FC2ブログ

(465) 人 口 崩 壊 か ?

  (465) 人 口 崩 壊 か ?

近年 子供の数が減り 年寄りが増え、少子高齢化という掛け声がかまびすしくなった。これに加えて日本の総人口が減って行く 「人口崩壊」 と呼ばれる心細い現象も注目されている。今日は これら二つの現象に照明を当て、皆さん方の心構えを確認したい。

♣ 少子高齢化については、安全管理 #452 : 「多々老少子化が正しい1) で 意見を述べたが、正しい認識は 「子供一人が減るにつれ、年寄りが十人増える」 という現実であった。つまり “少子高齢” という言葉は真実を言い表さず、“多々老少子” のほうが 現実への対応を考える上で適切な用語であることを述べた。

♣ 今日は別な図面を用いて その実態を目で再確認してみよう(下図)。この人口ピラミッドは 1920年 (大正9年――薄い実線の三角形) と2010年(平成22年 ―― 黒い影絵) の実態を重ね合わせた図である * 。 まず 図のパターンを見よう。

人口ピラミッド

♣ ① 男女とも 15歳以下の人口領域だけを見ると、昔のほうが確かに多いが、ほんの僅かに過ぎない

♣ ② なかんずく異なるのは、老人領域であり、今の面積は昔の10倍以上も広く、とくに女性で著名だ。85歳以上だけを比べれば 昔は 針のように細く、その人口は ほぼ ‘無い’ も同然であった。 それでも 国の運営は キチンとできたのである。

♣ さて、現代社会のオピニオン・リーダーは 40~ 60歳 の人々であろうが、その方々の頭の中には、小・中学生は、一学年 5~6クラス、一クラスあたり 50~60人であっただろう。だから、その方々が現在の小学校閉鎖のトレンドを見れば、誠に 「少子」 の実態をヒシヒシと感じるだろうが、その 「少子10歳以下」 の面積を 上の図で見ると 昔と今とでは ほんの僅か違うだけである。今は一学年 1~2クラス、1 クラス 20~25人という実態、むしろ 今でこそ やっと先進欧米に近づいた のであって これこそが正常であり、決して 「少子化」 とは言えないだろう。今の人口パターンを表現するのに 「少子高齢」 と 「多々老少子」 とでは どちらが より適切な表現だろうか?

♣ 次に 「人口減少」 の社会問題であるが、なるほど従来は 出生数過大が 2006年まで続き ウサギ算増殖と呼ばれていた けれど、それこそが開発途上国の特徴だったのだ。今 やっと日本も先進国パターンに近づき、人口が減り始め、40年後には1億人を割り込むと想定されるが、不思議なことに それがかえって パニックを呼んでいる。(参考: ドイツ= 8200万、フランス= 6400万、イギリス= 6000万)。

近年 死亡者数が出生者数より約 20万人程度多いが、若年層の死亡は少ない ので 3) その多くは老人である。人口が減ることを マスコミは 「人口崩壊」 という恐ろしい言葉で表現するが、高齢老人過多の日本で 主に老人が減って行くのは自然の結末ではないか? 図を見れば了解できるが、75歳以上の面積が どんなに細っても 社会崩壊が発生するとは とても思えない。

♣ ちなみに、戦後1947年生まれの第一次団塊世代は 1947年の 平均寿命 56歳 プラス “死期猶予期間 30年” 2) を加えると 平均年齢 86歳の天寿を2033年に迎える ( 56歳 + 30歳 = 86歳;1947年生まれの人が86歳になるのは 2033年)、 その年 ± の時期に ほぼ毎年 200万人 前後ずつが亡くなるーー今の約2倍だが、当然の現象だ。その状態が 30年余 続き、それ以後は安定した死亡・出生の年齢構成となるだろう。人間は 出生~死亡までの間隔が 90年 程あるのだから、長い目で全体の流れを見て それを評価するのが適切な態度なのではないだろうか?

