(210) バリア・有りー

 (210) バリア・有リー 

 少し古い話になりますが、ロシアの前大統領のエリツインは式典の演説中、いまにも転倒しそうになり、支えてもらい 助かりました。私はまだ そのテレビの画像を覚えています。キューバの前カストロ首相は演説中にて転倒し、右腕・右膝を骨折。女優の吉永小百合さんは、映画の撮影中に転んで顔面打撲。

♣ 歳とともに「とっさの一歩」が大事になります。皆さん方は「矛盾」という言葉をご存知ですね。古代中国、韓非子(かんぴし)の故事です(最強の矛で最強の盾を突いたら、どちらが勝つか?)1) 介護の世界では、イヤッと言うほど 矛盾に出合います

♣ 近年、厚労省の指導する「バリア・フリー」という考えが社会に広がって来ました。この言葉の裏には 沢山のエピソードがありますが、私は祖母にまつわるエピソードをお伝えします。私の父母は渋谷区千駄ヶ谷に住んでいました。玄関は道路から石造りの七段上、玄関の敷居をまたいで「石かまち」があり、そして更に一段上に畳の床がありました。ごく昔風の日本家屋でした。祖母は その石段を降りるとき、誤って転倒・骨折をし、手術を受けましたが、寝たきりとなり、やがて亡くなりました。私はまだ若い時代だったので、何がどのように不都合であったのかを深く考えませんでした。

♣ その後、父母の家には 石段に沿って「手すり」が設置され、80歳代の父母は 手すりに掴まって出入りしていました。今 思うに、日本式の玄関の造りは高齢者の出入りに不向きでした。つまり、昔の設計者は“家に高齢者が住む”ということを 知らなかった ようです。

♣ しかし 近年 さすがに高齢者の数が増え、生活の障害となる造作が「転倒と骨折」の原因として無視できなくなるにつれ、それらを「バリア」と呼ぶ ようになりました。そこで 新しく建てる建築物は「バリア・フリー」が目指される時代になりました。今のパールでも、一歩道路を離れると「すり足」で歩く人であっても、まったく障害物がないように設計されています。たかだか30年くらいの間に、日本の建物は 見事に「バリア・フリー」に転換 されて来ました。

♣ ところが ここに「矛盾」が姿を現し始めたのです。つまり 「バリア・フリーの施設に長く住むと、かえって転びやすくなる」という観察が増えて来たのです。介護者が真面目で一生懸命にご利用者を守ると、かえって要介護度が上がり、介護状態は悪化し、介護財政が圧迫されると厚労省が指摘するような時代になりました。そこで考えられたのが「バリア・フリー」で高齢者を 手厚く保護するだけでなく、 「バリア・有リー」の生活を見直し、それを介護予防に取り込もう、という姿勢です。つまり、坂道や段差など、ある程度の「障害」があるほうが 身体機能の維持・向上に繋がるようです。行き届き過ぎた介護は一考しよう、という矛盾でした。

♣ 最近の一事例を述べます。A.H.様(84歳女性)は、すでに右大腿骨骨頭骨折の手術を受けておられ、今は一人で杖歩行をなさいます。8月、ショトーステイで転倒、疼痛があったため、救急車で病院を受診。ところが結果は「骨折なし」でした。そこで ご家族とインフームド・コンセント2) を重ね、「たとえ骨折の事態が今後あっても、杖歩行を認めて欲しい」との合意にたどり着きました。

♣ 私どもは 結局 厚労省の言う「バリア・フリー」と「バリア・有リー」の矛盾を抱えながら、介護者としての甲斐性が問われていることを自覚せねばなりません。 「ルー(Roux)の法則」は、まさにこのことを言い当てています:つまり「やり過ぎも やりな過ぎも不適当、丁度良い所を求めよ」3) でした。

  参考: パールの安全管理 1) # 140 : 月と矛盾とケア。 2) # 102 : インフォームド・コンセント(説明と同意の書)。3) # 5 : 長生きのひみつ。4) # 45 : ルー(Roux)と智恵。

職員の声

声1: バリア・フリーの生活をしていると筋力が低下する、と聞き 驚きました(係り:ご利用者の歩行介助をしているとき、私に寄りかかってしまうことがあります、それはきっと 過介護のせい だったのかも知れません)。

声2: 転ばないように保護すると、却って転びやすくなる、この矛盾 !係り:しょせん、楽(らく)して生きるのは困難です)。

声3: でも 危険と隣り合わせだから「段差」は無くして欲しい;そもそもケアには矛盾が付き物です(係り:室内では 畳の縁や絨毯の端で転ぶ ことがあります;こんな方に過剰な期待はできないでしょう)。

声4:家の中でのバリア・フリーに慣れると、外出した時の「つまづき・転倒」の可能性が高くなりそうです。

声5:確かに街の中や施設でバリア・フリーが浸透してきましたが、体が不自由でない限り 「バリア・有リー」の環境も必要ですね。

声6: 「フリー」も「有リー」も大事、優先順位にこだわらず、そのバランスを考えたいです

声7:ある右麻痺の方、リハ病院へ入院して訓練;ところが退院した後、却って歩けなくなりました;家の中はバリア・フリーではなかったからです。

声8:私の父は94歳のガンコ者、散歩に連れて行くと階段のある所を選び、車椅子を拒否;でも今日のお話を聞くと、彼の主張には筋が一本通っていると感じました —— ルー(Roux)4) の法則通りですよね。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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