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 (521) 竹輪 の 上に  虫食い キャベツ

  (521) 竹 輪 の 上 に 虫 食 い キャ ベ ツ    

  「蛙の面 (つら) に水」 という諺 (ことわざ) がある。 「水」 の代わりに 「小便」 と言うこともある。

♣  その意味は 「 いくら働き掛けても反応の少ないこと 」 である。蛙にとっても それが辛いことなら平気であるハズは無かろうし、私が いくら ‘語りかけても’ 蛙が言葉を理解しなければ 反応する訳もあるまい。私は なんとなく 「認知症」 の反応が蛙のそれに似ているので、今日は 「蛙とヒトの痴呆」 を比べてみようと思う。
竹輪の上に虫食いキャベツ
♣  ここで言う 「痴呆」 (ちほう) という言葉は 、昔からあった言葉であり、 「痴」 は ‘たわけ、バカ’ ; 「呆」 は ‘アホ’ 、と言う意味であり、随分 ‘ひどい言葉’ である。外国では 「ディメンシャ」 ( = dementia )と呼び、それは {キチガイ} という意味である … しかし 「ディメンシャ」 なら 古代のラテン語 であるため、日常会話で用いても ‘差別用語’ と言うニュアンスは感じられない。

♣  さて、今 日本では 「認知症」 という言葉が日常的に定着したようだが、11年前 までは 「痴呆」 と呼ばれていた。でも 「蛙の痴呆」 と言うのは許せても、「ヒトを痴呆と呼ぶ」 のは、いかにも 差別的の匂い が濃厚である。そこで厚労省は 2004年 に、痴呆と言う病名を 「認知症」 と改名した。

♣  さて、「認知」 の本来の意味は 「明確に認めること ; 親が戸籍法の手続きによって,自分の子として認めること」 であり、病気の様子とは関係はない話である ―― にも関わらず 「痴呆」 を 「認知症」 と命名したのだから、ヒトの認知症の症状に出会うと、私どもは しばしば困惑してしまう ―― 意味もなく 徘徊したり、丁寧でありながら ふしだらだ、セクハラ をしたりしなかったり . . . 悩みは尽きないのである。
竹輪の上に虫食いキャベツ

♣  ここでヒトの 脳の地図 を改めて見てみよう ( 図 2 ) 。頭の中央を前後方向に切ってスケッチしてみると、脳は 「 竹輪サイズ の 原始脳 ( 大脳辺縁系 ーー図の黒い楕円形の部分 ) 」 の上に 「 キャベツ ・ サイズの 高次脳 ( 大脳 ) 」が乗っかっている有様だと見てとれる。 ――‘ 原始脳 ’ とは 図の中心部にある 間脳(視床) ・ 海馬 の ‘長い連なり’ を指し、実際にも竹輪 またはソーセージの形をしている ―― 以後、“竹輪” というニックネームで表そう。それは 頭蓋骨の底部にあり、生命維持の基本である 「 情動 ・ 恐怖 ・ 摂食 ・ 性行動などの本能 」 を司さどる。

♣  他方、‘高次脳’ は その上に乗っかっている キャベツの容姿 を思わせる (以後、“キャベツ”というニックネームで表す)。キャベツは 頭蓋骨のほとんどを占めるほど大きく、「 認知力 ・ 記憶 ・ 計算 ・ 想像力 」 などを司り、同時に 前記の ‘竹輪’ の働きを調節し、人間の人間らしさを総合する働きを持つ。つまり、人の脳とは、キャベツと竹輪の構成物 であるとみれば 分かりやすい。もし キャベツの中に事故 ( 出血 ・ 梗塞 ・ 変性 など) が発生した場合、‘大脳の機能’は低下するし、それが支配している竹輪 ( 本能的な機能 ) が 抑制を免れて表に出やすくなる。

♣  ”本能” とは 「 好き嫌い ・ 空腹 ・ 性的な情欲 」 などがあり、私たちはこの気持ちを誰しも 「竹輪」に持っている が、普段は大脳の判断によって表に出ないように抑制されている ―― 子供は 大脳の抑制が不十分であるため それが表に出やすい。他方 社会性を習得した大人は キャベツがキチンと竹輪を抑制し 本能を表に出さない分別をもっている… 酒に弱い人はキャベツが簡単に麻痺して抑制が取れ、卑猥 (ひわい) な本能に走ったりするのは この故である。

