(41) 治療 看護 と 介護

 (41) 治療 看護 と 介護   

 今日の話題は「時代の流れの中で見る用語」として治療・看護と介護の三つの言葉を挙げます。

いずれの言葉も明治前の日本にはありませんでした。明治維新とともに外国から入ってきた大波小波の単語の洪水!これらの洪水のうち、法律・軍事・行政・科学の分野の用語は、なんとしても外国語に対応する日本語を創作せねばなりませんでした。

♣ そのうちの一つが「治療」。これは英語でいう “Treatment” です。Treatを辞書でみると「取り扱う → 待遇する → 処置する→ 手当てする → 治療する」とあります。この最後の「治療」が明治政府の発明です、意味は「治し いたわる」;外国では、いまでも「処置」と云っています。

♣ 明治10年、西南戦争(薩摩の西郷隆盛と日本政府軍の戦い)では、鉄砲を使った初めての内戦であり、数万人の負傷者が発生、医師だけでは対応しきれない;そこで看護者が必要となり、その時は男性が手当てに従事しました。ちょうどその直前、西洋ではクリミア戦争 (1854~1856年) でナイチンゲールが活躍し、「ナース」の重要性が広く知られ、日本でもそれを取り入れました。ナースの日本語をどうするか? “Nurse”を辞書で見ると「世話をする → 大事にする → 授乳する → 看護する」です。この最後の「看護」が明治政府の発明です。言葉の意味は、「看護」の「看」は「よくみる」こと、「護」は「まもる」ことです。いい言葉ですね。その後、日本赤十字社が創設され、初期には女性が主に従事したので「看護婦さん」という言葉が語呂よく日本語に取り込まれました。

♣ さて、今から30年ほど前(1980年ころ)、「介護」という言葉が辞書に出るようになりました。これは介助の「介」と看護の「護」をつなぎ合わせた新語で、英語ではCareと言います。Careを辞書でみると「注意する、気にかける」などで、まだ「介護する」という翻訳は辞書に載っていません。「介護士」は日本語ではありますが、まだ英語ではないのです(あるとすればCarer or Care-giverか?いずれにせよ、“ケアをする人”と言う意味であって、日本のように「介護士」ではありません)。まだ出来立てのほやほやの言葉です。つまり欧米でも「介護」という社会行為自身が新しいシステムとしての現象と言えるでしょう。

♣ 時をほぼ同じくして1973年(S48)、時の厚生省の保険局長 吉村仁が「医療費亡国論」という語句を唱え、自民党政治家とマスコミがそれに同調し、以後、医療福祉費はけずられ、予算は道路建設に回される運命になりました。その結果、ご存知の通り、吉村仁の独断は日本を医療崩壊の道へ導き、ギスギスした医療不信の社会現象をもたらす結果となりました。救急・小児・出産の医療は ことのほか強い打撃を受けています。お年寄りは延命のための治療や看護を求めているのではありません、静かに老後のひと時を過ごしたいのです。私どもも、それを「人の定め」として承知しています;静かに介護をしたいのです。

♣ このようにして、昔の「治療」は「看護」につながり、さらに最近の「介護」へと展開してきました。この分野の歴史はまだ10年、いろいろの試練を受けていますが人々の幸せは適正な「治療・看護と介護」の連携と共にあり、特に、まだ新しい領域である「介護」を大切に守りたいと思うのが私の心情であります。

職員の声


声1: 「介護」という言葉は新しい言葉だと聞き、驚きました。

声2: 自分がナースでありながら、改めて「看護」の語源を勉強しました。「看」とは「よくみる」、「護」とは「まもる」、とても納得です。

声3: 10年まえ、ベトナム人の同年輩の子に「将来、福祉 (Welfare) に携わりたい」と話したら、「家政婦 (housekeeper) になりたいの?」と言われ、正直、驚きました。

声4: 人は「心・情・義」に合致して 初めて「生きた仕事」になると思います、そうでない人は、この業界に適さない。

声5: お年寄りは「スパゲッティ症候群」で亡くなるのではなく、静かに亡くなることを望んでおられます;医療費亡国論というのはひどいと思う!医療・看護・介護は三位一体で、これを維持するのも、またその恩恵をうけるのも、国民の権利であり義務でもあります。

声6:介護は「多くの人の目」の中でご利用者を護る特徴がありますね。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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