないでしょうか。

♣ ここで、私たちにとって大事な質問は、「肝心の自分自身が強い人々なのか? 」を問うことではないでしょうか?でも、普通の私たちは「自分が強い立場の人」とは ついぞ思いませんでしょう? あなたは どう思いますか? Yes ? Or, no ?

♣ さて、あなたの日常的な人間関係を並べてみます。あなた(介護者)や、ご利用者、ご家族、役所の職員、病院の職員 . . . どこかに特別に「強い立場の人」はありませんか?「強い立場の人」は、ほとんど自責の念もなく、しばしば横暴な発言をします。

♣ そこで私は提案したいのです:あなた(介護者)は強すぎていませんか?あるいは ご利用者やその家族のエゴが強すぎていませんか? または、病院? または役所? いろいろありますが、「強い立場の人々の行い」は しばしば傲慢・不遜になります。

♣ 「ノーブレス・オブリージュ」の由来は“尊い人の社会的責務”なのですが、つい“ワシは王でも貴族でもない ! ”と鼻先で無視しますが、どっこい、あなたは「強い立場の人」 かもしれません。“そんな事だってあるわ”と思って、ときどき自分を反省しましょう。これが私の「原発と脱線事件」からの教訓でした。

   参考: *) パールの安全管理 # 44 :ノーブレス・オブリージュ。

職員の声

声1: 強い立場の発言とは、福島事件の東電・政府の その場しのぎの発言、中国の特急脱線事件の収拾、秦の始皇帝の抗儒(こうじゅ)など みな同じで「臭い物に蓋」です;私たちは常に自分を反省する姿勢が求められます。

声2: 現代でも焚書ふんしょ)と同じような検閲が行われています;インターネットでさえ情報操作が行われていない保証はありません(係り:福島事件でも、政府が隠した情報はネットでドイツ・スエーデンなどから、すぐ筒抜けに伝わって来ます)。

声3: ときどき、自分が介護者として「強い立場」に立っているのではないか?と反省することがあります(係り:すごい反省です !)。

声4: 強い立場にあぐらをかく人間は どんな知識人であっても愚かである と思う;強い立場であればあるほど、自分を振り返る必要があると考えます。

声5: 年齢を重ねるごとに 責任の重い仕事となります;上に立てば立つほど 間違いを指摘してくれ人は少なくなります係り:アンデルセンの童話に「裸の王さま」というのがあります;位(くらい)の高い王さまには正しい情報が届きません)。

声6: 日本の子供たちは首相や大臣になることに憧れません、なぜなら 強い立場の人々が「保身」だけにこだわり、世の為 人の為の仕事をしないからです;昔の政治家は私財を投げ打ってでも 人の為に尽くした、と聞いています;強い立場の人は その責任を全うして欲しいです(係り:私の子供の頃には“末は博士か大臣か?”という共通の尊敬と憧れがありました——人の性(さが)は二千年この方 変わらないのだ、と嘆いても生産的ではありませんね、自分自身に言い聞かせましょう)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

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