(318) 生活 での ハテナ?

 (318) 生活 での ハテナ ?

 あなたは 今の社会が不合理の「ハテナ?」ばかりだと思ってはいませんか? 確かに 「不合理」はいっぱいありますが、「合理」もいっぱいあるのです。気を引き締めるために、簡単な「知恵」をご披露しましょう。

♣ 近年の日本社会は 20年この方の‘デフレ’で苦しんでいる、と新聞・テレビは日々報じます。毎日 これをやられると、私たちは ‘デフレの存在’を疑う気も起こらず、その原因にも無関心になります。でも 無関心は良くありません。

♣ ‘デフレ’とは モノの値段が下がり続けることで、バブル崩壊後の日本がそれにあたります——deflation, ガスを抜くこと です。逆に 反対語の ‘インフレ’は モノの値段が上がり続けることです——inflation, 風船などを膨らませることです。私は経済学に詳しいわけではありませんが、自分が若いころ 20倍に及ぶ‘インフレ’を経験したので(昭和30年の学卒初任給は8千円でした)、‘インフレ’でも‘デフレ’でもない安定した経済を求めたいと感じます。

♣ そこで 経済を規定する「需要と供給」の関係をみると、案外に単純な 三つの状況があることを勉強しました。つまり:-

①: 総需要 > 総供給量 —— これは歴史上、例外の事態で、昭和20~45年だけ。 
②: 総需要 ≒ 総供給量 —— 極めて稀な経済状況で、左辺と右辺が等しい“天国“。
③: 総需要 < 総供給量 —— 人類史は常にこの状態です(例外を除く)。

♣ 簡単に説明すると、 ① はインフレ ですね。日本は戦後 20倍程度のインフレに見舞われました (かけソバなら 15円→300円、初任給なら 8千円→20万円)。第一次大戦後のドイツでは なんと 1兆倍にもなったそうです。インフレが長く続くと 経済は破綻 (はたん)です。

② は“瞬間的”に存在するようです。インチキ・バブルは別。共産主義国は計画経済ですから、② が目標ですが、その実態は「机上の空論」ですね。天国は なかなか実現しません。

③ は、なんと“今の日本の状況“であるし、人類は常にこの状態にある、とはビックリですね。私たちは 需要を越える供給の大波の下で生活している のです;実感してますか? 作ったものが 思うように 売れない、とぼやくのは 古今東西の現象なのです !

♣ 確かに、私たちの平和な街のスーパーやコンビニに行くと山のような商品で棚が埋め尽くされています。上記 ① の社会なら、アット言う間に「売り切れ」で 商品は棚から消えます。上記 ② の社会なら、朝 棚にあった商品は 夕方になくなります。夜の買い物はできません。③ の社会なら… オット、これは私たちが今 毎日見ている状況ですから 説明に及びませんね。(3.11 の原発事件のあと、商品買い溜めの例外事態がありました)。あなたは、どの社会がお気に召しますか?

♣ 私たちが携わっている「社会福祉の世界」で考えて見ましょう。福祉の需要は高いですね。それに比べて 供給は常に不足です。 上の図式で言うと ① でしょう? ならば、福祉の値段が上がってインフレになるはずですが、「モノとヒトの違い」がここで決定的になります。ヒト手の供給不足は これからも解消されることはないでしょう——だって、要求側の望みは無限大である反面、対価は微少ですもの、モノの 需要・供給とは訳が違います。(王様の優雅な暮らし は、何千人もの 薄給の家来と人民があって 初めて可能です。)また、自明のことですが、福祉の社会では 上記の②や③は存在しません。資本主義と福祉の論理は 泣き別れです

私の結論: - 私たちは 供給量の多い社会に住んでいますが、買うお金に制限されて、③ の状態です、でも ご安心ください、人類史は 常にこの状態なのです。日本だけがおかしい とか、バブルがはじけた後の政治が悪い、などではないようです。

♣ 今、生活にも 福祉にも ハテナ?はありません。どうか、欲求不満に陥らず、スッキリしてください

 職員の声 

声1: 代官山の街並みを歩いていると、モノとファションの氾濫に戸惑いを感じます;素朴な生活を見直したいです(係り:選択肢はあなたの手の中にあります)。

声2: 携帯電話やカード一枚で世界中の買い物ができます;モノの魅力に誘導されれば 私は「デフレ貧乏」になりそうです(係り:人類史に許されたあり難い状態ですね)。

声3: デフレの時代は「現金」が大事、投資や夢の買い物はシロウトが近づくと怪我の元だと聞きます(係り:現金・預貯金は王様だ と心得ましょう)。

声4: 食料と衣類は豊富で安いのですが、限りのある「人手と土地」は値下がりしません;需要はあっても供給が限られるからですか?(係り:いずれも「モノ」ではありませんから、資本主義から一歩離れた値動き です)。

声5: 供給不足ながら、 「介護」の世界も競争 です、まじめにしていれば 値下げはないと思います(係り:値下げはなくても、お客数の確保は資本主義の原理に従うでしょう;それが健康な刺激になります)。

声6: デフレ時代は 庶民にとって 有り難い時代なのだと思いました;しかしプロの業者は「付加価値」を武器にして私の財布の中を狙うでしょうが、その程よい緊張感が嬉しい です(係り:共産主義の社会には見られない喜びです)。

声7: 福祉の世界で 需要 ≒ 供給 は ありえないのでしょうか?(係り:この世界では「認知症を治して欲しい」とか「ワシは もっと長生きしたい」などの需要もあります;でも、福祉の“値付け”は難しく、等号(≒)が果たして今後 可能になるでしょうか? —— この点、医療・看護と全く同じ質問 だろうと思われます)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

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