結論: ① 少子高齢化の標語は間違いであり、「多々老少子」の認識によって、人口構成の変化を把握すべきである。② 以後の人口減少は、主として老齢人口の減少によるものであるから、社会的に危惧されるような 人口崩壊現象」は当分起こらない

  参考: 1) 新谷冨士雄・弘子: 「多々老少子」 が正しい、福祉における安全管理 :# 452, 2014. 2) 新谷: 死期猶予 30年 と介護界、ibido # 460, 2014. 3) 新谷: 究極の死亡分布、ibido # 453, 2014. * 総務省、2012年。

 職員の声

 声1: 総人口が減るって 意味が不明だ;せめて‘労働人口’は不変であって‘依存人口’が減った、と言えば 意味が理解できる(係り: マスコミは しばしば危機感を煽る手を使う ので注意したい ! )。

声2: 人口崩壊とは暗いニュースだ;明るいニュースはないのか?(係り: 依存人口が減る、というニュースは‘明るい’のでは?)。

声3: 従来用いられている「少子高齢」という標語は間違いであって、「多々老少子が現実である」、とパールから発信して欲しい係り:すでに発信している 1) )。

声4: 老人の「健康寿命」が延びているかどうかが判断ポイントだろう;もし彼らが元気なら「依存老人」とは言えないと思う(係り: 実態を見れば、“健康寿命”は延びている;しかし、それを越す勢いで病気寿命”が更に延びており差し引き、介護保険は「病人の寿命を延ばす」ことに終始しており、さらに多量の予算が必要である)。

声5: 昔は “少老多子”、それなりに現実と予算のバランスが取れていたではないか?(係り: 今は 社会の実力に不相応な依存老人の過剰と言われる ―― が、しかし、考えようによって、多々老少子の老人天国’こそが人類の夢なのだ、と考える人もある ―― 実現困難な夢を叶えた 日本は偉い のだろうか?)。

声6: 小さな国土に不相応な過剰人口を煽った 「産めや増やせよ」 政策、そのシワ寄せが来て 今や 養い難い数の老人が増えた ―― 次の世代には ‘負の遺産’ を残さないように 我々の敬老精神で頑張るしかないのか。

声7: 付図を眺めると、老人がこんなにも多いのかと溜息が出る ―― お目出度いなんて言葉は出て来ない;こんな老人に予算をつぎ込むよりも、未来ある子供たちへの支援を考えるべき ではないか?(係り: 誰もがそう思う;しかし、現実には 子供のことを思う選挙票はほんの少数大部分は老人延寿票であって、政治家は老人の意向に沿わなければ当選できない)。

声8: 人口パターンは ピラミッド型はダメ、提灯型もダメ;私は ‘お墓型’ が良いと思う ―― 人は生まれたら90歳まで誰も死なず、虎屋の羊羹のようにノッペリと四角型で、テッペンに行ったら小さい三角帽子型で 全員が片付、そんなのはどうか?(係り: 素晴らしいアイディアだが、どうしたらそれが実現できるか?)。

声9: 人口の理想図を描けと言われれば、私なら先のとがったオベリスク(尖塔)を思い描く――つまり、少人数だけが生まれ、病気ではないが 元気さも欠点もなくて 細々と生きて 活力に乏しい ‘良い子の日本’ になるような気がする(係り: 人口が全年齢で減っていくのなら 型がオベリスクのように細くなるだろうが、現在 直面していることは 「柱の上層の老齢人口の身罷り( みまかり )である――何人( なんびと )であれ、人の身罷りを期待するのは不謹慎であるが、 「日本は常に世界一の高齢国なり」 というメダルを いつまでも持ち続ける必要があるだろうか?――それよりも、老齢人口が世界並みに整頓されることによって、人々の‘愛と予算’が若者の成育に向けられては如何なものだろうか?――それでこそ人口は減っても、危機的な人口崩壊は免れられる道なのだと思う」。



プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR