(337) 生命主義 の 今昔

 (337) 生命主義 の 今昔

 社会福祉法人パールの前身は 35年前 (1977年)、私が始めた「社会活動教育研究会」に遡ります。その成果が認められ、1989年には東京都が活動の助成をして下さることとなり、名称を「パール・ライフ」と改めました。日本の社会が熟するにつれ「パール・ライフ」は2000年実施の「介護保険」へ事業参加 をする機運となり、ふたたび 名称の変更が求められ、短くて呼びやすい「パール」という名前に決まりました。「ライフ」の部分は消えましたが、気持ちの中で 「ライフ = 命 」 は生き続けております、今日の話題は この「命」です。

♣ 日本で「いのち」という言葉が大きく浮上したのは日露戦争(1904年)以後でしょう。それ以前の人の命とは、家庭であれば戸主のもの、社会にあっては殿様のもの でした。「いのち」が誰のものかが本気で問われたのは、乃木将軍・東郷元帥の強力な作戦や重火器の進歩で、膨大な犠牲者が出たからです。女工哀史の悲劇もありましたね。

♣ 日本の場合 人の生命観は、古代から伝わる日本人の自然崇拝・神道・仏教などの伝統的な生命感がゆっくりと結びつき、大正期(1912~1926)には、豊かで多彩な生命主義が花開きました。

♣ でも 私は不思議でなりません。日本は大和の昔から明治まで 伝統的に命を鴻毛(こうもう)の軽きに比す」だったのでしょう? 大正時代の一部分で、新しい命の流れが民衆の心に受け入れられたことがあります(例:君 死に給うことなかれ)。ところが、大正時代を過ぎ、昭和に入ると、再び人の命は軽んじられる ようになり、「命は鴻毛」となり、「赤紙一枚 一銭五厘」の葉書で男たちは徴集され、戦地で散って行きました。戦争中は個人の命を国家の命に一体化させればよい、との考えが強調され「大義」や「滅私奉公」の精神が幅を利かせました。そのあげくに「ピカドンで苦しむ命」が待っていたのです。

♣ しかし、戦後には「自由と平等」が保障される時代がやって来ました1) 。最近では 人間中心主義だけでなく、動植物や自然環境を含めた‘大きな生命’が アニメ作品などでも見られ、「新しい生命主義の息吹」が感じられます。地球環境保護を含む、壮大な生命主義ですね。さらに、2000年には介護保険が実施され、すでに12年が経過しました。この福祉制度は、大正期の「文学上の命の尊重」とは比べものにならないほどの具体性を持つ「新しい生命主義の象徴だと私は思います。命の持ち主の歴史——無視された命・鴻毛のいのち・高齢者の命 —— 命一つを思うだけで、時代の変遷が感じられますね。

♣ 今、私の頭から離れない ひとつの命、O.M.さん 男性91歳。もう半月ほど、食事も水分も 十分にとられない。それでも全覚醒で 私が訪れると 挙手の礼をされます。 「御用」が終わった命はお見送りするだけ . . . それは分かっているのですが、なんて悲しいことでしょう ! 文化として求められた 新しい生命主義は確立された現在ですが、私たち介護者の使命は、この悲しいお別れは 避けて通れない のです。

♣ かって、「ソロモン大王の介護2) のお話をしましたが、「どんなにベストを尽くしても、天命の終焉(しゅうえん)に立ち会うのは辛いことです。「新しい生命主義」の息吹 —— でもそれは 暖かい介護の中で そっと 幸せな花びらを閉じてしまう のかも知れません。

  参考:パールの安全管理  1) # 336 : 自己責任。 2) # 3 : ソロモン大王の介護。

職員の声

声1: マザー・テレサの言葉があります:「何をしたかではなく、どれだけ愛を込めたか」が重要であると思いました。

声2: 今日、97歳の男性が新規にデイ・サービスへ参加されました;戦前なら「決してありえない出会い」でしょう;氏の天命まで 新しい世界を味わって頂きたいと思いました。

声3: 私が「老健」に在職したいた頃は、老人の死は「病院送り」で済ませていました;しかし人生の最期を「特養」でお看取りすることは そんな転送作業ではなく命と心の相互愛の場だと感じています。

声4: 私は O.M.さん 男性91歳のお看取りに参加して 介護の仕事の意義をしみじみ充足感で迎えました;高齢者介護の仕事を「助死士」と呼ぶそうですが、人が生まれるのを助けるのが「助産士」、いずれも当を得た言葉ですね。

声5: 先月、短大時代の友が突然 死にました;知らせを信じることもできず、命とははかないものだ と意味がやっと分かりました;OM様のお看取りをした特養のスタッフの言葉にも介護の仕事の本質を見ました。

声6:生きることを支えられずして、死を支えることはできない」という想いです;介護の意義もあり、重みも感じています(係り:命が自分のものであれば、それを守るのも自分です;その「生命主義」を享受したあとは、順送りに介護の授受をし、笑顔で手を振ってお別れをする . . . この平和なたたずまいこそが健全な社会の土台ではないでしょうか?)。

声7: 特養でお看取りする方々の死は「新しい生命主義の象徴」ではないかと思っています;昔は名知れぬ「戸主のもの」「殿様のもの」だった人の命;今は「社会のもの」です;私たちは慈しんで 心を込めて お別れに臨み、気持ちの流れに沿って得られた人の歴史に 感謝をしています。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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