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(463) 永生 (えいせい) の夢

  # 463 : 永生 ( えいせい ) の 夢

 ‘ 永生 ’ とは仏教語’永遠に滅びないことの意味である。‘ とは 可能性がゼロでないときに膨らんでくるもの だ。

♣ 広い宇宙の中で地球以外の場所で “生命” が存在するかどうかは議論の対象であるが、とにかく 地球では約38億年前に生命が誕生した。その生命は ‘永生’ に生きているのか?それとも死んだのか?たぶん、最初の生命は死に、その子孫は生き延びて今に至っているのだろう。つまり “生あれば死あり” ということだ。

♣ ヒトがその子孫のうちの一種であることは間違いない。ヒトがこの世に誕生したことに疑いがなければ、次にヒトはナゼ死ぬのか? 事故・怪我・病気などの原因があれば死ぬだろう . . . だが 何事もなく 只 歳を取っただけでも死ぬのはナゼか? それに対する論理的な解答は どこにもなく、統計的な知見があるだけ だ:―― すなわち、我々のご先祖はみなヒトでありみな死んだ;ゆえにヒトは死すものであり、私たちも人間である以上 いずれは死ぬ だろう。

♣ 我々は21世紀に住んでいるので 死ぬ原因は圧倒的に 「首上病」 であることを知っているが、ほんの30年前まで、多くの日本人は首下病で死んだ ものだ。「首上」とは“脳”、「首下」とは“内臓”を指す . . . つまり医学の発達により いまや肝臓病・腎臓病などの‘首下’臓器病が死因となることは少なくなり、代わって 従来 滅多にやられることのなかった ‘首上’脳が死因 となり始めたのだ。この変遷の主原因は何か?それは なんと “長生き” なのである !

♣ 矛盾に満ちた この物語を簡略に説明しよう:―― ヒトの体の中には 「アミロイド前駆蛋白」 (amyloid precursor protein, APP )という蛋白があり、人が子供の頃に有利な役割を持っている。ところが医療の発達で長生きになったヒトのAPP遺伝子は老齢期になると βアミロイドを産生し それが脳に沈着することが判明した。これがアルツハイマー病の原因なのである。

♣ つまり こういうことだ:―― 子供の頃に役立っていた APP という蛋白質は、人生50歳の頃までは 何の悪さもしなかったが、高齢になるとβアミロイドを産生し、それが脳細胞に沈着することによってアルツハイマー病という‘悪さ’をする のである。もっと短く言えば、APPはヒトの小児時代を保護するが 老年時代には痴呆をもたらす、という分子学上の基礎があるのだ。

永世の夢

♣ そう言えば、臨床で経験される認知症の年齢別頻度は、85歳で5割、100歳で8割、110歳で10割のように 高齢なほど傾斜が高かった。つまり、我々は「元気で長生き」という“永生の夢”を持っているにも拘わらず、50歳以下の「短命」で良ければ“元気”に生きられるが、 長命」を希望すれば “アルツハイマー病”に罹 ( かか )るという狭間に立たされているわけだ . . . 諺 ( ことわざ )で言えば 「前門のトラ、後門のオオカミ」 と表現すべきか?我々は 「元気 かつ 長生き」 の両方を望むのに、そのいずれか一方しか許されない事態 なのである。 このジレンマ はどうのように切抜ければ良いのか?

♣ おそらく 読者の皆さん方の感想は、“へ理屈はその辺で結構、私の親と私さえ‘例外’にしてもらって「元気で長生き」ができさえすれば満足である”とおっしゃるだろう。その場合は 挿絵をご覧あれ ―― 他人から群を抜いて一人だけ別格になりたいときは、動物の種類が変わる のだ;それを この挿絵が教えてくれる。あなたが普通の人間であれば、その他大勢の人と同じ運命で我慢せざるを得まい。

♣ 皆さん方は まだ若いのだから、APPやβアミロイドにはご縁がないハズだが、いずれ歳をとれば 今日のこの話を思い出すことだろう。問題は そんな老人の心をどう守るか にある。つまり、‘元気’と‘長生き’は両立しないとうそぶけば、彼らは落胆するだろう。仮にあなたが“二者択一”こそ現実であると知っていても、彼らと にこやかに話を合わせて 楽観的な将来を明るく語って下さる姿勢 があれば、万事OK となる。

