(510) 健康寿命 の 帰趨 (きすう)

(510)  健 康 寿 命 の 帰 趨 (きすう)  
 
前回の “安全管理” は 「福祉は “じわコロ” を優先か?」 であった。目覚めるような所見は ヒトの病気寿命が 男 : 9年、女 : 13年 という 想像を越える長期であることであった。職員の声としては 「そんなに長い実体があるとは知らなかった . . . やりきれない . . . 何とか短くする方法はないのか?」 というものであった。

健康寿命 の 帰趨 (きすう)

♣ ここで再確認するが( 図 1 )、ヒトの寿命 = 健康寿命 + 不健康 (病気) 寿命であり、健康寿命とは “健康上の問題がなく 日常生活を普通に送れる状態 ” を指す。病気寿命の実例としてパール入所の 90歳代 の例を挙げれば、I.S.様 95F = 17年、KS 様 104F = 13年、NK 様 97歳 = 17年、NM 様 93F = 20年 等であり、ふだん気づくことはないけれど、改めて病気寿命の長いことに驚く。

♣ 先回の結論は ① ヒトは病気寿命の短いことを切望するが ② 実際に病気になれば 万全の治療 と介護のもと 病気寿命の長いことを求める、という矛盾であった。① も ② も大事な希望でありながら、福祉の方針として どちらを優先すればいいのか?せっかく世界一 の長寿を誇る日本女性でありながら、その実態が “世界一長い病気寿命” であっては 威張ることはできまい。

♣ そこでヒトが考えることは、病気寿命の期間を少しでも少なくして その分を健康寿命に繰り込むことはできないものか?であろう。具体的にいえば、上記の 図 1 の女性で、病気寿命を半分の 6年 にできれば 健康寿命を 73年 から 80年 に延ばすことができるのではないか?

♣ さらには、病気寿命を 0 にできれば (ぴんコロで死ぬこと) 、女性の 86年 の全寿命を健康に過ごすことができるではないか?つまり、このことを言葉で言えば 「 終局的な寿命の延長法 」 であり、「人類の夢」 そのものである ! 人類は この点に関して20世紀に著しい発展をみせ、日本で言えば、戦前の昭和 15年 の平均年齢は 43歳 であったものが、現在はほとんど 2倍 の 86歳 に達している。これでも まだ足らないのか? それなら人間の寿命の構造を覗いてみよう。

図 2 は 男女別に「各種寿命の年次経過」を示す : 黒い部分は健康寿命、その上の点線部分は活動制限ある期間 ・ さらに上の斜線部分は ADL制限 のある期間を示し、後者二つの部分が ‘病気寿命’ である。よく見ると、いずれの寿命部分も 年次ごとに延びている。この図から計算すると、1995年 から 2007年 の 12年間 の平均寿命の延びは [ 男 : 毎年 3.0ヶ月 、女 : 毎年 3.5ヶ月 ] であった。病気寿命の延びは [ 男 : 毎年 0.5ヶ月、 女 : 毎年 2.0ヶ月 ] であった。

♣ 言葉で表すと、男の平均寿命は 毎年3.0ヶ月 延びたが その内 0.5ヶ月 は病気寿命の延びであった。女の平均寿命は 毎年3.5ヶ月 延びたが その内 2.0ヶ月 は病気寿命であったのである。換言すれば、戦後 女の寿命は著しく延びたが その半分以上は病気寿命の延長であったのだ。
健康寿命 の 帰趨 (きすう)
♣ その説明はいろんな立場からなされるだろうが、我々が身の回りの老人を観察して感じる所見と ほぼ一致すると思わないか? 一口でいえば、(イ) 現在、ヒトが死ぬ前には 男 9年 ・ 女 13年 ほど 他人様の世話になっている ; (ロ) 男は女より短命で、病気になれば早くバテやすい、ということか。

♣ ここで人生 50年 だった その昔を振り返ってみる。その頃には健康寿命などの概念も また統計もなかったが、現在の女性のように病気寿命 13年 ということはありえなかった。昔にも結核などの病気はあったが、医療レベルは各段に低く、介護保険はなかったので、病気寿命は 平均すれば  1年 もなかっただろう。その後、平均寿命の延長に伴い “影のように” 病気寿命が付きまとうようになり、現在の 男 9年 ・ 女 13年 に延長したのである。医療 ・ 介護 が発達すればするほど この効果は明らかになって行くはずだ。

