(478) ヒト は ナゼ 老いるのか?

 (478) ヒト は ナゼ 老いるのか?

この問いほど真面目に問いかけられた問いは 過去に類をみないのではないか? 今日は 世の中で どんなモノが老い、どんなモノが老いないのか を見てみよう。

① 物質は老いる: 古い時代の木造物は空気で酸化されてスカスカになる。鉄の刀剣も古くなれば 錆びの痕跡だ。石のピラミッドや洞窟も風雨の前に侵食され変形する。あの 3000年 歴史をもつ ツタンカーメンの黄金のマスク ―ー 金なら古くならないのか?いや、なるのだ。宇宙の始まりの ”ビッグバン” 考えてみよう。

♣ 過去 138億 年まえ、すべての物質は水素原子だった。この水素原子が 197個 ほど星の中でギュウギュウ詰められた結果 「金原子」 一個 ができた ―― 言ってみれば、水素が何億年の時間経過の後 老化して金になり、その後 ツタンカーメンのマスクになったのである。金も地球も、さらに宇宙全体も 絶えず老いている 。そんな宇宙的な老いの原理の中で、人はナゼ老いるか?と 白痴的に問われて、質問者に分かりやすい答えができるであろうか? 38億年 前に 地球で生まれた生命が今なお生存しているのはナゼか?を問うほうがよっぽど答えやすいではないか。

② 遺伝子は老いない : 38億 年前、地球に初めて誕生した生命が、もし子孫を作らなかったら その生命はそこで終わったハズだ。だって ‘子孫のない生命’ とは 言葉の遊び に過ぎないから。初期の生命は “身体と遺伝子” が同一体であった ―― たとえば身の丈 1cm に及ばない 水辺に住むヒドラ)。彼らには 「死」 の概念がない、なぜなら自分自身が身体の本体であり かつ子孫であって、二分割や側枝法で増え、老いることはない からである。

ヒトはナゼ老いるのか?

♣ しかし、生命が進化してくると、生命は、子孫を残す生殖部分” と自由行動が可能な 身体部分” とに分化した。二分化することのよって、子孫繁栄を確保しながら 身体は環境へ適者生存の能力を強めた のだ。ただし、そこには重要な 「取決め」 があった ―― つまり、子孫維持は 「生殖体」 の役目生命の自由行動は 「身体」 の役目である。ここに生命は 「老化しない生殖能力」 と 「老化する身体」 の分化ができたのである。

♣ 過去の歴史を振り返って見よ ―― 「遺伝子」 は 数学的な記号 であって 種( しゅ )を不老不死にする役目を持つ; これに対して 「身体」 は 各種 動植物の様々な姿・個性的な生き方で示されるように 自由行動が許されている反面、「有老有死」なのである。このことをイギリスの 生物思想家・リチャード・ドーキンスは 「伝子は利己的」 と表現した。生命の一番大事なことは、生まれ・育ち・繁殖することであって、老後を過ごす方法は 遺伝子には 一切 記載されていない。遺伝子は 環境に左右されずに ひたすら 「利己的に」 子孫を残すことに専念する ―― その特権として遺伝子は 「不老不死」 に作られたのである。 「身体」 は 「遺伝子」 の 一時的な ’乗り物’ に過ぎない、と彼は言う。

③ 身体は老いる: これに対して 「身体」 のほうは 自由度が高く、遊んだり戦ったり 恋をする自由度はあるものの、その本質は、上記の宇宙的な原理で 「古くなれば朽ちる素材」 でできている。それは単なる 「乗り物」 に過ぎず、使っているうちに壊れる。つまり、身体は 「使い捨ての有限寿命」 遺伝子は 「永続性のある無限寿命」 という分業の構図を持つ。前図の 「ヒドラ」 は 「身体と遺伝子」 が一体であり 分業していないから、不老不死である反面 身体の自由度は無いも同然である。もし あなたが 本気で不老不死を望むのであれば、あなたは 絶えず妊娠中で行動の自由がない、ヒドラのような 初期型生命 に戻らなければならない ! 「不老不死 と 身体の自由度」は、高等生命では両立できない のだ。もし あなたが 子孫に遺伝子を残せば、あなたは不老不死の循環の中に組み込まれていく。

④ 老いれば補充される: このことは、リレー・マラソンで例える と分かりやすい ―― 「バトン」 に相当するものが 「遺伝子」 、 「走者」 に相当するものが 「身体」 だ。走者は人であるから 人権を持つほか喜怒哀楽の自由も持つ 人気者の嬉しい存在であるが、バトンを渡してしまえば風景から消え去る し、次の走者で 容易に補充される。 他方、手渡された 「バトン」 は 「遺伝子」 であるから、最初から最後まで同じ情報が運ばれ、リレーが続く限り永続する生命を裏付ける立役者である。

