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  (514) 健康寿命 の 最大限界値 とは?

(514) 健康寿命 の 最大限界値 とは?

私たちは 「欲張り」 である ―― 昔は 素朴に 「長生きしたい ! 」 で万人の気持ちを汲むことができた。だが、最近では 「単に長生きだけではイヤだ、健康寿命で長生きしなければ … 」 . . . もっと言えば 「じわコロはイヤだ、ピンコロ を希望する」 1 ) と 望みは進化してきた。

♣ 福祉とは、人類が編み出した 新しい環境への適応策である。これにより、人類は莫大な利益を得た。「利益」 を問題にするときは、常に その反対 … つまり 「不利益」 を念頭に置き、総合結果を判定しなければならない。今日は 健康寿命に関する話題を提供するが、その結論に ‘あなた’ も参加して欲しい。
健康寿命の最大限界値とは?
図1 は前回にも出したものであるが 2 ) 、これを見た多くの人達は ‘日本女性の平均寿命は世界一長い ( 86歳 ) けれど、同時に 依存寿命も世界一長い ( 13年 ) という事実に驚いた。当然の心理反応として 「依存寿命を 1年 でも 2年 でも削って そのぶんを健康寿命へ繰り入れたい」 というものであった。つまり、できることなら 依存寿命 を ゼロ にして、寿命の全部を健康に 過ごし、最後は ‘ぴんコロ’ で逝きたいと願うのだった。老人が ‘ピンコロ’ で逝く願いは ほとんど 実現不可能であることを以前に述べたが 1 ) 、 ‘寝たきり or 起きたり寝たりの 13年’ は うっとうしいことである。

♣ いったい ‘依存寿命’ という概念はいつごろからあるのか? その統計は WHO が 21世紀 になって採用し始めたものだが、そのまえに 図 2 下図 を眺めてみよう。図 の 横軸 は 西暦、縦軸は 平均寿命 を表す。太い線 (赤) は女性の、同じく (青) は男性を示す。

1891年 ( 明治24年 ) から 1926年 ( 昭和元年 ) まで、平均寿命は およそ 43歳 で男女差は無い … もちろん 平均寿命 ≒ 健康寿命 であって、‘寝たきり’ は統計に表れるほどではなかった。 昭和 に入って ( 1926年 ) から 終戦 ( 1945年 ) まで 男女ともに寿命は 数年 延びたが 男性の平均寿命は 女性のそれよりも短かかった … 言わずもがな これは ‘戦死の影響’ である。
健康寿命の最大限界値
終戦の年 ( 1945年 )から約10年間 寿命が急に延びたのは 「赤ちゃんが死ににくくなったから」 であり、その後 ゆっくり延びたのは 「老人が死ににくくなったから」 である。 しかし、不思議なことに、2000年 の ”介護保険スタート” では 終戦後に観察されたような 急激な 「寿命の延長」 はなかった 3) 。たぶん、介護保険の目的が 老人の 「尊厳と自立」 にあったからであり、「延寿」 は目的の外であったからであろう。

♣ 時が進んで 「 平均寿命 と 健康寿命 」 は別のものである」 という意識 が 2000年 に WHO によって紹介された。それの 2013年 における成績が 図1 に示されたのであり、なるほど、男で [ 平均寿命= 80歳、健康寿命 = 70歳 ] 、女は [ 平均 = 86歳、健康 = 73歳 ] が示すように 、[ 平均 ] と [健康 ] は はっきりと異なるものであった。

 以後の説明の便宜のために、健康寿命の流れを 図 2 にプロットし、戦後の健康寿命の想定上の経過を ‘手書きの実線’ で示した。依存寿命 = 平均寿命 ― 健康寿命 とすれば、依存寿命は戦直後で 0年 、年月の進行に伴う平均寿命の延長に並行して増えて、その差は徐々に開いて行き、上記 2013年 には 男 9年、女 13年 に達した。ナゼ両者が並行して増えるのかは不明であるが、因果関係があると思われる。

⑤ 世の 福祉家 ・ 統計家 で、平均寿命が 100歳 になるのは 「時の問題だ… 一世紀紀後くらいに そうなるだろう」、と述べる意見もある。ここでは その考えを取り入れ、図の右側の空白スペースに ‘曲線’ を 「外挿」 し、平均寿命が 100歳 になる時までの様子を想像してみた。平均寿命が今の勢いで延びれば たぶん 2090年 頃には 100歳 に達するかもしれない。

♣ 他方、健康寿命は そうは行かない … ナゼなら 人間の細胞は老化するからである ―― つまり、同じ 10年 であっても [ 50歳+10年 ] と [ 95歳+10年 ] を比べれば 10年 の病理的意味は全く違う。50歳 からの 10年 は たぶん寿命に無関係だろうが、95歳 を越えての 10年 は生死の領域にある ! そこで 95歳 を越える頃を堺として、(平均寿命は生存年月に応じて 右上に延びていくが、)健康寿命は それ以上には伸びず ほぼ水平に経過する可能性が高い( 図 2

♣ つまり、個人差はあるものの、95歳を越える年月は 依存寿命が主体となると予想される。その人が 110歳 になろうと、150歳 になろうと、新たに迎えるものは依存寿命だけになるだろう ( もちろん 平均値の話であって、個々の例では異なるけれど ) 。だとすれば、我々の切望する 「元気で長生きしたい健康寿命」 には おのずと最大の限界値があるのではなかろうか?

