(441) 介護における 自立

  (441) 介護における 自立
 
あなたは老人の介護保険設立の基本理念は何だったか 覚えているか?

♣ 私は「措置」の時代からの流れで その理念を受け止めた。私は、60歳前後から100歳にまでなろうとする長生きの老人介護を自宅で行うことの困難さ を良く知っていたので 介護保険そのものはwelcomeであった。つまり、介護保険とは「家族に代わって老人を代理介護し、延命に資すること」と理解していた。ところが その正式の理念を調べてみると 介護とは 「自立と尊厳の確立」だったのである ! まあ、何と華麗な「理念」なのだろう ! 「代理介護や延命」などは“下世話な話題”に過ぎなかった のだ ! そこで 今日は「老人の自立の意味」を探ってみる。

♣ 一般的に「自立」は三つの状況で述べられる:それらは ① 身体の自立、 ② 精神の自立③ 経済の自立であり、これらは 幼児期・結婚前後期そして老人期に重要である。「老人」の場合、上記の①②③のうち、どれも大切だが、介護保険が求める自立といえば、介助の初期には「依存」であっても、時間をかければ、心身ともに「すべて自立し 健康的な生活ができる状態に回復すること」を目標とするようである。でも ここで注意して欲しい ―― 述べたり望んだりするのは自由だが、現場をキチンと理解した上での 理念を語って欲しい。

①と②、つまり 身体と精神の自立を 老人に向かって説教するのは止めてもらいたい ―― 彼らは この点で病んでいるのだ;老人の心身病理は若返ることは まずない;老人にそれの自立を目標とするのは酷( こく )ではないか?幸い、愛情と資格を持った介護職員は ①と②の補助をすることに慣れており、①②に関する限り 介護職員に「依存」してもらって何ら不都合はない。

♣ ただし ③ 経済の自立は問題を含む。ナゼって、他人介護は‘金食い虫’だからだ。たとえば 要介護5なら、年間経費は約500万円;これに対して働く職員の収入はお一人250万円前後で 老人予算の半額以下だ。もちろん国家が要介護に必要なお金を工面するが、要介護5を10年続ければ 5,000万円;これに対して もし若い夫婦が家を求める際の頭金は2500万円程度;前者は逝くための追い銭’であり 済んでしまえば跡形も残らない;これに対して、後者の若い夫婦の場合は 将来建設のための投資金であり、ここから社会の明日が生まれる額においても、意味においても 両者には雲泥の差がある。経済の自立③は老人にも若者にも立ちはだかる問題ではあるが、社会は若者に冷た過ぎると思わないか?それでいいのか?

♣「自立した生活」は、すでにデンマークやスウェーデンなどの国で高齢者福祉の三原則として定着しているという。その三つは次の通りであり、個別に私の意見を付けてみる:――

(1) 自己決定の尊重:いろいろ情報を本人に伝えるが、決定するのは本人である、とする。→ デイや在宅でこれを強調すると、僕は我儘、経費は君持ち ! となるだろう。人は性善説だけでは処しきれないのだ;机上の空論を避けたい。

(2) 生活の継続:在宅での生活が最も望ましいが、施設に入所する場合でも可能な限り家具などの持ち込みを行うことにより、これまでの生活の継続性に留意する必要がある。→ パールの初期で考慮したが、広い一人部屋でない限り、転室・ ゴキブリ問題・車いす介助移動・地震対策など困難因子が山積だ !

(3) 自立支援(残存能力の活用):残存能力の活用を支援し、自立した生活が送れるようにする考え方である。→ 私は乾燥させた手拭たたみなどを試みたが、二度手間だ ! 子供と違い、介護老人に日々の進歩を期待するのはムリである。基本的には 机上論議で言われるほどの価値ある残存能力は期待できない。B-29 爆撃機を「竹槍」で叩き落とせ、のような 精神主義を介護分野に持ち込まないで欲しい。

♣ ここで私は強調したい: 残念ながら 老人の基本状態は「退行 (たいこうinvolution) なのである ―― 登った山から降りて、肩で息をしている状態だ。また、若い犬は芸を覚えるが歳とった犬は向上せず、日向( ひなた )ぼっこを好むのだ。そこをはき違えて 高尚な机上の美辞麗句( びじれいく )の「自立」を並べ立てても 老人の現場は戸惑う ばかりなのだ。

結論: 介護保険の目的は 本人の「自立」確立よりも、やはり「家族に代わって老人をよく代理介護し、延命に資すること」ではないだろうか?もし これ以上の延命が望めないほどの高齢になったのなら、もう我儘を言わないで欲しい。世界が何と言おうとも、美辞麗句の空論ではなく、現場を良く知った上での「自立」をアドバイスして頂きたい。

職員の声

声1: 介護保険が「自立」を目標としているなんて 初めて学んだ;老人の自立は難しいことだ。

声2: 介護の理念が「自立と尊厳の確立」とは 定義自体が難しすぎる;現場からあまり離れたことの目標達成を論じて役にたつのか?

声3: 介護とは 家族に代わって代理介護をし、延命に資することだ;それ以外の“ヘ理屈”があるのか?(係り:実務的には“おっしゃる通り”だ;しかし 乳幼児の生育についても、単に他人任せでは完了しないだろう;そこには“喜び・配慮・愛”がある――介護保険の理念は そこまでの理解を求めているのだ)。

声4: デイの送迎でバス乗降にもたつきがあると ついお手伝いをする . . . トイレの中で水を自分で流せるか、のレベルの自立で“どこまでの行為が自立か?”を毎日反省する(係り:時間の余裕があれば ゆっくり「見守り」ができるが個人介護の理屈を“集団介護”に適用させるとき、いつも この種の問題が発生する ―― あまり ご自分を責めないで欲しい)。

声5: ケア先のお宅で、自立のために前向きの行動・発言をする人は 稀だ ! ケアを受けるのは当然の権利として “依存的”で、感謝しない人も多い(係り:ケアに対しては 協力的で感謝するのが普通だが、認知症の人には これができない ―― その人は 大脳機能が欠落した「 になったのだ、病気がなせる業なのだ、と理解して頂きたい)。

声6: そもそも"「自立」とは どのレベルをゴールに定めるかによって変わる ものだ ―― 目標を決める偉い先生方” は 現場の状況を絶対に知るべきだ係り:現実は妥協の山積であろう ―― 聞いて“白けるような”異質の自立を求められると、悪循環に陥る危険もある)。

声7: 老人は労力やお金で社会貢献は難しいが、些細なことでも 努力の徴が見えれば それは貢献であり、自立心にも相当する と解釈できる。

声8: 老人の基本状態は「退行」であることを念頭に置いて あまりムリな自立を望まない係り:オーイ、お茶 ! ”と言う人には お茶を出してあげよう;ずるく甘えて 自立に問題があるのかどうかは その場で判定しよう)。

声9: デンマークなどで「高齢福祉の三原則」(本文)が活かされているのに、日本では机上の空論と言われる理由は何か?(係り: 「豊かさ」の違いであろう――利用者お一人につき介護者一人の“豊かな”関係なら「三原則の達成」は難しくない;日本は 医療も介護も あちらの 1/5 程度の人員で行うから理想と現実が泣き別れる のだ)。

声10: 現場の経験者でこそ「自立」の意味を理解できる;華麗な意見なら 誰でも出せると思う(係り: その意味で、介護の教師は自分でも症例を持ち、波も風も見通せる人格が必要となる)。

   参考:  安全管理 # 438: 延寿の業( ごう )を正す
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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