(208) ヒポクラテスと人権

 (208) ヒポクラテスと人権 

 今日は 整形外科の嘱託医であるDr.Yへの医療相談を切り口として、「人権」を考えてみます。

♣ まず A.S.様(69歳男子):脳梗塞のあと、四肢の不全麻痺があり、最近では脚力の低下が著名、しかし「手引き介助」にも拒否があります。S.T.様(77歳女子):尻餅で 左肩から腕にかけて筋肉を痛めましたが、リハビリは拒否;ご本人は「痛いのよ」とおっしゃり、ほとんど動かすことがありません。どちらの症例にも「拒否」があります。どのような対応が良いのでしょうか?

♣ さて、Dr.Yのお答えです:この質問には「人権」が関わっている。まず、答える前に 二つの人物を紹介しよう。① ギリシャの医師ヒポクラテスは2500年前頃の人で、若い医師たちに職業的な倫理を強く求め、「ヒポクラテスの誓い」という指針を後世に残したことで有名である。欧米では医学生が卒業する時に それを「暗記」させられる。その大事な「さわり」を箇条書きすると:- 患者にとって「利益」と思うことのみを行う;男女・身分の違いはつけない;秘密を絶対守る;純粋と神聖を持って生涯を貫く。→ つまり、現代風に言えば「患者様は神様だ」ということである。

♣ 次に ② 「ナイチンゲールの法則」を思い出そう。彼女は170年まえ、クリミア戦争時の看護に従事し、「治療や看護に敵・味方の区別をつけない」との考えを示し、近代看護の基礎を築いた。→ 怪我をしたら、敵・味方の区別はない . . . とは現在の戦争でさえ困難な思想であろう。

♣ 以上の①②を踏まえて これらのケースを考えてみると、いずれのケースにも本人の「拒否」がある。ヒポクラテスとナイチンゲールに照らしてみると、本人の拒否が最優先され、“家族の希望”や“職員のアドバイス”は後に来る。では、どのように対応するか? リハビリや治療が大事であることを、根気良く説明し、なんとか同意を得ることが必要だ。どうしても拒否が続く場合には、ご家族ともども「インフォームド・コンセント」(説明と同意の書)1) で 書類上の確認が必要となろう。

♣ Dr.Yはご自分のケースも提出されました:ある88歳の女性、脳梗塞のあと廃用萎縮が進行、全く使わなかった腕が拘縮した(肘と手首が強く曲がった状態)。特に拘縮した左手が左胸を圧迫し、その結果 接触部位に褥創が発生した。脳梗塞による筋拘縮は取り除けないので、処置として肘の腱切断術はどうか、との相談を受けた。決定第一順位の「本人」は意思の疎通がない。第二の「ご家族」は手術に否定的。職員の意思は 第三番目であり、このさい、無力であろう。結局、保存的にクッション・ガーゼで対応することとなったが、問題の基本的な解決にはならなかった。

♣ 「医聖」ヒポクラテスは「本人の望みをかなえよ」でした。つまり、本人の人権を大事にすれば、治療や対応への希望は「本人→家族→職員の順」に優先権があります。しかし、福祉の世界では、以下の ”職員の声”のように議論続出でした。

  参考:  パールの安全管理 1) # 103 : 説明と同意の書。 2) # 1 : 万年目の亀。 3) # 62:過失責任 特に骨折。

職員の声

声1:人間としての「生命」を優先すると、その人の「人権」と相いれない場合も出てきますけど . . . (係り:人権優先は分かっていても、ご本人の説得は難しい作業です)。

声2: 上記のA.S.様は手引き歩行を拒否され、もし転倒・骨折されれば、たぶんご家族からクレームが来るでしょう(係り:骨折があれば、あなたの責任が問われます3) ;ご家族とのインフォームド・コンセントは必須です)。

声3: 在宅ケアでも ご本人が手引きを拒否され「大丈夫よ」とおっしゃりながら転倒される方の経験が 少なからずあります(係り:残念ながら 骨折が発生すると「結果責任」を免れにくいです;インフォームド・コンセントの必要性が強調されます)。

声4: 「よかれ」と思うことをご利用者に押し付けてはいけないと再認識しました;本人が望まない限り 事は運ばないのですね(係り:本人とご家族とのコミュニケーションが必要なのです;いくらご本人であっても それが最良の選択であるとは限りませんよね——そこが 高齢者ケアの難しいところです)。

声5: 特養では本人の意思がはっきりしません;また、ご家族は「ご利用者の現状」を必ずしも把握していません係り:だから重要ポイントごとに インフォームド・コンセントが必要になります)。

声6: 宗教によっては、本人の拒否のため 大事な輸血ができないといいますが、命が掛かっているのに?(係り:命より「経典」のほうが優先される場合もあることを知っておきましょう)。

声7:自由と自己責任」は何と素晴らしく、何と難しいことだろう ! (係り:ヒポクラテスが2500年前に語ったように、人権を守る姿勢が一番先にあるべきであり、その条件の元でベストを尽くす、というのが基本的な解答でしょう)。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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