(312) 遠近法 の 喪失

 (312) 遠近法 の 喪失    

 デイ・サービスでは しばしば ご利用者が手工芸の時間 を楽しみます。従来から気付いていたのですが、認知症クラスの ご利用者は、全般的に作品の稚拙 (ちせつ)があるのは当然ですが、T.C.様(86F)は「ある特徴」をお持ちです。

♣ たとえば、マグカップに色づけする作業をするとき、机の上で描く 画用紙上での平面作業では、カップの全体像を捉え、色を塗ることができます。しかし 実物の立体のマグカップを手にし、色付けをしようとすると、色を塗ることができず、途方に暮れて おられます。カップの全体像が見えなくなるのかどうかをご本人に訊ねると、カップに描かれている絵柄を全部 しっかりと答えられます。不思議でなりません。嘱託の精神科医・O 先生にお尋ねしました。

♣ < O 先生 > 認知症で有名なのは「半側空間失認」である。たとえば、キチンと全部見えているのに、右側だけを認知できない (= 分からない)、のがそれに該当する。他の例として、焦点固定の障害、距離感の喪失、立体空間の喪失、ロクロ操作の困難などがある。これらの機能は 人間の持つ高次機能であり、 幼児やサル にはできない。また 認知症になれば 徐々に失われてしまう

♣ そもそも、私らの周辺は「三次元」であり、立体的である。これを模写しようとすれば、三次元を二次元に降ろすことになり、かなりの知能を必要とする。この遠近法は500年まえミケランジェロが発見したものだ。ミケランジェロ以前の絵画と 以後の絵画を比べると、その差がよく分かるはず。人類の絵画の歴史は何万年とも言われるが、三次元を二次元に置き換える技は、ごく最近に発見されたものである —— 古代の壁画には「遠近法」がない !

♣ 現在の人間でも、幼稚園や小学一年生あたり の幼い子供は、近くにいる人と 遠くにいる人を同じ大きさに描く。小4~6になれば、遠近法で描けるようになる。つまり、遠近法(パースペクティブ、Perspective)は、一人の人間であっても、年齢が10歳の頃に獲得されるものであり、逆に、歳老 (としお) いて認知症になれば、再び失われてゆく

♣ ここに挙げられたT.C.様(86F)の場合、二次元のお絵描きはできるけれど、三次元のマグカップの塗り絵はできない訳だ。このように、認知症では次元がだんだん減って行く遠近法の喪失)。ただし、お絵描きテストをしたゆえに その実態が初めて知られた訳であり、ご本人は、子供と同じで 生活上 何の支障も感じておられない。

職員の声

声1: 私は このお話を聞いて、モグラに謝る詩人・ロバート・バーンズのエピソード 1) を思い出しました(係り:バーンズは誤ってモグラの道を壊し、モグラに無礼を謝ったけれど、当のモグラは(人間で言うところの認知症である から)一向に構わなかった、というお話でしたね。認知症とは次元が減っていく疾患だ ということが うまく理解されます)。

声2: 私は小学校のころ、先生に「近くのものは大きく、遠くのものは小さく描きなさい」と言われた憶えがあります(係り: 10歳前後で、ヒトは動物脳から人間脳に移って行きます —— 会話の受け答えが、 “ウン”から“ハイ”に 変わります)。

声3: そう言えば、いったん獲得した知恵が 歳とともに失われていくのを「認知症」と定義するのでしたね;私の祖母は 話し好きですが 「あれ ! あの ! その ! 」 や 「それ ! それよ !」 という掛け声が増え、物や人の名前が出てこなくなりました。

声4: 遠近法をミケランジェロが わずか500年前に発見した、とは初めて聞きます(係り:その時代以前の絵画は立体性が乏しいですね —— 日本の絵巻を思い出すと“横に広がる画面”です( 源氏物語絵巻、蒙古来襲絵詞、鳥獣戯画など )。

声5: 「ダビンチの ‘最期の晩餐 ’は遠近法の奥行きが見えます(係り:レオナルド・ダビンチがこの絵を描いたのは1948年、つまり遠近法によって描いたのです)。

声6: 認知症は「道具の障害」とも言われますが、ご利用者はコップの持ち方、そこにある椅子への座り方さえ分からなくなります(係り:みんな よく観察していること ! )。

声7: お年寄りは子供の知能発達段階を逆にたどる のだ、と理解しました(係り:早い人は60歳頃から、遅くても100歳頃なら そうかもね)。

声8: すっごく勉強 になりました;子供~大人~高齢のつながりは不思議です、ホント、すごい発見をしました。

  参考: 1) パールの安全管理 # 31 : ボケ勝ち。
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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