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(435) ネンコロを 短縮しよう

(435) ネンコロを 短縮しよう 
 
 「ネンコロ」はネンネンコロリ(NNK)の短縮語で、ピンコロの対立語――「ピンコロ」はピンピンコロリ(PPK)の短縮語で、いずれの語もヒトの逝きざまをコミックに表現するものだ。

誰に尋ねてもネンコロは蛇蝎 ( だかつ:へび さそり ) の如く嫌がられる。そりゃそうだろう、寝かせられっきりで 意思の疎通もないまま 年余に亙って徐々に衰え、「美」から遠い“姿”で逝く . . . そのイメージが 良くない。これに比べ、ピンコロは“苦しみがなく、綺麗な姿のまま”あの世に行けるのだから、大変 人気がある

ピンコロは「突然死」という別名もあって、医療・介護の人手間・経費ともに最少、つまり ほとんど他人迷惑がないというメリットもある。しかし残念、ピンコロの頻度は稀の稀 ―― なぜって三つの事故死しかピンコロにならない――それらは (A)風呂溺れ、(B)大動脈瘤破裂、(C)大動脈解離1) 。小説家・司馬遼太郎は72歳の時 (B)で逝き、人生の「有終の美」 ( ゆうしゅうのび )を飾ったのだが、彼はそれを望んで得た訳ではなかった。望んでもできないピンコロではあるが、「ネンコロを短縮する」方針なら倫理観に沿うし、努力目標にもなり得る

♣ 病気寿命の終点は“寝かせきり”、つまり“ネンコロ”だ。老人たちに尋ねると たいていの場合「“お迎え”がなかなか来ないのじゃ」とおっしゃる。さりとて 素人が「ネンコロを短縮する試み」は慎重であるべきだ。これは従来の掟( おきて )であり“手抜き”に繋がる怖れ があるからである。そこで私は、このシリーズで実現可能な「ネンコロ短縮法」を検討してみたい。

♣ ① 日本一ネンコロの少ない「長野県の方法」2) は すでに これが実行されているし、倫理観に富む。その一部を紹介すると:― 生涯現役過保護ではない);肝臓癌が全国平均より4割少ない(= 酒はほどほど);病院利用率が最も少ない(在宅死亡率が全国一位)= 余計な延命治療を最もやらず 医療事故も最少;病床数が日本一少ない等々で、その結果 ネンコロが日本最少である。② 意識がなく自食ができない認知症の末期ケースは ご家族と十分話し合って対応を検討する ―― 泥沼延命の虐待に陥らないよう舵を取る。③ もしネンコロになっても無謀な延命は これ以上を望まない ―― 介護施設の入所期間は 西欧で3年以下だし、日本では「数年」とも言われるが 程よく少ない目安が求められる:等々。

♣ 皆さん方は “モラル・ハザード” 3) をご存知か?これは短く言えば 「倫理感の欠如」 だ。人間は多かれ少なかれ この欠点を有する。その典型が50年前に行われた 「医療の無料化」の試み であった。つまり利用者は「無料なら使わにゃ損々」というエゴイズムに釣られ、多くの老人たちが些細なことでも最高の医療を求めその故に「医療の無料化」は数年後には崩壊した 現在でも政治家は選挙の当選目当てに 性懲りもなくこの手を使って国民をたぶらかす。国民は藁( わら )をも掴む思いで その候補者に投票し だまされる。これはゲームというより「犯罪」か?

もし介護保険に1割の自己負担がなかったなら、家族はモラル・ハザードを発揮し、より高価な医療と介護を求めてネンコロを長引かせる だろう ―― やはり 応分な負担は必須なのだ !! ご家族によっては このことに傾ける耳を全く持たないだろうが、私たちは 倫理観の欠如人物にも対応する ことができなければならない。

結論: どの施設でも ネンコロ10年・20年という豪傑 ( ごうけつ )利用者はいると思う。そんな場合、私らはスエーデン式 を選ぶ:つまり意識がなく自食ができないケースは むやみに病院を考えない ―― 延命泥沼のネンコロを避けるため である。ご利用者をよく観察し、周辺事情とともに 賢く振る舞うことが望まれていないだろうか。欧米でネンコロが少ない理由は この点にあるのだ ! つまり、来るべき時が来たら 虐待を避け「引導」 いんどう )を渡す。

  参考 1)  パールの安全管理 # 429 :元気で長生き + ピンコロ談義 。2) 安全管理 # 431 : 世界一長寿“日本”が抱える課題。3) 安全管理 # 390 : 無料化とモラル・ハザード。

  職員の声

 声1: 病院からの早期退院・自宅での介護・経費の自己負担などが今後 行われる趨勢であれば、ネンコロは短縮されざるを得ない と思う(係り:政府が無定見に老人をオンブに抱っこする制度を作ったから ネンコロが ひどく長期化した訳だ ―― 外国のネンコロは極めて短い ―― 日本で“病気寿命が世界一長いのは、良くも悪くも政府と病院の責任か? )。

声2: 延命泥沼のネンコロは何としても避けたい、と医療者・介護者が共通判断をする必要がある。

声3: 自分自身の最期の看取りを遺書にキチンと書き残す習慣をつけるべきだろう;もし最高の医療を求めるのなら キチンと医療費も準備しておけ(係り:延寿費や医療費を 若者からの税に頼るのが当然という姿勢は 「悪質な老害である。

声4:美しい最期を迎える」ためには 自分自身が元気なうちにそれを考えておけ;その後 気が変わっても良いではないか(係り:我々は普段 ヨレヨレの最期を見慣れているが、「美しい最期」とは新鮮な気分を呼び起こす良い言葉だ ! ぜひ そうありたい !

声5: 誰にでも”最期”はある――その時は本人の好きにさせたい(酒も煙草も)。看取る人は悔いの残らない看病をしよう ―― それは「延命操作」に没頭することではなく、十分お看取りができた、という満足感の実現ではないか。

声6: 介護で不安いっぱいの ご家族が “ご自宅でネンコロを短縮しよう” の趣旨を知れば、無限の介護義務感から解放され、将来への自信を回復するだろう。

声7: 日本では10年・20年のネンコロは珍しくない;しかし 所詮 寿命の最期は訪れてくる、同じく ネンコロを支える経済も枯渇する ―― ネンコロ20年なら お一人1億円かかる ―― 親の“死に場所・死に時”を失うと 哀れを通り越し 家族の“身勝手な態度が目立つ。親を自分の好きにしたいのなら 「私費」でどうぞ ーー 若者から かすめ取る税金1億円を当てにするのは汚なすぎる !
 
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

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