♣ では、今後はどうなるだろうか? ここで仮に平均寿命が 100歳 に、あるいは 110歳 になったものとしよう。その年齢の老人は たぶん 100% 他人様のお世話になるだろう ―― つまり、人間、ある年齢を越えると 平均寿命は 死なない限り 延びて行くが、そのすべての日々が 病気寿命に該当するのである。

♣ パールに入居されている 一女性 93歳 は 「 くも膜下出血後の認知症 」 で すでに 20年 の病気寿命を辿っておられるが、今後とも 自立できる見込みはない。我々は 病気寿命を健康寿命に転換したいと試みるが、高齢化が日々進むこの頃、病気寿命を健康寿命に転換する試みを実現するためには 研究にも臨床にも本腰を入れて頑張る必要があるのだろう。1920字。 

結論:  平均寿命は戦後 目覚 しく延びてきたが、それに連れて 病気寿命も延びてきた。 病気寿命は 現在 男 9年 ・ 女13年 に及ぶが、ヒトは何とかして病気寿命を短縮し、その分を 健康寿命に繰り込みたいと願う。 介護保険の主旨は 「老人の自立支援を援助すること」 であるが、「長生きを望めば 病気寿命も延びる」 という矛盾を頭に入れ、両者をどのように調和させるのが良いかが 今後の命題であろう。

  職員の声

声1: 男の寿命が女のそれより 4年 も短いのは、男が 酒 ・ 煙草 などで寿命を縮めているからなのか?(係り: この傾向は全世界的で、ドイツ ・ イタリア では 5年 以上もの差がある;人間、男女とも更年期を過ぎれば 人口維持には役立っていないのにね)。

声2: 高齢者は自立できなくても長生きを望むし、長生きすれば 食事 ・ 排泄介助 を求めるし、その矛盾に悩む… 病気寿命を健康寿命に転換できれば この矛盾は解決出来るが、それは ムリな願い だろうか?(係り: あなたが 110歳 になっても自立する目算 (もくさん) があるのなら 問題は自ずと解決する)。

声3: 「自立」 って何処までを目指すのか?脳がやられたら もう自立ではないのか?(係り: 普通の日常生活に他人の援助を必要としないことを 「自立」 と言う : 厳しく言えば  「自分の生活費を自分で賄えること」 を条件とする… 要介護 1 くらいまでかな?)。

声4: 平均寿命が延長すれば 自動的に社会保障の給付金が増す… 日本の世界一長命が果たして “誇らしい” と言えるだろうか?(係り: 昔風に言えば ‘長生きは おめでたい’ 訳だが、給付金は税金から出るのだし、税金は若者から徴収するのだから、若者にとって ちっとも おめでたくはない ! )。

声5: ヒトは健康寿命を長くして 病気寿命を短くしたいと願うが、いったん病気になってしまえば 病気寿命を延ばしたいと願うものだ… 介護プランは 後者のお手伝いをして 病気寿命の延長に協力するのだが 矛盾はないか?(係り: 要するに 長生きしたいのは理屈抜きなのだ ! ;そんな自分を支えてくれる他人様の苦労への配慮はなく、ただ単なる “横着で我が儘” な願いに過ぎない)。

声7: 病気寿命が 20年 の実例の有様を聞くと、それが果たして ‘幸せなのか?’ と疑う(係り: そんな人は大抵 認知障害 があって 病気の長さを ちっとも苦にしていない ―― 問題は 1億円 近くに膨れた その巨大な “給付金” を若者が負担している事実ですな)。

声8: 日本は平均寿命が 世界一 に延びた ! と浮かれている人が多い… 実は病気寿命も 世界一 長いということを もっと周知させることが必要だ(係り: ‘大飯食らいの 長生き’ というところか)。

声9: 「老人をいたわりなさい」 が介護の中心テーマ だと習ったが、今日のお話を聞くと、少々見直さなければならない、と感じた(係り: いたわった結果が “長くて辛い病気寿命” に繋がっているのかもね)。

声10: お年寄りが 末永く元気でいたい という気持ちと 最後は ポックリ逝きたい という気持ちは とてもよく理解できるが、現実は 「二律背反」 である . . . しかし 介護予防を通して 「健康で長生きして欲しい」 という私の気持ちは変わらない。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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