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(194) 食べず、飲まず

 (194) 食べず、飲まず  

 福祉施設では、せっかく食事介助をしても、ご利用者が「食べない、飲まない」という悩みをお持ちの職員は多いと思います。今日は「食べず、飲まず」の生理学と経験談を紹介します。体格指数(Body Mass Index, B.M.I. )についても説明します。

♣ 私の祖父は 脳梗塞のあと「食べず、飲まず」が始まって1週間で亡くなりました。その昔には、点滴・エンシュア・胃瘻などが無かったからです。今 考えれば、栄養失調というより「脱水」が原因だったのでしょう。

♣ 20年まえ、スエーデンの老人施設を訪ねたとき、私は「ご利用者が自分で食べられなくなると、どうなさるのですか?」と職員に訊きました。その方のお答えは「枕元にパンとスープを置きます;ご自分で食べられなければ、それが終わりです」とのこと。私の祖父の時と同じでした ! ちなみに、大正天皇がお亡くなりにたった90年まえ、日本では 初めての「リンゲル液」を注射申し上げたけれど、延命はできなかったと記録されています6) 。ヨーロッパから輸入したリンゲル液一本の御値段は、今の値段でいうと、100万円くらいだったそうです。

♣ さて絶食で、どれだけ生きられるのでしょうか?1) ここで「絶食」とは、自分の意思、または事故・病気によって食事が絶たれることです。性・年齢・基礎疾患の種類により結果は大幅に異なりますが、水分摂取の有無が大きな影響を持ちます。水分摂取がない場合、元気な人でも、ふつう1~2週で死亡します。老人の場合、1週 持つでしょうか? その原因は「脱水」と呼ばれるものです。人間は何もしなくても、水分を呼吸・汗・尿で失います。その水分を補充しなければ、循環血液量が減り、血圧が維持できなくなり、死に至るのです。だからこそ、現代では、お年寄りが入院すると、まず点滴から始める のです。

♣ 食物を摂らないが、水分は自由、これは「断食(だんじき」と言われる宗教的イベントです。過去にいろいろな記録がありますが、1918年のマハトマ・ガンジーの断食は「証拠」もあり、有名です。彼はインドの独立をイギリスに求めるため、21日間の宗教的断食をしました。ただし、水をすするのは許されていました。(非公式の記録では、40日生き延びた例もあります。)水の補給があるから循環血液量はほぼ保たれ、体の栄養は体内脂肪のカロリーで補うわけです。脂肪だけが体内で燃えると、血液は酸性に傾き(ケトン症)、臓器不全が進みます。

♣ 急性な断食ではなく「慢性の飢餓」の場合はどうでしょうか?慢性の飢餓は人類の歴史のなかで頻繁に起こりました。アウシュビッツの強制キャンプは有名ですね。このような場合、甲状腺や副腎の機能が低下し、生命活性は落ちるものの、案外に長生きできます。その代わり、体は骨と皮になってしまいます。

♣ 医療・介護領域では「近飢餓」に出合います。有名なものでは「神経性食欲不全」、「癌末期」および「老衰」があります。ここで「体格指数」について説明します2) 。体格指数は「肥満度」を表わす数値です。文明社会の医療では「肥満」が「痩せ」よりも問題のようで、「肥満」を定義する 新しい計算式が30年ほどまえに世界的に認識されました。それは「体重 kg ÷ 身長 m ÷ 身長 m」です;電卓で簡単に求められます。正常値は 22 ± 3です(正確には 18.5 <= 正常 < 25.0 )。

♣ BMIが25以上を「肥満」、30以上を「高度の肥満」などと呼びます。逆にBMIが18.5に達しないのを「痩せ」と呼びます。ただし、面白いことに 人気のファッションモデルの必須条件は BMI≒17 です。17を越えるとクビになるそうです。特養パールでの13年間の平均値をみると、ほぼ 17 です(平均年齢は91歳)。なお、太った方の長生きは珍しいです

♣ 痩せた方は 驚くほど長生きされます。しかし、それにも限度があり、パールでの経験では BMI≒12 以下で生存された方は3例しかありません。お年寄りは、何事もなく過ごされていれば、BMIも数年にわたっても その人なりに一定です。もし「誤嚥」のステージに入られると、毎年 BMIが 「2」 の割で低下し、BMI≒12 に達すると やがて亡くなられます3~5)

♣ パールの施設でお暮らしの入居者は 基本的にはお元気ですが、ご家族とBMI の経過表を参考にして予後の話し合いをし、Informed Consent(説明と同意の書)を交わすのを慣わしとしております。

参考: 1) How long can a person survive without food? : Alan D. Lieberson in Scientific American 3:104, 2005. 2) 体格指数(BMI)からみる生と死のはざま:新谷冨士雄 新谷弘子 老人ケア研究 No.33 p13~23、2010. ネットで「社会福祉法人 パール」で入ることもできます。 3) パールの安全管理 # 33 : 天寿の終点は BMI≒12。 4) # 76 : 胃瘻のメリット・デメリット。 5) # 99 : 人はなぜ死ぬのか? 6) # 167 : 福祉のショート・ショート。
 
職員の声

声1:枕元にパンとスープを置くだけ、というスエーデンの話、妙に納得しました(係り:彼の国では 百年の歴史で裏付けられているとのこと)。

声2: 大正天皇に使った「リンゲル液」というのを初めて聞きました、生理食塩水のことですか?(係り:生理食塩水は単純に0.9%の塩水、リンゲルは少し高級で、Na+ Cl-の他に、K+ Ca++ HCO3が含まれています)。

声3: インドのガンジーは21日間も断食したのだ ! 断食と絶食の違い を初めて知りました(係り:独り暮らしの老人は実質的に「断食」になりやすいですね)。

声4: テレビで「プチ断食」の紹介があり、一泊二日の断食で体が綺麗になるそうです;でも慢性飢餓は絶対イヤです ! (係り:平和な先進国で 飢餓はありませんが、その人の寿命が終わるときには「飢餓」と同じような現象が起こる のです)。

声5: 医学部の学生のころ「老人をみたら、まず脱水を疑ええ ! 」と習いました(係り:私は“老人の茶飲み話”を聞きました、女性の“井戸端会議”と同じように、老人には“お茶”です)。

声6: 肥満の程度を決めるためのBMIは「生活習慣病」の診療でよく聞きますが、「痩せ」への応用はネットで見ても 見つかりません(係り:パールの研究で BMI≒12の臨床応用は 実務的価値があります2) ;パールではBMIが12レベルで亡くなった方が 先月二人ありました;また、新たに12レベルに入った方が3人おられます;食事と健康の関係を 緊張して見つめています)。

声7: BMIを計算するためには、身長と体重を測らなければなりませんが、在宅では いずれも困難です(係り:たいていの方々は体重だけを気にしますが、身長は一度 巻き尺で測定 しておくと便利ですよ;体重と異なり ほとんど経時変化しません)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

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