(48) 天国と地獄

 (48) 天国と地獄、その2  
 
  時は150年まえ、所はパリ。人々は喜歌劇「天国と地獄」の、美しい女性たちのラインダンスに酔い痴れていました。その頃の江戸は、文明開化論者の吉田松陰が国家反逆罪に問われ打ち首になるなど、尊皇攘夷(そんのうじょうい)の嵐が吹き荒れ、陰鬱な時代でした。その時代、彼我の社会文化のギャップは天国と地獄ほどあったでしょう。今思えば、パリは「天国」、江戸は「地獄」なのでしょうか。

♣「天国と地獄」はオッフェンバッハ作曲の喜歌劇です。粗筋:音楽の神オルフェウスは、亡くなった妻が地獄にいることを知り、救出することにします。地獄の妻をうまく見つけ、音楽の功徳によって地獄から脱出する、その時の行進曲、これが有名なフレンチ・カンカンの「天国と地獄」です。皆さん方は、その曲を必ず知っています、だって秋の運動会で一日中鳴り響いている吹奏楽といえば、これが一番です。(→ ここで実際にCDを聴く)。

♣ ところで「天国と地獄」は実在するのでしょうか? 物理的な意味での「天国と地獄」は存在しませんね。でも歴史的な古代遺跡の数々を見ると、人々は「天国と地獄」の存在を信仰するゆえに幸せだったのかも知れません。そこで、私の想像する天国に住む、ある老夫婦の会話をご披露しましょう:爺さん---「なんか、たいくつだなあ。どこかいい所はないかなあ」。婆さん---「他のどんな所でも、ここよりはましでしょうよ」。なぜ天国が「退屈」なのでしょうか? 理由:人は「人畜無害・無味無臭」なものに、すぐ飽きてしまう性質を持つのです。

♣ 「何が天国で、何が地獄か」を次の例で判別してくださいね。これらは、私が60年前に全部経験したことです。 ① ご飯:マッチで火を起こし、枝・薪に火を移し、釜で炊く 今は時間予約で電気炊飯器。 ② おかず:コンロは一個だけ、炭火で調理、おかずは一汁一菜 今は3穴のガスコンロや電子レンジ使用。 ③ トイレ:しゃがみ蓄便式 子供が片足を落とすこともあった;夜は暗がりの中で怖かった 今は温座付き水洗式。 ④ ラジオ・TV:昔はなし 今は10チャンネルを越えるTV。 ⑤ 車:昔はなし 今は一家に1台。 ⑥ あかり:停電は年中行事 蝋燭・石油は高価 魚油の芯一灯 今は天井に複数の電球 間接照明。 ⑦ お産:私は臨月の母をリヤカーに乗せ、産婆さんの家に運び、お湯を沸かしてお手伝いをしました 今は産婆さんどころか、産科医が病院の無菌室でお産。 ⑧ 死亡:50歳で肺結核の貧血死 今、100歳で誤嚥性肺炎死。

♣ 私は60年前の経験を地獄とは思いませんが、今、そこに戻る気はしません。しかし、先ほどの老夫婦の会話のように、人間は慣れてしまうと、天国の現世が、あたかも「地獄」であるかのごとく不平を並べ立て、心が建設的ではありません。そこで私どもは、「足るを知って、今の幸せ」を振り返り、時々フレンチ・カンカンを聴きながら、いろいろな将来像をめぐらすのが良いように思います。

職員の声

声1: 「今と昔」を「天国と地獄」で表現するのは大変興味深い、豊かで便利なのが天国なのでしょうが、便利 = 環境問題に警鐘を鳴らされるのですか?(係り:いえ、私の一代であまりにも便利さが変わったので、ため息をついているばかりです)。

声2: 「天国か地獄か」は後で気づくものか、または自分で決めるものかも知れません(係り:見事な発想です)。

声3: 今が天国か?明日が天国か?それはわかりませんね、でも現在が一番天国であるような生き方をしたい。

声4: 何もかも便利になり過ぎ、それが当たり前になった現在、「本当の幸せは何か?」について、世界のみんなが考え直す時期なのかも知れません。

声5: 欧州人がフレンチ・カンカンで踊り騒いでいた150年前、吉田松陰は29歳、反逆罪で打ち首です;片や現在 パールのお年寄りは 平均年齢90歳で、耐震・冷暖房付きのマンションにお住みです。この国際落差と時代落差!人々の幸せは何とめまぐるしいことでしょう!

プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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