(324) 徘徊 の 自由

(324) 徘徊 (はいかい) の自由  

 新入社員たち の報告を聞いていると、その昔の私自身の狼狽 (ろうばい) の経験を思い出します。今日は「徘徊の自由」を取り上げます。

♣ 皆様方のご両親が要介護者となった場合を想定し、 徘徊の自由」を我が事として考え てみましょう。状況は、超高齢のご夫婦(95歳と93歳)、お二人とも“要介護3”です。一人の若いワーカーが奥様の介護に入ると、その隙に旦那様が しばしば街へ出かけてしまわれます。ご自分で帰って来られるのだから「徘徊」とは言えないでしょうか?

♣ しかし、当事者のワーカーは、彼が戻って下さるまで気が揉めます。私も そのような経験を思い出しました。お子様方に相談したところ、「我が親には徘徊の自由がある」とおっしゃって 取り合ってくださいません。どうしましょうか?あなたの意見を述べてください。

  解説:  徘徊とは?:- 自宅や入所している施設を出て、あてもなく歩き回るような行為を「徘徊」といいます。家族が 自宅の周辺で いくら探しても見つからず、想像を越えて遠くまで行ってしまうことが多く、関係者にとってはとても心配なものです。周りからすると「あてもなく」(= 徘徊の原義)ということになるのですが、本人は、“うつろな”目的や理由があっての行動だと述べます。しばしば 遊泳中に「外傷」を伴います。

♣ 「徘徊」が脚光を浴びたのは、1973年(昭和48年)小説家・有吉佐和子 の「恍惚(こうこつ)の人」の出版で世に知られるようになったアルツハイマー痴呆が理由でした。

♣ その数年前、私の叔母は70歳、病院で「甲状腺機能低下症」と診断されていましたが、実際には、街を徘徊し、小さな怪我を負い、警察で自宅の在り処を教えてもらう事件が何度もありました。その頃には「徘徊」という行為はまだ世によく知られていず、 「認知症」という名称さえもなかったです;叔母は 数年後 病院で亡くなりました。

♣ 私がよく調べてみると、 700年前、兼好法師の徒然草 (つれづれぐさ) の195段に 症状がとてもよく似た例がありました 1) (“ある人、久我縄手 (こがなはて) を通りけるに”)。(時の大臣が正装のまま、田んぼの中で泥んこになって 一人で木の人形と遊んでいた)。

♣ 私は やっと、「認知症って昔から存在したのだ、高齢になる人が稀だった時代には 話題性がなかっただけだ」と気付きました。 「徘徊」は“認知症の重要な症状”です。まだ本人の「足腰」が丈夫な初期だけに みられ、認知症の進行とともに「徘徊」するパワーは なくなって行きます。

   参考:パールの安全管理 1) # 2 : 痴呆(ちほう)以前。

職員の声

声1: 散歩なら自由だと思いますが、「徘徊も自由か?」と問われれば 私は たじろぎます(係り: 「徘徊」と知ったら、その時点で関係者には 責任が発生する でしょう。もし「本当に責任がない」というのなら、お子さま方と言い争ってまで 徘徊を心配する必要はありませんね。

声2: ご家族は「徘徊の自由」を尊重して欲しいとおっしゃる;でも このご夫婦はお二人とも ご高齢で「要介護3」の認知症、ワーカー一人で二人分の業務責任は負えません(係り:ご家族が 強く「徘徊の自由」を主張なさるのなら、そのことを文書で確認しておく必要があります 2) )。

声3: 私の担当する日には、旦那様が10分たっても戻られなければ、奥様の了解を得て 玄関に鍵を掛け、事務所と連絡を取りながら 旦那様を捜します(係り:事故回避のため、ワーカーを二人体制で組むのが常識的です。こんな のんきなご家族に限って 徘徊先での事故があれば、私たちの責任を問う でしょう)。

声4:転倒・骨折の場合”でもそうですが、責任の有無が問題になるからこそ 気を揉むのです係り:子は 「うちの親には徘徊の自由がある ! 」なんて 普通 主張しません —— 非常識な発言です;このご家族は“要注意”とみて対応すべきでしょう)。

参考: パールの安全管理  2) # 102 : 「説明と同意の書」。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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