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(453) 究極 の 寿命分布

   (453) 究極 の 寿命分布

人々の望みとは 恐ろしいばかりの底知れずである。

♣ 謡曲には こんなのがある:―― 老夫婦が共に白髪の生えるまで愛を語たり、「おまえ百まで わしゃ九十九まで」と謡う( うたう ) 。ところが昨今 平均寿命が 現実に それに近づいた時代でさえ“不老長寿”を望む声が介護者の中からも上がってくる。人間 何歳なら満足、というレベルはなさそうだ。不老長寿とは困難だが、どこか妥協点はないのか?

♣ ① まず現状に目を通そう。次の数値は 「年齢~日本人の該当人数~認知症の割合」の順で示す:―― 85歳~70万人~認知症50% . . . / “100歳~5万人~認知症80% . . . / 105歳~2,500人~認知症90% . . . / 110歳~70人~認知症100% . . . / 116歳~1人~認知症は重度”。ご覧の通り、85歳を越えて100歳になれる人は 僅か7% ! ――東大の入試より競争率が激しく、気迫のある人しか100歳にはなれない。

♣ ―― 110歳なら 日本の人口1億3千万人のうち わずか70人 ―― 100歳の時の0.2%に減り、その競争の激しさに耐える者は 心身絶倫を要する。115歳なら 日本中でたった1人、実質的にゼロだ ! 諦めた方がよさそう ―― それほど“長生き”することは稀のうちの例外なのである。仮に115歳になれたとしても、ほとんどの人が 重症の認知症だ ! 普通の長寿願望は「なってみたい願望」であって、その激しい競争率と哀れな認知症の実態に まるで気付かれていない。加えて経費は 年400万円×30年 = 1億2000万円も掛かる 1) 。それでも「不老長寿」の希望者は後を絶たない。その足元を狙うインチキ商人は街に氾濫している。
究極の寿命分布

♣ ② 次に「寿命分布図」 (上) を見よう 2) 。縦軸は‘死亡数率’、横軸は‘年齢’だ。見ると、40歳まで死亡者は少ない。40歳から死亡は増え始め 60歳で急に、そして年齢86歳でピークに達する。その後は急峻な下向きカーブで寿命分布図は終わる。ピーク点の寿命がほぼ平均寿命に相当し、“右端のカーブ終点が最大寿命である 3) ―― 平均寿命と最大寿命の差は 約30年ほどある。つまり、平均寿命86歳の人は70万人ほどあるが、その後の最大寿命115歳の人は たった1人だけ であり これが現実の人口落差なのである。最大寿命に達するために、あなたは70万倍の競争を勝ち抜かねばならない。

♣ 次にこの図から学ぶべき最も重要な点を述べる。現在のピーク点は86歳の平均寿命であるが、70年まえ の終戦時を振り返ると そのピーク点は図の中央あたり50歳近辺の低い所にあった時代と共に長生きになって ピークは現在の86歳に移ったのだ。ところがここで注目 ! その頃と今とで図の最右端の「最大寿命」は不変なのだ。

♣ 最大寿命は19世紀末に死んだフランス人女性=ジャンヌ・カルマンさん(122歳)であり、以後誰もこの年齢を越える者はいない。つまり、もし人々が長生きになれば 平均寿命のピーク点は図の右方に移動するが 最大寿命は百年以上も 最右端の一点に留まり、変わっていない のだ。

♣ この有様を観察すれば 次の三つの結論が得られる:―― ① 人が長生きするにつれ平均寿命のピーク点は右側に寄る、しかし図の最大寿命点(最右端点)は100年経っても変わっていない、② 「死亡分布図」はこの図形を保ったまま左右に平行移動するのではなく最右端は固定されており、あたかも右側に固定されたカーテンを引くように、平均寿命点だけが 左右・上下に移動する のである。③ よって、人の長生き願望は今後とも122歳のカルマンさんを大幅に越えることはできないだろう人類の願う天寿は 無限でないことが一目瞭然である。

結論: 平均寿命は今後も変動するが、ヒトの最大寿命は固定され、122歳を越えることは まずないだろう。もし あなたが不老長寿を唱えるときは 単に遊び心なのだ、と自覚するのがよい。人々の「不老長寿」の願いは、今後とも 神社・仏閣まえでの‘お願い’の類( たぐい )に留まるだろう

参考: 1) 新谷冨士雄・弘子:平均寿命と最大寿命、安全管理 #434, 2014. 2) Anonymous in the Net: 寿命分布の考察、2012. 3) 新谷、無産延命を調節する、安全管理 #433, 2014.

職員の声

 声1:長寿を望む人は、今の健康がそのまま続くと仮定するが、実際には病気が加わり 仲間も著しく減る大競争なのだーー競争を勝ち抜く「気迫」が必要である(係り: 日本で85歳は70万人いるが、100歳は5万人へと激減する;認知症も50%から80%へと増大、110歳なら100%、と心細い現実を知る)。

声2: 長寿に必ず伴う認知症によって、 生きている実感は薄れていく;私は精神が元気な範囲の長寿を求める(係り: それは身体の健康よりも認知症の程度に依存する;早ければ60歳で 遅くとも100歳でボケてくる ので注意しよう)。

声3: 人間の最大寿命の122歳は19世紀末の成績である;その後 医学・介護は著しく発展したが 最大寿命は延長しなかった係り: 最大寿命 = 大富豪を類推できる ―― 富豪は昔も今も変わらず存在するが、庶民の暮らしは昔低く、今は上がった . . . だが 庶民が皆 富豪になることはない)。

声4: 100歳の人に出合うチャンスが増えている、皆 元気だよ(係り: 1960年の日本記録では100歳の人が100人だった;今は500倍の5万人に増えた ―― 素晴らしいことだが、あいにく 最大寿命は何の変化もしていない)。

声5: 死があればこそ生は尊い、長命達成の祈願も ほどほどが“ちょうど良い”のだ。

声6: 長寿の願いは天然の願いだったが、急な高齢化の実現に伴う社会不安にゆすられ、今後 長命の願いはタブーになるかも知れない;122歳のカルマンさんだって、お世話する家族は 少なくとも子・孫・ひ孫の三世代 ―― つまり、長命とは「家族迷惑と言えるのではないか?(係り: 君はそこまで言うのか?)。

声7: 老人は「早くお迎えが来て欲しい」と言いながら 病院通いに忙しい ―― こんな気分を防ぐために「年齢制限」はできないのか?(係り: この 金食い虫の矛盾” を調節する「保険会社」を設立したらどうだろう?

声8: 昔 90歳は珍重され尊敬された;今でも「キンさん・ギンさん」(107歳 108歳)は記憶に新しいし、カルマンさんの122歳に至っては 世界的なアイドルでマスコミを潤している;だが世界一の日本婦人の平均寿命86歳の意味を解釈すると、日本婦人6千万人のうち86歳以上の女性が3百万人いる ということだ ―― 珍しくもないし 尊敬の念も湧いてこない ―― 時代は変わったなー、の一言でくくられる !

声9: 平均寿命は86歳、最大でも122歳という 「逃げも隠れもせぬ事実」 を率直に受け入れる姿勢が必要ではないか? ―― 不老不死などの合言葉にだまされ、怪しげな呪文で 「死期」 を後延ばしにしようとする商業主義今や無効だと判明したのだ ―― 淡い夢は消えて寂しいが、現実の足取りはしっかりしてきた と思う。


プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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