♣  「竹輪」 は 特別に強力な生命力を持ち、病気に対しても頑丈である。他方、キャベツは進化の過程で最終的に獲得された臓器であって、有能ながらも繊細な構造 を持ち、壊れやすい。だから脳は頭蓋骨で固く囲まれ守られているが、内面的な病気に対しては傷つきやすいのである。たとえば、脳震盪 ・ 脳出血 ・ 脳梗塞 などでキャベツは著しく損傷を受ける(虫食いになる)。

♣  さらに近年、寿命の延長によって 認知症の発生が増えてきたが、それは 人々が高齢化し、キャベツが古くなって 虫食い状態になっていく有様を表わし、その進行程度に応じて 様々な臨床症状が出てくるのだ ―― その初発症状が 「病的な物忘れ」 中核症状 である。続いて 竹輪の本能症状の制御不全が症状として現れ、それが 「 徘徊 ・ 不穏 ・ 暴力 ・ 人格変化 など」 周辺症状 になるのだ。つまり 認知症とは 「 竹輪の上の虫食いキャベツ 」 が そもそもの出発点なのである。

♣  蛙の振る舞いは あれで 「正常」 であるが、もしヒトが蛙のような反応の行動を示すのなら それは 「蛙の痴呆」 と呼ぶことも出来るし、「ヒトの認知症」 と呼んでも間違いではなくなるであろう。1912字  

結論:   ヒトの脳は 「 竹輪」 の上に 「 キャベツ」 が乗っかっている有様と見てとれる。②  認知症の 中核症状 は 虫食いキャベツの「 物忘れ ・ 見当識障害 など」 であり、周辺症状は 「竹輪」 の 「情動本能」 が虫食いキャベツのため 制御不全を起こしている状態、 と理解される。 蛙の大脳は小さくて(無いに等しく)、脳幹の状態だけで生きているとすれば、それはヒトの認知症の有様に似ている。つまり、認知症は 「 竹輪の上の虫食いキャベツ 」 という類推が成り立つのである。

  職員の声

声1: このタイトルにはインパクトがあって 教科書的でもあり、面白い ; 家 (うち) の子供に引用して聞かせると好評であった(係り: “大脳辺縁系” の代わりに 「竹輪」 と言ったほうが たぶん わかりやすい訳だ)。

声2: 認知症では、「竹輪」 は無傷 、虫食いキャベツが異常 ―― たいへん分かりやすい(係り: 病気の輪郭が分かったあと、ゆっくりと ‘大脳辺縁系’ などの 難しい言葉を読めばよいのだ)。

声3: 犬などの動物は、大脳機能が落ちて (キャベツの虫食いになっても) 、「竹輪」 が健全だから 生命維持は変わりないのか?(係り: その通り… 人間だって 100歳以上 の人なら、程度の差はあれ、オール認知症 だが、生命は維持されている)。

声4: 大脳を虫食いキャベツに例え、その虫食い状態が進めば BPSD (周辺症状) も強くなる、という説明が分かりやすかった(係り: 健全な大脳は ‘本能’ (竹輪の性質) を適宜 抑制することが任務だからね)。

声5: 人間の大脳は、虫食いになって その機能がかなり脱落しても 命には別状がない ―― 蛙は ほとんど大脳がないけれど キチンと生きている(係り: 人間は竹輪の機能 (本能) だけになれば 生きていけない… 昔は 野垂れ死に したものだ)。

声6: 優秀な脳も いつの日かには ポンコツ になり、しかも修繕がきかない ―― 神様は 「脳とからだ」 の寿命を一致させてくだされば、認知症の悩みは なくてすむのに…(係り: もし からだの寿命を 脳の寿命に合わせれば、85歳 の人口は今の半分に減っちゃう ―― パールの特養やデイサービスは閑古鳥になり、90歳 以上の人は昔のように 極めて稀 (まれ) となる ―― ひょっとして、そのほうが ‘自然’ かな?)。

声7: 動物も認知症になるのか?(係り: 人間と同じで、更年期の以前の天然死なら認知症にはならない ―― 問題は ‘天然に反した長寿’ の場合だ … 今時、認知症の犬はザラである ! )。

声8: 認知症の脳で、何が欠け、何を足すことが可能か?(係り: 認知症の脳は 変性症’ 、つまり 脳細胞の脱落 であり、分子も細胞も古くなり過ぎなのだ ―― ‘人は ナゼ歳を取るのか’ と同じ ‘加齢現象’であって、足し引きで解決できない)。

声9: キャベツが虫食いになって、本能がむき出しになり、人の理性が失われても、当の本人は動物的に生きるのだから 案外 幸せかもしれない(係り: その通りだ ! しかし周りの人たちは ウンチだらけになった人間を ”尊厳” の目で判定するから 憐れみ 悲しむ)。


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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

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