(452) 「多々老少子化」 が正しい

「多々老少子化」が正しいのではないか
「多々老少子化」が正しいのではないか

    (452) 「多々老・少子化」 が正しい 

日本 現在の福祉状況で大きな問題の一つに「少子高齢化」がある。

字義通りに解釈すれば「子供が少なくなり、高齢の人が増える」であり、国民の多数が この事実に同感している。ただこれだけでは社会問題にはならない。問題の本質は「働かない老人が増え、その生計を支える若年層が減り、福祉会計の収支が危機状態に陥っている」ことであろう。

♣ 「高齢化」だけでは“どの年齢の人が どれほど多数となったのか”が不明瞭である。単に「高齢化」と言えば、年齢が上がった、という 数値の増加だけであり、社会的意味は薄い。「人々が高齢になった」だけではなく、福祉需要の増えた“老人が増加した”と言う意味が読み取られるべきであろう。

♣ 私は この考えから「少子高齢化」を「少子多老化」と呼ぶことを 一頃 提唱した。これで 初めて“子供が減り65歳以上の 依存性老人が増えた”という 真の社会的意味が読み取れた。

♣ しかし 待てよ ! 老人は がんらい 自分の老後の生活資金を自前で蓄えたのではなかったのか? いつの時代から 若者が老人に年金を贈る制度に変わったのか? おかしいではないか?

♣ 私の個人的な経験を述べれば、終戦後の10年間 人口は爆発的に増加 ―― それは主に赤ちゃんの増加であった。しかし 昭和30年を過ぎても人口増加は衰えず、それは主に老人が 昔のように‘早死に’しなくなった からであった。この結果、終戦時の 7千万人レベルの人口は 昭和45年(1970年)に1億人を突破した。

♣ 少し詳しく見ると(図1)1)  赤ちゃんの数は戦後すぐ最大 270万人のピークを成し、「団塊の世代」と呼ばれる現象があった。およそ25年後、この赤ちゃんたちが大人になって結婚・出産で第二のピークを成した。以後、赤ちゃんの数はゆっくりと減り、現在の年間103万人レベルで落ち着いている。

♣ 「少子」とは、どの時代のレベルの赤ちゃんを比較すればよいのか?戦前の赤ちゃんレベルは200万人、第一次ピークが落ち着いた後は160万人、第二次ピーク後の最近は103万人;図から見られるように、第一次ピーク後の160万人と比較するなら 103 / 160 = 0.64倍 の「少子」 にすぎない。イメージで表せば、一所帯3人の子供が一人減って2人の「少子」になった事であり、これが騒がれるほどの「少子化の実態」である。

♣ 他方、老人のほうを見ると(図2) 2) 、1953年の老人数は500万人、2013年は3,186万人、コンスタントに6.4倍」に増加 している。イメージで表せば、3人の老人が19人増えて21人になった勘定だ。これが「高齢化の実態」であり、その規模は 「少子化」の10倍も大きい

♣ なるほど“少子化問題”は 我々の肌身にこたえる問題ではあるが、老人問題はその10倍の重みがある のだ。このように 桁数の異なるレベルの問題を あたかもシーソーを見るような同格数の増減として表した標語 “少子高齢化”は 問題の重さを正当に扱っていない

♣ そこで 私は提案したい:―― 「少子高齢化」は現在の問題解決を目指す“標語”であるが、マイナス0.64倍と、その10倍も大きいプラス6.4倍を混同視するような意図( いと )は混乱の元となる。「少子高齢化」を せめて「少子多老化」とすべきであり、もっと正しくは、子供と老人の位置を入れ替え「多々老・少子化」が より適切な表現ではないだろうか? (または「 十老一少子」と言うことができる)。 

結論: 少子化の進行はあるけれど、その実態は 過去の安定出生数160万人が現在の103万人に減ったにすぎない(マイナス0.64倍)。他方 老人の数は一途にプラス6.4倍に膨れ上がった。言葉というのは「自分が相手に伝えたいことをできるだけ正確に伝える」というためにある。そこで、「少子高齢化」という誤解されやすいイメージの標語を「多々老・少子化」に改めることを提案する。福祉問題を正しく認識するためには 増減の規模を事実に近づけ、関係者に正しい洞察ができるように工夫することから始めるべきだ、と思われる。

