(416) 人一人の人間の命は全地球より重い ← 大嘘 !

 # 416 一人の人間の命は地球より重い ← 大嘘

 週刊ポストに掲載されていた 曽野綾子 桜井よしこ= 素敵な男の条件 なる記事の中;曽野綾子 曰く「一人の人間の命は地球より重い」 ⇒「大嘘よ、十人の命より軽いわよ ! 」。

♣ ラテン語の教科書の例文などで見るのは“人間の命は地球より重い”だが、出典が不明だ;たぶん、日本人の作文らしい。だって お釈迦様やキリストなど 宗教活動の中で「尊い命」などの表現は 見当たらないのだ。一般に欧米では「尊い命」と言わないで 単に「Life」ですます ―― 人の「命」を 巨大な「地球」と比較することは決してない。地球は 只一つ、人の命は地球上に70億人、;両者は比較できない「主従関係」にある、どこの愚か者が 不適切な比較を始めて、「命」という言葉におもねったのか?

♣ ① 日本では死刑制度の合憲性を争った裁判(最高裁1948年3月12日大法廷判決の判決文において、「人一人の生命は全地球よりも重い」という文句がある。これが一番 古い比較例だと言う人もある。そうだろうか? ② 私が小学3年の頃、「軍神・九の柱( ここのはしら )」というのが はやった。アメリカの真珠湾に向かった 小型潜水艇5隻が米軍によって発見され、一人が捕虜・九人が戦死した。その九人を日本は軍神と讃えて「地球より重い九柱 ( ここのはしら )のみ魂」と称した。その写真を 子供たちは机の上に飾っていた。年代は1942年か? 上記の最高裁の年代より 6年ほど古いよ ! 

♣ ③ その後 かの有名な事件が起こった。1977年 バングラデッシュのダッカ事件だ――日本赤軍が日航機をハイジャックして 人質と引き替えに仲間の釈放と金品を要求した ―― その時に当時の福田赳夫( たけお )首相が 責任回避のために言った有名な言葉が「人一人の生命は全地球よりも重い」である。首相は 犯人側の取引に屈し、何十億円という金品と逃走用のジェット機の調達を認めた。世界は テロに屈した首相のこの取引を知って「鼻白( はなじろ )んだ ! 」。この事件の直後、ドイツでも似た事件が起こり、当局は犯人側との取引を進めながら、腕利きの狙撃兵を雇って、犯人たちを全員射殺した ―― こちらの事件に対して テロに屈しなかったドイツのやり方に対して 世界は割れるような拍手を送った。

♣ 一般に欧米では「尊い命」とは言わない;単に「Life」と言う。日本では口癖のように「尊い」を形容詞として付ける が その理由は 老人に対する“死ぬべからず”という「建前( たてまえ )論」が尊ばれるからだろうか? ならば 「尊くない」命もあるのか? 年寄りが死ぬと「尊い命」が失われた . . . などと表現される。でも、ナゼか 赤ちゃん が生まれるのを尊い命が得られた」とは言わない。老人にだけ「尊い命」と言うのだ ―― 単に「命」と言うだけで十分ではないか?

♣ 日本では 毎年 概算「100万人の 老人の命が失われ、100万人の 赤ちゃんの命が誕生」している。仮に失われる 100万人の命のうち 10万人分が 医療・介護によって救われたら、社会は10万人の人口増となる;その多くは老人だろう。つまり「多老少子」に拍車が掛かる訳で、社会は困るのではないの? つまり、今のように「尊い」という前置詞を老人の死亡だけにセンチメンタルにくっ付けると 人口意識の混乱が生じると思うのだけど . . . 健全な人口とは 「失われ . . . そして 補われ」で バランスが得られているのだ。

♣ これに似た「冗長( じょうちょう )表現」がある:たとえば Exercise is good for your health. は日本語だ、英語なら 単に Exercise is good for you. が正しい。同じように Time flies like an arrow. は日本語、英語なら Time flies. でおしまい。

♣ おまけの 余計な「冗長的な限定詞」を付けると 真実は しばしば 汚される ! それどころか 曽野 綾子氏が言う 「大嘘よ ! 」に繋がる。気をつけようではないか !

職員の声

声1: 私は当時(1977年)TVで福田元首相がテロの言いなりに 唯々諾々 ( いいだくだく )とお金で解決する姿勢を見て 憤りを感じた のを覚えている ―― 金満日本の無定見 ! 現在でも政治家は「建前」の空論で判定し、庶民はいつも置いてけぼりになる。

声2: 日本人は民衆の前で「決断すること」が苦手だから 格言などを持ちだして自分の意見に煙幕を張ってしまう;元福田首相もその典型だ(係り:それにしても お金をたっぷり掛けたものだ ! )。

声3: 確かに 地球と人の命を比較するのは 非論理的だ;聞く人が納得できるような標語を工夫したい。

声4: 私(45歳)は幼い頃から「一人の人間の命は地球より重い」という価値観で教育を受けた ―― 現代では価値観や社会正義の欧米化により大きな変化を余儀なくされている ―― 何が正しく 何が間違っているのかを見極めるのは簡単ではない係り:曽野綾子は“一人の命は地球より重い”という命題に対して“十人の命より軽いわよ”と軽妙に正しい答えを出した:これに対する「パールの安全管理」での教訓は介護上の実務に反映するものであって欲しい:弱って行く高齢のご利用者を延命するために 人や費用を 軽重を問わず投入すべきか否か?―― 超大国のソロモン大王が消え行く時なら“大王の命は地球より重い” と思って行動した忠実な臣民はいただろうが、大王とテロ犯人の命が それぞれ同じように地球より重いのか? “命は万人 平等に重い”と言えば それは 建前か本音か? そもそも比べられないものを ムリやり比べると「解けない謎」が生まれてくる ―― ただ言えることは「嘘をつくなかれ ! 」)。

声5: 地球の重さは何兆トンかあるだろうが、命の場合 重さはない ! それでも「重い ! 」と言うのだから「比喩( ひゆ ) 」としての大事さを言いたいのだろう;つまり人の命は「神仏的なもの」として尊くなるのだと理解される(係り:テロ犯人の交渉物品ではない訳だ)。

声6: 保険制度がある日本 ~ それがないアメリカ;日本のほうが良いと思うが、今後どうなるか?(係り:アメリカでは、手のつけられない患者は 車で砂漠に連れて行き 放置する こともある ―― マイケル・ムーアのシッコより)。

声7: 二度と戻って来ない命を「尊い」と表現しても問題ないと考える;ただ社会の中の構成とか金銭の浪費を考慮にいれると 常に「尊い」とは言い切れない。

声8: 人間は生まれて死ぬまで 年齢に無関係にお金が掛かるものだ:命ある者は尊いのだ;あるTVで いずれ人が死んだら「死亡税」が掛かる世の中になるのでは?とのこと ―― そんなバカな ! (係りお金が掛かる、のには同感だが、自分の甲斐性で貯めたお金を使って欲しい 。“介護保険があるから”と、他人の懐から 同意なくお金をかすめ取るのは ほどほどに願いたい)。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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