(266) 年金 と 介護の 行方

(266) 年金と介護の行方

いま、この問題で 世の中は 揉めに揉め ています。私たち働き蜂は おとなしく働きゃ良いのでしょうが、やはり理解した上で働きたいです。政治・経済・マスメディア . . . 聞いても読んでも 意見は多種類で、よく分かりません。そこで私なりに問題点をまとめて見ました。

♣ 今 揉めている福祉問題は四つ:① 年金、② 医療、③ 介護、④ 育児と人口問題。今日は①を考え、そのあと③との関係を考えます。

♣ そもそも 年金って、公務員や軍人など、平均年齢が50歳の昔に考えられたモノです。公務員は 月給が少なくても、老後の何年かは これで暮らせました。ところが、50歳余で死ぬハズだった人たちが90~100歳まで 働かずに年金生活を送るなんて、制度設計の時には考えられてもいませんでした。

♣ でも人々が長生きするにつれ、政府は年金行政を考えました。銀行の定期預金のように「貯蓄方式」でスタート。給料から天引きしたお金に利子をつけ、その人の定年後に戻してあげる、これは一番 分かりやすい制度ですね。この方式の主な欠点 定年後 死ぬまで 長期間にわたって戻し続けなければならない; 定期預金の感覚なら40~60年定期預金ですね、インフレになったら国民は大損、デフレになったら国が大損; 国は 徴収したお金をどこに貯めて置くの? 金(きん)では貯められません、教育など 多目的に流用します;だから償還できません; 大量の現金が傍にあると、つい 係員は「グリンピアや保養所」などを造り、そこを天下り先にして 不正横領する、年金の猫ババも頻発;などなど。

♣ たまたま オイルショックで貯蓄基金が不足したので、政府は「賦課方式」を併用し始めました。つまり、国民からの税金を年金支払いに流用し始めた;なぜって 人々が長生きし、支払い金が増えたからです。さらに 1990年代に 国は 税収不足を赤字国債発行で賄う味を覚えました。禁断の木の実を食べ始めたら 麻薬癖とおなじ です、やめられません。今では 国の赤字総額は1千兆円を越えました。誰がその借金の元利合計を返すのですか? それは若い世代の国民です。つまり、賦課方式の年金運営をたとえると、「少数若者が労働し、遊んで暮らす多数老人を養う」方式です。これは、今 問題になっている「ギリシャ問題」に似ていますね →「北ヨーロッパが労働し、遊んで暮らすギリシャを養う」。これだって 人口構造が「ピラミッド型」なら不可能ではないけれど、「逆さピラミッド型」になった現在、「賦課方式の年金償還」は もう崩壊です。どうするつもりですか? 政府は さらに借金を重ね、問題解決を後延ばし するようです。

♣ 20年前、私は父の葬儀を田舎のお寺で行いました。寺の隣の空き地で お年寄り10人ほどが ゲートボールを楽しんでいました。市役所の女性職員一人が見守りをしていましたが、彼女は私にこう語りかけました:― 皆さんは、“税金で お年寄りたちがゲートボールをしている”と不思議に思われるでしょうが、実は これのおかげで お年寄りたちは元気になり 医療支出も減り、市は得をしているのです、と。私は「なるほどなー」と納得しました。でも、所詮 「人生って増える借金の後払い に過ぎないのでは?」とも思いました。

♣ 社会の「ふところ」は有限でしょう? だから、誰かが使えば、そのぶん、誰かが補充しなければ 赤字になります。私は年金生活者が、自分のできる範囲で社会貢献をし、質素な生活にも慣れて欲しい と感じます 1) 。歳をとっても、社会貢献はいくらでもありますよ:小学生の通学サポート、街の美化運動、幼児の教育 . . . どれもボランティアかも知れませんが、老人に 社会貢献の姿勢がみられれば、不平を言う若者は少なくなるでしょう。生活保護を受けて パチンコに励むオジサン、人々がハテナ?と思うような遊びや海外旅行などをする年金依存者は この社会で共に生きる姿勢ではない と思います。

♣ 先日の「報道ステーション」では、古賀茂明氏が語っていました:「年金制度は、始めたときにはお金があったけれど、もう無くなったのだから やめざるを得ない。そもそも“負担少なく サービスどっさり”という標語は 辻褄が合わない」、と。私もそう思います:“ヒト一人の命は地球より重い”とおっしゃった総理大臣がありましたが 2) 、もし本当にそうなら、地球は70億個ほど必要です。道理に合わない「カッコ良し」は非現実的です。「入るを図って 出づるを制す」以外の健全姿勢はないでしょう。