♣ 「」 は時間軸でいえば「将来」の出来事だ;他方、認知症の診断特徴である 「失見当識」は時間軸の喪失 を意味するから、「夢」は理解の外となる。かくして 永生の夢は、若くてまともな人、つまり介護者だけが描くもの なのである。

結論: 崇高な人生の理論や願望よりも、 多数観察の統計のほうが「真実」を教えてくれる。でも 同時に “永生の夢とAPP” が矛盾しないような人生の楽観を身に付けたいものだとも思う。

 参考: 1)  Freedman D, et al: STATISTICS: The Average and the Standard Deviation, WW Norton & Co. New York・ London, 1978. 2)  新谷冨士雄・弘子:日本女性の平均年齢は 86歳 か? 福祉における安全管理: # 466, 2014.

  職員の声

  声1: 「元気で長生き」 であっても、いつかは力尽きるのが人間だ、私は周りに迷惑を掛けないで生きる方法を模索する(係り: 沢山の老人たちが車椅子で行列 している施設での有様( ありさま )を見ると、感無量だね、車椅子のなかった昔を思い出すと、これらの老人たちは 全部 “寝たきり” だった のだよ ―― 未来はもっとbetter になる ! )。

声2: ‘元気で超長生き’ は欲張りか? 係り: 両方を満たしている人は稀 なのが現実; 介護者は現実をしっかり見つめて 理想論を述べよう)。

声3: 長生きが 「夢」 と言われると悲しくも切ない . . . この先を生きるのに苦労する(係り: 人生は 「86歳プラス30年ですよ2) 、と理解すれば 全ての話が滑らか ―― それを 伝統の千鶴・万亀に固執するから辛い だけではないかな?)。

声4: 老人が 「心身ともに依存度 100% 」 とうのは良くない ―― 彼らは人様の役に立つことをしようと考えないいのかしら?自立教育も大切だと思うけど(係り: ‘して貰うのが当然’ の姿勢になれば、認知症は進行するばかり ―― ダメと思わず、躾けよう)。

声5: 首上病・首下病 のネーミング」 に興味を覚えた;私は「元気で長生き」をモットーとしたい(係り: 皮肉なもので、‘長生き’ こそ 「首上病」 の原因なのである . . . 困った現実だね)。

声6: 私が生存中に認知症の良薬が発明されることを望む(係り: 認知症は 「首上の老化 であって、「老化なしの認知症」 は存在しない ―― だから‘良薬’とは あなた自身が老化しない事に尽きる)。

声7: 人間の欲望が 「首上病」 を増やした大きな原因だと考える ―― 私は自然死を やたらに考えるこの頃である(係り: 人間以外の動物は ‘更年期’ が終わると自然死する ―― 人間も 戦前までは 「人生50年」 の自然死であったから 「首上病」は稀だった ―― でも高齢時代の今となっては 50年 ではもの足らないよな、「首上病」 を選ぶほうが自然だよな ―― 歯は無く 耳 聞こえず 認知症になっても 生きていたいのが人情 というものだ―― 徒食の老人を養うのは金が掛かるけれど 人情を優先しよう)。

声8: 短命・長命は本人が決めれば良い; 短命で満足なら全く問題はない(係り: それの問題は、「短命の希望者がゼロ」 であること、その上、「長命であってさえ ‘不満足’ と思う人が大多数」 なことだ。これは人間の業 ごう )である ―― ’満足’を言いだすとキリがないよ)。

声9: 昔は 「長生き」 が珍重されたが、現代は 「元気」 を求める人が大多数だ ―― そのうえ、老人は 他人の税金で長生きすることを ‘申し訳ない’ と思わないのだろうか?(係り: 人生 50歳 時代の長生き とは 「還暦・60歳」 で満足に至った ;時代が変わって 現代は 黙っていても 100歳 になれる時代、望みは 「長生き」から 「元気に入れ替わったのだ―― また、老人性認知症の訪れとともに 「他人迷惑」 という言葉の意味が理解できなくなる ため、‘申し訳ない’ なんて誰も思わない ―― 私らは、歳と共に みんな アホ になる のである ! )。
 
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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