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(470) 延命 と バベルの塔

   (470) 延命 と バベルの塔

 今日は 最近の医療・介護で特別な問題である「延命」について バベルの塔(下図)を例にお話をする。

♣ 旧約聖書 創世記 第I章によれば、その昔、世界の言語は一つであって、言葉はすべての人々に通用したバベル (イラク にあった地名) の人々は 集まって 天まで届く塔を作り始めた ―― 神々と真実について同じ言葉で語り合うためであった。ところが、神々はこれを喜ばれず、「人間の尊大さ」 を懲らしめるため、作業員の言葉が相互に通じないように工された。これによって、塔の建設は頓挫し、やがて塔は崩れ去った。以後 作業に携わった作業員たちは 徴集された 元々の各地に分散し、それぞれ別の地方の言葉を話すようになった、と言われる。今でも メソポタミアに行けば 「ジグラット」 として、バベルの塔の名残が見られるそうだ。

延命とバベルの塔

♣ さて ここで、次の話題に入る。近年 人々の寿命は有史以来の長寿記録を更新し続けているが、人々は 更なる 「延寿」 への執着は尽きせず それゆえの混乱も少なくない。そんなエピソードが秋の敬老の日に 立て続けに 五つほど発生したので紹介する。

敬老の日の祝典を始める朝の時間になっても、進行係の施設長が姿を現さない。探し回って分かったことは、「在宅死を希望・宣言されていたご利用者(90歳 男)が 「助けてくれ」 と電話を掛けてきた。施設長が至急訪ねてみると、大小便で汚れた布団の中でもがいている。人騒がせであったが 「自宅死」 はできず、救急車でT病院で運び、事なきを得た。このために施設長は式典開始に遅れた のであった。

式典が終わった午後、特養のF.R.氏92歳, 脳梗塞、右麻痺、心房細動、要介護4) がオヤツを食べていて 突然急変、大いびき、意識レベル 300。心房細動による脳梗塞の再発か?家族への連絡は 「つながらない」 。ご家族は元来 “入院・蘇生・胃瘻反対” をI.C.で表明されていたが、放置するわけにもいかず、H病院 へ救急入院蘇生に成功。しかし、点滴は困難、経口摂取もできず、2週後 家族が折れて 「むりやり食べさせるよりも “管を繋ぐほうが楽” 」 とのことで 胃瘻延命の現実に向かい合った。

その夕刻、K.I.氏 (80歳 男, 脳梗塞 左麻痺、認知症、要介護5)突然 意識喪失・酸素76%のチアノーゼ。ご家族救急受診には同意するも、外来で医師に抗議 : 「延命を希望しません」 と ―― 若い医師は思わず 「そんなら、ここに連れてくるな ! 」 と青筋を立てる。すったもんだで、結局 “胃瘻” 処置まで進んでしまう。みんな忙しさで目が回るのに、本人・家族・我々・救急医師のどこが不完全なのだろう?

夜、ショートステイのO.H.氏 (89歳 男, 認知症、前立腺肥大、要介護3) 、が発熱39.5℃、酸素86%のチアノーゼ。ご家族の希望 救急でH病院へ入院 ―― 膿尿・徘徊・転倒で目が離せない。

続いて、同じくショートステイのK.T.氏 (92歳 女 認知症、要介護3)宿便排泄後、冷汗・努力呼吸・意識低下、酸素 50% レベルで脈拍 144 /分。ご家族の要望で救急H病院へ ―― 高齢の発作性心房細動が原因であった。

♣ 以上、一日で5件の救急車搬送を経験、仕事とは言え疲れて来る。本日の 5症例 は全部高齢者であったが 4症例 が男性、これは珍しいことだ。 ①②例 は期待に反した 「延命」 となり、③例は 救急医療の現場で 「延命」 を拒否したために 救急医に怒られた ―― 両当事者の気持ちは良く分かるが、諸外国では どう処置するのだろうか? 我々は全例に 「説明と同意の書」 (Informed Consent) を取るから、いざ救急という事態が訪れれば、書面通りの臨死行為で 法的な問題は除かれる が、実際にはご家族へ再確認を行う。「日本人は 阿吽( あうんの呼吸が大事」 だから始末に負えない」 と欧米国に批判されるが、皆さん方はどう思われるか? 