♣ 介護についても、この制度を企画した1973年の状況と40年後の今の状況 とでは 天と地ほど違います。私たちは 介護の当事者ですから、改善の要望などを沢山もっていますが、“ペイゴー”(Pay as you go ! )の精神 3) を取り入れなければ 将来は困難だろうと感じます。なかんずく 日本は「天然介護」の方法4) に もっと もっと工夫をする余地が残っていると思うのです。

♣ 今日のお話の結論 は、年金は「積み立て方式」も「賦課方式」も運営不能に陥ったという現実; 介護も“ペイゴー”の姿勢で将来を再検討して 活路を見出すべきだ、という認識でした。

  参考:パールの安全管理  1) # 248 : 介護の将来像。 2) # 74 : 介護の不足と過剰。 3) # 107 : ペイゴー。 4) # 260 : 天然介護。

職員の声

声1: 多数の老人が 市役所の職員に見守られて「ゲートボール三昧」、それを見ている納税者は、確かに「はてな?」と思いますよね ——説明はあるけれども 屁理屈に過ぎません。

声2: 年金が無くなれば、介護保険の財源も考え直さねば(係り:年金のサンプル計算です:- 給料から天引きで 職員が毎月3万円を40年間 掛ければ1440万円になる;これを定年後 毎月12万円の年金で引き出すと丁度10年ほど持つ;会社が同額を掛けているので、支払いはもう10年延長OK。定年を65歳とすれば、85歳まで持つ。男性の平均寿命は今79歳だから大丈夫 だ;でも、妻・母・その他にあげる年金財源は全く無いよ ! )。

声3: 「人生50年時代」に設計された年金行政を「人生90年」の人たちに適用するのは どだい ムリ;定年後も働かなければ 社会が潰れる

声4: 少ない年金だけで生活するのは ますます困難になります(係り:納税は国民の義務ですが、勤労も国民の義務(憲法第27条——すべての国民は{20歳未満を除き}勤労の権利と義務を負う;つまり 勤労しないのは定年後であっても「憲法違反」ですぞ !! )。

声5: 日本の年金も介護保険も いずれ破綻します ! それを避ける方法は二つ: ① 資本主義で行くなら——税金を少なくするのが基本、その税収もバラマキに使わず、社会発展に投資する;医療・介護は私費で、貧困者はチケット制で;労働不能者は 昔の「措置」で。 ② 社会主義 で行くなら——税金を根こそぎ徴収、その代わりに医療・介護は無料——そして 無知で知らん顔の日本国民に「火の車の税務実情」を周知せしめる(係り:社会主義は税金を国民に再配分する美点がある反面、税金をバラ撒くのみで、社会発展に投資しない欠点がある;税の再配分役の官僚は天国 —— ロシアやキューバになりたいか?)。

声6: ナゼ どうして 社会がこんなにきつくなったのだろう?係り:その根源は 、逆説的ですが「人が馬齢ばれい)を重ね始めたこと」によります—— 馬齢 とは “いたずらに歳をとること” )。

声7: 年金が「いずれ崩壊する」とは 怖いことです(係り:日本人が 定年後 勤労をせず、年金を頼りにし始めたのは バブル崩壊の1990年頃から です;それ以前は 太古の昔から 年金なんて無い生活 でした —— 少数の貴種を除き、人生は50年、人は現役で働きながら 短い老後で死んだ のです。進化した社会の現在では、人は定年後 働かずに 長い余生を送ることが許されています。それに関わる医療・福祉は「幸福」を呼んだのか?「破滅」をもたらすのか?)。

声8: 私は 医療・介護経費の自己負担率を上げてでも、現在の社会を存続したいです;悲惨な医療介護を避け、幸せな天然介護を選びます係り:バラマキ政治で栄えた国はありません;ローマしからず、イギリスしからず)。

声9: 私は老人を極力 保護したい;だって現社会は お年寄りたちの若いころの努力の賜物です;だから老人に楽をさせてあげてもバチは当たらない と思う(係り:基本的には大賛成;ただし 条件がありますぞ:昔のように「孫の数は最低4人は義務 だ ! 」、できれば7~8人を産むべし;そして輝く50歳で . . . せめて還暦の頃には消えて逝った 古き良き慣例 も忘れまいぞ ! —— 逆に 孫さえ持たず 定年後40年間をロハで暮らせば 日本は確実に破滅 ! )。

声10: 年金は廃止される運命です——でも 先日 私のところに 年に一度の年金便が届きました、嬉しかったわ
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR