(32) 芳賀(はが)の鬼

 皆さん方のヒヤリハット・レポートを読んでいると、「芳賀の鬼」に混乱があるようです。「芳賀の鬼」って何ですか? それを今日語ります。

♣ 私が子供のころは「鬼畜英米」(きちくべいえい)の時代でしたから、カタカナ外国語は禁止されました。たとえば、野球でストライクを「よし一本」、ボールを「ひとつ」、ランプは「ともしび」、コーヒーは「珈琲」などです。だから私が中学校で初めて英語を習ったとき、カタカナ言葉の予備知識は皆無でした。そんな時に この「芳賀の鬼」に出会ったからビックリしたのです。例をあげましょう:英語の “ I, My, Me ” は「私ハ 私ガ 私ノ 私ヲ 私ニ」ですね。ほら、ここに「芳賀の鬼」がいるではありませんか! 英語と日本語は どちらが単純ですか? たとえば、「象は鼻が長い」と「象の鼻は長い」で、どちらが頻用されるでしょうか?

♣ 皆さん方は「芳賀」を どう使い分けていますか?おそらく答えは「なんとなく . . . 」でしょう。でも原則は存在するのです。日本語では名詞に「ハガ」をつけると、それは「主語」になります。主語が二つ続く場合には、第一主語に「ハ」、第二主語に「ガ」をつけます。したがって「象ハ鼻ガ長い」が正しく、「象ガ鼻ハ長い」とは絶対言いません。初対面の人に向かって「私ハ田中です」と言う場合と「私ガ田中です」では、状況がはっきり異なりますね。

♣ 私が中学2年の頃、日本国憲法が発布されました。私は、その憲法全部を肉筆で3回書きあげ、学校に提出しました。3週間かかりました。憲法は大変奇妙な書き方でした。たとえば、「戦争ハこれヲ放棄する」です。意味が分かりますか?「日本は戦争を放棄する」と主語をつければよくわかります。しかし、日本語は可能な限り「主語」を出しません。しかし主語抜きの「戦争を放棄する」では、誰が放棄するのか曖昧になります。つまり「戦争ハ」は「戦争ヲ」と同じ意味を持ちます。つまり憲法は 主語≒目的語という誠に不思議な文章で成り立っています。ですが、解釈上の混乱は起こっていません。

♣ 同じような混乱は広島の原爆記念碑でも見られます。「安らかに眠ってください、過ちは繰り返しませぬから」と彫ってあります。“誰が”過ちを繰り返さないのでしょうか? “参拝者が . . ? 、旧軍人たちが . . ? 、日本政府が . . ? 、アメリカが . . ? ” などの論争がいまだに続いています。

♣ 次に便利で不便の日本語の構文を理解しましょう。日本語は「主語+目的語+動詞」で表します。主語はしばしば省略されます。もし目的語が複数あって、文末の動詞が否定形であったとします(テレビでしばしば聞きます)。たとえば、「台風は博多・下関・広島・神戸 . . . を通過し. . . まセン」と、文章の最後を否定されると、聞いた人はパニックに陥ります。なぜって、文の頭の諸都市の名前を思い出せないからです。この文章を混乱させないためには、主語の部分で否定しておき、「台風が通過しないところは、博多・下関・広島・神戸 . . . です」のように、すれば安心して聞けます。

♣ もうひとつ、YesとNoです。いま二人の夫婦がいて、互いに愛している、とします。英語の対話なら:Do you love me? — Yes, I love you.— 問題ないですね。否定形で尋ねてみます:Don’t you love me? — Yes, I love you. オヤ、変ですね。日本語の否定形なら「僕を愛してないの?」「いいえ、愛してるわ」。つまり、日本語の直訳なら “No, I love you.” とやっちゃい、外人がこれを聞けば、たまげます(正しくは、質問の形式にかかわらず Yes, I love you.)。否定形の質問は危険ですよ:「食べたいの? 食べたくないの? どっちなのよおー」と尋ねられれば、英語発想なら「うん」と一言えば100%食べたいことが伝わります。しかし日本語発想なら「食べたくないの?」のと言われた その瞬間に「うん」と答えない限り、生返事になっちゃって、“どっちなのよおー”を招くのです。業務指示の場合なら、決定的エラーの種になりかねません。

♣ そこで、今日のレッスンのレジュメ:① 報告書には「芳賀の鬼」の順番を意識して書くこと。 長い文章の文末に使う動詞は決して否定形を用いないこと。③ 否定形で尋ねるときには Yesは全肯定、 Noは全否定と、意味に十分注意すること。これらを守るだけで、あなたのレポートは完全に近づきます。

職員の声

声1: 日本語は私の母国語です;しかし「第一主語」とか「第二主語」と言われても、まごつくばかりです(係り:象は鼻が長い、この場合、象は第一主語(“ハ”が付く)、鼻は第二主語(”ガ”が付く)です;決して「鼻が象は長い」と言いませんし、もし言ったら意味不明です)。あなたの介護記録に活かしてください)。]

声2: 芳賀の鬼って、初めて聞きます;レズメの①:主語をハッキリ、② 否定文は文末でなく、主語に近い所で否定しておく、③ 否定文で尋ねない;私はまず①から実行します。

声3: ヒヤリハット報告をするとき、文字数制限に悩まされます(答え: 安全管理 (7) “観察と予測”で述べましたように、報告書は「カン・メイ・ビ」(簡潔・明瞭・美しさ)が必要です;日本人は世界一短い表現 = 俳句を作り上げました、たった17文字で全てを明らかにし、かつ美しいのです;頑張ってください)。

声4: 英語を習っていて、否定文の受け答えに悩んだ記憶があります(係り:Yesのあとには肯定文(例:Yes, it is. まちがってもYes, it is not.とは言わない)、Noのあとには否定文(例:No, it is not. まちがってもNo, it is.と言わない——日本語では“ハイ、違います” も “イイエ、違います”もありえるので、外国人は面食らう)。

声5: 「戦争はこれを放棄する」という憲法の文言、天皇を主語とすれば、これでいいのでは?(答え:明治憲法なら それでいいでしょうが、今の憲法は「国民」が主語です、この文言は やはりヘンです;だって「ご飯はこれを食べる」といいますか?)。

声6: 英語の “I think何々、because何々”という、切れ味の良さを見習いたいものです。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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