♣ ④⑤はショートステイでのトラブル ―― ご利用者はご自身の “主治医” をお持ち であり、余計な重複診療は避けたいが、救急の重処置となればやむを得ぬ。だが 時間的な緊急性からご家族の意志とは相反することもある。

♣ さて、ここで この文章の冒頭に戻る。人が 「神に近づき、間違いのない真実を得たい」 という希望でバベルの塔は始められたが、‘人が神に近づくこと’ に 神は賛同されなかった。現代の救急医療においても、意思疎通の点で問題発生は避けがたい。 いくら ‘神’= 「本人 or 家族の意思」 とは言っても、職員が家族の意向を忖度( そんたく )するのに混乱するのは やむを得ないのだろう。サービス業における意志疎通の混乱は 「バベルの塔の故事」 を そのまま受け継がざるを得ないのか、そんな事を思い続けるこの頃である。

結論: バベルの塔は、真実を求めて神に近づこうとした作業であったが、神は ‘意思の疎通’ を喜ばれなかった。我々の老人救急への態度も同じであって、真実は お互いの意思が見えない中のどこかにあるけれど、それを 「阿吽( あうん )の呼吸の中」 で学ばざるを得ないのが現実のようである。
 
  職員の声

  声1: いざ急変、となると延命に走るご家族の動揺 . . . 傍の職員も つられて動揺してしまう(係り: 家族の真の意向が職員に伝わりにくくなり、バベルの塔が崩壊したような混乱が発生する)。

声2: ナゼ神様は バベルの塔建設で 人が天に近づく事を拒否されたのだろうか?(係り: いろんな説があるが、 ‘ワシは神の代弁者だ’ と威張る僧職の権威 を胡散臭く( うさんくさく )思われたからではないか)。

声3: バベルの塔とは 「延命」 の塔を意味しているのだと思う;神様は人間が訳も分からず神様の神秘に近づくことを ‘良し’ とされず、塔を崩されたのではないか?(係り: 解釈はいろいろあるが、神様は ‘臨死の人間 即 延命’ のような ワンパターンの解答だけに満足するべからず、と思われたのかもね)。

声4: 寝たきりの寿命を延ばす医療・介護の介入は、問題が大きいにも拘らず、家族・医師・裁判官のすべてが 事実上の寝たきりを謳歌しているように思える ーー 言行不一致ではないか?(係り: スエーデンでは 食事介助・胃瘻などを廃止し、よって ‘寝たきり’ が存在せず、老人は尊厳に満ちた天寿を迎える ―― 日本は尊厳よりも 親孝行= 延寿 という思想を重く見る ―― つまり 「訴追」 を避け、それゆえ 寝たきり寿命は世界一長くなる . . . 日本の介護保険は 目的の一つとして 「自立と尊厳の確保」 を謳っているが、実態は別のようだ)。

声5: 一時しのぎの延命処置は却って老人を苦しめる、という医学知識を あらかじめ家族と話し合っておくことが必要だ ―― 救急車を安易に利用してはいけないーーひとたび利用すると、上記 ③の症例 のように 「胃瘻」 まで 歯止めが掛からない怖れがある。「救急の泣き所」は、「神の手」と「警察の疑惑の目」の板挟みの点だーー愛しすぎてはいけないし、手抜きであってもいけない。

声6: 北海道の夕張市は経費削減で 病院の維持ができなくなったが、却って老人の生存率が高まった、という皮肉な現実 ! (係り: 老人が病院依存を続けると寿命が縮むということが判明したのだ)。

声7: 日本の老人は世界一の長寿を達成したにも拘らず、延命欲は さらに大きくなり 老人救急の頻度も高い . . . 意識の失われた老人の延命さえ 現場の阿吽( あうん )の呼吸で決めるのか?係り: 警察と裁判次第で医療側は どっさり 泣かされる ――訴追を避ける 問題は、延命のスタイルにあるようだ)。

声8: 私は たとえ親本人が拒否しても 親を延命する と思う;その場合、医師は延命反対の親と 賛成の私の どちら側に付くのだろうか?(係り: 合理の通じる国なら、本人の意思に従うハズ だ)。

声9: 疑問あり ! 本人と家族の本心がどこまで叶えて貰えるのか?  (係り: 年齢の若返りに相当する希望は多いが、それははっきりとムリだ . . . 延命したら あとあとの介護が大変だ、なんて思うかどうかの生々しい家族の本心を忖度( そんたく )することはできない)。

声10: 重症の例では、ほとんどの家族は I.C. (説明と同意の書) で延命不希望を望まれる、が、急変の場合は 医療を求める例があり 混乱の元になる ―― 人とはそんなものだと 私たちは心得ているが、同時に家族の心の変化を見て対応できるように、アンテナを張り巡らせて おくことが大事だと思っている(係り: 延命を求める心も、またバベルの塔の混乱も いずれも現場からの教訓である ―― お互いに 意思が正しく伝わるように工夫を続けたいと思う)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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