♣ 人間の遺伝子を持つ我々は “欲張りすぎてはいけない” 。その限界年齢は 95歳 あたり ではないか? 繰り返すが、長生き そのものは今後も可能である … ただ 健康寿命はストップし、加わる寿命は 依存寿命だけになる だろう ーー 自然界に住む動物の " life-span " には、この依存寿命は存在しない。このことを知ってか知らずか、いたずらに長寿を希望する輩は 現実をしっかり見つめて 考え直す必要があるのではないか? 1993字  

結論 :  戦前には統計上の「依存寿命」という概念はなく、平均寿命 = 健康寿命であった。戦後 平均寿命が延びるにつれ、並行して依存寿命が発生し、それは 現在で 男 9年 ・ 女13年 に及ぶ。人間の遺伝子を持つ我々の細胞は 「老化」 の影響から大幅に逃れることは出来ず、平均寿命が どんなに大きくなっても、健康寿命の最大限界値は 95歳 あたりではないか、と推定される。 過去の最大寿命は 122歳 であった ―― 長生きだけで 気が済むのなら 122歳 まではOK ! それ以上は不明である。

   参考:   依存寿命 =  自立ができず、他人に依存しなければ生存できない寿命。 1) 新谷冨士雄・弘子; 福祉は “じわコロ” を優先するのか?、福祉における安全管理、 # 507, 2015. 2) 新谷; ぴんぴんコロリ の現実、ibido, # 481, 2015. 3) 新谷; 各国寿命 : 5つのハテナ?、ibido, #439, 2013. 4) 新谷; 健康寿命の最大限度値とは?;ibido, # 514, 2015.

職員の声

声1: 若者から収奪した資金で老人が楽 (らく) をする介護問題で、日本の将来は潰れるかも . . . 若者教育にその実態を学ばせるべきだ(係り: 老人は単に今 楽 (らく) をしているだけでなく、その依存生活が 若者の「生き血」によって成り立っていることに 無関心である ーー 残念なことだ)。

声2: その対策として、依存寿命を減らし 健康寿命を増やす…. 厚労省はそう指導する(係り: 言うは易く 行うは難い; たとえば 90歳 で要介護 4 の場合、この方を要介護 1 に導くことが可能だろうか? 治る病気なら 治療によって可能かもしれないが、高齢の認知症であれば いかんとも し難いだろう … むしろ良好な介護によって経過が長引く可能性の方が高い ―― 介護の矛盾はここにある)。

声3: 介護寿命が長引いて、他人に依存しながら生活されては 周りの人たちは困り果てる ; 私はまだ元気なうちに ぴんコロ で逝きたい(係り: 依存寿命のすべてが いけない訳ではない … 10年 ~ 20年 という ‘寝たきり’ (他人負担の経費は約 1億円 )をスエーデン風に取り扱いたいのである)。

声4: 「ピンコロで死にたい」 という意見は 長生きの女性に多いようだが、男の健康寿命は わずか 70歳 だ ! そんな歳でコロリと逝くのは耐えられない(係り: さりとて そのあと 9 年間 も寝たきりでは もっと大変だ … 人生 50 年時代 に比べれば、そして諸外国に比べれば、元気な男の人生は 70歳 で十分ではないか?)。

声5: 今の私は “他人依存で長生きするなんて . . .” と否定的だが、いざ 自分が認知症になってしまうと 長生きのほうを選択するのだろうか、不安な気分だ(係り: 認知症になって、他人様の苦労をねぎらう 心の余裕 のある人は まず イナイ ! その意味で 認知症という病気は人類の敵であるが、それに罹ったヒトには ‘尊厳’ がある … .だから対応は生ぬるくなる)。

声6: 団塊世代が高齢になるにつけ、彼らは裕福な日本で生活したため、早々と ‘依存寿命’ に突入するような気がしてならない(係り: (らく) した人は 他人をねぎらう術 (すべ) が不得手だからね)。

声7: 僕は少しでも依存寿命を減らす努力をしたい(係り: 介護認定審査会の風景を見ると、少しでも 依存寿命の ‘長い’ 判定が出れば 希望者と家族の満足は より大きい ―― なんという矛盾だろう)。

声8: 戦前には ‘老後’ という言葉さえなかったから 依存寿命という概念も無かった 4 ) ―― 戦後には 平均寿命が 2倍 に増えたので 当人の ‘幸せ’ も 2倍 に増えたかというと、残念 上記のように 依存寿命がドンドン増えてしまった(係り: 人間の平均寿命は 将来 100歳 ~ 150歳 と、中には 500歳 と 予想する人もあるが、健康寿命の限度を越えて延びる年月は 他人への 依存寿命だけとなり、「生命・尊厳」 の気持ちは薄く、’呼吸するミイラ’の類推が濃くなってしまう)。

声9: 「長生き万歳 ! 」 は明るい願いであるが、私は せめて 「健康寿命の長生き 万歳 ! 」 と言い換えてもらいたいと思う(係り: 身内贔屓 (びいき) の人は 「息をしているだけ…生ける屍 (しかばね) でも良いから 母に長生きしてもらいたい . . . 」 と言うのをよく聞くが、その 孝行心 があるのなら ご自分で介護を担当して頂きたい ―― 他人から徴収した税金 と 他人の労働 で成り立つ介護保険を使い、ご自分だけ ぬくぬくと 感傷にふける のは “ 非倫理罪” であって、介護保険の尊厳を貶めるものだと思う)。

プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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