♣ 一般に動植物の 「生命尊厳」 は特に重要視さることなく、「遺伝子」 の動きだけで生命問題は片付く。だがヒトの場合、目に見える 「身体」 こそが ‘人権と尊厳’ の象徴であり、それゆえに、「身体」 の寿命も ’永くあれ’ という 願いが発せられる。昔は 50年 で朽ち果てていた身体が 近年 百年 程度 長持ちしているから欲が出て、もっと長持ちさせたいとの声もあるが、そろそろ限度一杯の姿だ、と思わないか? 宇宙老化の原理は 今も昔、何も変わっていない。

結論:  ① ヒトは 「遺伝子と身体」 より成る。 「遺伝子」 は進化こそすれ、本質的には不変で老化せず、 生命の本質を保持する。② 「身体」 は宇宙の普通物質でできているので 時とともに古くなり( 老化 )いずれ朽ち果てる。③ 「身体」 は老いて100年 程度の寿命しかないが、その代わり、喜怒哀楽を生涯にわたって享受する豊穣な自由で報われている ーー 百歳老人の姿を見よ . . . それでもう十分 生命を謳歌( おうか )したと思わないか?

  参考:  「金」よりも年上は「ラジウム」であり、更に年上は「プルトニウム」、そして現在の最年長は「ウンウン・デキウム」であり、およそ 50億歳。

  職員の声

 
声1: ヒドラという水生生物 ( 前頁の図 )’決して死なない’と 初めて知った: 「身体と遺伝子」 の関係を ’マラソン ・ リレー’ に例えた のは すごく分かりやすかった: リレーが続く限り 新しい走者が補充される ―― 遺伝子は同一のものが衰えることなく受け継がれて行く(係り: これが人生なのだよね ―― らはみんな マラソン走者の一人に過ぎないのだよ)。

声2: ヒドラという 老いない生物があるとは驚き だった: 遺伝子も 老いることなく子孫にバトンタッチするという見方も新鮮 だった; 物理変化を一切起こさない物質 はないのだろうか?(係り: 遺伝子は数学的な信号だから老いることはない例: 6 × 6 = 36など) ; また一番 年長の原子 「ウンウン・デキウム」 は 150億歳 で それ以上の先を知る者は宇宙にはいない)。

声3: 私が読んだ話 ーー 「過酷な環境下で生きる生物は 次世代に命を繋げることをメインに置くため ’生殖活動’が旺盛だが、平和な環境の生物は もっぱら ’長生きで劣化’ していく」 . . . 今の日本は後者の生き方だ(係り: ’平和で長生き’ は嬉しいが、その帰結が ‘劣化’ とは悲しいなー、でも もし劣化しなければ、下記 「声9」 の人口矛盾に悩むことになる)。

声4: 身体の寿命は有限だから 人々は子孫を残そうとする、と私は考えていたのだが、実際の遺伝子は人の考えとは無関係に 古くなった身体を勝手に乗り越えて 機械的に 次の ‘乗り物’ (= 子供) に引越しする計画だったのか(係り: 我らは聾桟敷に置き忘れられた存在だったのだね)。

声5: 平家物語では ‘盛者必衰’ と暗い表現だけれど、ドーキンスは ‘遺伝子は永遠’ と明るい(係り: 盛者とは ‘ヒト’ のこと、遺伝子は数学的な ‘信号’ だから どちらも正しい ね)。

声6: パールの遺伝子 (= バトン) を手に持つ職員 (= 走者) はマラソンを続ける ―― 職員は老いるかも知れないが、パールは老いず発展 して行く(係り: すごいアナロジー( 一致 )だね)。

声7: ご利用者の W.M.さんは ご自分の病気を受け入れることが出来ず、生きる楽しみを失っている(係り: 今日の話題は、慢性病の 末期 ・ 認知症のヒト にとっては ‘猫に小判’ ; ヒトを見て説教しよう;この人の場合に求められるのは 「理」 ( ことわり ) ではなく無限の愛と没頭だけだ)。

声8: 近年 流行のアンチエージング (抗老化) では 「老い = 悪」 であり、 「綺麗に人生を終わること」 は嫌われる係り: モノはすべて老いる; それは モノの属性であり悪ではない ―― お祈りや生薬が長寿に有効という 愚かな ‘突っ張り’ はやめようよ ! )。

声9: 「死」 があればこそ 「生」 に重み が出てくるのだろう(係り: 「死」 がなければ 医師・看護師は不要で 代わって介護士は大ハッスル ! だって江戸時代からの老人は 10億人 以上も貯まっていて その ほとんど は 超重介護を必要とするだろう; また人口過剰で食糧不足、農林水産業は誰が受け持つのか?生命の法則は ‘後進に道を譲る’ こと であったハズ)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR