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(425) 万寿でも逝かず

 (#425) 万寿でも逝かず   

 年金・医療・福祉でピラミッドと言えば「人口ピラミッド」を思い浮かべるだろう。原始社会ではもちろんのこと、日本でも戦後の昭和25年の統計を見ると、人口ピラミッドは底辺が 1,000万人、高さが80歳の “完全な”ピラミッド であった。

♣ ピラミッドは 上に行くほど狭くなる形で、多くの場合 傾斜の程度が一定の直線である ―― これは、“同年輩者が 毎年一定の割合で死ぬ”ということなのだ ! でも、だからこそ 年長の人口は常に少なく、少ない年長者の生活を若者が支える事は困難でなかったのだ。

♣ もう一つの特徴を言えば、ピラミッドの重心点は“高さ”の1/3であるから、高さを100歳とすれば重心点(= 平均寿命)は33歳になる。つまり、ピラミッド型の人口の平均寿命を上に引きあげるのは困難を極めるわけだ。

♣ さて、“毎年 一定率の人口が減り続ける”と言うのは 健全な社会とは言えないだろう ―― 望むらくは 80歳くらいまでは ほとんど誰も死なず、「平均寿命を越えたら ある日 コロッと死ぬ」というのが理想的と言えないか?その人口分布は茶筒型である ―― その型なら、20~60歳の年代に関して どの年代も同程度(900万人)の人口構成である(ただし、戦後の団塊の世代とその子供たちの部分は突出する)。80歳を越えると人口が直線的に減って 100歳に至る。

♣ この理想的な茶筒形人口構成なら、若い頃に命を落とす人がいないから、喜ばしい反面、若者と同じか それ以上の数の年長者が常に存在し、その福祉経費(年金・医療・介護)を 若者が賄なうのは至難の技となる。もし これを解決するために 再びピラミッド型の人口構成に戻りたいとすれば、大勢の老人の数に合わせてピラミッドの裾( すそ )を広げねばならず、計算によると 15年後の日本人口は4億人必要となり、その後、8億 . . など. . これでは 世界が日本人だらけになる ―― ムリだ。現実には“子供をたくさん産む案”は“山の神どの”が命を張って反対するだろう。

♣ 増える老人の数に合わせて福祉経費の辻褄を合せようとすると、ムリにムリを重ねねばならない。すなわち老人に限らず働かない長生き」 と 「その養老」 の両者は 妥協の余地がない矛盾 なのである ―― 動物は「餌を自分で見つけられなくなったら 食べさせてくれる仲間はいない ! 」。

♣ 日本は「建前( たてまえ )の国」だ:―― まず「老人を大切に ! 」という建前が先に来ると、懐疑派の人たちの矛先( ほこさき )が鈍る。だって、仮に その建前が失敗しても、日本のお国柄によって 後輩が尻拭い してくれるだろうし、その後輩が失敗しても、政府は国債を印刷して お茶を濁すだけ ―― つまり働かない長生き問題」を次世代の若者へ引き渡す

ピラミッド型人口の時、経済は原始的で生活は苦しかったが 老人問題はなかった;ところが経済発展で みんなが楽( らく )をし始めると人口構成は茶筒型になり、「働かない長生き問題」が深刻になった ―― このことは、「国民全部が長生きの楽( らく )をしてはダメ、選ばれた特別な人だけが 長生きを許される」ことを意味している。しかし私らの願い は、福祉の心にのっとり、誰しも 平等で 落ちこぼれもなく「茶筒型、萬寿でも逝かず、生き続けたい」と念願する。

♣ さて、いつまで こうした押し問答をやっても「不思議なピラミッド問題」は解けない し、否定・反対だけを言っても生産的ではない。

結論:  すぐに近づいて来る 「多々老・極少子」の現実をしっかりわきまえた上で「情」に流されず、“老人の数が どのくらいに落ち着けば適当なのか”あなたの「本音の意見」を固めてください。

  職員の声

  声1: ピンコロは「お金が掛からず 美しい死」だと思っていたのが そうでもなかった ! (係り:ジワコロ10年で5,100万円ほど掛かる ―― ピンコロなら100万円ほどですむ ―― お金は掛からないが、長生きした人に お別れのできない もどかしさに 人は悲しむ)。

声2: 私は「要介護寿命」を短縮したいけれど、結局ジワコロ平均12.7年の長きになっちゃうのかなー?(係り:必ず そうなっちゃうだろうね)。

声3: 自立した生活を送れる限り、老人は好きなだけ長生きすれば良い:しかし介護を受ける立場になれば、幸せなのは本人だけ、周りの人は凄く大変;ならば 社会貢献ができなくなった その時点でピンコロが望ましいだろう? 係り:ピンコロは稀の稀 ! 老人のほとんどは「ジワコロ」 なのだ)。

声4: 老人も社会貢献ができるように互助の精神を自覚して欲しい;若者も将来の夢が持てるようになって欲しい(係り:たとえば 要介護4~5相当の老人に「働きなさい」と言ってもムリ;問題は“浅い要介護度”の多数の老人が甘えて介護保険に 集まらないようにすることが必要 ―― ドイツでは要支援1・2、要介護1・2は無く、要介護とは3、4、5のみで按配している)。

声5: 若者は、日本を創りあげた老人を尊敬している、が、大人数に増えた老人の養老費の重さを 建前でなく本音でどう思っているのか?

声6:若者は長生きする老人を尊敬できない . . . 」という項目は なんだか分かるような気がする。

声7: 核家族化の今、老いの経過や衰えた姿を知らない若者が増えてきたシワシワの異星人を見るような目で老人を見る子もいる ―― 老人も自分の老いとの対話をしない限り 若者からの尊敬を受けられないのではないか?(係り:昔は90歳~100歳の老人は見たくても存在しなかった;今は そんな老人は施設に住んでいる ―― でも、子供たちが美しい老人を見、尊敬することを学ぶ日が いつかは必ず来るだろう)。

声8:老人を尊敬し、その死が美しい . . . 」の意味を追求し、よーく考えたい(係り:文豪ゲーテは 死に際に「もっと光を ! 」と静かな声で、美しく逝ったそうだ ―― 反対に 現代の 延命操作を重ねに重ねた老人の死に様は「美しさ」を求めるべくもない)。

声9: 老人は敬うべきだとは思うが、介護保険の一律性のためか 本人たちの人間味が失われているように感じる ―― 昔のように もっと個性が表現されれば 尊敬できる老人が現れると思う(係り:昔は手作りの職人芸が尊ばれていた;今は 良くも悪くも 安価・大量生産の時代だ . . . 老人介護も同じこと;―― 檻( おり )の中で飼われた群れの羊に 一匹オオカミの味は出にくいのだろうなー)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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