  参考: 1) 図1 = 出生数推移(万人)(-2012年)→ ネット参照。 2) 図2 = 高齢者人口推移(万人)(1947~2013年、人口推計)→ ネット参照。
  職員の声 

声1: 私は「少子高齢化」という言葉を当然として聞き流していたが、解説教育の場で「赤ちゃんが1人減り、老人が10人増えた」と教えれば、その実態が分かりやすい(→ 十老一少子)。

声2: 「少子高齢化」と」聞けば、子供がすごく少ないというイメージだが、実際はそうでなく、高齢化が急ピッチで10倍以上に進んでいることが分かった;グラフも適切で大変分かりやすかった (係り: 要するに問題は”多々老“なのであって“少子”の規模は その1 / 10程度なのである)。

声3: 福祉問題を正しく認識するためには 増減の規模を事実に近付けて関係者に正しい洞察が出来るように工夫することから始めるべきだ (係り: 徒食性の老人が増大化することは 先進国に共通なトラブルであるが、だからと言って、数を減らすことは倫理的に出来ない ――、代わって“産めよ、増やせよ”と「妊婦叩き」が横行するが、それは 問題の筋道が違う ! )。

声4: これらの事情をつかんで 「多々老・少子」は言い得て妙である !

声5: 今の都知事は」東京を「世界一の福祉都市」にする、と張り切っている ―― 選挙の票を持つ老人たちの極楽が出現するだろうが、票を持たない子供たちはワリを食う係り: 多々老社会は、政治家が自分の当選を懸けて創った ゆがんだ社会問題なのだ)。

声6: 結婚が困難な社会、子を産んでも安心できない社会 (係り: だから親は防御的に子を減らした;他方、医療介護の進歩に伴って老人たちは増え、多々老で「頭でっかちの‘提灯型’の人口構成」となり、みんなが困っている。

声7: 老人過多でも 子供を増やせば まだ日本が生き残る道は残されている ―― 老人には‘積極的治療’を中止、子供は手厚く保護、これで老人は減り、子供が増える流れが可能となる (係り: 政治家は自分の当選を目指して老人に媚( こび )を売り、老人迎合に精を出す ―― 子供の(親の)票は取るに足らないのだ。ちなみに福祉費の配分は老人向けが70%、子供向けは4%であり、その不均衡は世界に類を見ない)。

声8: 私が生まれた年の赤ちゃんは120万人で、老人数は約2,000万人;逆に 私が老人になる頃は「少老・多子」になっているだろうか? (係り: 面白い質問だ。あなたの歳に30年を加えると50歳かな? その頃なら 老人は今の2倍に増えて45%だ . . . さらに15年加えて あなたが65歳になると どうなるだろうか? ―― 今の中年の人たちは医療介護の進歩によって 更に多数が生き残る運命にあるから、「多々老・少子」は もっと膨れるだろう ―― 選挙票を持つ老人のエゴイズム が続く限り、ご期待の「少老・多子」は夢のまた夢に終わるかも知れない)。

係りより:

♥ 老人が‘幸せで 長生きすること’に異存を挟む人は どこにもいないだろう。昔は その達成のために個人とその家族がそれなりの甲斐性で努力をした。しかし現代では 政治家が ‘幸せと長生き’を配給する時代に替わった。政治家は国民から税金を徴収し この目的に支出、老人一般は 個人的な努力なくして高齢・多数化する。そして この流れを支持する お金は いくらあっても需要を賄えず、「多々老少子の問題」に突き当たる。

♥ そもそも 生命存在の最大目標は「汗を流して働き、お互いに助け合い、そして子孫繁栄を達成すること」ではないか?ならば、不足するお金の使い道を どこに使えばよいか は自明の理であろう。現在の社会福祉は 老人重視の視野狭窄に陥らず、生命存続のための「王道」を思い起こし、将来を見つめるべきである。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

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