(372) 善意 と 結果責任

 (372) 善意 と 結果責任 

 1990年のバブル崩壊の前と後では、日本の社会がすっかり変わった、と言われます。今日はバブルの直後に起こった 一つの事件を紹介します。

♣ ある主婦3歳の子供を連れ、買い物に出かけました。家から外に出ると、お隣の家の庭に近所の子供たち6~7人が集まり、お隣の小母さんが面倒を見ています。3歳の子は、顔見知りの子供たちばかりだから「一緒に遊びたい」と言います。お隣の小母さんも「ご一緒にどうぞ」と誘ってくれます。そこで、その主婦は「じゃ、私の買い物の間、うちの子をお願いするわね」と頼みます。

♣ 30分後、買い物から帰った主婦は異変にビックリします。3歳の自分の子が、遊んでいるとき、道路に出て車にはねられ骨折、救急入院したとのこと。幸い、命に別条はありませんでしたが、問題はこれからです。買い物に行った主婦は「怪我の責任は隣の小母さんの不注意にある」と主張します。隣の小母さんは「善意で預かっただけ」と責任を認めません。

♣ この事件は 裁判にかかり、新聞にも報道される事件になりました。結局は「和解」に落ち着きましたが、以後、両隣は絶交状態;子供を一時、善意で預かったことが悲劇で終わった わけです。

♣ 時はちょうど、バブルの後の社会不安の一時期でした。もし、それ以前にこのような事件が発生したのなら、小母さんも主婦も お互いをかばい合っていたかも知れません。あなたなら、どう裁きますか?

♣ 昨今の日本の風土では、事の前後事情よりも、個人の過失責任を追及し勝ちのようです1) 。つまり 他人に責任をなすりつけて、早く自分を被害者として確立し、損害賠償の実務面で有利の立場を取ろうとするようです。私は、これは“間違い”だと思います。もし結果責任論のみが横行して、不可抗力の検討が不十分なまま 過失の責任を負わされるなら、社会の仕組みは萎縮してしまうでしょう。リスクを負う人はいなくなり、社会の活性は衰えます。もしパールの中の事件であったら、せっかく向上のための「ヒヤリハット」演習なのに、いちいち責任が問われれば、勉強どころではなくなってしまいます。

♣ この例の場合、隣の小母さん の掛け声「ご一緒にどうぞ」、主婦の「じゃ、お願いするわね」の会話は間違っていたでしょうか? 私は 必ずしも間違いとは思いませんが、日本はバブルの終りと共に、家族社会が契約社会に変わってきた のだろうと解釈します。善意の申し出だから 結果を大目に見る、という甘え が通用しなくなってきた のだと思います。

♣ 私にも似た経験があります。私は二年間 アメリカに滞在しましたが、小学生の私の長男は近所の男の子たちを集め、裏庭の木に登って よく遊んでいました。その様子を見ていた日系の知人が すぐ私に忠告です:――「日本では木から落ちて怪我をしても“子供の遊びだから . . .”で終わるかも知れないけれど、アメリカでは 事故が起こると 年長の子に全責任が掛かり、大変ですよ」、と。なるほど、所変われば品変わる、と言いますが、私はすなおに忠告に従いました 2) 。私は幸運だったのです。

♣ しかし、よく考えてみると、事件が起これば やはり「なにがしかの責任」が発生しますよね。「後出しジャンケン」に似ていますが、「結果責任」というものも無視できず、先を読まないで 警戒心の不足した「安請負いをすれば責任の一端を負わねばなりません 3) 。皆さん、こんな場合 善意だけでは どうにもなりませんよ

♣ 介護のようなサービス業務に「影」のようにくっついてくる、この「責任問題」への対応は、パールの業務の場合、しっかりとホウレンソウ 4) をし、「正直に 透明に」行うことが一番 大切だと思います。くれぐれも うかつな「安請負い」は 避けましょう

 参考:パールの安全管理  1)  # 48 : 雑煮の餅による死亡。 2) # 63 : 過失と責任、とくに骨折。 3) # 325 : 徘徊の自由。 4)  # 148 : ホウレンソウ。

職員の声

声1: 先に謝罪したほうが負けになっては、ののしり合うだけの嫌な世の中になります;双方の信頼関係があれば 未然に防げるようになるでしょう。

声2:結果責任は、心からの信頼関係とルールを守る意思の大切さから成り立つと思います;同時にトラブルの「防衛策」 のことも考えておきたいです。

声3: 日本は確実に「訴訟社会」になりました;かってあった、ぬくもりある社会は もう戻って来ないのでしょうか?(係り:三世代が一緒に暮らす社会であったからこそ、ぬくもりと思いやりがあったのですね)。

声4: 現代では責任を転嫁するケースが多い です;相手の話もよく聞き、争いのない 良き時代になりたいです(係り:歴史書を読むと、責任転嫁の姿勢は「奈良時代から現代まで」延々と続いており、人の心の中には「善玉も悪玉も」ある、と心得ましょう)。

声5: アメリカの介護契約書は頑丈にできていて、責任の範囲がきっちりと書き留めてある、と聞きます(係り:パールのインフォームド・コンセントは、かなり踏み込んだ内容になっていますが、 「骨折」があると 情緒的に苦しいです;あなたのお婆さんが、もし施設で骨折したとすると、あなたは施設を責めますか、責めませんか?)。

声6: 保険・保護・責任追及・訴訟 . . . 耳をふさぎたくなるようなキ-ワードばかり、「正面から 正直に」対応することの大切さを学んでいます。

声7: 私は学生時代からボランティア保険に入っていました:善意で行ったことでも訴訟になるなんて知らなかったのです—— 信頼関係があっても、心の緩みには手綱を掛け、“終わり良ければ 全て良し”の心を大切にしたいと思っています(係り:結果責任とは言うけれど、問題解決に 最期まで大事なのは優しい心」なのですね)。

プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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